43話 メタ発言と対戦相手と三角関係と
「──この度は「エターナルカイザーオンライン」初イベントである「武闘大会」に参加していただき、まことにありがとうございます」
開会式は始まってすぐに想定外のことになった。まさかの運営からの感謝のひと言だったのだ。
「……普通、そこは世界観に添ってのひと言だろうに」
いきなりの展開に誰かがぼそっと呟いた。
しかしその気持ちは開会式に参加したプレイヤー全員が思ったことだろう。
ちなみにこの開会式には観客となるプレイヤーたちもいるのだが、そのプレイヤーたちも軒並み唖然としている。
だが無理もない。ゲーム世界の設定に添ったひと言だろうと思ったら、まさかの運営からの感謝のひと言である。
そこは普通ゲーム内世界での設定を前面に押し出した、会場内を盛り上げるひと言だろう。
決して観客だけではなく、本戦まで勝ち残ったプレイヤーたちが誰も「大草原不可避」の状態に陥らせるようなメタ発言を言うべきではないのだ。
もっとも「エターナルカイザーオンライン」のプレイヤーたちはみな運営がどういう性格をしているのかを重々承知しているため、むしろ「ここの運営らしいな」と思うだけで留まっていた。
実際タマモたち「フィオーレ」もローズ率いる「紅華」の面々は全員が苦笑いしている。
他のクランや個人戦の出場者も苦笑いしているか、呆れているような顔をしているが、誰も怒っていないところを見るかぎり、それなりに運営が愛されていることは明らかである。
とはいえ、タマモを含めた一部のプレイヤーにとっては「ド腐れ鬼畜野郎どもの集い」であることには変わりない。
現にタマモはいま笑ってはいるが、心の中では「いつ鬼畜っぷりを発揮するかはわからないのだから、警戒を怠らないようにしよう」と考えていた。
タマモ同様に警戒しているプレイヤーはいくらかいるようだった。
その中のひとりは、意外なことに開会式に参加していたアオイだった。アオイは笑いながらもその目はとても真剣になっていた。
正直アオイはこういう式には「面倒だからパス」と言って辞退しそうだとタマモは思っていた。
そのアオイが開会式に参加しているのだから、タマモにとっては驚かざるをえない。その理由を聞きたいところだが、コメディアン5人組に絡まれたうえに、サクラと話をしていたら開会式の時間になってしまったのだ。
もっともこうして周囲を見渡すまではアオイの存在に気付いていなかったこともあり、どちらにしろ話をする時間はなかっただろうが。
だがそれはあくまでもタマモにとっての意見であり、タマモを見つけたのに話ができなかったアオイにはとっては別の話になる。
(あの女ぁぁぁぁぁぁ! よくもタマモと話をするための時間を奪いおってぇぇぇぇぇ! そもそもなに勝手に私の所有物に触れているんじゃぁぁぁぁぁ!)
自分とタマモが話をする時間を奪っただけではなく、そのタマモと勝手に触れ合っていた女ことサクラにとアオイは全力全開で嫉妬していた。
ただ表面上は笑っていた。そう笑ってはいるのだ。しかしその目はとても剣呑かつ妖しい光を放っていた。それこそいますぐにでもサクラへと攻撃を仕掛けてもおかしくないほどの怒りを感じられた。
だが、その当のサクラはアオイの剣呑なまなざしに気付いておらず、「早く終わらないかなぁ」と欠伸を掻いていた。そんなサクラにますます怒りを燃やすアオイだった。
そのことをタマモは知らず、一見警戒を怠っていないように見えるアオイへの尊敬の念を強めていた。
実際はただ嫉妬しているだけであるのだが、アオイに対しては特殊なフィルターが掛かってしまうタマモがそのことに気付くはずもなかった。
そんな一方的な嫉妬と尊敬と天然さという、一種の三角関係が形成されているのだが、当事者たちはそのことにまるっと気付いていなかった。
だが、同じクランのメンバーにとってはなんとも言い難い状況だった。むしろ「どうして気づかないんだ、こいつは」という風にそれぞれのメンバーは深いため息を吐いていた。
しかしそんな三角関係な3人とは裏腹に開会式はとんとん拍子で進んでいっていた。
3人が所属するクランのメンバーたちにとっては「放置するなよ」と言いたいところだったが、運営はそのことについてはなにも言わない。
なにも言わないまま、淡々とメタ発言を連発する開会式を進めて行った。そして──。
「──それではこれより本戦第一試合を開始いたします。個人部門はテンゼン選手対斬月選手。クラン部門は「フィオーレ」対「フルメタルボディズ」の試合となります。出場選手ないしクランはそのまま舞台に残ってください」
──開会式が終わり、本戦第一試合が始まることになった。個人部門には顔まですっぽりとフードを被ったプレイヤーと見るからに強そうな鎧武者を思わせるようなプレイヤーが残った。そしてクラン部門はタマモたち「っフィオーレ」と──。
「ふふふ、さっきの恨みを晴らしてやるぜ!」
──例のコメディアン5人組が残ったのだ。これも一種の運命なのだろうかとタマモは思った。しかしそんなタマモとは裏腹にヒナギクとレンは難しそうな顔をしていた。
「これはちょっと面倒事になるかな?」
「まぁ、やりようによるかな?」
ヒナギクとレンが笑う。その言葉の真意を聞く前に、運営のアナウンスが響いた。
「これより本戦第一試合を開始します」
こうして第一試合の火ぶたは切って落とされたのだった。




