41話 絡まれけれど、よくわからなかった(Byタマモ
「ふわぁ~。ここが屋外の試合会場ですかぁ」
開会式に出るため、屋外の試合会場に来たタマモたち「フィオーレ」の面々。
開会式に出る理由は、「暇だったから」の一言で尽きてしまうのが、「フィオーレ」らしいことだが、その開会式の準備にあくせくしている運営チームにとっては、涙目になりそうな理由であった。
もっとも「フィオーレ」のマスターであるタマモにとっては、運営が涙目になるのは愉悦顔を浮かべる程度のことであった。
タマモにとっての運営は鬼畜野郎共の集いだった。その鬼畜野郎共が涙目になったところでタマモにとってはなんの問題もない。
むしろ普段の鬱憤を少しでも晴らせる数少ない機会である。
しかしそのことには思いつかないタマモ。
甘言に騙され、悲惨を超えてもはや凄惨とも言える状況からどうにか現状まで這い上がってきたタマモにとっては、本来なら運営があくせくしているところは、これ以上とない愉悦を抱く瞬間なのだが、育ちのよさともともとの性格的にそのことには思い至らない。
それどころか運営が用意している試合会場を見て、感嘆としてしまっていた。
「コロッセオですねぇ」
屋外の試合会場は、円形の闘技場。いわゆるコロッセオとなっていた。
中央は土くれの舞台ではなく、石の舞台がふたつ並んでいた。
もっともすぐそばにふたつ並んでいるわけではなく、間にもうひとつ舞台を置けそうなスペースが空いている。
そのスペースのおかげで、たとえ流れ弾ならぬ流れ魔法が飛んできても対処はできそうだ。
加えて空いたスペースの地面には魔法陣のようなものが描かれていた。
おそらくは流れ魔法の対処のための障壁を張るものなのだろう。
よく見るとその魔法陣は空いたスペースだけではなく、ふたつの舞台の下にも描かれているようだった。
魔法陣のほとんどは舞台に隠れているが、間にある魔法陣とおそらくは同じものだろう。
3回戦目以降の準備と見て間違いはない。
(つまり運営は、3回戦以降は激戦になると考えているみたいですね)
考えてみれば、3回戦以降の試合となると残るは16のクランと16名となる。そこまで勝ち残ったのだから、当然実力者同士の試合となる。となれば周囲への被害も大きくなる。
ゆえに障壁用の魔法陣を三重に設置した。あの魔法陣ひとつでどれほどの障壁を張れるのかはわからないが、少なくとも運営が三重の魔法陣で周囲への被害を打ち消せると考えた時点で、相応の能力があるという証拠だった。
「……それなりに被害を抑えようとしているってところかな?」
「だろうね。それだけの激戦になるという確信があるんだと思うよ」
ヒナギクとレンも同意見のようだった。
初日の時点で3つもの魔法陣が設置してあるのだから、運営の考えがどういうものになるのかは考えるまでもない。
「……その準備に恥じない試合をしないとですね」
鼻息を少し荒くするタマモ。そんなタマモにヒナギクとレンは苦笑いしつつも頷いた。そのときだった。
「ん? なんだ、インチキクランがいるな」
意味のわからない言葉が聞こえてきた。言葉の意味ではなく、言われた意味がわからなかった。
タマモは周囲を見回すも「フィオーレ」以外はいなかった。ただこちらへと近づいてくる甲冑姿のクランはいた。何人かは兜を外しており、へらへらと笑っていた。
(むぅ。なんか感じが悪い人たちですねぇ)
見た目だけで誰かを判断したくはないのだが、近づいてくる甲冑姿のクランを見て、どうにもいけ好かない感じがしてならないタマモ。そのフィーリングが正しかったことを数瞬後に知ることになった。
「おまえらだよ、このインチキクランっていうのは」
中央にいた、兜を外しているプレイヤーのひとりがタマモたちを指差してくる。
一瞬あっけに取られてしまい、なにを言えばいいのかわからなくなってしまったタマモたち。
だが甲冑姿のクランたちは、その無言を自分たちの都合のいいように解釈したのか、大笑いしていた。
「はっ、やっぱりインチキか」
「おかしいと思ったんだよな。あの「獣狩り」がこんな素人丸出しの連中に負けるわけがないもんな」
「どうせ「獣狩り」たちを買収したんだろう? いや、そこの女が色仕掛けでもしたのか? どちらにしろ安い手で釣られたもんだな」
「「獣狩り」も地に墜ちたな」
「そもそも「獣狩り」というのも信じられないよな。大人数が前提のレイドボスをどうやったらひとつのクランだけで倒せるって言うんだよ」
「たしかにな。そこからまずおかしいもんな」
「どっちもインチキクランなんだろう」
「なるほど、同じ穴の狢ってか」
甲冑姿の5人はおかしそうに笑っている。その姿はまるでこちらを挑発しているかのようにも感じられた。
だが、彼らは知らなかった。自分たちが笑っている内容が的外れであることを。そもそも前提からして間違っていたのである。その前提とは──。
「……「獣狩り」ってどなたのことですか?」
「ははは──え?」
中央にいたプレイヤーが固まった。
いや中央にいるプレイヤーだけではなく、ほかの4人も固まっている。
信じられないものを見るかのような目でタマモたちを見ているが、どんなに見られたところで予選2回戦で戦った「ガルキーパー」のマスターであるガルドの異名を「獣狩り」だということを知らないタマモたちにとっては、わからないものはわからないのである。
「え、いや、ちょっと冗談、だろう?」
「いや、冗談じゃなくて、本当にわからないんですけど? どなたのことを言っているんですか?」
首を傾げるタマモに甲冑姿のクランの面々たちは、「マジで言っているのか、こいつら」と言うかのように驚愕とした顔をしていた。
ただひとり中央にいたプレイヤーだけは必死に状況を説明し始めた。
「いや、だから! 昨日戦ったでしょう!?」
「昨日? どっちのクランにいた人ですか?」
タマモたち「フィオーレ」が昨日の2回戦で戦ったのは「ガルキーパー」と「爽騎士の集い」たちだった。
昨日戦っただけでは、どちらのクランに所属していたのかまではわからない。
タマモの疑問はある意味では当然のことだった。
ただ「エターナルカイザーオンライン」のプレイヤーとしては非常識に近い答えだった。
その答えに中央にいたプレイヤーは絶句しそうになった。
「ど、どっちって。ほら、そこのお姉さんがぼこぼこにして、あんたと一対一で戦っていたプレイヤーのことだよ!」
「あぁ! あのトレンディな天使さんと似ているおじさんですか!」
「そうそう、ってトレンディな天使ってなんだよ!? たしかに似ているけれど、それはさすがに失礼だろう!? というか、もっと似ている違う人を探そうよ!?」
ようやく「獣狩り」というのが昨日決闘することになった「ガルキーパー」のマスターであることを理解したタマモ。
そんなタマモに安堵しつつも、その際に出てきた某お笑いコンビ名を聞いて憤慨とする中央にいたプレイヤー。
自分たちのしていたことを棚上げしていることには気付いていない。
それだけのそのプレイヤーにとって、タマモの言動は予想外のものだった。
「失礼って言うなら、お兄さんたちも大概失礼だと思うのですよ? 初めて会ったばかりの人をインチキ呼ばわりすることの方がはるかに失礼だと思うのです」
「そ、それは」
「ちょ、ちょっと、リーダー! なに納得しかけているんだよ!?」
「いや、だってたしかに顧みると失礼かもしれないなぁって」
「それはそうかもしれないけどさ!? もう少し強がるべきでしょう、ここはさ!?」
「なんでこんなところでいきなり良識人面しちゃうんだよ、あんたは!?」
「本当にそういうところだぞ、あんたは!?」
わいわいと騒ぎ始める甲冑5人組。5人組でのコメディアンなのだろうか、とさえ思い始めてきたタマモたち。
そんなことをタマモたちが思い始めたことには気づかないまま、わいわいと騒ぎ続ける甲冑5人組。それどころかすでにタマモたちの姿さえ見ていないようである。
「……行きましょうか」
「そうだね」
「なんだったんだろう、この人たち?」
変わった人たちもいるなぁと思いつつ、タマモたちは開会式に出席するために舞台へと降りて行ったのだった。




