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11話 開墾

 少し遅くなりました。

 

「足元にお気をつけくださいね、タマモさん」


「あ、はい。ありがとうございます」


「もう少しで着きますので」


 最初に受付にいた女性職員と一緒にタマモは農業ギルドが管理する土地の一角へと向かっていた。


 ここまでの道のりでは整備された畑がいくつもあった。


 さすがに水田まではなかったが、すでにいくつかの畑には実りがあった。


 まだ芽吹いたばかりだったので、あれを実りと言っていいかはわからなかったが、芽は土の間から顔を覗かせていた。


 学校の社会科見学や遠足、または修学旅行でこういう農業地帯に行った際に、何度か見たことがあったし、地元の農家さんたちからの厚意ということで、農作物を提供してもらい、それを食べたこともある。


 だが、こうしてそういう行事ではなく、個人的に足を運ぶのは、当時とはまた違う趣を感じられていた。


「タマモさん、いかがなされましたか?」


 女性職員が不思議そうにタマモを見つめていた。不意に黙ってしまったからだろう。


 悪いことをしてしまったなと思いつつも、タマモは「なんでもありません」とだけ答えた。


「ちょっと懐かしいと思ったのです」


「ああ、「旅人」さんはそれぞれの地域での思い出がありますからね」


「ええ」


 女性職員はなにかしらの理解を示してくれたようだ。


「EKO」の世界ではプレイヤーを「旅人」と呼ぶようになっている。


 実際プレイヤーたちは「始まりの街アルト」だけではなく、ほかの地域にも旅立っていく。たしかに「旅人」と言ってもいい。


「子供の頃、幼なじみと一緒に学校の行事でこういう農園風景を眺めたことがあるのです。アリアは虫が大の苦手で、畑から出てきたミミズを見て悲鳴をあげていたのです」


「ああ、虫が苦手な女性はどうしてもいらっしゃいますからねぇ。うちの職員にも何人かいますので」


 女性職員はため息混じりに頷いていた。


 農業ギルドの職員だからと言って、虫も大丈夫というわけではないようだ。


 三つ子の魂百までというし、苦手なものはどんなに成長しても苦手のままなのだろう。


 実際莉亜はいまでも虫が苦手だった。


 ただし当時とは少々事情が異なることになっているのだが、さすがにそこまで幼なじみの恥部を話すわけにもいかないので、タマモは黙っていた。


「そういうお姉さんは」


「そうでした。申し遅れておりました。私は農業ギルドの受付チーフをさせていただいております、リーンと申します。以後お見知りおきを」


「チーフさんだったんですか?」


「ええ。というか、「例の制度」は私が担当なので、これからもタマモさんの担当は私ということになります」


「チーフさんが担当するって相当すごいことなんですねぇ」


「それはもう。本来であれば、マスターに認められた高位のファーマーでしか認められない制度ですからね」


 女性職員ことリーンはその緑色の髪を翻しながら笑っていた。笑いながらも心配そうに眉尻を下げていた。


 ギルドマスターから聞くまでは「天の助け」と思ったものだったが、リーンの表情やよくよく考えてみれば、素人同然のタマモにできることではなかった。


 それでも現時点で食材を手に入れる方法はない。もう一度「南の平原」に行って、角ウサギを倒せばいいのだろうが、どこからともなく飛んできた鷹の恐怖がタマモに刻み込まれていた。


(あそこに行くのは、レベルを少し上げてからです! 待っていやがれですよ、鷹さんめ!)


 レベル1の状態で戦いに行くのは時期尚早だったに違いない。だがレベルを上げれば。いやレベルさえ上げればあのにっくき鷹だろうと、角ウサギのように一撃で伸せるはずだ。


 そのためにはどうあっても食材を手に入れなければならない。そのためにはギルドマスターが教えてくれた制度を利用しなければならない。たとえリーンにどう思われようとである。


「大丈夫です、リーンさん。ボクはどうあっても食材を手に入れるのですよ!」


「……まぁ、その気概があれば大丈夫ですかね?」


 リーンは眉尻を元の位置に戻して、おかしそうに笑った。やはりリーンもまたかなりの美人さんだった。


(むぅ。お胸はアオイさんよりかは小ぶりですが、かなり形がいいのです。なかなかの逸品ですね。いい仕事をしているのです!)


 しみじみとリーンの胸部を眺めながら、タマモはご満悦だった。リーンも視線には気づいていたが、母親が恋しいのだろうと勘違いをしていた。


(この歳で「旅人」さんですもの。いろいろとあったんでしょうね)


 母親が恋しいからこそ、大人の女性の胸を見つめてしまう。


 ちょっと無理があるかもしれないが、胸とは母性の塊とも言えるものなので、そこまでおかしくはないとリーンは考えてしまった。


 実際にはタマモの趣味だというだけだったことをリーンが知る由はなかった。


「……タマモさん。手を繋ぎましょうか?」


「え? あ、はい。いいですけど」


 リーンはタマモに手を差し伸べる。


 いきなり差し伸べられた手を握りながら、タマモはなにがなんだかわからなかったが、大人の女性にはそういうこともあるのだろうと思い、大して考えずにリーンと手を繋いで「目的地」へと向かって行った。


 ほどなくしてタマモはリーンとともに畑が密集した一角から離れた、小川の上に架かった橋を超えた先、わずかな荒地と視界一面に広がる雑木林にたどり着いた。


「さて、到着しましたよ、タマモさん。ここがタマモさんに開墾していただく土地となります」


 リーンはそれまで以上に真剣なまなざしをしていた。そう、この土地を開墾すること。


 正確には土地を切り開いて新しく畑をみずから作り出すこと。それがギルドマスターから提示された「例の制度」だった。


 タマモは目の前に広がる荒地と雑木林を見つめながら、大変な作業になるなとしみじみと感じていた。

 以上11話でした。

 さて、次回はとりあえず明日の正午くらいに。

 あ、次回はちゃんと正午更新ですので。

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