36話 初めての勝利
大して強くはない。
なにも考えずに突っ込んでくる姿を見て、そう思った。普段であれば、いくらでも相手にできる程度のプレイヤーでしかない。だが──。
(いまの俺には五分五分の相手か)
──現状では、かなり接戦を強いられることになる相手だった。
「朦朧」の効果でステータスが半減しているのが特に痛い。
ステータスさえ元通りになれば、勝つことはたやすい相手だろうが、現状ではかなりの強敵だった。
(本当なら、のらりくらりとすればいいんだろうけどよ)
相手の攻撃を捌いて、「朦朧」の回復を待つのが得策だった。
「朦朧」の回復を待ってから、一撃を叩きこめばいい。
その後はほかのふたりに集中砲火を喰らうことになるだろうが、少なくともベータテスターの意地は見せられるだろう。
(だが、このお嬢ちゃん相手にそれはしたくねえな)
どうしてなのかはわからない。
ただこのプレイヤー相手には正々堂々と戦いたいと思ってしまった。
どうしてそう思ったのかはよくわからなかった。
わからないが、それでも正々堂々と雌雄を決したい相手だと思った。
そう思ったときには、EKをいつものように構えて、まっすぐに目の前のプレイヤーを見つめていた。
ただまさか相手のプレイヤーがおたまとフライパンを取り出したときは、どうしたものかと思ってしまったが、すぐに動揺を打ち消した。
(……この状況でただの調理器具を出すわけがねえ。ということは、あれがこのお嬢ちゃんのEKってことか。調理器具がEKなんて聞いたことねえぞ?)
見た目だけであればイロモノ確定だが、その実際の能力はわからない。むしろ見た目がまともなEKよりもはるかに不気味だった。
これが剣や槍であれば、だいたいの能力はわかる。しかし調理器具となると、その能力は一切わからなかった。
(……油断できねえな、これは)
ステータス半減に加え、詳細不明のEKを持つプレイヤー。
慎重すぎるくらいがちょうどいい。そう、「ガルキーパー」のマスターことガルドは思いながら突っ込んでくるプレイヤー──タマモをじっと見つめていた。
(……見た感じ、初期組だが)
タマモはまっすぐに向かってくる。
ただまっすぐに突っ込んでくるわけではない。
なにも考えずに特攻しているわけではなく、覚悟を持って特攻してきているようだ。
(格上と認めたうえで、突っ込んでくるのか。肝が据わったお嬢ちゃんだな)
格上相手なら普通は守りを固めるものだ。
もっともその考えが余計に相手を乗せてしまうわけだが。
かと言って、攻め一辺倒なのも考えものだ。
攻めることだけを考えていたら、防御が疎かになる。そこに狙い済ました一撃を貰う。
格上との戦いとは、攻めつつも守りをしっかりとし、かつ幅を持たせたうえで、そのすべてをハイレベルにこなさなければならないという非常に根気と集中力のいる戦法を強いられる。
(……少なくとも攻めようという意識はある、か)
構えたEKにより一層力をこめる。込められる力は普段の半分ほどだが、いまは仕方がない。
(だが、ただ攻められるつもりはねぇ!)
ガルドは渾身の力でEKを水平に薙ぎ払う。
(このお嬢ちゃんがどういう腹積もりなのかはこれでわかる!)
タマモがどのように戦おうとしているのかはこれでわかる。攻め一辺倒なら直撃。きちんと守りも考えているのであれば避けるだろう。
(さぁ、どうするよ?)
すでにEKの刃は迫っていた。ここから避けるのは難しいはずだ。
(避けない、か。まぁ、初期組じゃそんな──)
「──「絶対防御」発動です」
避ける素振りも見せないタマモに、ほんのわずかに落胆したガルドだったが、タマモが不意に呟いた言葉と、次の瞬間に起きた現象に目を見開かされた。
「な、なんだとぉ!?」
ステータスが半減された状態とは言え、渾身の力を込めた一撃だった。
その一撃をあっさりと受け止められたのだ。それもあきらかにSTRの数値が低そうな、見た目が10歳くらいの少女か手にしたフライパンにだった。
そのことにも驚くがタマモが口にした言葉にこそガルドは衝撃を受けていた。
「ぜ、「絶対防御」!? 初期組のおまえさんがなんでそんなレアスキルを持っているんだ!?」
ガルドが衝撃を受けたのは、タマモが口にしたスキル「絶対防御」だった。
「絶対防御」はベータテスト時にはごく一部のタンク系のプレイヤーしか取得できなかったスキルだった。
決まれば一撃必殺となる「急所突き」に対する最適解として実装された、ベータテスト時における最強の防御スキル。
その「絶対防御」を初期組のタマモが使ったのだ。
ガルドでなくとも、ベータテスターであれば、誰もが同じ反応を示すことだろう。
だが、ガルドの衝撃はそれだけではすまなかった。
「そんなの秘密ですよ。それ、「急所突き」!」
「は、はぁぁぁ!?」
ガルドは思わず叫んでいた。叫びながらも全力で後ろに飛び下がっていた。
なにせタマモが次に放ったのは、「絶対防御」が実装されることになった原因である「急所突き」だったのだから。
確率ではあるが、決まれば一撃必殺となる「急所突き」もまたごく一部のアサシン系のプレイヤーにしか取得できなかったものだった。
タンクとアサシン。まるでスタイルが異なるはずのごく一部のプレイヤーしか取得できなかったスキルをタマモが使った。
その時点でガルドの中では、タマモに対する警戒度は大幅に上昇していた。
(おい、おいおい! なんだよ、なんなんだよ、このお嬢ちゃんは!? そもそもこのクランはどうなっているんだよ!?)
ガルドは困惑の中にあった。
「急所突き」と「絶対防御」の両方を取得している初期組で、EKの見た目は調理器具というよくわからないプレイヤーを筆頭に、雷を纏った高速機動をするプレイヤーに、後衛職であるはずなのに格闘戦を仕掛けてくる女性プレイヤーの3人のクラン。
最初は3人組と侮っていたが、侮っていたときの自分を殴り飛ばしたい気分にガルドはなっていた。
(こいつらは3人だけということじゃない。3人だけで十分な少数精鋭なのか!)
ガルドは「フィオーレ」という聞いたことのないクランをそう評価した。
実際はガルドが評価したような3人だけで十分だと考える少数精鋭というわけではなく、単純に他に誘えるフレンドがいなかっただけなのだが、結果から見れば「フィオーレ」は少数精鋭ということになる。
その少数精鋭の「フィオーレ」で最弱なのが、ガルドと対峙しているタマモであることをガルドは知らない。
むしろガルドの中では、タマモが最強だという風に思考が展開していた。
ベータテスト時に猛威を振るった「急所突き」とそのカウンター措置である「絶対防御」の両方を取得しているのだから、ガルドが勘違いしてしまうのも無理もないことだった。
「次は外しません!」
困惑の中にあるガルドへとタマモは追撃を仕掛けた。
ガルドは再びEKで薙ぎ払ったが、今度は「絶対防御」を使われることはなかった。
なぜならタマモはEKの下を潜り抜けていたのだから。
それはガルドのミスだった。
困惑したことで、さきほどよりも打点が少しだけ上がってしまったのだ。
普通の相手であれば、ガルドとさほど体格の変わらない相手であれば問題はない。
しかしタマモの身長となると話は別である。タマモは屈みこむとそのままガルドのEKの下を潜り抜けられたのだ。
その結果、ガルドはタマモを懐に入れてしまった。
タマモはすでに攻撃を放とうとしていた。
(ちぃ、ミスしちまった! だが、おたまのリーチを考えれば、後ろに下がれば問題はねえ!)
「急所突き」と「絶対防御」──。いわば最強の矛と無敵の盾を持っていようともその矛のリーチは短い。なにせタマモのEKはおたまだった。
加えてタマモ自身の身長もあり、リーチは短いのだ。
ならばそのリーチを超えて下がれば問題はない。そう思った。
だが、ここで再びガルドの想定をタマモは越えた。
いや、タマモの想定にもなかったことが起きたのだ。
「「急所突き」──え?」
突進の勢いを乗せた「急所突き」を放つと同時に3本の尻尾が一斉にガルドへと向かって行ったのだ。それも普段よりも全長を増してだった。
このときタマモのスキル欄には新しいスキルがちょうど生えたのだが、そのことをタマモは知らなかった。知らないままそのスキルを使っていた。
そのスキルの効果によりおたまと腕の長さを合わせた本来のリーチの軽く倍はある尻尾での攻撃を放つことになったのだ。
その倍のリーチにガルドは反応しきれず直撃を受けた。
ただそれだけであれば、ギリギリのところで耐えることはできたはずだった。
しかしここでガルドにとっての不運であり、タマモにとっては幸運が起こった。
「「急所突き」の効果が発動しました」
不意にタマモとガルドの視界に「「急所突き」の効果が発動したことを告げるメッセージが表示されたのだ。
「こ、こっちにも「急所突き」の効果が乗るの、かよ!?」
3本の尻尾での攻撃にも「急所突き」の効果が乗り、ガルドのHPバーを消し飛ばしたのである。
ガルドは呻きながら倒れた。「フィオーレ」以外のクランで立っているプレイヤーはいなくなった。その瞬間──。
「クラン「ガルキーパー」のマスターが戦闘不能になりました。よってクラン「フィオーレ」の勝利になります」
アナウンスが流れた。「フィオーレ」の勝利というアナウンスが流れた。1回戦とは違い、タマモ自身の手で決めた勝利だった。
だが、すぐには実感がわかなかったタマモはぼんやりとしていた。そんなタマモを祝福するようにまばらな拍手と歓声が贈られた。
その拍手と歓声を受けてタマモはようやく状況を呑み込めた。
それでもどうすればいいのかはわからなかった。
そんなタマモの元にヒナギクとレンが寄り添った。
ふたりはタマモの腕を取ると、万歳するように腕を上げた。
同時にまばらな拍手と歓声は惜しみない拍手と声援に変わった。
その拍手と声援にタマモはひとり泣いた。それまでの苦労がようやく報われたように感じられたからだ。
顔をくしゃくしゃに歪めて泣きじゃくっていくタマモ。泣きじゃくるタマモに拍手と歓声はいつまでも贈られ続けたのだった。
タマモに生えたスキルに関しては次回にて。




