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35話 お膳立てと初めての対人戦

 ヒナギクにいきなり交代させられ、タマモは少しだけ困惑していた。


(後ろで見ているだけでいいって言っていたのに)


 そう、ヒナギクもレンも後ろで見ていていいと言っていた。いまは見て学んでいてほしいと言っていた。言われた通り、タマモはふたりの戦いを後ろで見ながら学んでいた。


(レンさんは基本的に素早く動いての狙いすました一撃を放つタイプ。ヒナギクさんは有無を言わさぬ一撃で決めるタイプ。特訓のときからわかっていましたけど、改めて見るとおふたりの強さがよくわかるのです)


 特訓しているときは、もう少し派手に動いていたが、予選1回戦同様に淡々と作業をこなしているように見えた。


 あえてそうしているというのはわかっていた。


 手札をあまり見せず、見せていい手札だけでふたりとも戦っていた。その手札が高機動とあの舞うような一撃なのだろう。


 実際それだけでふたりは対戦相手たちを圧倒しているので問題はないのだろう。


(手札をあえて見せないのは対策を取らせないため、ですか。それでもおふたりが連携すればどうにかなりそうな気はするんですけどね)


 そう、たとえ対策を取られたとしてもヒナギクとレンであれば、連携して戦えばその対策さえ跳ね返せると思う。


(でもその連携を取らせないための対策をされてしまう可能性もありますもんね)


 イタチごっこのようだが、対策というのは基本的にはそんなものだった。


 対策を取られても別の方法で突破したら、その別の方法にも対策を取られてしまう。


 対策を取られる側もただ対策されるわけではなく、別の方法を模索していく。


 その在り方はイタチごっこそのものだった。そのことはヒナギクもレンもわかっているはずだ。


 それでもこの「武闘大会」中は後ろで見ているようにとふたりは言っていた。


 まだ実戦を経験するのは早いということなのか、それとも隠し玉にしたいのかはわからなかった。


 どちらにしろ、見て学んでいろと言われたことには変わらない。


 それはこの2回戦も同じはずだった。しかし見て学んでいるはずだったのが、急に参戦するように言われてしまった。


 それもヒナギクがある程度、いや、ほぼ抵抗ができない程度に削っていた相手と戦えと言われてしまった。 


「──俺がパワーレベリングの相手かよ」


 相手のプレイヤーはため息混じりの、苦悩に満ちた声でそう言っていた。

 

 相手のプレイヤーからしてみれば、ため息を吐きたくなるのも無理もない。


 ほぼなぶられたような展開だったのに、それが急に終わりを告げられ、今度は妙なちんちくりんと戦わされるのだから堪ったものじゃないだろう。


 それでもため息だけを吐いて、文句ひとつ言わずに戦ってくれるのだから、相手のプレイヤーの人のよさがわかる。……半ば強制されているようにも思えるが、断ることはできたはずだ。


 それでも断らずに受けてくれたのだから、顔立ちはわりと凶悪だが、顔立ちと内面が比例していないことは間違いなさそうだ。


(ここはひとつ胸を貸してもらうのです)


 ヒナギクとレン以外のプレイヤーとする初めての対人戦だった。


 それもお膳立てをしてもらって、相手がほぼ戦えない状況にしてもらってから譲ってもらった一戦だった。


 揶揄すれば美味しいどころ取りとも言えるが、実際のところはそうではない。


 追い詰められた相手ほどなにをするのかわからないものだ。特に目の前のプレイヤーのような遣り手であればなおのことだ。


(……この状態のこの人といまのボクでようやく五分とヒナギクさんは思ったんでしょうね)


 そもそも戦う相手を譲るなんてことはありえない。


 そのありえないことをあえてしたヒナギクがなにを考えているのかを読むのはたやすい。


 タマモに実戦をさせるためのちょうどいい相手だと思ったのだろう。


 だからこそいたぶっているような攻撃を繰り返していた。


 相手をちょうどいい具合にまで疲弊させるためにだ。


(ここまでお膳立てをしてもらってやりたくないなんて言えるわけがないのです。ヒナギクさんにも、この人にも)


「パワーレベリング」という一言を発したように相手のプレイヤーは、ヒナギクがあえて疲弊させるためだけに攻撃を仕掛けていたことはわかっていたはずだ。


 それでもなにかしらの意地だけで、ギブアップすることなく戦っていたのだ。誰が見ても実力差は明らかなのに、それでも戦っていた。


 その有り様をタマモはカッコいいと思った。戦う理由はわからないが、それでも耐え忍んでいたその姿をカッコいいと素直に思えたのだ。


 だからこそ、言えなかった。


 やりたくないなんて言えるわけがなかった。


「……胸を貸してもらいます」


「おぅ」


 相手のプレイヤーは短い返事をした。満身創痍ではあるが、油断はできない。そもそも油断できるような立場ではないのだ。


 タマモはゆっくりと息を吐きながら、背負っていたおたまとフライパンを抜いた。


 そのとたん、観戦していたプレイヤーたちが驚きの声を上げていく。


「え、あれ調理器具じゃないの?」


「いや、調理器具も武器になるゲームもあるし」


「でも調理器具じゃん」


「というかなぜに調理器具?」


 ざわざわと波のように広がっていく困惑の声に、タマモは自分でも赤面していくのがわかった。


(……これだと相手の人もやりづらいですかね)


 ちらりと正面を見やると相手のプレイヤーは静かに深呼吸をしていた。困惑の色はない。ただまっすぐにタマモだけを見ていた。


 その目にあるのは侮りもなければ、嘲笑もない。その目にあるのは、目の前にいる相手を打倒せんとする光だけ。それ以外の感情は一切見えなかった。


(……あぁ、そうなんですか。この人はそういう人なんですね)


 タマモのEKを見ても侮りもなければ、嘲笑もしない。


 それはつまりタマモを対等に戦う相手と認めている。


 実際いまのタマモとであれば、相手のプレイヤーは対等だった。


 さんざんヒナギクにいたぶられてようやく対等になった。


 そのことを愚痴ることもなく、ただまっすぐにタマモを見てくれている目の前の相手にタマモは心の底から感謝した。


「……行きます」


「来い」


 ただ一言のやりとり。


 タマモは相手のプレイヤーしか見ていなかった。観戦しているプレイヤーのざわめきなどもう聞こえない。


 目の前のこのプレイヤーに勝つ。


 それだけを考えながらタマモは全力で踏み込んだ。

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