10話 泣きっ面に蜂
本日四話目です。
言い忘れていましたが、ブックマークしてくださった方ができました。ありがとうございます!
「──「取得経験値極減」とは、また凄まじいパッシプスキルを」
タマモの話を聞き終えたギルドマスターは蓄えた白い髭を弄りながら気の毒そうに目を細めていた。
「うぅ~」
タマモは休憩スペース内のテーブルに顔を突っ伏しながら泣いていた。構図的には幼女を泣かせる悪人という風に見えなくもない。
「……たしか「取得経験値極減」は強制的に経験値を」
「……はい、1にするのです。どんなモンスターと戦っても、です」
ギルドマスターの言葉を受け継ぐようにタマモが説明をすると、周囲に集まっていたファーマーたちとさきほどの女性職員が顔をしかめていた。
「経験値を強制的に1って」
「エグすぎる」
この先どんなモンスターと戦っても経験値が1になる。
それはさすがにエグいにもほどがある。まともにレベルを上げられないのでは、この先のゲームライフは暗黒を通り越してダークマターとしか言いようがない。
あまりのエグさに一部のファーマーが泣いていた。もらい泣きしているのか、女性職員はハンカチで目元を押さえていた。
「……いや、「取得経験値極減」はあくまでも、相応しくない行動で経験値を得た場合でのみ発動する。つまりお嬢ちゃんのEKにとっては、調理器具にとっては戦闘が相応しくない行動ということじゃろう」
「そうみたいです」
タマモは憔悴しきった顔をしていた。
その表情から散々試したであろうというのはうかがい知れた。
ちなみに「取得経験値極減」はスキルやアイテムで取得経験値を増やしたとしても、問答無用に1にしてしまう。ひと言で言えば、スキルやアイテムの効果が乗った最終値をその最終値で割るという悪夢のパッシブスキルだった。
「たぶん、「調理」をすれば普通に経験値は取得できると思います」
「であろうな。調理器具は基本的には調理をするための道具であるし。なるほど。そのためにここに来たのか」
「はい」
タマモは静かに頷いた。材料を買うために農業ギルドに来ることは、別におかしなことではない。
農業ギルド内には野菜の直売コーナーもある。ちゃんと生産者の顏と名前入りのものが一角に置かれてある。いまはまだプレイヤーズメイドのものは少ないが、これからは少しずつ増えていくことになる。
その野菜であれば、生産者との話し合いによって値段を安くすることはできる。
もっとも代替行為が必要になるが、クズ野菜よりも品質はいいものを買えるのだから問題はない。
実際すでに納品したファーマーもいるが、その数少ないファーマーもタマモの惨状に同情的なため、安く卸すための話し合いをしてくれそうな雰囲気はあった。
しかしタマモにはもっとまずい事情があったのだ。
「それでお嬢ちゃん。手持ちはいくらあるのかの?」
「……100シルです」
ぼそりと呟いたタマモの顏からは表情が抜け落ちていた。
タマモは「南の平原」に行く際に身に着けていた「旅人のマント」を売りさばいてようやく得た100シルだった。しかし農業ギルドで直売している野菜は基本的に200シルを超えていた。
一割や二割であれば割り引いてもいいと考えていたファーマーたちも顔を引きつらせていた。さすがに半額以下までは割り引くことはできない。
「……えっと、そ、そうじゃ。角ウサギの肉や毛皮や角であれば、トレードが」
角ウサギからドロップする肉や毛皮、角はすべて換金できる。
そもそも角ウサギの肉があれば、それを焼けば一品を作れる。
単純なステーキになってしまうが、それでも料理は料理である。
ギルドマスターの言葉にファーマーたちや女性職員も希望を見出していた。が──。
「……経験値が1しか入手できなかったことに絶望していると、空から鷹さんがひゅーと来てですね」
「いや、それ以上は言わんでいい」
泣きながら笑い始めたタマモを見て、ギルドマスターは理解した。
ファーマーたちも理解した。イベントリにしまう前にかっさらわれたのだと。もしくは鷹の襲撃を受けてしまい、死に戻ったのだと。つまりドロップ品などないのだということに。
ファーマーたちの一部、すでに泣いていたファーマーたちに仲間が増えた。静まり返っているからか、受付でタマモたちを伺っていた別の職員たちもその内容を聞いてもらい泣きをしていた。
「その際ですね。下級ポーションを三つとも使っちゃって、ははは」
「……もういい、もういいんじゃ、お嬢ちゃん。もう言わなくていいんじゃよ」
タマモは笑っていた。その笑い声は静かなはずなのに荒廃さを抱えていた。そしてこれ以上となく胸を抉ってくれる。
泣くファーマーがまた増えた。そのひとりが掲示板を開いて、なにか書き込んでいるが誰もなにも言わない。
「だからボクには100シルしかないんです。これでどうにかするしかないんです」
「……大変、じゃったの」
ギルドマスターはそう言うので精いっぱいだった。
最高ランクのEKを手に入れたと言ったときには、周りのファーマーたちも騒然としていたが、その鬼畜仕様を聞いてからは誰もが憐憫のまなざしを向けている。もう半額以下とかそんなことを言っている場合じゃない。
いますぐこの子に野菜を売ってあげたい。いや売ってあげないといけない。この場にいたファーマーたちの気持ちはひとつになっていた。
だが、タマモにはまだ口にしていない地雷があった。
たしかに「調理」をすれば「取得経験値極減」は発動しなくなる。
戦闘ではろくに稼げなくてもまだほかに取得経験値を通常通りに得られる方法があるのであれば、まだ救いはある。だが──。
「それに、一番の問題があるんです」
「な、なんじゃね?」
「ボク調理できないんです。リアルでもしたことないんです。調理実習でも幼馴染みが「あんたはなにもするな」って言って、ふふふ」
「……」
──ハイライトの消えた目で笑うタマモの姿に、誰もなにも言えなくなってしまった。
ギルドマスターでさえ、顔をそらして目元を押さえてしまうほどである。NPCでさえそうなのだから、プレイヤーであるファーマーたちは無言で泣いていた。もはや泣くしかない状況だった。
「だから安く売ってもらうなんてできません。せっかく皆さんが丹精込めて作った野菜を、無駄にはできないのです。だからお願いします。100シルで、100シルでクズ野菜を売ってください!」
タマモは深々と頭を下げた。状況を踏まえれば善意での泣き落としだってできるはず。
しかし自身の腕の問題を口にし、そしてそんな自分の腕では善意の野菜を無駄にしてしまう。そんなことはできないとタマモは言いきった。その姿勢はとても好ましいとギルドマスターは感じていた。
できることならば、クズ野菜と言わずにそこそこの品質のものを売ってあげたいところだ。
だが、特例を作るのは後々問題になる可能性があるのでできない。かと言ってクズ野菜は売ることができない。なぜなら──
「……すまぬ。クズ野菜は売れぬ」
「え?」
「わしとしても売ってあげたいところなんじゃが、クズ野菜は肥料に回してしまうので売ってやれぬのじゃよ。すまぬ」
今度はギルドマスターから頭を下げた。売ってやりたいとは思うが、どうしようもないことだった。そうして頭を下げてからタマモを見やるとタマモは、静かに笑っていた。ハイライトの消えた目で泣きながら笑っていた。
あまりにも後味が悪すぎる光景だった。ファーマーたちもなんとかしてやりたいところではあったが、どうしようもないことだったので、誰もが頭を抱えていた。
「じゃが、ひとつだけ方法がある」
不意にギルドマスターが人差し指を立てて言った。
「この方法であればクズ野菜ではなく、通常の野菜を手に入れられるぞ。まぁ、品質は低くなるので、味は相応になってしまうが、タダで手に入ると思ってええじゃろう」
「ど、どんな方法なんですか!?」
死中に活を求める勢いでタマモは食いついた。ギルドマスターは笑いながらもその方法を口にしたのだった。
これにて三が日更新は終了です。
お付き合いありがとうございます!
続きはとりあえず明日の、十二時くらいです。




