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29話 ヒナギクの恐ろしさ

「武闘大会」は順調に進行していった。


 件の3人組のクランは、蜘蛛の子を散らしたかのように叫んで離れて行ってしまったが、そのことを指摘できるほどの余裕はタマモにはなかった。


 なにせ再びレンが使い物にならなくなってしまったのだ。


 ただでさえクランの人数が少なくて、本来は関係がないアッシリアとアオイに手伝ってもらっている現状でキッチン要員ではないとはいえ、戦力であるレンが倒れてしまったのはとても痛かったのだ。


 とはいえ、そんなことを言ってもヒナギクが止まってくれなかったのだからどうしようもない。


「そ、そうか。「鬼屠女おとめ」の称号を得たのはヒナギクであったかえ」


 レンに「制裁」を加えたのを見てから、いや、タマモを制裁したときからアオイはどうにもヒナギクに苦手意識を抱いてしまっているようだった。笑いながらもその表情が引きつっているのがそのいい証拠だろう。


「……アオイさん、「鬼屠女」についてはオフレコです。むしろそのことを言うと、恐ろしいことになるのですよ」


「あぁ、そうじゃなぁ」


 付き合いが短いアオイでも、ヒナギクの恐ろしさは骨身にしみていた。


 そしてそのヒナギクが「鬼屠女」の称号を不名誉と思っていることもまたわかっていた。


 実際「不名誉だ」とはっきりと本人が言っていたこともあったため、これ以上称号については言わない方がいいだろうと思ったのだ。


「いや、あれは不名誉と言えば不名誉なんだろうけれど」


 ただアッシリアはまだそこまで恐怖を抱いていなかったということもあり、タマモとアオイがこれ以上触れないようにしようと意見が一致していたのに、アッシリアだけは続けてしまった。


 それがさらなる悲劇を産んでしまった。


「誰かなぁ? その不名誉称号を口にする人はぁ?」


 ヒナギクの語尾が間延びした。その瞬間タマモとアオイの体は自然と震えた。


 ふたりの骨身にまでヒナギクの恐怖がしみわたっているという証拠だった。


 実際ふたりの口からは「ひぃ!」という悲鳴があがった。


 その表情は恐怖に染まっていた。相当にヒナギクが怖いというのが誰が見ても明らかだった。


 しかしアッシリアはまだその恐怖に抗えていた。そう、ここまでは。


「いや、そこまで気にすることじゃないんじゃないかなと思うんだけど。それに話を聞く限り、効果もわりと有用なものだし、女の子に対して使うべき称号ではないというのもわかるんだけどね。それでもヒナギクさんのは気にしすぎかなぁと」


「……アッシリアさんにはわからないんですよ」


「え?」


 ヒナギクが顏を俯かせながら言った。その姿はあまりにも不気味だった。


 しかしそれでもアッシリアはまだ大丈夫だった。


 だがヒナギクが勢いよく顔を上げた姿を見て、アッシリアは少しだけ後ずさりをした。


 顔を上げたヒナギクは笑っていた。そう笑顔だった。笑顔だったのだが、その笑顔はとても攻撃的なものだった。


 それこそこれから攻撃を受けてもおかしくないほどに。


 それこそヒナギクの頭に見えない角が突然生えてきても不思議ではないほどに。


 ヒナギクの笑顔はとても攻撃的なものだった。


「アッシリアさんにはわからないんですよ。誰がどう見ても普通の女の子に「鬼屠女」なんて不名誉極まりない称号を送ってきた運営の鬼畜さ加減もその鬼畜の被害者の気持ちもあなたにはわからないんです!」


「いや、そんなことを言われても」


 アッシリアを指差しながら叫ぶヒナギク。


 そんなヒナギクになんて返事をすればいいのかがわからないアッシリア。


 ふたりのやりとりを怯えながら見守るタマモとアオイ。


 そしていきなり寸劇じみたことを始めたヒナギクとアッシリアのやり取りに「何事だ」と集まり始めるプレイヤーたち。


 しかし騒動の中心になりつつあるヒナギクとアッシリアはプレイヤーたちの動きに気付くことはできなかった。


 気づかないままふたりのやり取りは続いて行った。


「わかりますか、アッシリアさん。うら若き乙女に、どこにでもいるような普通の女の子である私があんな不名誉すぎる称号を送られたときの私の気持ちが!」


「それはわからないけれど、でも」


「でも?」


「普通の女の子は人を振り回せないと思うのだけど」


 アオイのひと言に時が止まるヒナギク。しかしそれはショックを受けているわけではなく、アッシリアの口にした言葉を理解できないからであった。


「私、人を振り回したことなんてないですよ?」


「……え?」


「え?」


「え?」


「ええ?」


 ヒナギクの言葉に唖然とするアッシリア、タマモ、アオイの3人。しかしヒナギクはなぜ3人がそんな反応をするのかがわからなかった。


 ヒナギクとしてはそんな野蛮なことをした憶えなど欠片もないのだ。ヒナギクとしてはただのお茶目をしただけであり、決して野蛮なことではなかった。


「……ヒナギクの常識ってところどころでぶっ飛んでいるから」


 ぼそりと幼なじみゆえの長年の付き合いから骨身にしみていることを呟くレン。その表情は若干を通り越して思いっきり蒼い。それこそ心配になってしまうほどに真っ青だった。


 しかしそんなレンの様子を見てもヒナギクは止まらない。


「もう! レンはいつもそうやって私をおかしな人のように言うよね。そういうところ本当に嫌いだよ?」


「いや、だって実際常識おかしいところあるだろう?」


「ないもん! そんなもの一切ありません! レンのバカ!」


 ヒナギクが叫びながらレンに向かってなぜか正拳突きを放ったのだ。


 ただでさえ弱っているレンに対しての所業に誰もが目を見開いた。


 だが当のレンだけはもう諦めた顏でヒナギクの正拳突きを喰らっていた。


 その数瞬後、人がきりもみ回転しながら上空に飛びあがるという光景が見られたという。


 それも試合を行っている舞台ではなく、舞台の下でだった。


 その際誰が上空に飛びあがったのかは言うまでもない。そして関係者はことごとく口を塞いだという。ただアッシリアだけは重い口を開いてこう言った。


「ヒナギクさんは、怖いね」


 しみじみとアッシリアは語った。その怖いという意味がどういうものなのかは言うまでもない。


 そしてその光景がなぜか2日目のハイライトとして後に公式が公開した動画に乗せられていたのだが、それはまた別の話となる。

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