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26話 最恐のプレイヤー

「──というわけで、本来ならまだお客様に提供できるようなものをお出しできる腕前じゃないんです」


「な、なるほど、のぅ」


「そ、そうなのね」


「ええ。なのでちょっとお目汚しをしてしまいました」


 申し訳ありませんとヒナギクはアオイとアッシリアに向かって頭を下げていた。ヒナギクに頭を下げられているアオイとアッシリアは顔を引きつらせていた。


 顔が引きつるのも無理はない。なにせアオイとアッシリアはヒナギクを見ていないのだ。


 ふたりが見ているのはヒナギクの後ろに蹲ったタマモだったのだから。タマモは屋台の陰に隠れる形で体を震わせていた。


「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ」


 ちょうどアオイとアッシリアには背中しか見えないが、その表情がどういうものになっているのかは考えるまでもない。


 むしろそうなって当然だとふたりには思えていた。それだけのものをふたりは見てしまったのだから。


(な、なんなんじゃ、この女。本気で恐ろしいんじゃが)


(希望ちゃんにそっくりなんだけど、中身がまるで違う。そもそもあの子、まもりを姉様と呼んで慕っていたし。そのまりもをあそこまで追い込める子じゃなかったはずだから、たぶん私の勘違いなのよね)


「最凶」のPKと謳われたアオイでさえも恐怖で振るえそうになる仕打ちだった。


 いや、恐怖で振るえそうになるほどの表情をヒナギクは浮かべていたのだ。


 有象無象と評していたのだが、その有象無象であるはずのヒナギクに恐れを抱いてしまったことになんとも言えない気分になるアオイ。


 対してアッシリアはヒナギクの外見がまりもの従妹である希望に似ていることに気付いた。


 だが、その希望はタマモの中身であるまりもを「姉様」と慕う子であったため、いましがたヒナギクがタマモにしたような仕打ちなどとうていできるわけがないと思ったため、ヒナギクと希望が同一人物であるという線は即座に捨てていた。


「タマちゃん。ぶつぶつと独り言を言っていないで、お詫びしないとダメでしょう?」


 ヒナギクは謝り続けるタマモの首根っこを掴んで再び持ち上げて、にこりと笑いかけた。その笑顔と言動にタマモが悲鳴を上げた。


 よく見ると目が虚ろになっているのだが、虚ろになりながらもその表情は恐怖に染まっていた。


 しかしそれでもヒナギクは止まらない。


「ねぇ、タマちゃん? なんで悲鳴なんてあげているの? 私はただ注意をしただけだよね? なのになんで悲鳴なんてあげちゃうの? 私の言っていることはそんなに怖いの? それとも私をまたあの不名誉な称号のように言うのかな?」


 ニコニコと笑みを深めるヒナギク。その笑みにタマモは体を震わせていた。


 虚ろな目で体を震わせて泣いている。その姿は傍から見ると幼児虐待のように思えてしまうが、実際のところは虐待ではなくただの注意であるため、見守っている運営チームも、そのほかのプレイヤーも、そしてアオイとアッシリアもなにも言えない。


 いな、誰にもなにも言わせない圧力をヒナギクは放っていた。その圧力にさらされて、タマモは壊れたように「ゴメンナサイ」と謝り始めた。ほろりと涙が零れていく様がなんとも憐れであった。


 だが、それでもヒナギクは止まらない。


「私に謝ってどうするの? 謝るのは私じゃないよね? 中途半端なキャベベ炒めを提供しちゃったアオイさんんとひとりでこなせるはずの量しかない仕込みを手伝ってもらったアッシリアさんに謝るべきだよね? なのになんで私に謝っちゃうの? ねぇ、どうしてタマちゃん?」


 ニコニコと笑いながら、容赦なく追撃を仕掛けていくヒナギク。追撃されているタマモは壊れたように「ゴメンナサイ」を連呼することしかできない。それでもヒナギクは止まることなくタマモに笑みを向けていく。


「の、のう、ヒナギクとやら。我はそこまで気にしておらなんだ。だからそろそろ許してあげても──」


 さすがにタマモが憐れすぎるというか、かわいそうだったため、アオイは助け船を出そうとした。しかし──。


「ダメですよ、アオイさん」


 タマモに浮かべていた笑顔がアオイに向けられた。そのことでアオイは「ひぃ」と小さく悲鳴をあげた。


「最凶」のPKだったアオイ。「銀髪の悪魔」とまで謳われたはずのアオイが悲鳴をあげた。


 それほどにヒナギクの笑みが、いまのヒナギクの笑みが恐ろしかったという証拠だった。


「未熟なタマちゃんが勝手に行動しちゃったんです。お師匠様として徹底的に絞ってあげないとかえってかわいそうですからね」


 ふふふと笑うヒナギクに、アオイは「さ、左様ですか」と言った。そうとしか言えなくなってしまった。それほどまでにヒナギクの笑顔は怖かった。ただただ怖かったのだった。


「え、えっと私が勝手に手伝っただけだから、そこまで怒らなくてもいいと」


「なにを言っているんですか、アッシリアさん? 私は怒っていないですよ。ただ注意をしてあげているだけです。それとも私が怒っているように見えるんですか?」


「え、えっと、その、笑っておいでだと思います」


「じゃあ問題ないですよね?」


「……問題アリマセン」


 ヒナギクを諌めようとしたアッシリアもヒナギクの笑顔に屈した。むしろ屈しない存在などいないのではないかとアッシリアは思った。


「ならもう少しだけタマちゃんに注意をさせていただきますね。……今後もう勝手なことをしないように」


 すっとまぶたを細めるヒナギク。その姿にアオイとアッシリアは同時に敬礼をした。


 いや、ふたりだけじゃない。遠巻きに見守っていた他のプレイヤーたちも同時に敬礼をしていた。


 敬礼をしないなんて選択肢は存在していなかったのだ。


「さぁて、それじゃ覚悟してね、タマちゃん」


 にっこりと笑うヒナギクにタマモは再び悲鳴をあげた。


 こうしてこの日「エターナルカイザーオンライン」において「最恐」のプレイヤーが誕生することになったのだが、そのことを詳しく話すプレイヤーはいなかった。


 ただひと言──「「鬼屠女」を怒らせるな」という言葉が広まることを除いては、「最恐」のプレイヤーの話をするプレイヤーが現れることはなかった。

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