22話 アッシリアの想い
(どうしていつもこうなるんだろう)
アッシリアは心の中で何度も嘆いていた。
(どうして私はいつもまりもが大変なときになにもしてあげられないんだろう?)
子供の頃から何度も思った。何度も嘆いた。何度も悔しんだ。「どうしてなにもしてあげられないんだろう」、と。
いつもそうだった。
子供の頃から構図は変わらない。変わってくれない。
まりもはいつも大変だった。
子供の頃からなにも変わらない。子供の頃からまりもはいつも忙しそうだった。
物心がついたときには、すでにまりもは習い事をしていた。
最初は華道だった。華道と言ってもその頃は先生の活けた花を見て楽しんでいただけだったようで、華道を習う時間が楽しみだと当時のまりもは言っていた。
しかし一年が経とうとした頃には、今度は日本舞踊を習い始めたのだ。正確には両親に薦められてのようだが、最終的にはまりも自身が決めたことだったらしい。
「お花も踊りも楽しいよ」
まりもはまだその頃まではにこにこと笑っていた。そう、その頃までは笑っていた。
だが、日本舞踊を始めると同時期に華道の指導が始まったことで、楽しかったはずの習い事は一変したようだ。
「お花でよく怒られるんだ」
まりもは肩を落として言っていた。実際に活けるようになってから華道の指導はかなり厳しくなったようだ。
それでも当時から要領は悪くなかったから、その指導にもなんとか応えることができていたが、そこに日本舞踊の指導にも熱が帯びたことが加わり、まりもから明るさが消えてしまった。
「……アリアとずっと遊べていたらいいのになぁ」
まりもは遠くを眺めながらそんなことを言っていた。服の裾で隠してはいたが、わずかに覗く腫れた手首がとても痛々しかったことを覚えている。
それでもまりもは習い事を一生懸命にこなしていた。
だが、そんなまりもを嘲笑うかのようにまりもの習い事は徐々に増えていった。次はピアノ、その次は琴、その次は書道とまりもに課せられたものは徐々に増えていった。
それでもまりもは懸命にこなしていた。
「期待に応えないといけないもの」
まりもは笑っていた。とても疲れた様子で笑っていた。
そんなまりもになにも当時なにも言ってあげられなかった。
「頑張ってね」なんて言えるわけがない。すでに頑張っているまりもにそんなことが言えるわけがなかった。言っていいわけがなかった。
でも頑張っているまりもになにかを言ってあげたかった。
だけどなにを言えばいいのかわからず、気づいたときにはいつも泣いていた。
本当に泣きたいのはまりものはずなのに、それでも泣いてしまっていた。
まりもの代わりにとは言えない。ただ泣きじゃくることしかできなかったのだ。
「アリアったら本当に泣き虫さんよね」
ふふふ、と優しげにまりもは笑っていた。疲れなど見せずにただ笑っていた。その笑顔を泣くことでしか引き出せない自分がひどく情けなかった。そして悔しかったことをいまでも覚えている。
あの頃からまりもの代わりをしてあげることはおろか、支えてあげることもできなかった。
それは小学校の頃も、中学生の頃も、高校生になっても変わらなかった。まりものそばにいることしかできなかった。
当時もいまもなにもできない。まりもを助けてあげることはできない。なにもできないアリアのままなのだろうか。
「おや、こんなところにいたのかえ、「明空」」
不意にアオイの声が聞こえてきた。
見ればアオイが立っていた。それも機嫌がよさそうな顔でだった。
「アオイさん、おはようございます」
「おぉ、なにやら愛らしい子がいると思うたら、タマモではないかえ。今日も愛らしいのぅ」
「あはは、ありがとうございます」
惚けた顔でまりも、いや、タマモの頭を撫でるアオイ。
少し前に徹底的に屈服させるとか、信じていた相手に裏切られたらとか言っていたはずなのに、とてもではないが同一人物だとは思えない。
(……いや、違うか)
アオイは惚けた顔をしているが、その目はとても鋭かった。
惚けた顔の下で舌舐めずりをしているのがはっきりとわかる。
タマモを食い物にしようとしているのがはっきりとわかった。
(……あぁ、あるじゃない。私にできることが)
いまわかった。いやわかっていたことを改めて理解した。
(この女にまりもは渡さない。いや、渡しちゃいけない)
現実には守ることはできないかもしれない。支えてあげることもできないかもしれない。
だが、ゲーム内であれば、支えてあげることはできなくても守ってあげることはできるはずだった。
(……悪いけど、あなたにまりもは渡さないよ、「姫」)
そうしてアッシリアはタマモとアオイのやり取りを眺めながらひとつの決意を抱いたのだった。