21話 重なる姿
「──というわけで、ボクは「調理」をすることになったのですよ」
アッシリアに「調理」をすることになったいきさつを話し終えたタマモ。
本来であれば、初対面の相手に話す内容ではないのだが、なぜかアッシリアにであれば構わないかと思ったのである。
(どうしてこの人であれば構わないなんて思ったんでしょうか?)
自分のことであるはずなのに、そう思った理由がわからないタマモ。理由はわからなくても少なくともアッシリアに話すことは問題ないと感じていることはたしかだった。
「……」
ただその当のアッシリアはなにも言わない。無言で顔を押さえてしまっていた。顔を押さえながらもキャベベを刻む手は止まっていない。
「アッシリアさん?」
「ちょっと待ってね」
「はい?」
「ちょっと予想外すぎて、なにを言っていいかわからないから、ちょっと待って」
アッシリアは顔を押さえながら包丁をまな板の上に置くと、その場でしゃがみこんでぶつぶつとなにかを呟きだした。地味に怖い。というか、懐かしい光景だと思えた。
(……アリアもこういう癖ありましたねぇ)
幼なじみの莉亜は、想定外のことが、それもキャパシティーを超過してしまうと冷静になるために、一度こうしてしゃがみ込む癖があった。
ちょうどアッシリアがいましているように、ぶつぶつとなにかを呟きながら少しずつ冷静さを取り戻そうとするのだ。
もっともいきなり目の前でしゃがみ込まれたうえに、ぶつぶつと呟かれる側にとってみれば堪ったものではない、というか、不気味極まりないことであったが。
もっともタマモにとってはそういう莉亜の一面も微笑ましく思っていた。普段どんなに冷静であっても莉亜は自分と同じ年齢の少女であるということを時折忘れそうになる。
それだけ莉亜は普段からしっかり者だった。
とはいえ、どんなにしっかり者であっても自分と同じ年齢の少女であるのだから、限界は必ずあるものだ。そしてその限界を超過したとき、莉亜はいまのアッシリアのようにしゃがみ込んでしまうのだった。
そんな莉亜の姿に幻滅したとか、気味悪いとか言うクラスメイトはいた。
しかしそれを言うのであれば、女性の胸を誰よりも愛している自分はどうなのだと言いたくなった。
キャパシティーをオーバーしたらしゃがみ込んでしまうくらい別にいいじゃないかと。女性の胸を愛している自分とどっちが気持ち悪いのだと言いたくなった。
とはいえ、実際にその場で言うことではなかったし、言えることでもなかった。
だが、莉亜を攻撃するような連中には徹底的な攻撃を後ほど仕掛けてあげたのだが。
顔と名前も一致しないようなクラスメイトよりも長年連れ添った親友を大切にするのは当然のことだとタマモは思っている。その気持ちはいまも変わっていない。
変わっていないが、その莉亜を一方的に傷つけてしまった自分が、いまさら莉亜のことを語れる資格などないのだろうが。
(……いまごろアリアはなにをしているんでしょうね)
おそらくはベータテスターとしてこのゲームに参加しているのだろうが、いまのところアリアの手がかりらしきものは一切なかった。
(もしかしたらプレイしていないという可能性もあるんですよねぇ。でもボクを誘ってくれたのだから、きっとアリアもプレイしてくれているはずなのです。ううん、絶対にアリアであればプレイしているはずなのです)
確証などない。それでも莉亜であれば、とタマモは思っていた。その気持ちは一切揺らぐことはない。莉亜はきっとこのゲームをプレイしている。そしてこのゲームのどこかで自分を待ってくれているはずだった。
(……今度会ったら、絶対に謝るのです。すぐには許してもらえないかもしれないけど、それでもいつかまた一緒に遊んだり、話したりできるように何度でも謝るのです。だから待っていてね、莉亜)
居場所がわからない莉亜を思いながらタマモは、いまだにぶつぶつと呟き続けるアッシリアを横目にして、仕込みの続を始めようとした、そのとき。
「ん? なんじゃ、こんなところにおったのか、「明空」」
不意にアオイの声が聞こえてきたのだった。




