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20話 アッシリアの嘆き

 トントントンと軽やかで、小気味いいリズミカルな音が聞こえてくる。


 音の発生源はすぐそばから、具体的には斜め下から聞こえてくる。


「ふふ、ふふふ~ん」


 ご機嫌な様子で「通りすがりの狐」ことタマモが包丁を振るっていた。


 タマモの包丁が切るのは、キャベツ、いやこのゲーム内で言えば、キャベベをひと玉だった。


 現実であれば、抱えるほどの大きさのある見事なものだ。


 そのキャベベをタマモは手慣れた様子でみるみるうちに一口大の大きさにと切っていく。


 かなり単純ではあるのだが、その手際はよかった。


(……単純な内容ではあるけど、その分技量が試されるのだけど、文句なしね)


 いまはただキャベベを一口大に切り揃えているだけだが、その大きさは見事にすべて均等である。アッシリアが知っている頃とはまるで違っていた。


(……ほかの野菜よりかは均等にしやすいとはいえ、鼻歌混じりでそれができているのだから、大したものね。調理実習で戦力外だったのが、嘘みたい)


 ふふふ、とアッシリアは笑った。


 そんなアッシリアにタマモは顔を上げると不思議そうに首を傾げた。


「どうされましたか?」


「いえ、手際がいいなと思っただけよ」


「……ヒナギクさん、いえ、お師匠様にだいぶ絞られましたので」


 はははと渇いた笑い声を上げるタマモ。見れば目から光が消えていた。その様子からして半端な絞られた方ではなかったようだった。


「……だいぶ、ではなく、徹底的の間違いじゃないかしら?」


「……そうとも言いますかね」


 ふたたび渇いた笑い声を上げるタマモ。アッシリアは少しだけ顔がひきつった。


 普段能天気なタマモがここまでの状態になるなんて早々見たことはないのだ。


 ということはそれほどの過酷な日々を送ってきたという証拠だった。


(……こいつをここまでするって、あのヒナギクって子、相当に絞ったのね)


 調理実習に戦力外通告するレベルだったのをいっぱしレベルに仕立てたのだから、ヒナギクがどれほどの鬼教官だったのかがわかる。


 ……さすがにその内容まではわからないが、少なくともかなりやんちゃをしたということはわかった。


しかし解せないこともあった。


「……あなたはなんで「調理人」を?」


 そう、調理なんてからっきしのくせに、なぜ「調理人」になったのだろうか? 


 女子なのだから調理のひとつやふたつはできて当然だからとか、そんな無謀極まりないことを考えるほどにおバカではなかったはずだ。


「あ~。実を言うと、ボク「調理人」ではないんですよ」


「……は? でも「調理」しているよね?」


「「調理」は「調理人」以外にしてはいけないなんて法律はないはずですよ」


「いや、それはそうだろうけど」


 アッシリアは言葉に詰まった。たしかに「調理人」以外に「調理」をしてはいけないというルールも法律もない。


 むしろほかの職業に就いているプレイヤーの中には「調理」を取得しているプレイヤーもいる。


 かく言うアッシリアもそのうちのひとりだが、それでも解せない。


 タマモが専門職でもないのに、わざわざ「調理」をしないといけない理由がアッシリアには思いつかなかった。


「……アッシリアさん。ほかの人には言わないでほしいのです」


「え?」


 いきなりタマモが手招きをした。それも周囲を見回してからだ。


 その行動は怪しさ満点であるが、タマモの外見で行うと、とたんに愛らしく見えてしまうのが不思議である。


(本当にこいつは見た目でだいぶ得しているなぁ)


 仮に同じ「三空」のメンバーである「宵空」がこんなことをすれば、即通報されるだけだろうに、タマモがすれば愛らしいか微笑ましいとしか思われないのだから、見た目というものはやはり重要だった。


(というか、こいつ私のことをわかっていないのかしら?)


 さっきからタマモが妙によそよそしいのは、どういうことだろうか? やはり見た目を少し弄ってしまったのが原因だろうか?


(いや、それでも幼なじみなんだからわかるよね?)


 ほんのわずかに不安になるアッシリア。そしてその不安は現実のものとなる。


「……初めて会う人には基本的に言わないことにしているのですが」


(……あぁ、やっぱり気づいていなかったのね)


 囁きかけてくるタマモの声にがくりと肩を落とすアッシリア。しかしタマモはアッシリアの変化に気づくことなく続けた。


「実はボクの「EK」は──」


 タマモの囁きをアッシリアはため息を吐きながらも聞いたのだった。

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