19話 アッシリア
「フィオーレ」に用意された部屋を出ると、タマモはまっすぐに昨日の会場に向かった。予選の試合会場は同じ屋内会場で、本戦から屋外の、本戦専用の舞台になる。
「今日であの会場での試合はおしまいですもんね」
二日目の今日で予選はすべて終了し、明日からは本戦が始まることになっていた。あと一回勝ち上がれれば本戦出場の権利を勝ち取ることができる。
しかしそれがどれほどに困難であるのはわかりきっていた。なにせ少なくとも昨日の予選一回戦を、五つのクランでのバトルロイヤルを勝ち残ったのだから、弱いわけがなかった。当然今日の二日目は昨日以上の激戦となるのは必至だろう。
「……勝てるでしょうか」
昨日の試合はヒナギクとレンだけで勝敗が決まった。あのふたりが勝負を決めてしまったのだ。
実際タマモはただ突っ立っていただけである。おそらくは今日もそうなりそうな気がしてならない。
(ボクも少しくらいは活躍したいのです)
高望みであることはわかっているが、それでも少しくらいは活躍したいものだ。
掲示板を少し回ってみたが、「フィオーレ」の活躍も少しだけ書かれていた。
書かれているのはもっぱら生産板だったが、ほかのスレッドでも少しは書かれていた。大半はアオイのことばかりであったけれど。
「……アオイさん」
結局昨日はアオイとあれ以上話すことはできなかった。
あの状況でアオイと接したら、巻き込まれかねないとヒナギクたちに言われてしまい、アオイたちを探すことはしなかったのだ。
おそらくは今日も同じことになりそうだが、アオイとてタマモを巻き込みたくはないと考えているだろう。
だから不必要に接触する理由はない。試合前にはあれほどに触れ合っていたが、あのときとは状況がまるで違うのだから無理もないのかもしれない。
「……会えるのであれば会いたいのです」
とぼとぼと歩きながら呟く。昨日のようにいきなり後ろから話しかけられるかもしれないという淡い期待は、会場入りするまで抱き続けたのだが、結局期待が叶うことはなかった。
「……はぁ」
ため息を吐きつつ、タマモは昨日と同じ場所で、昨日屋台を開いたのと同じ場所で仕込みを始めた。ヒナギクとレンはまだやってくる気配はない。
それどころか、会場にいるプレイヤーはまだほとんどいなかった。完全にいないわけではないが、いるのはごくわずかである。たいていがタマモと同様に仕込みをするために訪れたプレイヤーだった。中には舞台に上がって最終確認をしているプレイヤーもいるにはいる。
だが、ほとんどは「調理」系のプレイヤーばかりであり、非生産職プレイヤーの姿はほぼなかった。
(ボクも生産職ではないんですけどね)
ぼんやりとそう考えながら、インベントリにしまっていたキャベベを取り出し、ひと口大に切り分けようとした、そのとき。
「……あなたが「通りすがりの狐」さん?」
「ほえ?」
不意に声を掛けられた。それも知らない人にだった。そう、タマモとしては知らないプレイヤーである。ただ見たことがないわけではなかった。むしろ昨日の試合で見かけた人物だった。
「えっと、アオイさんのクランの人です?」
タマモは首を傾げながら尋ねた。目の前にいるのはアオイのクランにいた、後方で猫背の男性プレイヤーと一緒に観戦状態だった女性プレイヤーだった。昨日同様にフード付きのマントで顔のほとんどを隠しているが、ほんのわずかに顔は見えていた。その顔はどこかで見憶えがあった。
(ん~? どこででしたっけ?)
とてもよく見た気がするのだ。でもそれがどこでなのかがタマモにはわからなかった。視線を下げると自己主張する胸元に目が行った。形はいいうえに大きさもなかなかのもので、タマモ好みだった。しかしゆえにわからない。
(……こんな素敵なお胸のプレイヤーさんであれば、絶対に忘れないと思うのですけど)
そう、タマモの中では高得点の胸の持ち主なのだ。その持ち主を忘れることなどありえない。
しかしならば、この女性プレイヤーは何者なのだろうか。
タマモにはまるで覚えがないのである。妙な気持ち悪さを感じるタマモ。そんなタマモに女性プレイヤーはため息を吐いた。
「……見た目が見た目だから、あまり言われないのでしょうけど、そうやって露骨に女性の胸をガン見する趣味はやめた方がいいと思うけれど?」
女性プレイヤーのひと言に衝撃を受けるタマモ。
(ま、まさか気付かれたのですか!?)
女性の胸を真っ先に見るのは、タマモはもちろん「玉森まりも」としての悪癖ではあるが、そのことをいままで親しい女性以外には気づかれたことなどなかったのだ。仮に気づかれても言い繕ってきたので、問題などなかった。
しかしこの女性プレイヤーは「趣味」と言った。タマモの悪癖であり、趣味を理解した上で言っているのだ。思わず身構えてしまうタマモに女性プレイヤーは続けた。
「……まぁ、あなたの趣味なんてどうでもいいのだけど」
やれやれとため息を吐きながら、なぜかタマモの隣に立つ女性プレイヤー。そしておもむろに置いてあった包丁を取ると、手慣れた手つきでキャベベをひと口大に切り分けていく。
「えっと」
「……手伝ってあげる。仕込みをひとりでするのは大変でしょうし」
「あ、ありがとうございます、えっと」
「……アッシリアよ」
「あ、はい。ボクはタマモです」
女性プレイヤーことアッシリアと名乗り合ってから、タマモはアッシリアに手伝ってもらいながら仕込みを始めた。その間、アッシリアはじっとタマモを見つめていた。
(素晴らしいお胸のお姉さんに見つめられていて、嫌な気になることなどありえないのです)
そんな謎の理論を展開しながらアッシリアからの少し露骨な視線を浴びながら、アッシリアとの仕込みをタマモは続けたのだった。




