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17話 コイバナとため息と

「ふぅ、口ほどにもなかったのぅ」


「三空」に割り振られた部屋、アオイと「明空」に割り振られた部屋に着くと、アオイはベッドに飛び乗った。ほどよい弾力のベッドにアオイの体が包まれ、たゆんとアオイの胸が大きく弾んだ。


「……」


「どうした、「明空」?」


「別に?」


「明空」の視線に気づき、尋ねるアオイ。「明空」は手をひらひらと振りながら、なんでもないと返していた。


「いやいや、なんでもないはなかろうよ?明らかに我を見ていたではないか?」


「気のせいよ、「姫」」


「いやいや、いまのは確実に我を見ていたぞ?ふふふ、だが残念じゃが、我にはすでに心に決めた相手がおるのじゃよ」


「……知っている。生産板のアイドルこと「通りすがりの狐」ちゃんでしょう?」


「おや、知っておったのかえ?」


「それはそうよ。「三称号」を解放した有名人ですもの。まぁ、私はまだ会ったことがないけども」


 アオイが飛び乗ったベッドの隣のベッドにと腰掛ける「明空」はため息を吐きながら、褐色の長い脚を組み、両手を前方へと伸ばした。


「……ん~」


「どうかしたかえ?」


「いえ、ちょっと違和感がね。……やっぱり慣れないものね」


「違和感?」


 はてと腕を枕にして横たわるアオイ。「涅槃像じゃないんだから」と「明空」は注意した。


 そんな「明空」に「うるさいのぅ」と唇を尖らせるアオイ。


 しかし「明空」のお小言は止まらない。


「そもそも誰もいないからと言って、油断しすぎじゃないかしら? ここは安全とはいえ、周りのプレイヤーは敵だらけなのだから、油断しすぎは命取りになるかもしれないのよ?」


「ふん。有象無象がいくら集おうと問題ではない」


「……まぁ、あなたの実力であればそうかもしれないけど、少しは緊張感というものをね」


「あーあーあーあー、聞こえなーい」


「子供か、あんたは」


「そういうそなたはお小言おばあちゃんか?」


「誰がおばあちゃんだ、誰が!」


 アオイのあんまりもな一言に「明空」は声を荒げて怒っていた。


 しかし当のアオイは「ふーんだ。聞こえないのー」と知らんぷりである。


(はぁ、あのバカにそっくりね、こいつは)


「明空」はため息を吐きつつ、手の掛かる幼なじみを思い浮かべていた。


 人前では完璧なくせに、「明空」と一緒のときだけはてんでだらしなくなってしまう手の掛かる、だがとても頼りになる心優しい幼なじみのことを思い出していた。


(元気にしているかなぁ、あのなんちゃってロリは)


 毎朝家に行っているが、半年前から直接顔を合わせていない。


 物心がついたときからの仲ではあるが、「明空」にとって幼なじみとこんなにも長期間会わないというのは初めてのことだった。


「……そろそろ会いに行こうかなぁ」


 ぽつりと思わず洩らしてしまうと、アオイは過敏に反応していた。とてもいやらしい顔をしながら笑っていた。


「誰かと会うのかえ? 」


「……盗み聞きは感心しないけど?」


「盗み聞きなどしておらぬよ。そなたが勝手に口にしただけのことじゃ」


「……そう」 


 アオイが唇を尖らせながら、枕を抱えてバタバタと脚を動かしながら、にやにやと見つめてくる。なんとも居心地が悪い瞬間だった。


「お行儀が悪いよ、「姫」」


「別にええじゃろー、そなた以外には見られておらんのだから」


 枕を抱えてぷくっと頬を膨らますアオイ。その姿はますます幼なじみの姿と重なってしまった。


「……見た目は全然違うのに、うちの幼なじみにそっくりよ、あんた」


「ほぅ? それそれは光栄じゃの。で、寝たことがあるのかえ?」


「……は?」


「だからセックスはしたことがあるのかと聞いておるのだ」


 アオイが口にした一言に「明空」が言葉を失った。しかしアオイは気にすることもなく続けた。


「なんじゃ? ドラマやら漫画やらでは、幼なじみというのは基本的に恋仲になって結婚するもんじゃろう? だからそなたとそなたの幼なじみも恋仲かと。恋仲であれば体を重ねるのも──」


「やめてくれない? ぞっとするから」


 あの幼なじみと恋仲になるなんてありえない。


 そもそもあれが旦那になるとか考えたくもない。


「あんな大きな胸が大好きな、外面だけ完璧人間なんて願い下げね」


「酷い言いようじゃなぁ。だが、嫌いも嫌いも好きのうちと」


「だからやめてちょうだい。そもそもタイプじゃないから」


「ふむ。では、その幼なじみの顔がダメなのかえ?」


「いえ、顔は整っているというか、完全に美形よ、あいつは」


 なんちゃってロリではあるが、あの幼なじみは顔だけは美形である。それも保護欲を刺激してくるタイプだ。そういうタイプが嫌いというわけではないが、それでもあれが旦那というのはありえない。


 というかあれを旦那にすると考えただけで頭痛がする。


(嫌いというわけじゃないけど、さすがにねぇ)


 幼なじみだからと言って、必ずしも結婚するわけではない。


 それにそもそもの話、「明空」と幼なじみは同性であり、結婚はできなかった。がアオイに言っても意味はなさそうである。むしろ常識をぶち破りそうで怖い。


「とにかくあれとはそういう関係ではないの」


「なんだ、つまらぬ」


「つまらないって、あんたねぇ。人の色恋沙汰を聞くのであれば、あんた自身のはどうなわけ?」


「ふ、愚問よな。そんなことは」


「……あ、やっぱりいい」


「なぜだ?」


「自分の胸に手を当てて聞きなさいよ」


 アオイの言動に呆れる「明空」だが、当のアオイは不思議そうに首を傾げるだけである。


 一般的な恋愛観とアオイのそれはまるで違うのだから無理もない。そんな特殊すぎる恋愛観など聞きたくもないのだ。


 というよりもそもそもなぜアオイとコイバナに興じているのかが「明空」には理解できなかった。


「……なんで私はあんたとコイバナなんてしているのかしらね?」


「いいじゃろう? 暇なんじゃし」


「それはそうだろうけれど、もう少し建設的な話でも」


「キマシタワーと叫ぶ内容であれば」


「そっちの建設じゃないからね」


 わざとやっているのか、こいつはと思うことをアオイは言ってくれた。だが、見たところアオイは本気で言っているようだった。余計に性質が悪いなと思う「明空」だった。


「とにかく、この話は終わりよ、終わり」


「なんじゃつまらんのぉ」


 ベッドに手足を投げ出して、ぶーぶーと文句を言うアオイ。


 いまの言動だけを見れば完全に子供としか思えないが、さきほどの最終試合のように戦闘時においては、いまの姿からは想像もできないような姿を、「銀髪の悪魔」と称されるにふさわしい姿を見せてくれる。


 ベータテスト時で散々にやり合ったときと、いまとではまるでアオイは違っていた。本来のアオイはどっちなのだろうと思えてならない。


「……ねぇ、「姫」」


「うん?」


「本当のあなたはどっちのあなたなのかしら? 戦闘をしているとき? それともいまのあなたなの?」


「はん。そんなもの決まっておろうが」


「明空」の問いかけにアオイは勢いよく起き上がって言った。


「どちらもじゃ。戦闘をしているときの我も、いまの我も。そしてタマモと接しているときの我も。すべてが我──「銀髪の悪魔」と称された「蒼天」の中核を為すクラン「三空」のマスターであるアオイなのじゃよ」


 アオイは笑っていた。弧を描くようにして口元を歪ませて笑っていた。その姿は「悪魔」というよりも「魔王」という方が近いように「明空」には思えた。


「……もう悪魔よりも魔王に変えたら? アントンたちを一蹴する姿を見ていたけれど、悪魔なんて超越しているように思えたし」


「ふむ、魔王か。悪くないのぅ。優勝を果たしたら「魔王」と名乗ってみるのも悪くないのう」


「……あっさりと言うね」


「できないと思うかえ?」


 にやりと口元を歪ませるアオイ。「いいえ」とだけ「明空」は答えた。


 実際ベータテスターでありPKKの中でも実力者であるアントンとアレンたちを歯牙にも掛けなかったのだ。アントンとアレンがPKKのトップだとは言わない。ふたりよりも強いプレイヤーはいる。


 だが、そのプレイヤーよりもアオイの方が強いと「明空」には思えていた。


「ふふふ、暇つぶし程度のものだったが、目標ができたからには真剣にやらんといかんのぅ」


「……あまりやりすぎないでね、「姫」」


「無論じゃ。やりすぎてタマモに嫌われでもしたら台無しじゃからのぅ」


「……ねぇ、さっきも言っていたけれど、そのタマモって」


「うん? ああ、「通りすがりの狐」のことじゃよ」


「……そう」


「なにかあったのか?」


「いえ、別に?」


「そうか?」


「明空」の反応にアオイは首を傾げたが、それ以上は特に追及することはなかった。


「さぁて、シャワーがあるようじゃし、浴びてくるかの!」


 アオイは勢いよくベッドから飛び降り、備え付けの風呂場へと向かって行った。バタンと勢いよく扉が閉まる音を聞きながら、「明空」は静かにため息を吐いた。


「……厄介なのに惚れられたなぁ」


 腰掛けていたベッドに寝転がりながら「明空」はしみじみと呟いた。


(……でも、本当にこのゲームをプレイしてくれているのね、まりも)


 いまはいない、まだ再会できていない幼なじみを思いながら「明空」はそっとまぶたを閉じたのだった。

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