15話 嘲笑う悪魔
「──最終試合開始します」
アナウンスとともに予選一回戦の最終試合は始まった。
開始早々にPKKの2チームは、チームという枠組みを越えての連携を始めた。
いや、10人でひとつのチームであるかのように、タンクの4人が前衛を固め、中衛に弓士とレンジャー、後衛に治療士がふたりに魔術師がふたりずつの陣形を組んでいた。その光景は「ファランクス」に近いものだ。
だが、その「ファランクス」をたったひとりのPKに、「銀髪の悪魔」と謳われたアオイひとりに対して使用するというのは端から見れば、おかしなもののように見える。
しかし当のPKKたちにとっては、獲物と称してもアオイ、「銀髪の悪魔」と対峙するにはこれでもまだ足りないと考えていた。
(もう10人いれば完璧だったんだがな)
PKKチームのリーダーのひとりである弓士のアントンは思う。あと倍の人数がいれば、完璧だったと。完璧に「銀髪の悪魔」を抑えることができたと思っていた。
しかし「武闘大会」では、5人で一組となる。同じ試合に2チームがいるだけでもよしとするべきだ。もし1チームだけで「銀髪の悪魔」と対峙していたらと思うとぞっとしていたところだった。
(姐さんには数だけでは決まらないと何度も言われたが、そうそう規格外なんざいるわけねえんだ)
「銀髪の悪魔」は「褐色の聖女」と並んで規格外と謳われたプレイヤーではあった。
しかしアントンには決して規格外だとは思えなかった。
(奴はきっとなにかしらのスキルを使っているんだ。それこそチートクラスのスキルを。人の目がないところであればともかく、この衆人観衆の前でもチートクラスのスキルなんざ使えるかな?)
この場で「銀髪の悪魔」を狩る自信はない。
しかしいくら敗れても最終的には勝てばいいのだ。
そのためにはこの場で「銀髪の悪魔」の手の内を解析する。
そのためアントンは今回の勝負を最初から捨てていた。
「銀髪の悪魔」を最終的に攻略するためには、目先の勝負などどうでもいい。
もちろん今回で勝てるようであれば、それが一番いいのだろうが、そんな容易く勝てるほど「銀髪の悪魔」は甘くないはずだ。
(アレンは勝つつもりだろうけど、さすがに期待薄だな)
もうひとりのリーダーであるアレンはタンクとして前線、それも中央に立っていた。中央に立つとアレンが身に着ける赤い虎縞の意匠の鎧が目立っていた。注目を自然と集めながらアレンは大きな声を上げて士気をあげようとしていた。
「「銀髪の悪魔」とて、我らが結束には敵うまい! みな、死力を尽くせ!」
アレンの声にアントンが率いるチームの4人も大声を上げていた。
アントンとしてはあまり熱血すぎるのは不得手ではあるが、決して嫌いではない。ゆえにアレンを嫌っているわけではない。
アレンもまたいくらかテンションは低めではあるが、常に冷静でいようとするアントンを嫌ってはいない。むしろアントンのようなプレイヤーは必要な人材だと思っていた。
そんな対称的なアレンとアントンはふたり組のPKKとしてコンビを組んでいた。
熱しすぎるアレンと思い切りが足りないアントンは、互いの足りない部分を補い合うパートナー同士だった。そんなふたりをPKKの仲間内では、「炎虎のアレン」と「氷狼のアントン」と称されている。
そんな炎と氷の競演の前では、さしもの「銀髪の悪魔」も太刀打ちはできない。
アレンとアントンを除いた8人のPKKたちはそう信じていた。だが──。
「……ぎゃーぎゃーと喚くなよ、下朗」
──ザシュッ
肉を切り裂くような音が不意に聞こえた。
なんの音だとアントンが確認をするよりも早く、アナウンスが流れた。
「クラン「炎の絆」のマスターが戦闘不能になりました。「炎の絆」は敗退となります」
「……は?」
聞こえてきたアナウンスの意味を理解できないアントン。理解できないまま、ふと正面を見やると、そこには自慢の鎧を切り裂かれたアレンが白目を剥いて倒れていた。見るからに意識がない。
「あ、アレン!」
アントンは思わず叫んでいた。リーダーのうちのひとりが早々に倒されてしまった。
それもたったの一撃でだ。アレンが率いていたチーム「炎の絆」のメンバーが狼狽えていた。
だが狼狽えていたのは「炎の絆」だけではなく、アントンが率いている「ブリザードヴォルフ」のメンバーにも動揺が走っていた。
「……普段は冷静なのに、ふとしたときにその冷静さを失ってしまうのは変わらないのね」
ぼそりと囁くような声が聞こえてくる。「銀髪の悪魔」のクランのひとり。顔を隠すようなフードを付けた女性プレイヤーのもののようだった。
「なんだ、おまえ! 俺になにか言いたいことでもあるのか!?」
アントンは矢を女性プレイヤーに突きつけた。すると女性プレイヤーはため息を吐いた。あからさまに呆れているようだった。
「言いたいことなんて、山ほど言ったと思うけどね。あなたは「規格外」なんて存在しないと言っていたけれど、その考えは危険よ? というよりも視野が狭すぎるのよね。「規格外」と言われる存在は、たしかにいるのよ。現にあなたの相棒である「炎虎」をうちの「姫」は一撃で倒した。それがいい証拠でしょう、「氷狼」」
「なんで、おまえ俺とアレンがコンビを組んでいることを。というか、なんで俺たちの異名を、それはPKKだけのもので」
そこまで言って、アントンは気づいた。いま言われた内容に憶えがあることに。なにせそれは散々言われたことだった。
視野が狭すぎると何度も、それこそ口が酸っぱくなるほどに言われ続けてきた内容だった。そしてそれを言ったのが誰なのかは考えるまでもなかった。
「まさか、おまえは。いや、あなたは」
アントンは目を見開いた。だがそれと同時に後方から悲鳴が上がる。振り返ると「銀髪の悪魔」が敗退した「炎の絆」のメンバーにまで襲い掛かっていた。
「貴様! 敗退したクランのメンバーに襲い掛かるなど!」
「おっと、これは失礼した。多勢に無勢だったのでな。間違えてしまった。とはいえ、我にとって有象無象はどれも同じに見えてしまうのでな。間違えてしまったのぅ」
喉の奥を鳴らして笑う「悪魔」にアントンは弓を構えた。
「死ね!」
アントンは構えた弓から全力の一矢を放った。弓の距離ではないため「武術」は使えないが、そんなことはどうでもいい。いまはただこの憎き「悪魔」を討ち取れればそれでいい。それだけを考えての一矢だった。
「……本当に変わらないね、アントン。普段の冷静さがあれば、それがただの愚策であることはわかるでしょうに」
ぼそりと女性プレイヤーが呟いた。その呟きと同時にアントンが放った一矢は、「悪魔」によって受け止められていた。それも人差し指と中指に挟まれるという形でだった。
「バカ、な!?」
アントンは言葉を失った。そんなアントンへと「悪魔」は嘲笑した。その笑みとともにアントンは意識を失った。




