14話 力が欲しい
「「銀髪の悪魔」?」
会場内がどよめく中、タマモは現状を理解することができなかった。
「「銀髪の悪魔」って、たしか」
「ベータテストでの」
ヒナギクとレンは知っているようだった。むろんタマモも知っていた。「銀髪の悪魔」とは、ベータテスト中盤ごろに突如として現れたプレイヤーにして、「最凶」と謳われたPKの異名だった。
その由来は陽光に煌めく美しい銀髪の女性プレイヤーだったからという話をどこかの掲示板で読んだことがある。
しかしその「銀髪の悪魔」の名がなぜいま会場内で飛び交っているのだろうか。
いま舞台にいるのはPKKの選抜チームが二組とアオイとアオイの所属する「三空」というクランだけだ。
しかも「三空」はアオイだけが素顔を露わにしている。
なのになぜ「銀髪の悪魔」の名が飛び交うのだろうか。それでは、それではまるで──。
「……まさか、こんなところで見えるとはな」
「ある意味、運がいいんだな、俺たち」
「あぁ、バルドスやクレスの悔しがる顔が見えるぜ」
「たしかにな」
PKKたちが不敵に笑っていた。それもそれぞれのリーダー同士でだ。同じPKKとはいえ、「武闘大会」で同じ試合に見えたのであれば、ライバルであるはずなのに、その目はアオイにだけ注がれている。
ふたりのリーダーの表情はとても殺伐としていた。
殺伐としながらもどことなく楽しげである。
まるで追い求めていた獲物を前にしたかのようで、いまにも舌なめずりが聞こえてもおかしくないほどにだ。
(……アオイさんを変な目で見ないでくださいよ)
PKKたちの視線にタマモは不快感を覚えた。アオイとは恋人というわけではない。初めてのフレンドではあるが、会ったのは今日で2回目だ。
それでもタマモにとって、アオイは大切なフレンドであり、今日までこのゲームをプレイし続けられた理由となった人でもあった。
そんなアオイを不躾な目で見られるのは非常に不愉快だった。不愉快極まりない。
だが、誰もPKKたちの言動を諌めようとはしない。
むしろその逆だった。
「が、頑張れ」
「頑張れ!」
「頑張れ、PKK!」
「悪魔を狩ってくれ!」
声援はPKKたちに向けられていく。アオイたちには声援どころか、敵視のまなざしだけが向いていく。応援しようなどというプレイヤーは誰もいなかった。誰も会場の雰囲気に異を唱えようとはしなかった。
会場の雰囲気がアオイが絶対的な悪や不倶戴天の敵という風になっていた。
雰囲気に誰もが呑まれていた。事情を知らない初期組や後発組もいるだろうに、ベータテスターたちが発する憎悪と殺気まじりの声に抑え込まれていた。
会場内はアオイにとって完全なアウェーと化していた。
この雰囲気で試合をさせられるアオイたちに、タマモは心の底から同情し、そして怒りに震えていた。
(なんでアオイさんばかりをみんな責めるんですか。アオイさんは優しい人なのに。そんなアオイさんがPKなんて、それも「最凶のPK」なんてあるわけがないのです。なにかの間違いに決まっています!)
タマモはアオイを、せめて自分だけはアオイを応援しようと口を開こうとした。だが──。
「タマちゃん、ストップ」
「冷静になって、タマちゃん」
──ヒナギクとレンにより、口を押さえられたうえに抱き留められてしまった。タマモは「うーうー」としか言えなくなってしまった。
「……いまアオイさんを応援したら、タマちゃんまでもが標的になるから」
「暴徒化手前の状態で、アオイさんを応援したら雪崩れ込まれるだけだから」
ヒナギクとレンは必死になってタマモを抑え込んだ。
ふたりの真剣な表情にタマモは冷静さをわずかにだが取り戻せた。しかし納得はできなかった。
「ベータテストでなにがあったかはわからないけど、いくらなんでも一方的すぎるから、タマちゃんが怒るのも無理はないと思うよ」
「でも、いまの状況で場の雰囲気を乱すことを、アオイさんは望んでいないと思うよ。ほら」
ヒナギクの声に従い、舞台を見るとアオイは苦笑いしていた。苦笑いしながらタマモを見つめて、口を動かしていた。
「「気にしないでおくれ」だってさ」
「レンさん。読唇術できるんですか?」
「ん? まぁ、ちょっとだけね」
「とにかくアオイさんはタマちゃんにいま応援をされることは望んでいないみたいだね。応援するなら声を出さないようにしよう」
ヒナギクとレンの言葉にタマモは納得はできなかったが、理解はした。
(ボクがもっと強ければ。力があれば、アオイさんを力一杯に応援できるのに)
タマモは唇を噛んだ。唇を噛みながら、心の底から「強くなりたい」と願った。願いながら必死に声を出さないようにアオイへの応援をすることを決めた。
「予選一回戦最終試合開始します」
そして予選一回戦の最終試合は始まった。




