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9話 現実は非常である

 本日二話目です。

 タマモは走っていた。


 無我夢中で「アルト」の街中を駆け抜けていく。


 その視界はとっくに歪み切っており、道行く人に「誰かに追いかけられているのか?」と心配をかけさせてしまうほどに。


 しかしタマモはそんな視線には気づかない。


 いや気を向けていられる余裕がなかった。


 少し前までは戦闘の余韻に浸っていた。だが、いまのタマモはとてもではないが余韻に浸れる気にはなれなかった。


(う、うぅ~。こんな、こんなことってないのですよぉ~!)


 外見だけではなく、内心でも泣きながらタマモはただただ走っていた。


 向かう場所はただひとつ。その建物は少しずつ見えてきていた。


 あと少し。もう少しでどうにかなる。そんな希望的観測を胸にタマモは駆け抜け、そして──。


「ご、ごめんくださ、あぅ!」


 扉を潜り抜けると同時に転んでしまった。


 転びながらも建物の内部に入ることができた。


 しかしそのあまりにもダイナミックな入館方法により、建物の中にいたプレイヤーはもちろんNPCである職員たちでさえも、タマモへと視線を集めてしまっていた。


 だがタマモは視線が集まっていることには、やはり気づくことなく受付へと向かった。


 転んだことで膝を擦りむいたが、いまはそんな痛みなどどうでもよかった。それよりもやらねばならないことがあるのである。


「す、すみません」


「あ、はい。なんのご用でしょうか?」


 受付にいたのは緑色の髪をした女性の職員だった。


 NPCでなくとプレイヤーだったら、ぜひフレンドになってほしくはあるが、いまはそんなことを言っている場合ではない。


 タマモは女性職員にと顔をずずいと近づけ、そして──。


「く」


「く?」


「クズ野菜でいいので野菜を売ってくださいぃぃぃ!」


 ──カウンターに頭を打ち付けるようにして泣いた。


 そんなタマモに女性職員は、農業ギルドの女性職員は言葉を失った。


 言葉を失ったのはその女性職員だけではなく、プレイヤーであるファーマーたちも同じだった。


「お、お願いじまずぅ! 少しで、少じでいいんでず!」


「え、ちょ、ちょっとお嬢さん。落ち着いて、落ち着いてください!?」


 女性職員は大慌てしていた。


 NPCさえも慌てさせるほどの奇行をしたと後ほど語られてしまうことになることをこのときのタマモは知らない。


 むしろそんな未来のことよりも現在のことだけをタマモは考えていた。


「ボクに、ボクに野菜を売ってくだざい! 助けてくだざいぃぃぃ!」


 タマモは本気で泣いていた。女性職員は本気で泣くタマモに引いていた。


 ファーマーたちもまた引いていた。ほかの職員たちも引いていた。


 タマモは職員たちとファーマーたちが引いていたことを知らないまま、泣き続けていた。


「……なんじゃ? 妙に騒々しいが」


 不意に受付の奥にある扉が開き、中から腰の曲がった老人が現れた。


 タマモは顏をあげながら泣いていた。誰だろうと思いながらも、涙は止まらない。止まってくれない。


「あ、ギルドマスター。えっと、このお嬢さんがですね」


「うっすらとは聞こえておったよ。クズ野菜でいいから売ってくれとか言うておったが、どういうことかの、お嬢ちゃん」


「ひっく、ボクのEKが、ふぇーん」


「あー、まぁ、詳しいことはここではなく、別の場所で話してくれるかの? ほれ、こっちへおいで」


「ひっく、はい」


 タマモはギルドマスターと手を繋いで、フロア内の一角にある休憩スペースへと向かった。


 その後をさっきの女性職員とたむろしていたファーマーたちも続いた。


 野次馬根性とも言えるが、単純に金髪幼女が泣きじゃくっているのを心配したのだ。


 中にはそういう趣味のファーマーもいたかもしれないが、誰もが純粋にタマモを案じていたのである。


 そうして大勢を引き連れてタマモは休憩スペースへと向かい、事情を話すことになった。


 ことの起こりは三十分ほど前──ちょうど角ウサギを倒した後のことだった。


 三十分前「南の平原」──。


「か、勝ったのです」


 タマモは初めての戦闘にどうにか勝った。低ステータスと武器が調理器具というハンデを背負いながらもどうにか勝った。


 以前にもプレイしていたVRMMOではろくに戦闘をしていなかった。


 というよりも初めて戦闘に勝ったとも言っていい。そのたしかな喜びにタマモは打ち震えていた。しかし打ち震えつつも冷静な部分が言っていた。


「……どうして勝てたんでしょう?」


 そう、なぜ自分が角ウサギに勝てたのかがタマモにはわからなかった。


 タマモがしたことといえば、フライパンで防いで、おたまを振り下した。ただそれだけである。


 しかし結果的にそれで勝利したことには変わりない。変わりないのだが、なぜその程度で勝てたのかがタマモにはわからなかった。


「ん~。もしかしてこの子たちの力?」


 左右にあるEKを見やる。最初に見たとき同様に、ただのおたまとフライパンにしか見えない。


 だが、状況から踏まえるかぎり、ただのおたまとフライパンではないのかもしれない。


「でも「鑑定」でも調べられないし。どうすれば──ん?」


「鑑定」スキルでもこの調理器具のことを調べることはできなかった以上、どうすればこの調理器具の能力を知れるのだろうと思いながら、ぼんやりと調理器具を見つめていると、急に目の前にウィンドウが表示された。そのウィンドウには「セットスキルを変更しますか?」と書かれていた。


 なんのことなのかさっぱりわからなかったが、とりえあず変更するを選択した、その瞬間──。


「わ、わわっ!?」


 いきなり大きなウィンドウが現れ、そのウィンドウ内には無数の項目が表示されていた。


 その項目はどうやらすべてスキルのようだった。


「斬撃強化レベル1」や「打撃強化レベル1」などたいていレベル1ではあるが、戦闘系だけではなく、生産系のスキルも含まれていた。


 よほどの特殊なものではない限り、ほぼすべてのスキルが網羅されているようだった。


「も、もしかしてこれがこのEKの能力、ですか?」


 おたまとフライパン。それぞれに適時、必要なスキルを一定数セットできる。


 それもほぼすべてのスキルを網羅している。


 実際おたまとフライパンにはそれぞれ「急所突きレベル1」と「絶対防御レベル1」がセットされていた。ほかにふたつまでセットできるスキルを選べるようだった。


「ち、チート装備です! これはどう考えてもチート装備なのです!」


 いまのところすべてのスキルはレベル1のようだが、EKの設定は使い手とともに成長するとあった。


 つまり成長するにつれてセットできるレベルが上昇していくということなのだろう。


 同時にセットできるスキルの数も増加していくはずだ。


「お、おぉー! 検証してよかったのですよ!」


 タマモは思わず叫んでいた。叫ばずにはいられないほどの衝動を感じた。


 見た目はカッコ悪い。だが、この能力は破格だ。


 この能力があればまさに勇者になることだって夢ではない。そう、タマモは思っていた。このときまでは。しかし現実はどこまでタマモには厳しかった。


「よーし、じゃあ早速ほかのスキルも──んん?」


 いまのところセットしているスキルはひとつだけだった。


 おたまとフライパンにそれぞれあとふたつずつセットできる。


 どのスキルをセットしようか考えようとしたとき、すでにセットされているスキルの上に妙な欄があった。


 そこだけ妙に仰々しいというか、豪華というか。ほかの欄は真っ白なのだが、そこの欄だけ金色だったのである。なんだろうと思い、選択してみると──。


「……取得経験値極減?」


 ──非情なる現実がそこには書かれていたのである。

 取得経験値極減の理由は十八時の更新にて。……まぁ、そうなるよねというか、ね←顔を反らす

 続きは十二時になります。

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