鎌倉夢想
文永二年六月半ば、鎌倉の七里が浜は波が高かった。季節は盛夏を前にして、人々の楽しみの一つ、浜遊びが盛んであった。どどっー、と寄せては返す怒濤は、人々の心を不思議な快感と、海の民の本能をくすぐり郷愁を誘うのであろうか。「おーいっ。いたか。」「沢山おりまする。」「いたたっ。」「はっ、蟹に挟まれたか。」真青な空の下、海の照り返しを受けて、浜辺に遊ぶ海の子ら。最前からそれをじっと見つめる少年に、「若、行きなされ。」十一、二歳位であろう、武家の子息らしい少年は、そっと初老の武士の顔を見上げると、目で「良いのかと」尋ねた。武士の頷くのを確認するや、嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。「爺は何も見ては居りませんぞ。」少年はパッと着物を脱ぎ捨てると褌一つになるや、波打ち際まで駆けていった。「宜しいのでしょうか。」付き人の下級武士であろうか、心配そうに語った。「なぁに。未だお若い。少し位は外さないと人間、せせこましくなる。若には、大らかにお育ちして欲しい。」一時ばかり少年を遊ばせると、守役の市村は、お付きの若い者に呼ばわせた。ずぶ濡れの少年の体を拭い、身なりを整えさせた。波打ち際から松林の中へ入ると、木立を縫って流れてくる冷気が心地良い。「若、どうぞ。」「ありがとう。」竹の水筒を受け取り、近くの井戸から汲み上げた水を、ぐいっと旨そうに飲むと、一息ついた様だった。着替えると一人前に武家の子息の顔に戻っていた。「お若い人は好いですなぁ。」「ははは、爺も浜遊びをすれば良いのに。」「そうですな、今度御一緒致しますか。はっは。」暑さの盛りであるが、邸宅へ帰る足取りも軽い少年であった。
西暦1180年頃、大陸では偉大なる暴君、ジンギスカンが宋の国を攻略し続け、次第に領国を広げ始めていた。彼は一生の間に国を滅ぼす事、四十数カ国。終わりの無い侵略の旅を続けていた。その後継者元の王、世祖は、東は朝鮮、西は東欧、南はインド、ユーラシア大陸のほぼ全土を、侵略し続けた。世祖が帝位につく頃、我が国の幕府は北条時頼三十四歳、時宗は僅か十歳であった。大陸での争乱を他所に、少年はすくすくと育っていった。
此処は朝鮮半島の、のどかな田舎街であろうか。人々は散策を楽しんだり、田畑では多くの農民が作物の収穫に、汗して働いていた。家々では女達が愛する子供らの帰りを、炊事片手間に待っていた。その時、街外れの県境辺りを一騎の騎馬兵が死に物狂いで駆けていた。すると地平の彼方から一筋の暗雲が立ちこめ始めて来た。しかし其れは雲では無く一塵の砂荒らしであった。大きな渦を生じると、巨大な竜巻きとなって荒れ狂った。その竜巻きはやがて沢山の騎馬兵の群れに変貌した。此れがあの元の大騎馬軍団なのであろうか。騎馬軍団の頭目が何か獣の様な叫び声を上げると、彼等は馬を走らせながら、一斉に弓を射始めた。矢はまるで夕立ちの雨の如く、先を駆ける孤独の騎馬兵に、ばらばらっと降り注いだ。男は矢の雨を刀で、右に左に振り払った。只管目前の街を目指す彼だが、到頭一本の矢が左肩に突き刺さった。この矢は実は毒矢だったらしく、次第に彼は躯が痺れて動かなくなって来た。その時、彼方の街の方面から、銅鑼や鐘を打鳴らしながら、孤独な彼の援軍が二十騎程やって来た。しかし、地平を埋め尽くす程の大軍には、抗し切れず次々と倒れて行った。毒矢を射掛けられた兵は、馬の鞍の上に伏し瀕死の侭に街に辿り着いた。街の役人が駆け付け、最後の報告を告げると兵士は息を引き取った。時は既に遅く街は争乱状態に陥り、怒濤の如く沢山の敵兵が侵入し、乱暴狼藉、温和な住人達を蹂躙し、殺戮し尽くした。
昨日までは豊かな国、平和な田園地帯も、瞬く間に阿鼻叫喚の巷となった。しかし、事は此れで終わりはしなかった。隣の郡の或る街では、いち早く悲報を聞き付けた、郡の長は兵を募った。「男共よ、いざ起て。共に立ち上がらん。此の国を守り、此の郡、この村を共に守らん。我に続け、勇気、そして、義と愛を胸に。」彼方此方の村々から鍬を置き鋤きをすて、男達が駆て来る。街角の長の館の前で、義勇軍の旗上げが始まった。多くの老若男女が集い、その手に、手に狩猟用の弓やら剣、そしてこん棒を引っ下げて、老長老の言葉に耳を傾けた。早くも街外れに敵襲を知らせる鐘が鳴りはじめた。山野を越えて田畑に襲い掛かる“うんか”の大軍の様に、怒濤の騎馬軍団が押し寄せて来た。「皆の者、恐れるな。妻子を守れ、我に続け。」「うおーっ。」俄仕立ての軍は動き出した。
○○年、良く晴れた或日、少年は友人二人と海に向かった。石巻から東に一里程の、渡ノ波海岸であった。武士の子である関口勝と、商人の子、幸一郎そして土木技師の子、馬場健吾だが、妙に気心が合い、何時の頃からか、仲間になった。時代はそれでも大らかで、後の世の様に、武士も町人も、さして言う程厳格な差別は無かった。まして地方の田舎街である。やっと暖かくなってきた四月の麗らかさも、時々栗駒の方から、降りてくる冷気も肌に心地よかった。「ふーっ。気持ち好いや」「少し寒くないかい。」「寒がりだなや。」けらけらと笑い合った。牡鹿へ向かう一本道を、大門崎辺りから、松林に入って行く。薮を縫った小道を行くと、やがて砂丘と言う程では無いが、こんもりした砂浜が目前に広がると同時に「びゆーう」と海風が全身を包んでくれる。「やっぱり寒いや。」中でも一番元気な関口勝は、仙臺の南のやや奥まった船岡の生まれで、此れ迄じっくりと潮風を胸一杯吸った経験が無かった。小走りに浜辺を駆けながら、「海は良いな。」満足そうに、ぽつりと言った。彼は代々武士の家の子で、身内の心易い伯父から、武道の一派を受け継ぎ、少年ながら、中々性根のある面構えであった。「おーい。幸一郎」「何か。」「いや、今の世間は大平じゃ。がしかし。京の都より遥かに遠い外つ国から、時々使いが来るらしい。」「うん、それで。」「何でも、鎌倉様から御家人衆に。つまり殿にもお呼びが掛かったらしい。「何の話か。」健吾も話に加わった。「いや、去る事の○○年○○の国へ、元とか言う国の大軍勢が押し寄せて、国主を滅ぼし、又国主の跡継ぎを人質に捕って行ったそうな。」「其れは、其れは大事じゃ。」「うん、其れでじゃ。我が日の本を見くびりおって。その元の国の支配を受けよとの事じゃ。さもなくば、どうなろう共知らんぞ。と言う事じゃ。」「むむっ、何とも憎たらしい事じゃ。」「天下太平はどうしたんじゃ。」「実際はそんな時代なんじゃ。」「大変な事じゃ。」「そうよ。」未だ世の中の厳しさを知らない若者達であったが、こんな片田舎にも、大きな時代の潮流が押し寄せつつあった。「勝さんはどうするんじゃ。」健吾が云った。「はっ。そりゃ御家人衆の殿が、地の果てまで行くと云やあ、付いて行くまでよ。」「海の果てでもかい。」




