勘違いって、怖いよね
後日、私は家の周辺にいるスライム改めゼリリウムを倒していた。
理由は、お金稼ぎだ。
昨日は家の床下にあった前世の世界に売ってそうな保存食のおかげで食いっぱぐれはしなかったけど、いつまでもそんなものに頼っているつもりはない。
だったら早めにこっちの世界での村での食事とか、自炊に慣れておこうと思ったのだ。
昨日は逃げ帰ってしまったけど、冒険者ギルドだって一人で回してるわけじゃないはずだ。
昨日とは出発する時間もずらしているから、きっとシンシラさんに会うこともない。多分、きっと!
「よし、これくらいあれば十分かな」
私は家の中にあった袋がパンパンに膨れ上がっているのを見ながら呟く。
多分40個くらい入ってると思う。
ただ食事を取るだけなら10体も倒せば十分かなとも思ったんだけど、なにぶん物価がわからないので一応たくさん用意しておいたのだ。
私がおぼろげな記憶を頼りに冒険者ギルドに行くと、中には昨日の伽藍堂としたものと打って変わって、人だかりができていた。
「あ! あの人です! あの人がサナさんです!」
私が、何かあったのかな? と首を傾げていると、人だかりの中から聞き覚えのある元気な声が聞こえてきた。
その声を聞いた人達は、一斉に私の方に顔を向ける。
大勢の人の視線浴びるのって、なんか怖いよね。
そして、視線が集まると同時に「おお、あの方が伝説の!」「最強の魔法使い!」「魔王殺しの魔法使いですね!」「あんなに若いのにとんでもないのぅ」とかいう声が口々に聞こえてくる。
なんかすごい期待されてるっぽい。
「おい、あんた昨日の嬢ちゃんじゃねぇか!」
人混みの中から一人のおじさんが飛び出してきた。
どこかで見覚えが……ってこの人、昨日案内してくれた親切なおじさんだ。
「こんにちは。あの、これってどういう状況なんですか……?」
「ああ、これか? いやな、シンシラちゃんがなんか伝説の魔法使いが来たとか言って騒いでたから、みんな興味本位で集まったんだよ」
なるほど、ほんの数十分ほどで案内が終わるくらい小さな村だ。そういった噂が広がるのも早いんだろう。
「い、いえ、あの、私別に伝説の魔法使いとかじゃないんですよ」
信じてもらえるかは分からないが、張本人である私が否定すればある程度の効果はあると信じて否定する。
それに昨日のボタンに手を載せなければステータスはバレないはずだ。
「ハッハッハ! 何いってんだい嬢ちゃん。あんなステータスして置いてそりゃ無いぜ」
おじさんは豪快に笑いながら、受付のあのボタンを指差す。
そこには、私のステータスが表示されていた。
え、何? あれ再生機能とかあるの?
というか個人情報! シンシラさん、それすごく個人情報!
「いや、本当に私はただの一般人でして……」
私はひたすら否定する。
もういっそ頷いてしまってもいいような気もしたけど、嘘は良くない。
私は頑なに否定するぞ!
「あんなステータスしておいて一般人なわけ……」
おじさんがそこまで言いかけて、ピタリと停止する。
え、何?
「なるほど……。そういうことか嬢ちゃん!」
え、何!?
「大丈夫だ、村の奴らにもしっかり説明しておいてやる! 安心しな!」
だから何!?
なんかすごい盛大な勘違いが起きているような気もしないでもなかったけど、自信満々なおじさんを見ると、なんか聞き返すのはダメな気がした。
そして、おじさんは駆け足で人混みに戻ると、こそこそと他の村人に耳打ちする。
そこから、ネズミ講のように人混み全体にその話が伝言されていくと、最終的に村人全員がさっきよりも輝いた目でこちらを見てきた。
なんだ? 何が起きたんだ?
私があっけにとられていると、人混みから一人のご老人が出てきた。
見た目はすごく村長っぽい。
「初めまして、サナ様。私はこの村の村長をしているオサという者です」
やっぱり村長だった。
というかサナ様って何!?
「は、初めましてオサさん。えっと、その様付けはやめてもらってもいいですか……?」
正直、様付けとかほとんどされたことないから居心地がすごく悪い。
「あっ、そうでしたね。魔王討伐は終わったので、現在は一般人に身分を落とされているのでしたね。配慮が足らず、申し訳ございません」
オサさんは既に曲がった腰をさらに曲げて頭を下げた。
「え、いや、あの……。すみません、どういう結論に至ってるんですか?」
想像以上にえらい勘違いが起きてそうだ。
「魔王討伐が終わり、伝説の魔法使いではなく、元伝説の魔法使いになったから、今は一般人と変わらないと考えておられるのですよね? その謙虚な姿勢、感服いたします」
なんか、凄いことになっていた。
「いや、だから私は……」
ただの一般人です、と言いかけて、やめた。
今この状況で何を言ったって多分無意味だろう。
ステータスという物的証拠がある以上、いくら張本人が違うと主張したって勘違いが解けるとは思えない。私が逆の立場だったらまず、村人側の考えを信じるだろう。
むしろ、ここで否定すれば、雪だるま式にもっと話が大きくなっていく可能性だってある。
だったら、これ以上大きくなる前にここで抑えておくべきなのではないか?
そんな考えが、私の頭に浮かんだ。
正直、これ以上話がややこしくなられると収集をつけられる気がしない。
いや、今の段階でもう収集とか付いてないんだけどさ。
ただ、伝説の魔法使いとやらにされるのは勘弁だ。
それで魔王を倒す大冒険とかさせられたら、転生してきた意味がない。
だから、私はさらに大きな嘘で塗り固めてしまうことにした。
嘘は良くないけど、このまま勘違いで突き通してくのはもっと良くない気がしたのだ。
もうボロが出たって構わない! 行き当たりばったりで行ってやろうじゃないか!
「その……私は、伝説の魔法使いとかではなくて……も、森……そう、森です! 森の中でずっと暮らしていた魔法使いでして、知識を得るために人里に降りてきたんです!」
知能の低さも説明できるしなかなかいい感じじゃないか?
「えっと……あの攻撃力は?」
「鍛えました!」
「防御力は……?」
「き、鍛え……ました!」
「素早さは……」
「き、鍛え……じゃなくて、走り込みました!」
「HPとMP……」
「こう、いろいろ、頑張りました……!」
「魔法適正……」
「う、生まれつきです! 体質です!」
すごい無理があるけど、もうこのビッグウェーブに乗るっきゃない!
「うむ……」
何かを考え込む村長さん。
お願い、信じて……! いや嘘なんだけどね!
「……まあ、どこか納得いかないところもありますが、信じましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
正直、信じてもらえるとは思ってなかった!
「知識を欲しておられるのであれば、村の図書館をお使いください。あちらには多くの本が揃っておりますゆえ」
「あ、はい、ありがとうございます」
これで図書館に行く口実もできた。
じっくりとこっちの世界についての情報を集めさせてもらおう。
「ただし、一つお願いを聞いていただけますか?」
「お願い? まあ、私にできる範疇であれば構いませんが……」
「今後、この村に危険が差し迫った時、力を貸していただきたいのです。今現在は、この村の周辺にはゼリリウムしかおりませんが、いつ環境が変わるとも知れません。どうか、お願いできませんか?」
これからお世話になる村だ。
わざわざ断る理由なんてない。
「はい、全然構いませんよ」
「本当ですか! これでこの村は安泰ですな!」
今まで複雑そうな顔をしていた村長の顔がパッと晴れる。
こうして、私への誤解は、ギリギリアウトくらいの嘘で収まったのだった。
次回、新キャラ出ます!