ほぼほぼ脂肪
「これ、凄い美味しいな!」
「はい! 少し硬いですが噛めば噛むだけ旨味が出てきて口の中がパラダイスですね!」
屋台巡りを始めてから5分、早速シャルルちゃんとエンジュは真っ先に目をつけた串焼き屋で買った、謎の動物の謎の部位の肉の串焼きを頬張っていた。
「サナさんも食べませんか? 美味しいですよ!」
「いや、私は大丈夫。気にしないで食べて」
毒とかはないだろうし、特に心配するような事もないんだろうけど、私は名も知れない食材を口にするのはちょっとな……。
現代人としては少し抵抗があった。
というか、エンジュがそういうのに抵抗ないのがびっくりだ。
「ってあれ、ハンカは何か買わないの?」
そういえば、ハンカが何も買っていない。
私の所に来る前まではそこら辺に生えてる見ず知らずの食材を口にしてたくらいだし、なんの肉かわからない程度なら抵抗ないと思うんだけど。
「あ、はい、私はまだ構いません」
「そっか、何か食べたいものとかあったら言ってね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
ハンカはそう一言言うと少し眉をひそめて周囲を見回した。
なんだかハンカが心ここに在らずって感じだ。
「何か気になるものでもある?」
「い、いえ、大丈夫です。特に食べたいものとかは……」
「いや、屋台とかじゃなくて、周囲がさ。人混み苦手だったりしたかな?」
もしそうだったら、無理させるのは良くない。
私のその質問に、ハンカは少し間をおいてから答えた。
「……その、少し気になってることがありまして」
「気になってる事?」
なんだろ?
あ、もしかして体重かな? 私ちょっと太ったことバレた!?
「あの、普段からここってこんなに警備が敷かれているんでしょうか?」
「警備?」
ハンカの真似をして周囲を見渡してみるけど、特に警備しているような人はいない。
「警備の人なんている?」
「はい。一般人に紛れてはいますが隠し武器を持っていたり、歩き方が軍人特有のものな人が結構な量紛れていますね。今分かるだけでも5人はいます」
「そ、そんなに……?」
なんかハンカがバトル漫画の住人みたいな事を言い出したぞ……。
あ、でもさすらいの騎士とかバトル漫画に多そうな人物設定だよね。そう考えたらあながち変でもないか。
「あーでもこんなに人もいれば盗難とかも起きそうだし、そういう時の対策じゃない? 覆面警官的な」
「なるほど……そういうものですか」
そう考えると、ちょっとは警戒しておいたほうがいいのかも。
「うん、まあ、とりあえず今は楽しもう!」
「はい、それもそうですね」
警備の人がたくさんいるって事は一般人にとっては安全が保たれるって事で、要は安心して楽しめるって事だ。
「サナさん、これすごくないですか!?」
突然、エンジュが縦に串刺しにされた巨大な尻尾の丸焼きを見せて来た。
……なんだこれ。
「ドラゴンの尻尾ですか……。珍しいものも売っているんですね」
隣でハンカが感心している。
え、というかこれ、ドラゴンの尻尾なの?
いやまあ確かに大きさ的にはそれっぽいけどもドラゴンの尻尾って食べられるの?
「サナさんも一口いかがですか?」
エンジュが『食べますよね?』と言わんばかりに尻尾をこちらに向けて来た。
まあ、ドラゴンの尻尾なら未知といえば未知だけど、ゲテモノ料理くらいの未知さだからな。ギリギリ食べられなくはないか。
「うん、それじゃあ一口だけもらおうかな」
「はい! 是非に!」
「え、いや……」
一瞬ハンカが止めに入ったような気もしたけど、私は気にせずに尻尾にかぶりついた。
ドラゴンなんだから、さぞ硬いんだろうと思ったんだけど、そんな事はなく力を入れた瞬間に噛み切れる。
意外と柔らかいんだなぁ、なんて感心したのもつかの間、尻尾を咀嚼した私の口の中はこう、なんとも言えない無味の不快感に包まれた。
「ぐ……何これ……」
「だから、ドラゴンの尻尾ですよ」
「いや、そういう意味じゃなくてね……。まあ、食べればわかると思う」
「そうですか? じゃあ」
私に続いて、エンジュも尻尾を頬張った。
「うわっ! はんへふはほれ!」
結構な量を口に入れたのでうまく発音できてないエンジュ。多分今のは『何ですかこれ!』って言いたかったんだと思う。
「まあ、ドラゴンの尻尾ですからね……。あれ、ほとんど脂肪の塊みたいなものなので味はしないんですよ」
少し遠い目をしたハンカがそんな説明を入れてくれた。
この様子だと昔ハンカも食べてこの被害を受けたのかもしれないな。
「そりゃ不味いわけだよね……。でもどうしよう、これ結構な量あるよ……」
太さは太いところだと太ももくらいあるし、長さも肩幅くらいはある。
形が先細りだとは言っても、この無味で食べきるにはあまりに厳しい量だ。
「まあ、こればっかりは4人で力を合わせるしかありませんね……」
「やっぱりそうなりますよね〜……」
「仕方ない、頑張ろうか。シャルルちゃんもお願いできる? ……ってあれ? シャルルちゃんは?」
ふと周囲を見回してみても、シャルルちゃんの姿がどこにも見えない。
「あれ? 私の隣にずっといたはずなんですけど……」
エンジュが一筋汗を垂らして言った。
そうしてしばらくな沈黙の後、ハンカが一言。
「もしかしなくとも、シャルルさんとはぐれてしまった可能性がありますね……」
楽しい王都旅行1日目、私達はシャルルちゃんとはぐれてしまった。