旅行の前の部屋巡り
「着替えよし、お金よし、洗面用具よし、ちょっとした食料よし。うん、特に問題ないね」
シンシラさんから馬車のチケットをもらってから一夜明けた朝、私達は明日の小旅行に備えて準備をしていた。
ちなみに、各自持っていきたいものも違うだろうということで、一人一人がそれぞれ準備をしている。
「うーん、他に持って行った方がいいものってあるのかな?」
私、前世では仕事が忙しくて旅行とか行けなかったからな。どんな用意をすればいいとか、正直わからない。
この世界にはもちろんネットなんてないし、分からないとなると本を調べるか他の人に聞くしかないんだけど……。
「あ、そういえばハンカとか詳しそうだな。昔はさすらってたんだし」
と、いうわけでハンカの部屋に向かう事にした。
『コンコン』
「ハンカ、ちょっといい?」
「あ、はい師匠。構いませんよ」
ハンカから許可ももらえたので、早速扉を開ける。
「実は旅行の準備って何していいのか分からなくて……ってあれ?」
私の予想としては、すでに荷物がまとまって、部屋の隅とかにカバンが置かれてると思ってた。
だけど、意外にもハンカの部屋にはまだカバンの一つも用意はされてなかった。
「あ、もしかしてハンカも準備できてない?」
「いえ、用意ならできておりますよ」
「ん? でも荷物とかなくない?」
なんだ? なぞなぞみたいな感じか?
「私の用意はこれですので」
首をかしげる私にハンカが見せてきたのは、小さなショルダーバッグだった。
それはもう、小さな小さなショルダーバッグだった。
「え、用意? それが……?」
私の疑問に、ハンカは大きく頷いた。
いやいやいや、明らかにこれは旅行用じゃないよね! 旅行というか修行用の準備だよね!
「えっと、その中何が入ってるの?」
一応タメになるかもしれないし、聞くだけでも聞いておきたい。
「飲料用の水に効果の高い薬草、火打ち石に火打ち金などですね」
中身やっぱり修行用だった!!!
「服とかは持っていかないの……?」
「はい、丈夫な服が一枚あれば十分ですから」
なんて年頃の女の子らしからぬ発言……。
まあでもさすらうような生活を送ってると、自然とこういうミニマリスト的な感じに落ち着くのかもな。
「一応人前にも出るし、何着か服は持ってった方がいいと思うよ」
「なるほど! それもそうですね! ご忠告、ありがとうございます」
とりあえず、私のできる最小限のアドバイスだけして、ハンカの部屋は後にした。
「うーん、さすらいと旅行は違うのかぁ……」
一つ勉強になったところで、お次はエンジュの部屋。
理由はハンカの隣の部屋で、近いからだ。
『コンコン』
「エンジュ〜、入ってもいい?」
「あ、サナさんですか? 別にいいですよ!」
エンジュも快諾してくれたので迷いなく入室。
「準備進んで……って、何これ」
そこに広がってたのは、もう、なんとも形容しがたい状態の部屋だった。
部屋の半分は並べられた服が占領しており、残った部屋の半分も荷物が詰め込まれてるんだろう膨れ上がったカバンが5個ほど置いてあった。
すごく端的にいうと、ハンカの部屋の正反対だった。
「何って、準備ですよ! あとはこれをカバンに詰め込めば終了です!」
「えっと、部屋の隅にあるカバンは?」
「あれも荷物ですね」
ごく平然と言うエンジュ。
「中身何か聞いてもいい?」
「えっとですね、一番右のカバンに洗面用具とか薬とかが入っていて、それ以外は全部服ですね」
「服多っ!」
ほぼほぼ服じゃん!
そんな驚く私をよそに、エンジュは平然と語り出した。
「いいですか、私くらいの歳の女子というのは大抵オシャレに興味があるものなんです」
ハンカ、びっくりするくらい興味示してなかったぞ……。
「筋力鍛えるよりも女子力とかファッションセンスを鍛えたい年頃なんです」
ハンカ、筋肉鍛えまくってるぞ……。
「それに、人の多い王都に行くとなれば人目にもつきますし、オシャレにしないといけないと思うんです!」
ハンカは……って、ハンカを基準にしたらダメか。
あの子はあの子で、修行のせいで価値観がいろいろ独特だもんな。
「まあ、気持ちは分かるけどそんなに荷物持っていけないから。せめてカバン2つにまとめて」
「2つ……ですか……?」
いやいや、そんな衝撃に満ちた顔をされてもね。普通多くてもそのぐらいだと思うよ。
「うん、2つ。また後でくるからちゃんと取捨選択してまとめておいてよ」
と、いうわけで、エンジュの部屋から退室した。
「ハンカといいエンジュといい、なんであんなに極端かなぁ……」
なんとも対極的な二人だった。
「ラストはシャルルちゃんだけど……」
私は少しため息混じりに呟いた。
正直、一番の心配要素だ。
そうこうしてるとシャルルちゃんの部屋に到着。
『コンコン』
「シャルルちゃん、入ってもいい?」
「ん? サナか? 別に構わないぞ」
シャルルちゃんもノータイムで許可してくれた。
「どう? 準備は進んでる?」
私は扉を開けながらそう尋ねた。
「うむ、もうほとんど終わっているのだ。あとは移動用の小さなカバンを用意すれば終わりだな」
「へぇ、そうなんだ……って、おぉ」
部屋に入った私は思わず驚いて声をあげた。
なぜなら、思いの外……というか、普通にきっちり整理整頓ができてたからだ。
うちのルールとして、掃除当番の日でも、プライバシーの関係上人の部屋の掃除はしないことになっている。
だから、部屋にはそれぞれそれなりに特徴が出るんだけど、シャルルちゃんの部屋は私を含めた誰よりも清潔感漂う整ったものだった。
そうやって部屋を見回していると、部屋の隅に置いてあるカバンに目がついた。
ハンカみたいに小さいわけじゃない、普通のボストンバッグだし、エンジュみたいにやたら量が多いわけでもない。
1つのカバンにきっちりとまとまっていた。
「それでサナ、何をしに来たのだ?」
私がぼうっとしていると、シャルルちゃんが不審そうに話しかけて来た。
そうだそうだ、なんか部屋巡りになってるけど、一応必要なものを聞きたいんだったな。
「私的には用意済んだんだけど、他に必要なものがあるかもだしみんなにいろいろ聞こうかなと思って」
「ふむ、なるほど。サナはどんな用意をしたのだ?」
「えっとね、着替えと下着を3つずつと、歯ブラシとかシャンプーとかの洗面用具と、お金とかかな」
「なるほど、それだったらハンガーを持っていくといいぞ。あるのとないのとでは乾きが違うからな。それと、下着はもう一つ増やしておいた方がいい。肌に触れるものだから無くなると致命的だからな。他にも……」
そこから、シャルルちゃんは旅行に持っていくと役立つ小物をいくつか教えてくれた。
シャルルちゃん、意外と詳しいな……。
「結構詳しいけど、旅行とかよく行くの?」
「うむ、まあ我が父と外苑することも多かったな」
なるほど、魔王なら挨拶回りとかも多そうだもんな。それについていってたのなら、自然と旅行術とかも身につくものか。
「道理で詳しいんだ……。あ、そうだ、それなら一つお願いがあるんだけどさ……」
と、いうわけで、その後私のお願いによってシャルルちゃんは旅行準備アドバイザーとしてハンカとエンジュをそれぞれ見てもらうことになった。