プロローグ
相模紗奈、26歳、会社員、趣味および彼氏無し。
これが私のプロフィール。
特に突出して書く事もない、味気のないプロフィール。
昔からそうだった。
何もない味気ない人生。物語の主人公みたいな活躍も、恋愛も、冒険も。何もないつまらないものだった。
だからって別に世界を巻き込む大冒険も、物語のような活躍も、漫画のような恋愛も、したいってわけではない。
むしろ、平穏な日々が続いてくれとさえ思っていた。
ただ、そんな私にとって現代社会というのはあまりに合わなかった。
忙しない世の中、あくせく働く人々。
一分一秒を競い、神経を削り、身を粉にしていく毎日。
あまりにも苦痛で仕方がなかった。
そんな私だからこそ、老後は田舎でゆっくり暮らす、と言う夢もあったのだが、どうにもそれは叶いそうにもない。
何故かって? そんなの簡単だ。
今、目の前に
「相模紗奈さん。貴方は残念ながらお亡くなりになりました」
綺麗な青髪の少女がいるからだ。背中からは巨大な羽が生えていて、服も真っ白。
まさに私の想像する天使そのものだった。
「えっと……死んだんですか?」
「はい、残念ながら……」
天使さんは心底残念そうにそう言う。
「そうですか……」
普通なら焦りそうなものだけど、不思議とそういう感覚はなかった。
しかし、少し伏せ目気味になったのが天使さんには落ち込んで見えたのだろう。急いでフォローを入れてくれた。
「で、でも落ち込まないでください! 貴方は神が無作為に選んだ100万人のうち、『可哀想な人生を歩んだで賞』を勝ち取りました!」
なんだその不名誉な賞は。
「ですので、お好きな世界に転生する権利をあげちゃいます!」
「お好きな世界! その『可哀想ななんたら賞』ってそんなにすごいものなんですか?」
「凄い物、というかは神様の慈悲みたいなものですね。次の人生は楽しく生きてね、みたいな」
なるほど。
ただ、私そんな可哀想な人生だったのだろうか?
私以外にも、もっとこう、発展途上国の子供とかの方が可哀想な気もするけど……。
「今、『なんで私が選ばれたんだろう?』とか思われました?」
「あ、はい……」
すげぇ、天使の力的な何かで心を読んだんだろうか?
「神々って基本何でも出来てしまうので、凄い困難が立ちふさがってくることを好む傾向があるんです。だから基本何もドラマチックなことが起きない人生こそ可哀想だっていう考えがありまして」
なるほど、確かにその観点から行けば私はトップクラスに可哀想な人生だ。
「それに死因も相まってですね」
「死因? 私そんな悲惨な死に方したんですか?」
良く良く考えてみると私のここ最近の記憶が抜け落ちていた。
「いえいえ、その逆でして……」
そうか、死に方ですらドラマチックでないなんて可哀想、と。
「ビニールを白猫と見間違えた上、車に轢かれそうなところを助け死亡、だそうです」
「おぉ……」
ある意味壮絶な気もするけど、確かにドラマチックかと言われると違うな……。
というかこんな死因なのに笑わず悲しんでくれる天使さんマジ天使!
「それで、何か転生先のご希望はありますか?」
「それじゃあ、静かに暮らせる田舎の村とかでお願いします。私、ずっとそういうところでゆっくり暮らすのが夢だったので。あと、人里から近すぎず遠すぎずの位置で暮らせるようにしてもらえるとなお良しです」
「え? そんなのでいいんですか? もっと、異世界で大活躍するとか、超絶イケメンと大恋愛するとかではなく」
不思議そうに小首を傾げる天使さんに、私は元気よく頷いて答えた。
「はい! むしろ、大冒険とか大恋愛とか勘弁なんで!」
「そうですか……」
どこか残念そうにした天使さんは、透明な画面を空中に出現させると、それをいじりだした。
「では、平和な村の外れに飛ばしましょう。平和ではありますが、一応魔物が出るのでステータスを上げて……。よし、これでいいですね。容姿のご要望とかありますか?」
「いえ、特には。あ、でもなるべく身長とかは今と同じがいいです。そういうのが変わると動きにくそうなので」
「なるほど、それでは基本的な体の形は変えない、と。年齢はそうですね……花も恥じらう18歳にしましょう!」
あー確かに大学も決まって気兼ねなく遊べた18歳くらいが人生で一番楽しかった気がする。
そこに合わせてくれたのは天使さんなりの気遣いなのだろう。
「よしできた! では転生を開始しますね」
天使さんは空中の画面を弾くように一回叩いた。
すると、四角かった画面が丸く変形し、魔法陣を描き出す。
気がつけば、私の下にも同じものが描かれている。
「大きく深呼吸をしてください」
言われるがまま、私は深呼吸をした。
「準備はいいですね?」
天使さんのその質問に、私は生唾を飲み込みながら頷く。
「では!」
天使さんの「ハァ!」という声とともに二つの魔法陣が大きく輝き出す。
少し幻想的だ。
そして私はその光に包まれたのだった。
ほのぼののんびりやっていけたらと思います。