王様の青い目
吟遊詩人として色々な国を歩くようになってどのくらいの月日が流れたのだろうか?
数多く唄った偉人の中でもあの、青い目の王様程噂の多い人はいない。
この長い生涯の中であの王様に出会ったことは喜ぶべきものか、それとも……
自分で唄っておいてなんだけど、この国の王様はそんなに見事な金髪なんだろうか?
だって人間だろ?
エルフでもなければハーフエルフでもない。
ただの人間がそんなに見事な金髪をしているものだろうか?
エルフである私の金髪に詩を重ねているおかげでここでこの国の王様の詩は人気がある。
称賛も蔑みの詩もどちらを唄っても客がつくのはこの国くらいだな。
王様について称賛の詩しか唄えない国が多いのにこの国は変わっている。
王様の噂が本当だとするなら今まで観てきた国の中でも郡を抜いて変な国だと思う。
ん?
あれはまた見事な金髪だ。
今私が唄った詩の中にいるこの国の王様のような見事な金髪……
人間の中にもあんなに綺麗な金髪をもつ者が本当にいるんだな。
金髪の男が私に近づき
「なかなか面白かった」
その金髪の男に誉められた。
金髪に青い目……
詩の中の王様その者の見た目じゃないか。
「お兄さん今私の詩の中の王様みたいだ。もしかして本物か?」
ばつの悪そうな顔した彼は自嘲ぎみに肯定した。
冗談だろ?
だってこんな街中に王様が一人でいるとは思わないさ。
偽者を騙るには相手が悪い。
バレたら即首吊りでも文句の言えない相手だ。
付き添いの者も連れずにこんな街中にいるってあるのか?
噂が本当ならありえる……かも?
「お兄さんが本物ならさ、私を宮廷楽団に入れてくれないかな?」
王様直々ならあの堅物の楽団長も入れてくれるだろう。
この国の貴族様しか入れないなんて狭すぎだろ。
王様は自由すぎるくらい自由なんだからそこも自由にしてくたらいいのに。
いくら噂の王様でも国の権威には敵わないのか。
「悪いがその権限は俺にないんだ」
彼ははにかみ、拒否した。
「それとアレだ。ヴィンセントと俺が恋仲っていうのだけはヴィンセントの名誉の為にやめてもらえないか」
漆黒の貴公子と出来てるってやつか。
人気のある詩なんだが……駄目なら仕方ない。
それじゃあせめて、一つだけ。
ダメ元で聞くも王様は笑顔で
「わかった。俺も君の詩が気に入ったから城に招待しよう」
願ったりかなったりだ。
招待ってことは王様に付きまとっても問題ないよな。
そのまま王様の後をついて街を歩き、城の中にそのまま入れた。
こんな仕事をしていてはじめてのことだ。
この国の防犯は一体どうなっているんだ?
勝手に街を王様は歩き回るし、王様の招待とはいえなにも調べられる事なく簡単に入れるし、よそ者であっても心配になる。
無駄に長く生きているせいか余計なお節介をしてしまいそうだ。
独り言が漏れていたのか王様に
「これ以上厳しくなったらなにを楽しみにしたらいいんだ?」
元来自由な気質な人なんだろう。
あんなに沢山の噂が立つ理由がわかった気がした。
王様は噂と違った。
朝早くから仕事を始め、夜遅くまで仕事をすることも多かった。
仕事なんてせず、好き勝手に生きている。
王様はそう人だと思っていた。
客であるはずの私のことは殆どほったらかしだ。
お陰さまで城内を自由に歩かせて貰っている。
騎士の鍛練にも付き合い、王妃様たち家族との時間も作っている。
それでいて王都にまで遊びに行くってどんだけなんだ?
噂通り自分勝手ともいえるが、ここまで時間を上手く使える王様は凄い。
それでも周りからの期待は大きいらしく、漆黒の貴公子などは小言を欠かさない。
仕事の邪魔をしなければ王様の後をついていても文句も言われなかった。
いつまでも私も遊んでいるわけにはいかないのだ。
仕事をしなくては……
王様の弱味を探せと言われても、王様はなかなか隙を見せてはくれない。
仕事中は勿論、騎士との鍛練については王様の方が強かったりもする。
おかしいだろ?
王様の方が騎士に鍛練をつけるとか。
どれだけ強いのか、いや騎士が弱すぎるのか。
噂を信じるならば王様が強いのか。
この国の騎士が戦争に負けたという話は聞いたことがない。
やっぱり王様が強いのだ。
深紅の淑女が護衛としていつも側にいると聞いていたが、これだけ王様が強ければ護衛なんて要らないじゃないか。
深紅の淑女の噂もとんでもないと思っていたが、王様がこれじゃあ深紅の淑女の力も本物なのだろう。
漆黒の貴公子の仕事振りも凄く、この国の中枢に隙なんて本当にあるのか?
この国を攻めるなら深紅の淑女が産休育児休暇中の今とは言うが、王様もこれだけ強ければ無理じゃないかな?
だから王様が一人で王都を歩いていても城の人たちは気にもしないのだろう。
私はこの仕事を完遂させる手段を見つけられそうにない。
このまま城を出るわけにもいかない。
どうしたらいいものか……
家族の王妃様たちの方を探ったほうがいいのかと思えばそれも違う。
王妃様とは誰もが羨む仲と聞くし、家族との時間も大事にしているようだ。
でも、そう見えるだけじゃないのか?
王様のあの青い目が笑っていないように見えるんだ。
王様だけを見ていると時折怖くなる。
わからないけど、怖いんだ。
この恐怖はどこから来るのだろうか?
思い出したようにその日、王様に茶を誘われた。
「噂と違い真面目な方で驚きました」
なにか変な事を言ったか?
王様は目を丸くした。
「噂ね…それより突然敬語って気持ち悪いわ」
一応王様相手だからと思っていたからの敬語だが、嫌なのか?
やっぱり噂通り変な王様だ。
「新しい詩はできたのか?」
噂の確認ばかりで、それだけに驚きも多くて、どんな詩を作ればいいものか悩んでいた。
真面目な清廉な人だと唄うには世間のイメージが悪すぎるだろ。
そんなに残念そうな顔をしなくてもいいのに。
噂だけを頼りに詩を作るのは簡単だが、本人を前にして作るのは大変なんだ。
どこで怒るのか気にしなきゃいけないからな。
でも、王様のその金髪は本当に見事だ。
私の、エルフの金髪など足元にも及ばない。
本物の金糸じゃないのかと思えるほどだ。
その青い目はなにを映しているのだろうか?
私の前ではその全てを見せられなくともその片鱗さえも見せてはもらえないのだろうか?
「そういえば、その小犬はどうしたんだ?」
王様の足元に赤いリボンを首に着けた黒い小犬が戯れていた。
赤いリボンの黒い小犬といえば深紅の淑女の犬じゃないのか?
私も何度も唄った。
小犬だけの詩はないが詩の中で深紅の淑女を形容するのに必ずでてくる。
「アリスの代わりのお目付け役だな」
王様は小犬を膝に乗せその背中を撫でた。
小犬がお目付け役になるのか?
深紅の淑女の犬じゃそれもありえるのか?
この城に…王様の側にいると常識がおかしくなりそうだ。
強すぎる王様に、美しすぎる貴公子、お目付け役の小犬、他にはなにが出てくるのだろうか?
夢物語の中にいるみたいだ。
ああ、これを詩にすればいいのか。
詩を作るために席を立った。
王様相手に勝手に席を立つことはまずいのだろうが、なんのお咎めもなかった。
詩を作るための取っ掛かりが出来てしまえば早いものだ。
新しい詩はあっという間にできた。
この詩は王様に一番に聞かせたいと思い王様を探した。
この時間は仕事をしているのだろうと執務室に行けば、漆黒の貴公子だけが居た。
王様はつい先程まで居たらしい。
「クリスを探そうとすれば見つけられませんよ」
それはなんだ?
漆黒の貴公子でも場所がわからないということなのだろうか?
側近が王様の居場所を把握していないとは……呆れた。
この城の中は本当に夢物語の世界だ。
思い付くまま城の中を歩いた。
王様を探していると言えば誰に咎められることもなく探せた。
どこからか王様の声が聞こえた。
誰と話しているのかと声の聞こえる方へ向かえば、王様は小犬と向き合っていた。
「王の思うがままに……従います」
他に誰もいない。
この声は……小犬……?
まさか……でも他に誰もいないし……
犬が喋るって……
どうなっているんだ?
あの小犬は魔物……?
魔物を飼っているのか?
一国の王が魔物を飼うって……とんでもないことだぞ。
これを他国に知られれば国に攻め混む充分な理由になるぞ。
これで仕事を完遂できる。
こうなったら早めにここを立つ方がいいな。
魔物を飼う王様だ。
噂以上の人だ。
ここにこれ以上居たくない。
それが一番の理由だった。
その日の内に私は城を抜けた。
王様が見つからない振りをして城を出た。
出るときもなにもなかった。
この城の防衛はどうなっているのかと思っていたが、魔物がいるようなところだ。
そんな心配をする必要もないのだろう。
日も暮れきった。
夜も更けた。
もうこの国に居る必要もない。
この夜の闇に紛れてすぐに出ていこう。
もうすぐ王都の外というところで治安警備騎士にあった。
それは王様かと思った。
同じ形をした顔だった。
闇に光る赤い目、月夜に浮かぶ白く短い髪が別人だと教えてくれる。
心臓に悪い。
驚かせないで欲しいものだ。
こんなにもそっくり男がいるものなのか?
あの気持ち悪い赤い目……
あれがなければ王様と間違えそうだ。
「こんな遅い時間に王都をでるのは危険ですよ?」
そうだよね。
騎士に見つかればそう言われますよね。
だから見つからないように闇に隠れていたはずなのに。
「どうしても急いで伝えなきゃけないんですよ」
すぐに解放してくれないかな。
その王様と同じ顔をこちらに向けないでくれ。
あの青い目の思いだしてしまう。
「せっかく仲良くなれたのに、どこへ行くんだ?」
月明かりに伸びる獣の影に戦慄が走る。
いや、王様の声に体が強張ったのかもしれない。
どうしてここにいるんだ?
こんな夜中に王様が城の外にいるとか変だろう?
青い目に体がくすむ。
王様とその足元にはあの黒い小犬がいた。
「なにを報告するつもりだ?」
もうバレているのか?
いや、バレたところでどこへ行くかはわからないはずだ。
でも、どうしてバレた?
俺はなにもヘマをしてはいないはず。
間者として私ほど優秀な者はいない。
かの国に召し抱えられてから失敗したことなんてないんだ。
変わり者のエルフと言われ、里を出て、食べていくために身に着けたこの技……
どうしてバレたんだ?
「はじめからわかっていた。誤魔化さなくていい」
はじめからって、唄っていたときには既にってことか?
そんなに私は唄が下手なのか、腕を落としたのか……
それでも私を城に招くとは…胆の据わったというか、なにがあっても大丈夫という傲慢か。
……イヤイヤ、誤魔化すでしょ?
まだ私は死にたくないからね。
王様はなんの感情も示さず私の誤魔化しを聞き流していた。
隣に立っていた治安警備騎士が焦れたのか持っていた槍を私に向けた。
短期な男だ。
似ているのは形だけ。
性質そのものは全くの別物か。
槍を前にしても私は誤魔化した。
だって…魔物は怖いだろう?
魔物と違い人間などは、エルフの魔力があればどうともなるし、いざという時は里に帰ればいいだけだ。
恐れることはなにもないが……
魔物は……
長く長い時間生きてきたが、魔物は恐ろしいんだ。
喋ったんだぞ。
魔物が……
言葉を知らないはずの魔物が……
これは魔族じゃないのか……?
魔族が変化の魔術を使えるとは聞いたことがなかったが……
考えないようにしていたのに……
あの青い目が思い出させる。
奥底に閉まった恐怖……
私は幼い頃、魔族に遭遇したことがある。
気まぐれに命だけは助けられたけど……
魔族は生きとし生ける者全ての敵……あの時の恐怖は忘れられる訳がない。
この治安警備騎士は知っているのだろうか?
城の者達は、漆黒の貴公子は、飼い主とされている深紅の淑女は知っているのだろうか?
私の誤魔化しに焦れきった騎士が槍を突いてきた。
それを左に避け、払われてきた槍先を持っていた短剣で受け流した。
「ダニエル」
王様の一声で騎士は攻撃の手を止めた。
……どうして?
なんだその顔は
「なんでそんな顔するんだ?」
王様らしくない。
私の知っている……調べた王様はそんな顔をしない。
どんな唄にも出てこない。
「どんな顔?」
今にも泣き出しそうな……
「…なんで悲しそうな顔しているんだ?」
理解出来ない。
この王様が今にも泣き出してしまいそうな悲しい表情を浮かべるなんて……
どんな時も傲慢に笑っているんじゃないのか?
「悲しいだろ?せっかく仲良くなれたのに」
戦意が削がれる。
私はこの王様のなにを怖がっていたんだろう。
この私を……只の吟遊詩人ごときを友人のようにもてなしてくれていた王様を
「殺さなくてはいけない」
悪寒が走る。
一瞬で体が凍り付くような……
冷たい汗が体から吹き出し、体が強張り、恐怖で動けない。
逃げようにも足が動かない。
足に何かが触れ、見ると小犬が私の足元にいた。
目が合い声にならない悲鳴が漏れる。
乾いた音が持っていた短剣を落としたと教えてくれる。
胸が早鐘の如く鳴り響く。
今すぐ逃げなくては。
今すぐこの場から離れなくてはと本能が叫んでいる。
下手に動くなとまた本能が言う。
「君の詩が聴きたいな?」
え?
王様は微笑み静かに言った。
先程までの殺気は綺麗に霧散し、穏やかな空気に変わっていた。
なにを言って……
王様は私になにをさせたいんだ?
「そのままの意味だよ。これからも仲良くしたいじゃないか」
そんな笑顔を向けられても……
王様のその青い目はやっぱり怖いんだ。
青が恐怖の色だと知らされた。
「俺のことを探っていたことも、なにかを報告しに行くことも構わない。」
間者である私をそのまま見逃すってことなのか?
これは一国の将来を左右することじゃないのか?
「もちろんお願いしたいことがある」
それは私が出来ることなのか?
どんな無茶を頼まれるのか……
返事をする間もなく王様は続ける。
「金色の魔王について調べて来て欲しい」
金色の魔王…?
私が生まれる前のことだぞ?
人間達にとってはおとぎ話のものだろうに……
なぜそんなものを?
「人間にとってお伽噺でも、エルフにとっては魔王と云えば金色の魔王だろ?」
なぜ王様は金色の魔王に興味を持つんだ?
魔族が側にいるせいか?
その魔族に聞く方が早いんじゃないか?
青い目は笑うばかりで真意を見せてはくれない。
「どうする?これはお願いだけど、間者はどうなるかわかっているだろう?」
はじめから答えを聞く気なんてないじゃないか。