7.砂塵に消えた愛の言葉
大学2年の6月だったと記憶している。その日私は、所属していた漫画系のサークルの部室でだらだらと過ごしていた。部室には映画のネタバレをしてくれる友もおらず、創作について語る友もおらず、3畳ぐらいの部屋にいたのは私一人だった。その日は梅雨らしく雨がぼたぼたと降っていて、地下だった部室は結構な湿度がこもっていた覚えがある。単位の関係上、1コマまるまる空いてしまい、さてどうしたものやらと考えて。
ふとテーブルに置かれていた部の活動ノートが目に入った。
部の活動やら原稿が終わらないやら漫画の感想やらなにやら、「俺はこのキャラが好きなんだ!」という、情熱にも怨念にもとれるような見事な愛の言葉が書かれた、無印良品らしい茶色いノートだった。ぱらぱらとめくり、結構みんな萌えという名の愛の言葉を書いているじゃないか、と妙に感心してしまった。
当時、空き時間に勉学に身を入れるという蛍雪のごとき精神をあまり持ち合わせておらず、読む本もなく、一人しかいないからこれに何かいてもいいんだ、と思ってしまったためだろう。そのノートをもう一度ぱらぱらとめくり、そのうちにカチカチとシャーペンを鳴らして芯を出し始めていた。
高校生の時に『magic theater』というアルバムを聞いて以来、私は当時も今もラクリマクリスティというバンドのファンである。1998年には「ヴィジュアル四天王」と言われていた、と言うとピンと来る人もいるかもしれない。2007年の1月20日に惜しくも解散してしまったのだが、未だに執筆中も運転中の第一の供はラクリマクリスティの曲である。
そこで私は部の活動ノートに書き始めてしまったのである。文章は全然覚えていないのだが、まずはラクリマクリスティというバンドの経歴を書き始めた。次にメンバーそれぞれの個性。メンバーそれぞれが生み出す音の豊かさ。サイケデリックな展開があるかと思えば、不思議と絡み合う絶妙なバランスの楽曲の数々。8枚のオリジナルアルバムの強烈な個性。……なぜ好きになったのか、どの曲が好きか、解散の理由、2007年1月20日のラストライブがセンター試験で、そのラストライブに行かずになぜ私はそこで生真面目にセンター試験の一日目なぞ受けているのか……等々の内容だったと思う……をひたすらひたすら書き連ね、2コマ目終了の鐘がなり、シャーペンを置いたときには文量が1ページ半を超えていた。
うわ!キモッ!!誰もここまで書いてねーよ、何書いているんだ!!! と、一通り自分に対してドン引きしつつ……しかしラクリマクリスティに対する愛の言葉を余すことなく書いた事実に満足しきって部室を出た。
……ということをふと、ラクリマクリスティのギタリスト・HIROが製作したアルバムを聞きながら思い出した。
2017月6月25日現在、私は非常に気になっている。母校の大学の部室棟はすべて消えたと聞いた。なので所属していたサークルの部室も消えたのだ。そうしたら一体、あのノートはどこに行ったのだろうかと。
いや、きっと消えたのだ。桜庭一樹の『青年のための読書クラブ』の最後のように、部室は崩れ去ったのだ。そして、私のラクリマクリスティ対するあいの言葉を書き連ねた部の活動ノートは、『青年のための読書クラブ』とは違い、救い出されることなく砂塵に消えたのだ。
だが、もしどこかで残っていたら……。上記ではあのように書いたが、ぶっちゃけあまり文章の内容を覚えていない。覚えているのは『大学2年の頃、所属していたサークルの活動ノートにラクリマクリスティについての愛を書いた。それも1ページ半に渡って』という事実のみだ。
なので、読み返してみたい。
そして冷や汗をかきつつ、1ページ半に渡って愛を叫べた過去の自分の行動に賛辞を送ってみたいとも思う。