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21.創作ノート② ——「60×30」の、堤昌親が生まれた瞬間


 その男は私の前にいきなり現れた。


 *


 前回に引き続き、創作ノートである。「60×30」のあるキャラクターが生まれた瞬間について書いていく。

 「60×30」の失われた初稿版(前回の創作ノート①参照)では、主人公鮎川哲也の指導者は「75歳の名伯楽」という設定だったのだ。情熱的と言えば聞こえがいいが、悪く言えば暴走しがちな哲也を、老練な名コーチがいさめる、という図だった。モデルは実在する名コーチ、都築章一郎先生だ。羽生結弦選手のコーチも務めたことがある、と言えばピンと来る人もいるかもしれない。

 だが、初稿版とともに彼は消えてしまった。書き直しをする際に、「老練な名コーチ」である哲也の指導者のキャラクターは、ヒロインの雅の父親に引き継がれることになった。さて、哲也の指導者をどうするか。まぁ、同じでいいか、キャラ被るけど、と思って書き始めた矢先に。


 その男は私の目の前にいきなり現れた。


 哲也の地元が釧路になったのは理由がある。北海道出身のスケーター、という設定が欲しかったのだ。北海道はスピードスケートのほうが盛んだ。帯広、北見、中標津などのスピードの盛んな土地を調べ、物語性が起こせそうな釧路を選んだ。タンチョウは釧路のことを調べているうちに、後からやってきた。

 哲也のキャラクターを作る際に、頭の片隅に柴田嶺さんの姿があったのは否めない。柴田嶺さんは釧路出身のフィギュアスケーターだ。線が細く、端整な顔立ちに、ビールマンスピンが綺麗な選手だった。

 柴田嶺さんは2010年の釧路国体を最後に男子シングルを引退された後、プロスケーターを経て高橋成美さんのペアスケーターとしてカムバックした過去がある。そんな柴田さんは小さい頃からスケートを習っていたわけではない。ウィキペディアによると、柴田さんは長野五輪を見てスケートを始めた。その時柴田さんは小学校5学年だった。スケートを始める年齢としては、遅い方だ。


 釧路で育ち、長野五輪を見て、遅まきにもスケートを始めた柴田さんのように。

 スピードが盛んな土地でも、何かを、それか誰かに憧れてフィギュアを始める少年がいてもおかしくないのだ。



……背景は雪で白い。空は青い。寂しいベンチに少年が一人いる。こいつが主人公の哲也だ。現在よりもだいぶ小さい。6歳ぐらいだろう。少年はバス停で、静かにバスを待っている。横にはスケート靴のケースを置いている。スケートリンクに行きたいのだ。滑るために。滑る方法を知るために。

 その少年の横に――……ん? なんか胡散臭い大人がそこにいる。息を吐くように軽薄な若い男だ。年は23歳ぐらい。背が高く整った顔立ちの男だ。心なしか、田村岳斗さんに似ている。田村さんは長野五輪出場経験のある名スケーターだった。現在は宮原知子選手の指導に当たっている。……って。



 ちょっとまて。お前は誰だ。



 男「お前は誰だって失敬な。今君が作ったんじゃないか。この子に必要な大人と言えばいいかな。さあ、俺に名前を付けておくれ!」


 私が作った覚えのない軽薄な男はべらべらしゃべりまくる。君って誰だ、と思ったらそれは作者だった。この子というのは哲也だ。それにしてもたいへん自由な大人だ。書き始めた作者と同じぐらいの年だ。この子に必要な大人。


 そうか、お前が哲也のコーチになるべきキャラクターか。と作者は納得することにする。


 男に言われるままに名前を考え始める。名前名前、初稿版の苗字は「堤」だった。都築章一郎先生の「つづき」の音感が好きで、その音感を「つつみ」で残したかった。なので苗字は決定。問題は名前。

 一シーズンの最初のほうを書いていた2013年2月。アニメ「サイコパス」に作者は超、ドはまりしていた。深見真先生の作品が大好きなのだ。2013年の2月ごろは、「サイコパス」のアニメは終盤に差し掛かり、私の狡噛慎也(私の、が重要である)がドミネーターを手放し、野に放たれたところだ。狡噛慎也には親友と呼ぶべき存在がいる。そのキャラクターの名前は、宜野座信親。とても良い名前だ。のぶちか、の音感が欲しい。でも、信親ではそのままだ。チカ、チカの語感が合う2文字。

 マサチカだ。マサの字は「雅」にすると雅の名前と被るから、昌にしよう。



 昌親「名前くれてありがとー!じゃ、俺はそこにいる美少年ナンパしにいくねーーー!!」

 私「待て!待て待て暴走するでない!」



 私がそのキャラに考えている間に、昌親は哲也に話しかける。肉まんくれ。いやだ。腹減って死にそうなんだ。ガキのもん奪おうとするな。……私はこいつのバックボーンを考えなくてはならない。考えている間にも、彼は肉まんを強奪する。一緒に行ったスケートリンクで、超絶技巧を披露する。哲也はそれに、不覚にもすごいと思ってしまう。哲也は来歴を見る。



 ——その瞬間、堤昌親が生まれた。



 まさかこんなズルズルな感じでキャラクターが生まれるとは、これを読んでくださっている読者様は思いもよらなかっただろう。それは私もだ。とにもかくにも、春になりたての釧路のバス停で、哲也と出会ったところから昌親は生まれた。そうして書いていくうちに、昌親は作者自身も「堤先生」と言わしめるようなキャラクターになっていった。私は軽薄な男と生真面目な少年という構図が大好きだ。年の離れた兄弟が大好きだ。さらに、「年の離れた上に、血のつながらない男キャラが血よりも濃い絆で結ばれる」構図に激しい萌えを感じる。作者の萌えがすべてなんじゃないか、と言われたら反論できない。


 しかし、キャラクターは水ものだ、と教えてくれたのが昌親でもあった。生まれたばかりのキャラクターがしっかりと水を得た魚のように、新鮮な力をもって生きている。それがどんどん物語に馴染み、血肉を与えていくこともあるのだ。まぁ、キャラクターがキャラクターなので性格がアレだが、そこは哲也にもいい影響があるだろう。性格がアレだけど。



 哲也「待て作者! なら俺の先生は、ああなる予定じゃなかったのか!?」

 私「そうだけど」

 哲也「今からでも遅くない!もとに戻してくれ!大体、あの先生は作者の萌えから生まれたんじゃないか!そんなのあんまりだ!俺に謝れ!」



 やだよ。



 そうして堤昌親は物語になくてはならない存在になり、彼の現役時代「鶴舞」を書くまでにキャラクターとして大きくなっていった。そしてこの後、彼がどうなっていくか、どういう現役時代を送っていたかは、作品を読んでいただければと思う。




 Q.「結局これは何が言いたかったの?」

 A.「その場で生まれたキャラクターも、キャラクターとしてでかくなり、物語に血を与え、新しい物語を生み出す、ということです。ともっともらしいことを言います」





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