20.創作ノート① ――「60×30」が生まれた瞬間。
10年前の私は、紙でネタをまとめるほかに、創作ノート代わりにmixiの日記を非表示や知り合いにしか見られないように編集してネタ帳にしていた。最近はろくにログインしていないmixiに入り、「昔の自分が何を書こうとしていたか」と「何を書いていたのか」を漁ることにした。がさごそと昔の日記を漁る。「鳥取砂丘で砂を集めて遊んでいるだけの子供の話を書きたい」とあった。何を書こうとしていたのかサッパリ思い出せない。
その中で「スケートの小説を書こうとしている」という記事があった。
その日記の日付は2011年。東日本大震災が起こり、モスクワワールドで安藤美姫さんが戴冠した後ぐらいだ。
その時の日記ではキャラクターや物語設定はあまり考えていないのに、なぜかフリーのジャンプ構成やプログラム使用曲はこれがいいとかが書いてあった。あと「演技シーンはありえそうだけどぎりぎりあり得ないところを狙いたい」とか。今とあんまりスタンスが変わらないのが笑える。
キャラクターのメモについても性格やら容姿やらバックボーンなんて書いておらず、
「プルさん的選手がセカンドトリプルループ」とか(アンドレイ・ヴォルコフの原型になりました)、
「カタリナ・ヴィットの本番強さとコストナーの技術」とか(マリーアンヌ・ディデュエールの原型になりました)、
「SPパガニーニ、ルッツにエラーの日本選手」とか(鮎川哲也の原型になりました)とか、
その他、「スポ根を書く時は欠点から決めるべし。そうしないとマンネリ化する」というメモとか。
要するにストーリーやキャラクター以前に「スケーターは氷の上で滑ってなんぼ」という思いが10年前の私にすでにあったわけで、そこから「フィギュアスケートを書きたい」と思ったようだ。
その時点で現在のキャラクターたちが生まれていたのかもしれない。
実はこの話は2テイク目で、初稿版では2015年の世界ジュニアの話だけで終わる予定でした。ライターから世界ジュニアを見る、みたいな目線で書く予定だったのです。しかしこの初稿版は紛失してしまい、最初からストーリーを練り直したらだいぶ長い物語になってしまった。いやあ、「フィギュアスケートを書きたい」という思いから書き始めた物語だけど、キャラクターはそれ以上に生き物だったようだ。
以上が、「60×30」が生まれた瞬間だった。機会があれば、またこの話についてまとめてみようかと思う。