16.そこには確かに「あなた」がいた。
2018年7月某日。
夜、家に帰るとネット通販で買ったものが届いていた。何が届いているかはもうわかっている。深夜、待ち望んでいた楽しみと、蘇ってしまった少しの悲しさを感じながら、梱包をべりべりと勢いよく開ける。光輝くふんわりとしたフリル。まっくろな宝箱から降りてきた金髪の美しき怪物と、その怪物を抱きとめる黒髪の春来る死神。飛び出したマカロンに角砂糖。コーヒーカップ。ティースプーン。どこまでも幻想的で美しいのに、「確かにそこにいる」という圧倒的なリアリティを持って迫ってくる。
届いた武田日向さんの画集「lumiere」を見始める。武田日向さんは、作家・桜庭一樹さんの人気シリーズ「GOSCIK」の挿絵で有名なイラストレーターだった。ぱらぱらとめくりながら、高校生の頃、夢中で「GOSICK」を読んだ記憶がよみがえる。大好きだったのだ、「GOSCIK」。
初めて武田日向さんのイラスト見たのは、ドラゴンマガジン。ファンタジアバトルロワイヤルという企画で「GOSICK」の短編が掲載されたときだったと覚えている。
ドラゴンマガジンでの掲載のその後、文庫が発売された。真っ白なフリルで街中をきょろきょろ見回すヴィクトリカ。荷物に腰掛けるヴィクトリカ。薔薇窓のステンドグラスをバックにパイプをふかすヴィクトリカ。富士見ミステリー文庫のカラー絵は1冊につき3枚。その3枚のカラー絵と作中挿絵を、じっと見つめては絵そのものが持つ緻密で柔らかい美しさに圧倒されたものだった。巻数を重ねるごとに、次はどんな絵がくるのだろう、と、それが楽しみになっていた。
19世紀のパリを舞台に、長崎からやってきた女の子が慣れない異国の地で奮闘する代表作「異国迷路のクロワーゼ」も大好きだった。アンティークの着物とドレスの、絶妙なバランス。奥まで描かれた緻密な背景美術を見ると、「その場に湯音という女の子がいて、確かに動いている」という質感を覚えるのである。
お菓子とフリルと書物に囲まれた図書館にいるヴィクトリカに、長い螺旋階段の果てに会いに行く一弥がいる。パリの回廊で笑顔で奮闘する湯音がいて、湯音との文化の違いに戸惑いつつも結局は温かく見守るクロードがいる。
一冊の本になり、改めてイラストを見ると、武田日向さんが描いていたイラストの質感、生み出した女の子が好きだったのだという思いと、うっかりの気持ちで富士見ミステリー文庫版の「GOSICK」を断捨離してしまったことへの後悔が押し寄せてくる。
そしてまた、「GOSCIK」を一から振り返りたくなったのである。
武田日向さんの描く新しいイラストはもう見られないけれど、とにかくこの「画集」というかたちが、好きだった身としてはとても嬉しい。そこには確かに「あなた」がいて、緻密で、柔らかいやさしさに包まれたイラストを沢山残したのだ。
本棚にある「異国迷路のクロワーゼ」は一生大事に手元に置いておこう。「やえかのカルテ」や「狐とアトリ」は読んだことないから読みたいな。その前に「GOSCIK」全巻……そんなことを考えた深夜だった。