12.おでん出汁と大根の行方
「これが食べたい」と思うとずっとその思いに憑りつかれてしまう。今回の場合はおでんだった。「次の夕飯はおでんだ」と決めるとこの細胞の一つ一つ「おでん」という単語に満ち満ちていくような気がしたのだ。おでんと決めたのは前日の夕飯の後のことだが、その途端に「やったー、明日の夕飯のメニュー決まった。これで次の夕飯何にするかで頭を悩ませる必要はないぞラッキー」という気分にもなり、ついでに材料もないのにもう作った気分になり、そして出来てもいないおでんについて思いをはせたりするのである。たっぷり味の染みた大根を、からしを付けて食べることを想像する。おでんには大根。大根にはおでん。
そんなわけで今シーズン初めてのおでんを作ることにした12月2日。外で昼メシを食べた後、おでんの準備をすることにする。
【買い出し】
スーパーに行く。この季節はまだ苺の季節にかろうじてなっていないので、勝者の気持ちになりながら冬季限定にスーパーに現れるおでんコーナーに行く。大根は家にあるので買わない……のではなく、「もしかすると大根一本じゃ足りないかもしれない」と思い、おでんコーナーの前に大根を一本手に取る。
タネを見ると迷う。今回はおでんセットなるものは買わない。ちくわ、蒲鉾、練り物数種、はんぺん、こんにゃく等々を購入し、意外に財布をスッたが大量の具材がおでんの宿命だとマインドコントロールして岐路につく。ついでに言えば北関東はちくわぶを入れる文化はない。餅巾着は中のモチが出汁に揺られてデロデロになっていくのが切なくなるので買わない。
【作成】
買い出しに行く前に大根だけ世話をしておく。たっぷりの水にスプーン一杯の米を入れて大根を下茹でする。丸々一本。この時の私は「大根はこれでいいや」と思っているので、まさか一本増えてくるとは思わない。
出汁を作成する。おでんの素を使わないと決めたので、昆布出汁を水から作成する。そこに白出汁を分量通りに入れる。……いや、分量より50㏄減らして入れる。ひと煮立ちさせて味を見るとかなりしょっぱい。
しょっぱいのである。水は分量通り、白出汁は分量より減らしたのにも関わらずしょっぱい。昆布のせいか。昆布を入れたからよりしょっぱくなったのか。このしょっぱさはやばい。練り物からかなり出汁が出るので、このままでは塩分が非常に非常に多くなってしまう。仕方がないので合計にして1リットほど出汁を取り出し、水を足す。取り出した出汁は別容器に入れておく。
買い込んだタネを仕込もうとする。その直前、親戚から「今日おでんと聞いたからー!」とおでんの具材をもらう。1.5倍増えた。頂いたものをまず使う。買い込んだ練り物の大体は冷蔵庫で眠らせる。
大根から入れて下茹で油抜きした練り物とこんにゃくを投入。こんにゃくを普段の1.5倍入れたからか、鍋の中の「みっちり」感が半端ない。大根に味が通ってきたら半熟にしたゆで卵と、はんぺんも入れる。より「みっちり」感が強調される。
【食す】
とても平和な食卓だった。澄み切ったたっぷりの出汁にたっぷりのおでん。出汁のハーレムである。鍋の中身は一夫多妻だが平和な結婚生活を謳歌している家族だった。
【その後(二日目)】
大量に出汁も練り物も残ってしまったので、翌日もおでんになった。足りないかもしれないという理由で買った一本の大根は、大量に残った出汁のもとへと旅立っていった。2日目はおでんとカキフライというカオスな食卓を食す。それでもおでん出汁は一向に減らない。前日取り出した出汁を入れたからだ。出汁は倦怠期の夫婦のような色合いにならず、新しく増えたタネ、大根によって、妻はすべて変わったが2度目の一夫多妻の結婚生活を謳歌している。
【その後2(三日目)】
その日、家に帰ったら夕飯は普通の鍋だった。昆布の出汁に昨日の残りの牡蠣。家族で幸せに食す。おでん出汁の姿は見当たらない。捨てたのであろうか、と探してみると、鍋の中にそっくりそのまま残っている。ついでに台所に新しい大根も転がっている。母が頂いたものらしい。「もらったから、出汁残っているしおでんに入れちゃおうかと思ってー!」と言いながら沸かした大量のお湯の中に米を入れている。この時点で練り物は何もない。出汁の3度目の結婚は大根だけだった。私たちが飽きるまで続く。
次の日は食べ忘れる。意図的に「食べない」という道を選んだ気がする。一日食べ忘れたら、再婚した大根と出汁は心中していた。最後の大根が、このおでん出汁の本当のヨメだったのだと思う事で「飽きて傷ませた」事実から目を背ける。
【大根とは】
大量のおでん出汁のためのスケープゴートであり、最高の結婚相手である。