6話 ー2001年@秋葉原ー
「じゃ、じゃあい、いきましゅよ、、、。」
きいの魔法で時空が歪み、あたりの景色がみるみるうちにねじ曲がっていく。
4人は手を繋いで円を組み、時間遡行の重力に耐えている。
この瞬間は精神と体に多大な負担がかかる。
もはや言葉で表せるような感覚ではなく、生身の人間であればたった数秒でも気絶、もしくは死に至る。
そしてその数秒が経過し、15年前の秋葉原に到着した。
「ぅ、ぅぅん、、。ああ着いた。やっぱこの感覚苦手だなぁ、、。」
戻る時間が遠ければ遠いほどその負担のかかる時間は長く、そして重い。
りおにとって時間遡行は2年振りだ。いくらダブルSのソルシエといえど、慣れていないとかなり辛い。
「み、みなしゃん、だ、大丈夫でしゅか、、?」
当然だがきいは自身が時空魔法使い手のため、ダメージはほとんど無い。
「、、わたしも大丈夫だよ!ここは15年前、、だよね、、!確認確認!」
時間遡行をした際は必ずどこか日時を確認できるものや場所を探す。
なぜ確認が必要かといえば、たとえば彼女たちが所持している携帯電話や時計は遡行する前の時間と日時を示している。単純に、タイムリープではないため当然体も物も遡行後に一致しないのだ。
「あ、ここのファミマのスポーツ新聞。うん、、2001年3月ってなってる!バッチリバッチリ!そーれーにー、、、あれ!」
しっかりと狙った時間と場所に来れるのも、今まで何百回にもわたって遡行を繰り返してきたからだ。
さらに言うと時空魔法を持つソルシエはそれだけでかなり珍しい。
学園内ではきいと『藝淑桜子』のたった二人だけだ。
ただし条例で禁止されているため、きいほど時間遡行を使いこなせるソルシエはおそらく世界でも少ないだろう。
4人は中央通りへ歩いていると、りおが突然発狂しだした。
りおが指差す先には街で一番大きな看板。
そこには『魔法少女ミラクル☆ソレイユ』というアニメの看板があった。
ミラクル☆ソレイユとは、1998年から2001年の3年間にわたって世界的にヒットしたアニメ作品だ。
それは同時にソレイユという魔女が世界を救った事実をそのままアニメ作品であるということだ。
さらに言うとソレイユは、現実世界においてたった一人でプレットを『根絶』した史上類を見ない伝説のソルシエールだ。
3年間の視聴率は常に当時のアニメ・ドラマ部門で歴代1位を記録し、その記録は未だ塗り替えられていない。
そのため2001年といえば、国内では町中がソレイユ一色。どこもかしこもソレイユのポスターや音楽だらけだった。
この時代はまだ秋葉原に萌え文化が皆無に近い。
そんな時代の中でこれだけ大きな広告が出るということは、ミラクル☆ソレイユはそれだけ国民的なアニメになっていたということだ。
りお、つばさ、きいの3人が圧倒され感極まる中、ちあきはポスターを無表情でじっと見つめていた。
「おーいちあき!ソレイユの生広告だぞぉぉ!現役バリバリじゃんかぁ!喜べよろこべー!!」
「あ、う、うんそうだね!すごいなーあははは、、」
今回の作戦はこうだ。
前回の会議で目をつけた「アニメ制作会社ブリリアント」の『上原信行』という人物。
彼の『自殺』を防いだところ秋葉原から無くなったはずのゲームセンターと書店が出現していた。
いまのところその会社が鍵を握っているのか、上原自身が鍵を握っているか定かではない。
なので今回は偵察も含め上原とブリリアントを、実際に足を運んで調べにきたというわけだ。
所在地は数あるアニメ制作会社の中でも一等地に位置している。これはおそらく元請けの大手制作会社『ムーンライト』が関係していると思われる。
しかしながらまだ予定の行動時間まで少し時間があるので2001年の秋葉原を散策してみることにした4人。
言い出しっぺはもちろんりおだが、今日に限ってきいもいつもよりテンションが高い。
「いやしかしさっきのソレイユの看板はドーンってあったけど他はアニメ関連全然ないねー」
「しょ、しょうなんでしゅ。まだ2001年はアニメの文化は、じぇんじぇん入ってきていないのでしゅ」
きいがいつもより若干滑舌がいいようにも思えるがそれは3人みんなが感じていた。
きいの言うとおり2001年の秋葉原にはまだアニメや萌えの文化は根付いていない。
ソレイユの大きな広告があったのは飽くまでも世界的にヒットしたアニメだったため、日本各地でその広告及びポスターを出していた。
秋葉原もその一部に過ぎないというわけだ。
りおもアキバ大好きっ子だが、きいは一味違って『アキバ史オタク』みたいなところがある。
そのためこの時間はきいが3人を先導し今は無き『駅前公園』や、当時新しくできたパチンコ店など色々な場所を案内して見せた。
「きいおまえ、、すごいな、、。まるでこの時代の秋葉原に何度も来ているみたうだな。」
「む、、むむ、、昔のざっしや、、テテ、、テレビを、しゃんじゃんみ、、見てきたでしゅ、、」
ツアーコンダクターきいの秋葉原ツアーは作戦への緊張を僅かではあるが和らげることが出来た。
そして、そうこうしているうちに時間はちょうど作戦決行の予定時間になった。
程なくして会社所在地へと到着。同時に協会のデータベースにアクセスし会社の情報を開示した。
「どうだ?ちあき?」
「うん、設立5年目、従業員数31人てなってる。やっぱり結構大きかったんだ。。」
前回の会議では2016年の時点で従業員数は5人だった。
とはいえ15年も経てばそうなってしまってもおかしくはない。下手をすれば倒産するところもたくさんあるのだが、そこまで人員削減してまで会社を継続させておくのには何か訳があると睨んでいるりお。
今回ばかりはどんな小さなことも見逃さない姿勢だ。
すでにちあきのデータベースから上原の経歴や顔写真なども頭に叩き込んである。
一方つばさもこの会社になにか手がかりがある可能性は高いと確信している。
秋葉原からあれだけ一掃されたアニメのコンテンツがたった一人の自殺を防いだだけで2店舗も蘇ったのだ。
そして上原はアニメの制作会社勤めだ。
こうなれば関係していないわけがない。
「よし、しばらくここで様子を伺って、従業員が極端に少なくなる夜中に社内に入ろう。それで何か手がかりを見つけるんだ。」
というわけだが、中学生のため車の使用は不可能。姿を消す魔法なんて都合のいいものは無い。
その為、じっと一つのビルを監視するその姿はかなり怪しい。
「なんか周りも暗くなってきたしちょっと疲れてきたね、、、」
「ぅ、ぅう、、、き、きいもちょっとだけつ、つつ、疲れてきたでしゅ、、、、」
いつものことだがこの手の耐久戦に弱いちあきときいの二人は案の定弱音を吐き始めた。
しかしそこはミス・ハイテンションりおが大声を張り上げて二人へハイテンションの押し売りを繰り広げる。
「こぉぉらぁぁ!まだまだ夜は長いぞーー!これから楽しくなるんじゃないかぁ!」
りおのハイテンションはいつものことだが、アニメ大好きっ子りおはこれからやって来る制作会社不法侵入タイムが待ち遠しくて仕方なかったのだ。
つばさもやれやれと呆れ顔をしたその時だった。
「ちょっと君達?そこでなにをしているんだ?」
りおの大声を聞きつけてブリリアント社内から男性が一人、外の様子を伺いにきたのだ。
しかもその男性というのが、、
「う、上原信行ぃぃーーー!!?」
りおは知る顔に思わず名前を出し驚いてしまった。
そう、社内から出てきた男性とは上原。先日自殺を防がれた本人だった。
「ん?君なんで僕の名前を?ああ、さては君達ソレイユのファンの子達かな?
僕の名前を知ってるなんて中々コアなファンだなぁ。しかもその制服、君たちシャルム学園か。
よーし!それなら特別に中見せてあげようか?いつもシャルムにはお世話になっているからね!」
4人は思わぬ展開に一瞬戸惑ったが、すぐに機転をきかせてつばさが答えた。
「そ、そうです!私たちファンです!ここに来ればソ、ソレイユに会えるかなーと思って!」
突然予定になかったことを喋り出したので思わずちあきが小声でつばさに喋りかける。
「ちょ、ちょっとつばさちゃん!」
「いいんだちあき。逆にチャンスだ。中も見れるしこの上原という男にも接触できる。
用が終わったら帰ったフリをしてまた忍び込めばいい。」
なんて機転の聞く子なんだろうとちあきは関心した。
こういう冷静さは4人の中でやはりつばさがピカイチだ。
「ん〜?でも君達みたところまだ幼いなぁ。中少し見たらちゃんとすぐおうちに帰るって約束ができるなら案内するよ?」
ー はい!約束します!ー
4人は声をそろえて返事をした。
上原に連れられてブリリアント社内へと入っていく4人。
入り口を入るとすぐにアニメのポスターが何枚か綺麗に貼られている。
今まで担当した作品だろうか、ほとんどのポスターに何人かのサインが入っている。
監督のもだろうか、声優のものだろうか定かではないが、いかにも制作会社という雰囲気が漂っていた。
展示室や応接室、と何部屋か案内された後にオフィスに入ると先ほどの景色とは一変、
散らかりまくったデスクが何個も並べられており、タバコとコーヒーの匂いが立ち込めている。
中には仕事をしている者は誰もいなく、何人かがイスやソファーで寝ているといった状況だった。
「汚くて悪いねぇ。いまちょうど繁忙期でね。みんなてんやわんやなんだよ。」
「はぁ、、、しっかし全然人いないんですねー。。もっといるかと思った」
「ちょうどいまの時間、進行やアシスタント達は外に出ているんだ。いま寝ている人もこれから起きてお仕事さ。」
興味深々のりおはやたらとウキウキしている。制作会社に立ち入るのは、
小さい頃に父親の勤める制作会社に入った時以来だ。
そんなりおを見た他の3人は『行け行け!』とボディランゲージでりおへ訴えかける。
それを見たりおはすぐさま行動に移した。
「えっとじゃあおじさ、、、あ、、上原さんは暇なんですか??」
「ははは!いやぁ自分で言うのもなんなんだけど僕はいまやってるソレイユのプロデューサーの一人なんだ。
でもウチの回はさっき納品が終わってね。だから今日はデスク達の見張り番、ってとこかな。」
「プ、プロデューサーさんだったんですか!!こりゃ失礼いたしました!
い、いやぁ実はわたしのお父さんもムーンライトでプロデュ、、、」
ー バサッ!!! ー
りおが言いかけた瞬間につばさが急いで止めにかかった。
そしてりおだけに聞こえるように小声で話しかけた。
「おいバカ!ここは15年前だぞ!ここで余計なことを言って話をこじらせるな!」
上原はその様子を不思議そうな顔で見ていたが、話を続けた。
「んー?いま何か言ったかな?まあそれより君達お茶でいいかな?ちょっと待っててね!」
そう言うと上原は席を外しお茶を入れにいったようだ。
フーッとため息をつきながらりおはとある机に座った。
「りおちゃんやっぱアニメのことになるとすごいね!」
「き、きき、きいだったらひ、一言もむ、無理でしゅ。。。」
3人はりおの自然な会話に関心していた。
りおにとってはただ喋っていただけなのだが、いまの時点で上原の仕事状況や、なぜ会社で留守をしているかの理由など、小さくても情報を聞き出せたのだから。
「ん?うんうんまぁね!、、、あ、、、あ、あ、あ、あああ!」
りおは机の上にとんでもないものを発見した。
それは、
「これは、、ソレイユ。。」
「す、、すごいすごすぎる!ソレイユの原画と動画だぁ、、、」
りおが座った机は『魔法少女ミラクル☆ソレイユの封筒に入った原画と動画が置いてあった。
ソレイユはみんなが大好きだが、りおにとっては特別だ。
伝説のアニメだったということもあるが、元よりりおは歴代ソルシエールの中でソレイユを最も尊敬し敬愛している。そんな憧れコンテンツの門外不出である原画や動画をリアルタイムで見れるなんてことは滅多に無い。
いや、普通は絶対にない。
「いやぁ、、、まさかこんな、、、。よーし!」
そういうとりおが突然ペンをとった。
原画と一緒になっている動画になにかを書き始めた。
「お、おい!りお!なにを!」
「大丈夫大丈夫!さっき上原さんがもう納品終わったっていったでしょ?これリテイク前のやつだよきっと。
だから大丈夫!えーっと、、ここはなのはでぇ、、、ここはさくら、、、ここはぁ、、、
メルルとミラクルん!」
りおは動画のいたるところに歴代の魔法少女を描き、そしてページをめくりまた描きとランダムでお絵描きを始めた。
つばさは頭を押さえ呆れている。
そしてなぜか負けられないとちあきも参戦しかなりの数の魔法少女キャラクターがそこに描かれた。
いつしかそれはりおVSちあきの『魔法少女どれだけ覚えているか対決』に発展しかなりマニアックなキャラクターまで目白押しだ。
ー ガチャッッ! ー
「いやー!普段自分でお茶なんか入れることなんて無くて不慣れでね!結局お茶の場所がわからなくて下のコンビニに行ってきたよぉ。」
上原が戻ってきた途端にりおとちあきは手を止めペンを戻し、何事もなかったかのように振る舞った。
「い、いやー!全然大丈夫ですよ!ぁはははは!」
「どうしたんだい?そんなとこに座って、、。ああ、ソレイユの動画じゃないか。これはリテイク前のやつかなぁ。」
「で、ですよねー!はははは!」
『ほら!』という顔でりおはつばさをキリッと見つめた。
4人と上原の笑い声が室内に響き渡ったその時。
ー バタン!! ー
ものすごい勢いでオフィスのドアが開いた。
「ん!?洗崎どうした!?」
「すみません!上原さん!僕間違ったの納品しちゃって!」
「えー!?なんだって!?まだ間に合うが本チャンはどこにあるんだ??」
「あ、、はい!確か、、、、。ああこれですこれです。よかったぁー、、。」
入ってきた男はりお達が座っていた机からあの動画の束を持って行った。
そう、りおとちあきがガッツリ落書きをした動画だ。
「じゃあ上原さん!いってきます!」
「おう!運転気をつけてな!」
4人は呆然とした。まさかあの動画が。
和気藹々としていた雰囲気は一変、表情が徐々に変わっていく。
そしてもうこれしかないとつばさが突然声を上げた。
「あ、あの!わたしたちもう行かないと!な!みんな!」
つばさがそう切り出すと他の3人も帰りの姿勢に切り替える。
と思いきや、きいだけがテーブルの上のお菓子を食べていた。
「ほぉらきいちゃん!ママに怒らるから帰りましょうねーー!」
「あ!君達!まだ案内が!」
ー バタン! ー
上原が呼びかけるも逃げるようにして去る4人。
扉の閉まる音で毛布にくるまって寝ていた従業員の一人が起きた。
「ぅ、ぅううん、、。あ、上原さん、、、どしたんですか。。。」
「あ、うんちょっといま不思議な子達がな。。あれ?なんか落ちてる、、。」
その頃4人はというと。
「ハァ、ハァ、ハァ、、、つーかなにしてんのあたしたち!なんか全然ソルシエらしくない!」
「バカ!おまえが落書き始めたせいなんだぞ!バレたら大変なことになる!ちあきもだ!」
「ぅぅぅ、ごめんなさい、、、」
4人は全力で走って逃げていた。状況的にほとんど普通の人間と変わらない。
今回したことといえば秋葉原の散歩、張り込み、制作会社見学。
時間遡行以外で一度も魔法を使ってない他、ほとんど遊びに来たようなものだった。
確認として言うが、きいの時間遡行の魔法は魔力の消耗が激しい。
一度使うだけで数日にわたって本調子が出ない時もあるぐらいだ。
きいにとってはかなり限りのある魔法なのだ。
「とにかく今日は一旦退散しよう!これ以上過去の人やものに無理に接触してはならない!基本だろ!」
そして4人は円を作り、きいの魔法で元の秋葉原へと戻っていく。
再び凄まじい重力がかかり、4人は光に包まれた。
ー2016年 秋葉原ー
「つ、、つつ、ついたでしゅよ、、、」
そこは元の秋葉原。のはずだったが。
「ぅ、ぅーん。ああ着いた着いた。。」
「あ、あれ?ここは?」
明らかにいつもと様子が違っていた。
普段遡行から戻ってきた時はいつも出発地点の空き地に戻ってきていた。
しかし今日は違う。どうやらそこはとあるビルの屋上だ。
「もしかしてきいちゃん、間違っちゃった!?」
「いやそんなはずは無い、、座標も合っている。。まさか、、、。おい!みんな!急いでこのビルから降りろ!」
つばさにそう言われ急いでそのビルを降りる4人。
中は電気が消えてはいるが、もし人がいた時のために気づかれないよう全て階段を使って降りていった。
そして一階へたどり着き、降りて来たビルを見上げた。
そして、
「これは、、、」
つばさの視線の先には、3年前に取り壊されたはずのフィギュアショップがそこにあったのだ。
そして4人は喜ぶ間も無く視線を別の建物に運ばざるをえなかった。
「み、、みんな!あ、、、あれ!、あれ見て!」
りおが指差すその先には、、全く別の店舗になっていたはずのAKIBAカルチャーZONEがそこにあった。
「やったぁぁ、、。あたしたち、、間違ってなかったんだ。。」
まだ頭が混乱する中4人は秋葉原を走り回りあらゆる建物を確認した。
そして遡行前と比べたところおおよそ街の半分のアニメ関連の店や建物が戻っていた。
いったいこの街に何が起きたのか。
まだその理由はわからない。しかし彼女たち念願のゴールが微かに見え始めたことに、4人は大いに歓喜した。
続く




