5話 ーソルシエールになってー
ーキーンコーンカーンコーン♪
「ぅぇぇーーー!やっと終わったぁぁーーッ!」
留学帰りのりおにとっては日本の6限がとても長く感じる。場所場所によってその教育方針が違う上に、
ただでさえシャルム学園は何かと“お勉強”が多いからだ。
特に魔法史や理論についての授業は日の半分を占める。
勉強が苦手なりおにとってはとても退屈でとても長いのだ。
とはいえ、一流のソルシエになるには当然魔法史や理論の試験もある。
ソルシエールとなれば、ありとあらゆる面において長けていなければならない。
「いよいよ明日、作戦決行だな。」
「そ、そうだね。。なんかちょっと緊張するな。。。」
つばさの言う『作戦』とは例の制作会社の調査だ。
約5年もの間、秋葉原を変えてしまった原因を探ってきてはいたが、事体はりおの活躍によって 急展開した。
しかしその反面、本当にそれが正しいのかどうかという不安要素があるのもまた事実。
前回の会議からちょうど一週間。きいは魔力を温存し、他3人と共に作戦を練りに練ってきた。
例えば過去に戻る日時や場所、所要時間、伴うリスク、とあらゆる場面を想定し、
たとえその際どんな規模のプレットと戦闘になっても対応できるよう実践的な対策も叩き込んだ。
備えあれば憂いなし。彼女たちは本気だ。
「よしみんな。今日は早く帰って明日に備えよう。各自万全の状態で臨むぞ。」
つばさがみんなを気遣って言葉をかけた。
と、その時だった。
ー ガラガラガラ!バタン! ー
「なんだクソガキどもまだいたのか?ベチャクチャ喋りやがって。さっさと帰れ!
あーあとそれと、、国望!ちょっと指導室に来い!すぐにだ!話がある。」
西園寺が現れた。どうやらちあきを探しに来たようだ。
とても真剣な顔をしているが口調はわずかながら穏やかな気がする。(これでも)
ちあきは不安そうに返事をし、それを見ているクラスメイトもそれはそれは不安げだ。
りお、つばさ、きいの3人も『一体何をしたんだおまえ、、、』という目で見ている。
それもそのはず。西園寺が滅多にしない名指しでの呼び出しだからだ。
「りおちゃんつばさちゃんきいちゃん、ちょっと行ってくるから先に帰ってていいよ!
あと今日ご飯作れないから誰かお願いね!」
そう言ってちあきは教室を後にした。
3人はというと、ちあきを心配そうに見送り、明日のこともあるので帰りの支度を早々にする。
ところがこんな時でもりおのお調子者は健在だ。指導室を覗きに行こうと、小学生並みの下らない提案をする。
しかし当然ながらあっけなくつばさに却下された。
ちあきは早くも遅くものない、ゆったりとしたスピードで指導室への廊下を歩いていた。
ちあきは別段優秀なわけではないが、教師に怒られることはまず無いタイプの人間だ。
ちあきなりに自分の行動や言動を振り返ってはみるが、怒られるような心当たりは全く無い。
一体何なのだろう。そう考えているうちにもう指導室の前に到着してしまう。
ドアがやけに大きく見える。
ちあきは深く2度深呼吸をし、扉へと手を伸ばした。
ー コンコン、、 ー
「失礼、、します、、、。」
部屋に入ると西園寺は窓側に立ち外を眺めていた。
西日に照らされオレンジ色に輝く後ろ姿は今にも消えてしまいそうな、儚げな美しさだ。
そして西園寺はちあきに視線を向けず、窓の外を見たまま言葉をかけた。
「まあそこに座れ。」
その声はいつもの低い太い声とは少し違って聞こえた。
そんなことには気付かずちあきはソファーにゆっくりと腰を掛ける。
西園寺はそれを耳で確認したのか、ゆっくりとちあきの正面のソファーまで歩き、そっと腰をかけた。
「あ、あの、、、話って。。。」
「ああ。おまえはなぜ私の募集を受け流した。クラスの半分以上がレベルAを志願してきた。
東山も志願してきている。なのになぜだ。理由を言え。」
新学期初日、西園寺はレベルAに昇格したい生徒を募った。
そしてその全員をレベルAにすると宣言したのだった。
当初は半信半疑どころか全く信用していなかった生徒たちだったが、
後のあの『新任教師紹介』によりその実力のほどを知り、さらに西園寺の正体がかつて天才ソルシエールと謳われた『ティターニア・ルヴァン』だというこが判明した。
6組の生徒は歓喜し、その日のうちにクラスの半分以上の生徒がレベルA育成に志願した。
そんな中でちあきはというとそれに志願もせず、卒業に向け特にレベルを上げよう、強くなろうという意思すら示していなかった。
「わたしは、、、わたしはダメなんです。昔から努力しても全然ダメで、、頑張ってるのにそれが何も結びつかなくて。だから、、、きっと才能がないんだと思います。」
ちあきの特徴は、学業はとても優秀だということ。しかし実践的なところでいつもヘマをしてしまう。
運動が苦手なわけでは決してないのだが、性格上あまり戦闘には向いていないと自分では思っているようだ。
そのためちあきのレベルは下から3番目の『C』。このCというのも、勉強ができていなかったら間違いなく最下レベルの『E』だろう。
「フンッ、面白い。まあ私の話を聞け。」
そういうと西園寺はわずかばかり微笑み、ある話を始めた。
「私はその昔、おまえの母上から指導を受けたことがある。あれは私がまだ6歳のころだ。」
「はい。知っています。お母さんが昔話していました。すごいソルシエがいたって。」
「そうか。まあ聞け。おまえの母上は本当に素晴らしい人だった。
ソルシエールとしての実力、教養、品格、どれをとっても全て本物だった。
私は幼いながら彼女の魅力に気づかされていたんだ。
私はソルシエしてのあまりのポテンシャルの高さに生まれてすぐに親元から離さてしまってな。
彼女に出会うまでは協会の特別機関で機械のように育てられたんだ。
だからな、自分で自分が人間であることなど忘れかけていた。
もしかしたら自分は本当に機械なんじゃないかって、だとしたらこの先どうやって生きていけばいいのかわからなくなった。そんな時におまえの母上に出会った。
彼女は全部違ったんだ。今まで私を育ててきた大人とは違ってとても暖かくて、優しい心を持った人だったんだ。
ソルシエとしての強さと同時に、私に人間の心というものを教えてくれた。
彼女がいなければ私はきっと今も機械のままだ。
今でも私はそう思っている。」
ソレイユの話をする西園寺はどこか楽しそうにも見えた。
表情こそ固いところはあるが、なによりいつもの荒い口調はどこかに消え、優しささえうかがえる。
しかしちあきは物言いたげに西園寺を見つめていたところ、西園寺はすぐにそれに気づいた。
「どうした、国望。」
「わたしは、、、わたしはお母さんとは違います。確かにわたしはお母さんの娘です。
だからお母さんの最期の言葉をいまでも大切に思ってます。
『ソルシエールになって』っていう言葉が今でもわたしの心の中で揺れ動いてます。だけどわたしはお母さんみたいに強くもなければすごい才能なんてこれっぽちも無いんです。
だから、、、本当に辛いんです。このままここにいてもいいのかなって、、、。」
ちあきは今にも泣き出しそうな声で西園寺に訴えた。
『ソルシエールになって』という母の最期の言葉が希望でありそれを掲げて生きてきたちあきにとって、
いつしかその言葉はプレッシャーとなり自らを苦しめる呪文のようなものになってしまっていた。
「国望、おまえは本当にそれでいいのか?このままクラスや学園の笑い者でもいいのか?
私はこれでもおまえに最低限の敬意を払って接しているつもりだ。
志願してこなかった者を放っておいていたって私は痛くもかゆくもないんだ。」
ちあきは下を向き、いつの間にか涙をこぼしていた。
母のこと、秋葉原のこと、学園のこと、ちあきは全てを愛している。それだけは間違いない。
しかし自分が何一つ結果を残せず周りの足を引っ張ってしまっていると、彼女はそう思っていた。
なにも言葉を返せぬまま刻々と時間は過ぎていく。
そしてしびれを切らした西園寺は口を開いた。
「国望、今日はもういい。無理強いはしない。いつまでもそうやって逃げているといい。
本当に本気で自分と向き合わなければ、きっといつか後悔する。
おまえは母親のためにソルシエでいるのか?そうじゃ無いはずだ。もう一度よく考えてみろ。
それとな国望。頑張っているかどうかを決めるのは周りの人間だ。決して自分じゃない。よく覚えておけ。」
西園寺は怒りも感情もこもっていないような声色でちあきに言葉をかけた。
「わかりました。。失礼します。。。」
ちあきは指導室を後にした。
部屋を出て扉に背中を当てながら、我慢していた涙をボロボロとこぼした。
日々感じていた劣等感が溜まりに溜まって、今ちあきの胸を締め付けていた。
もはや誰のために、何のために自分はソルシエでいるのか。
それすらもわからなくなっていた。
“このままソルシエを辞めてしまおうか”
一瞬そんな思いがちあきの頭をよぎる。
その時、
「ちーあき!なーにしょんぼりしてんの!」
顔上げるとそこにはりおがいた。後ろにつばさときいも立っている。
そう、3人はやっぱり帰らず校門でちあきのことを待っていたのだ。
「あ、、みんな、、、どうして、、、、」
急いで泣き顔をごまかすちあきだがもうバレバレだ。
しかしそれには触れず、ただひたすら関係ない笑い話でちあきを元気付けながら4人は家路につく。
ちあきは思う。
この3人がいなかったらソルシエールになる夢をきっととっくに諦めていたろうと。
いままで何度もソルシエを辞めようとは思っていたが結局ギリギリのところで3人に救われていた。
改めて仲間の大切さに気がついたちあきは笑顔を取り戻し先頭に立った。
「よーし!明日はいよいよ作戦決行だね!みんなで頑張ろう!」
急に元気になったちあき前に3人は一旦その場に立ち止まったがすぐに歩きだし、
『オーーーー!!』と掛け声を放った。
続く




