15話 ーペナルティー
日本の石垣島に位置するシャルム学園合宿施設「シュトラフ石垣」
世界各国にあるシュトラフでは基本的にソルシエの「強化合宿」を行うことを主な目的としている。
しかし、今回の4人のようになにかしらの禁則を犯した者には、このように特別な懲罰合宿を行うことも稀ではない。
懲罰合宿には其れ相応の試験管が担当することになっており、今回は世界3大ソルシエールの一人、シルフ・ルヴァンだ。
「さて皆様、昼食は楽しんでいただけたでしょうか?」
横一列に並んだ4人の内、りおを覗いた3人は早くも参っている様子だ。
もうろうとする意識の中、なんとかシルフの言葉を聞き取ろうとする3人。
油断すると今にもムカデが口から出てきそうで、10秒に一度口を押さえるつばさ。
そんな中シルフは今後の合宿の流れを淡々と説明し始めた。
「今回、あなた方には2チームに分かれて合宿を受けていただきます。」
その言葉に一番最初に反応したのは、地獄の昼食をとっていないりおだった。
「ほぉー、2チームねー。2、2だったらやっぱりあたし&つばさ。ちあき&きいかなぁー?」
りおの言う通り、こういった二人組を組む行事は大抵ちあき&きい、つばさ&りおでやり過ごして来た。
ただ他の3人がリアクションできない理由は、
あの昼食が恐怖として脳裏に焼き付いているからだ。
何か喋ろうとするとウミムシとムカデの香りが胃の中から口元へと押し寄せてくる。
なんとも恐ろしい。
「まず、私が担当する二人ですが、桐嶋さんと東山さんになります」
予想外の組み合わせだった。4人全員が驚いているが先に言った通り、いま素直にリアクションができるのはりおだけだ。
「エ!?きいとあたし!?そう来る!?」
「はい。そしてもう一組の国望さんと武藤さんを、、」
シルフが淡々と説明をしているその時だった。
ーーーー 私が担当します ーーーー
シルフの話を割ってそこに現れた人物。それは、これもまた世界3大ソルシエールの一人、のエルフ・ルヴァン。シルフの実の妹だ。
「ぅ!?ぅぅうううう!???」
ムカデが出そうな口をなんとか押さえ、驚きを露わにしたのはつばさだ。
あの『S4』のメンバーが同時に2人も目の前に立っているのだ。無理もない。
特につばさは『S4』に対して特別な思いがある。
彼女がソルシエになることを決めた「秋葉原通り魔事件」において、そのプレット討伐のため送り込まれたのがS4だった。
つばさにとってその二人が目の前に立っている事実はもはや脅威。単なる驚きの範疇ではない。
つばさは背筋を正し、エルフに一礼をする。
「よろしくお願いいたします!」
4人は2チームに分かれ別々の部屋に移動する。
シルフとエルフ曰く、やることは一緒らしい。
ただ、あくまでも懲罰合宿であるため、学園サイド的には慣れない状況下を与えなければならないようだ。
そのため国望&武藤、桐嶋&東山のペアを組むという結論に行き着いたらしい。
確かに4人では「なあなあ」になってしまいそうだが、分割しても付き合いが長いことには変わりはない。
4人は特にストレスを感じることはなくスムーズな合宿の進行を想像していた。
「よーし!きい!頑張ってさっさと終わらせよ!そんでさっさと帰ろう!」
「り、、りおしゃん、、、あ、あんまが、頑張らないほうが、、い、いいでしゅよ、、、、」
きいは前回の合宿でだいたいの流れをわかっている。
あまり張り切りすぎず、体力と精神力を温存することが大切だと主張するきい。
対してその場の勢いで乗り切ろうとするりお。
きいは3日後自分は生きているのかどうかすらわからなくなった。
「それでは、合宿初日のスケジュールを始めていきます」
こうして地獄の合宿がスタートした。
スケジュールに記載されていた「講習」は実際には
それぞれ個人の過去の失敗や隠し事、恥ずかしい出来事を全て調べ上げられ、映像と資料付きでそれを事細かに指摘され続ける時間。
「休憩」は実際には
「講師の休憩時間」のことを指し、受講者には全く休憩はなく、講師の休憩をサポートする時間
「セミナー」は実際には
その日の地獄の朝食に使用した食材をひたすら研究し、あの地獄のひと時をもう一度思い出す時間。
「矯正トレーニング」は実際には
地獄の昼食に向けて、空腹を促しスムーズに昼食を取らせるための、ただの激しい運動の時間。
(矯正トレーニング2もそれに同じ)
ここに「食事」を挟みジワジワと精神的に追い込んでいくというメニューだ。
考えただけでも吐き気がするぐらい恐ろしい。
なんでも、2人組でこの合宿を終えた後のその二人の間には『揺るぎない絆』が生まれるんだとか、、、。
基本的に行動は二人だが、食事と入浴は4人同じ場所で同時だ。
記憶が吹き飛びそうなぐらい追い込まれた4人は大浴場へとやってきた。
ちなみにだが、さすがにお風呂だけは普通である。
しかしこれだけキツい初日だが、ただ一人だけなんとか精神を保てている者がいた。
それが、りおだ。なぜなら彼女は今日1日食事をとっていないからだ。
空腹は絶頂だが、あのハイパーゲテモノメニューを食した3人に比べればまだ元気だ。
「あー!生き返るー!」
りおはこのまま3日間何も口にしない気満々だ。
その気持ちを感じ取ったのか、ちあきは恐る恐るある話をし始めた。
「りおちゃん、、」
「んー?なーにちあき?」
「あのね、実は私も前の合宿で1日目何にも食べれなかったんだ。それでね、
その日の夜にペナルティ与えるって言われてね、正直言うと甘く見てた。そしたらその夜寝る時に、、、」
「あー!言わなくて大丈夫!なんかそういうの事前にわかってると余計に怖いから!大丈夫!」
ちあきは思い出すのも嫌なのかそれ以上は何も口にしなかった。
しかしそこで話を続けようとしたのは意外にもきいだった。
「り、りおしゃん、、、ゆ、夕食はた、た、食べた方が、、、いい、でしゅよ、、、」
「なになにきいまでー!?大丈夫だって、、、」
りおは後ろから聞こえてきたきいの声に言葉を返しながら振り返ったのだが、
「、、え?あなたは、、、どちら様??」
そこには声や喋りかたはきいだが、見た目は全く別人の少女がいた。
「き、、きいでしゅよ、、、」
「うそ、、、きいちゃん、、すっごく可愛ぃーッッ!」
髪の毛が濡れクルクルパーマはストレートに。
クルクルメガネを外したきいの目は大きく切れ長だ。
寮の部屋にはそれぞれ風呂が付いている。
考えてみれば一緒に入浴することなど全然無かった4人は、きいの整った顔立ちを忘れかけるぐらい久しぶりに見るように感じた。
「おまえ、、、そんな美人だったのか、、。」
きいは少し焦ったように前髪で顔を隠す。
3人はそんなきいを見てバシャバシャと浴槽の水をかけ、きいもそれに反撃する。
しばらくすると疲れたのか4人は大人しくなり、りおは話を本題に戻そうとするが何を話していたのか忘れてしまった。
「あれ?あたしたち何話してたんだっけ??」
「、、ご、、ごはんのは、、話しでしゅ、、。」
きいに言われやっと話しを思い出した4人。
きいは前回の合宿ではさすがに空腹に耐えられず地獄のメニューを食した口だ。
当時は初回で初日ということもあり朝食と昼食を取らなかったことによるペナルティは免除されたのだが、
翌日ペナルティを受けたちあきの無残な姿を目の当たりにしている。
きいは精一杯の説得をこの一言にかけたのだが、残念ながらりおには届かなかった。
「しかしすごいよな。シルフとエルフがあんなに近くで見れるとは。良き経験だ。なんとなく食事も慣れてきたし」
「ちょ!つばさ!!あんた正気!?だいじょうぶ!?」
慣れというものは本当に怖い。
入浴が済み本日最後の食事の時間だ。
4人はあの恐ろしい大きなテーブルと椅子があるダイニングスペースへ重い足を運んでいく。
もはや逃げる気力すら無い中、吸い込まれるように椅子に体を預ける。
そしてシルフ、エルフも到着した。
シルフは微笑んでこそいないが、とても優しい声色で4人へ語りかけた。
「みなさま、本日はおつかれさまでした。夕食の前に少しだけお話をさせてください。
私どもは世界各国のシュトラフで懲罰合宿の講師を担当しております。
割合的に懲罰合宿自体が多くは無いのですが、懲罰というだけあってその度にそれはそれはヤンチャで手のつけられないソルシエを相手にすることがほとんどです。
しかしあなた方は少し違いました。物腰もやわらかくきちんとしていて、まっすぐで、友だち思いで、
あくまでも個人的な考えではありますが、とても懲罰を与えられるような人間にお見受けできません。
ですので本日の夕食は通常メニューを変更し、私とエルフのほうから特別なメニューを用意させていただきました。」
シルフの話が進むにつれて4人の表情に明るさが戻っていく。
ちあきときいもこの状況は未経験だ。
目を回していたつばさもようやく正気へと戻る。
そしてやはりりおはウキウキだ。やっとまともなご飯が食べられる。
しかもだ。この流れならここで夕食をとればペナルティが免除されるかもしれない。
使用人が食事を4人の元へ運んできた。
使っている器やカバーが豪勢だ。これは間違いない。
4人はクラウチングスタートのごとく今か今かとシルフの合図を待つ。
そして
「さあ、蓋を開けお召し上がりください」
4人は一斉に器を覆っているカバーを外した。
「特別メニュー、アシダカグモのフライとコウモリの丸焼きです。おかわりはたくさんあります。どうぞお楽しみください」
ー ギャァァァァァァァァァァぁぁぁッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ー
夕食を終え寝室へと向かう4人。りおはまたしても食事にありつけず水をたらふく飲んでお腹はタポンタポンだ。
廊下を歩きながらつばさが話し出した。
「なあ、ちあき、きい、ちょっと聞きたいんだが、、、、」
いつになく申し訳なさそうに話を切り出すつばさだが、その目はもう回ってはいなかった。
「ん?どうしたのつばさちゃん??」
「ど、どーしたでしゅか、、、?」
「あ、あの、、私だけかな、、?さっきの夕食なんだが、、、美味しかったような、、、?」
衝撃の一言にりおは異常を感じた。そんなはずがない。言ってもクモとコウモリだ。
完全に精神に異常をきたしている。これはまずい。すぐに病院に連れていかなければ。
りおは思ったのだが、、、
「それ私も思った!私も自分だけかなと思ったんだけどあのクモの足の部分カリカリして美味しかったし、
お腹の部分もとろーんとしててクリームコロッケみたいな!」
「コ、、コウモリ、、、ジューシーで、、お、、おいしかったでしゅ。。。」
「あ、、はは!、、ははは!やっぱりそうだよな!おいしかったよな!自分がおかしくなったこと思ったよ!ははは!」
3人の会話をただ聞いていたりおは思った。
3人全員おかしいよと。
ー じゃあまた明日ー! ー
そう言って4人はペアに戻りそれぞれ寝室へと向かった。
やっとまともに休めると思っていたのも束の間、ペナルティのことなどすっかり忘れていたりおの元にエルフがやってきた。
「桐嶋さんはこちらです」
「え?え?なになに??」
「ペナルティ対象の方は別の寝室をご用意してあります」
そういうとエルフはりおを誘導し、地下へと向かっていった。
「り、、りおしゃん、、、、、。」
地下へ進んで行くとそこには見るからに頑丈そうな石でできた扉があった。
そして扉の前でエルフはピタっと立ち止まる。
「こちらが寝室になります。どうぞゆっくりお休みください。明日時間になったら起こしに参ります」
そいういうとエルフは自力ではなく魔法によって扉の鍵を開け、さらに魔法によってりおを無理やり扉の中に押し込めた。
「え!ちょ、、、エ、、、エルフ!?」
ー バターーーーン!!! ー
扉が閉まって間も無く、りおの首筋や頭、足、ほぼ全身に渡って何かが這うような感覚が走る。
徐々に暗さに目が慣れていき、段々と何が起きているのかわかってきた。
「エ!エルフ!!ちょっと!開けて!!!!これって、、、!!!!魔法が、、、魔法が使えない!!」
「はい。ペナルティはトビズムカデ1万匹の寝室との相部屋です。私の結界によって魔法も使えなくなってます。
じゃあ、おやすみなさい。」
「ま!待って行かないで!エルフ!、、、誰か!!誰かぁぁ!!!、、、イヤァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!」
翌日以降、りおは文句ひとつ言わずにシュトラフでの食事をとるようになった。
続く




