1話 ーおかえりなさいー
2016年 4月某日 秋葉原
「えー!?あれから進展特になしなの!?全く!?」
そこは秋葉原のとある喫茶店ドイスレーヴ。
そこにいる誰もが振り返ってもおかしくないりおのダイナミックリアクション。
その驚きは目の前のちあきの肩を跳ね上げた。
「ゎゎッ!!ってこっちがびっくりするよぉ、、てゆうか声が大きいよぉりおちゃん」
「ん、あ、あ~ごめん。でもほんとに?てかむしろ結構お店減ってるようにも見えるけど、、。」
2年ぶりに魔法留学から帰ってきたばかりのりおにはかなり衝撃的だろう。
彼女は根っからの漫画、アニメ好き。
遊ぶ場所といえばいつだって秋葉原だった。
幼い頃から友達たちを無理やり連れてきては遊びまわっていた。
そんな秋葉原も今ではすっかり観光地化している。
一見何も変わっていないようにも見えるが、肝心の漫画やアニメに関係した商業はここ数年でほとんどが撤退。
無論、留学以前にあったアニメイトやゲーマーズ、とらのあな、まんだらけ
全てが移転や合併、もしくは閉店となった。
生き残ったものといえば、老舗電気店街、メイドカフェが数店といったところだ。
「え?え!?アニメイト無くなったの!?気づかなかった!え?じゃあれは?まんだらけとかとらのあなとか、あとラジ館は!?コトブキヤは!?」
「、、うん、、、ぜんぶ無い、、。」
「う、うそだ、、わたしのオアシスが、、これからいったいどうすれば、、、トホホ。。。」
かつてオタクの聖地と呼ばれた秋葉原。だがそれはもう昔の話だ。
以前の姿を知っていれば尚、もはやここは秋葉原ではない。外国人観光客とリア充の波に追いやられたオタク達は他の街へ散らばってしまったのだ。
ずいぶん前から予兆はあったのだが、この2年でラストスパートだったというわけだ。
と、そこへ、
「りお、わたしたちはこれでも結構頑張ったんだ。なぁちあき。」
そう言ってポンとちあきの肩に手を置き現れたのは二人の幼馴染みの武藤つばさだ。
つばさ持ち前のハスキーボイスと、昔から変わらない黒く長い髪にまとうシャンプーの香りは、りおを振り返らせるまでもなかった。
「なーにつばさ。頑張ったってこのざまじゃん。ま、まだまだ半人前ってこったね。」
「なんだと!?こっちはなあ、お前が留学なんかしてる間にお前の穴を埋めるのにどれだけ苦労したと思ってるんだ! だいたいこの街のことだって、、、!」
「あーあー、はいはいー。わっかりましたよー。せっかく2年ぶりに会ったっていうのにお説教ですか。
これだからエリートさんは。」
二人の喧嘩まがいのやりとりは小学生の時からお馴染みだ。喧嘩芸といってもいいだろう。
時々ここから本当の喧嘩へと発展してしまう時があるのだが、そうなると手がつけられない。
しかしながらとても懐かしい気持ちにもなってしまう。
なにしろ全員が2年ぶりだ。
思春期の2年というのは短いようでとても長い。
「りおちゃん、、それは言い過ぎだよ、、わたしたち、本当に頑張ったんだよ、、?」
「なに?ちあきまでお説教!?はぁ、、、もういいあたし出る。てか帰る!」
心の中では再会を心待ちにしていたりおとつばさ。
だが2人の性格上、素直にはなれなかった。
「おー勝手にしろ。相変わらず生意気なやつだ。」
「ふん!じゃあね!!」
飲んでいたカフェオレの代金を思い切りテーブルに叩きつけ、出口に歩くりお。
とその時、
ー ドカッ! ー
何か、いや、誰かが肩にぶつかった。
「ぅわ!、、、ご、ごめんなさい!」
「あ、こ、、こちらこそ、しゅ、、、しゅみましぇん!」
りおは丁重に謝るとそそくさとドイスを出て行った。
そしてりおに肩を当てたその人物はすれ違った後、
すぐにちあきとつばさのテーブルへと小走りでたどり着く。
「お、ぉぉ、、遅れて、しゅしゅしゅ、しゅみましぇーん!」
4人がかりで行っていた『秋葉原改変作戦』のメンバーの一人で、
彼女もまた3人の幼馴染みだ。、特徴を挙げるとすれば折紙付の滑舌の悪さだろう。
くせ毛なのか寝癖なのかわからないボサボサ頭と、小さな顔に似合わない大きな黒縁メガネが
内気な性格を引き立てている。
「遅いぞ!きい!」
「しゅ、しゅしゅ、、しゅみましぇん、、。」
きいは怒っている時のつばさは苦手らしく、長年の友達でありながらもこうして萎縮してしまう。
しかしこれもまたいつものシチュエーションだ。りおが留学してからはつばさがきいに
ガミガミするところを見て、ちあきは内心ほっとしていた。
そんなちあきはというと、ニコニコしながら何かきいへ物言いたげだ。
「きいちゃん?いま入り口でだれかにぶつかったでしょ」
「ぁ、、、は、はい、ぶ、ぶつかりました、、。」
「あれ、りおちゃんだよ」
「え、、!えーしょ、しょうだったんでしゅかぁ!か、髪とか背とかの、しゅ、しゅごい伸びてたんで、ぜ、全然きづかなかったでしゅ、、。」
つばさはきいのその言葉を聞き、半ば呆れたように言い放った。
「背は伸びているが髪型はほぼ変わってないぞ!きい!」
「は、はい、、しゅ、、しゅみましぇん、、、。」
きいはその滑舌の悪さもさることながら、とにかく忘れっぽいという一面もある。
いつもの場所や通学路すら忘れてしまうドジっ子を超えた超絶天然なのだ。
しかしソルシエのグレードはBランクと同年代のアベレージより少し高い。
人は見かけによらないのだ。
しかしもう少しで久しぶりに4人揃うとこだったのだが、残念。
静まり返ってしまいちあきが気まずそうにしている。
誰か何か話さなくてはと、ちあきは言葉を探していた。
「し、しかしあれだね!りおちゃん、なんにも変わらないね。なんかこういうの久しぶりで懐かしい。」
「まったくだ。これで魔法が成長していなければ叩きのめす。が、あいつに限ってそんなことは無いだろうな。
きっと、なにかを得て帰ってきているはずだ。」
口や態度はキツイつばさだが、彼女こそ誰よりも情に熱い人間。
りおがいない間は、その穴を埋めようと多方面で努力を重ねていた。
そんな彼女も14歳にしてシングルSへと昇格した。
これからの一年が正念場だ。
彼女は中等部を終えるまでにダブルSになることがたった一つの目標だ。
表には出さないが、りおという幼少からのライバルが帰ってきてなんだかんだ嬉しくてしょうがないのが彼女の本音だ。
「つばさちゃん、、」
「ああ、、。待っていたぞ、、、りお。」
ー秋葉原中央通りー
見渡した感じでは気づかなかったが、よく見てみるとこの2年間で秋葉原はかなり姿を変えてしまった。
かつては電気街だった秋葉原に萌え文化が繁栄し、世界に愛される輝かしい街になった。
その様子を一番喜んでいたのがりおだった。
その時はまだアンダーグランドと謳われていた街と文化。
よほど悔しかったのだろう。昔からりおの口癖は「いつか絶対この街はメジャーになる!てゆーかする!」
だった。
留学当日も空港で「秋葉原をお願いね」と目をウルウルさせていたぐらいだ。
それから2年が経ったいま、秋葉原は見事にメジャーな街に変貌を遂げた。
いや、むしろ変わりすぎてしまった。
そんなこの街を目にして、りおはなにを思うのだろう。
「しっかしよく見るとほんと変わったなー。いろんなものが無くなってる。なんか、、変にオシャレになっちゃってるしなぁ、、。
なんか、なんだろ、寂しいなぁ。。」
ひとり落ち込んで歩いているりおの後方から、
段々と大きくなる声が聞こえてきた。
「、、、しゃーん、、、、り、、、りおしゃーん!!」
「ん??」
ー ゴツンッッッッッッ!! ー
全力疾走した自分のスピード抑えきれなかったきいの頭がりおの頭にぶつかって、にぶい音がなった。
このご時世ここまでお約束のドジっ子が存在していたとは。
昭和の漫画家も驚く無数の星が飛び散った。
「イテテテテー、、、ぁ、、なんだきいかぁ。相変わらずドジだなー」
「り、、りおしゃん、急に出て行っちゃうから、、、しぇ、しぇっかく久しぶりにみんなあつまったのに、だ、ダメでしゅよぉ。。」
「いーのいーの、それもこれも全部つばさがが悪いんだから。あいつは昔から細かいことゴチャゴチャゴチャゴチャうるさいんだよ。」
腕を組み不満そうに愚痴をこぼすりお。
変わり果てた秋葉原の街並みも受け入れられず余計イライラしているのだろう。
昭和の漫画家も冷や汗モノの、「くっきり怒りマーク」が出てしまいそうだ。
と、その時だった。遠くのほうから女性と思われる悲鳴が聞こえてきた。
ーキャァァァァァァァッッッッーーーー!!ー
りおときいの二人が悲鳴を頼りに駆けつけるとなんとそこで男性一人が女性を襲っている。
男の手には刃物のようなものも見える。
りおときいは急いで辺りを見回す。
首筋には諸悪の根源「ルイスプレット」の紋章と思わしきロゴがタトゥーのように浮かび上がっている。
「あ!プレットに取り憑かれてる!きい!結界は!?」
「結界」とは、プレットを倒すためにソルシエが辺りの一般人を巻き込まないよう作る結界のことで、
すでに誰かが結界を張っている時は、すぐ近くにそれを示すソルシエの紋章が現れている。
もしそれが無かった場合は、新規の結界を張る必要があるのだ。
「んー、んー、、あ、りおしゃん!あ、、あしょこでしゅ!」
ソルシエの紋章を発見するきい。
しかしながらきいは常にオドオドしているため、こういう時も安定にオドオドしているところを見ると
意外と冷静なんじゃないかと思うと少し恐ろしい。
きいの言葉で紋章を発見したりおはすぐに結界の中に入り込む準備をする。
「よーし!行くよきい!」
「は、、、はいでしゅッ!!」
結界内に入ると二人の目の前には壮絶な光景が待っていた。
「お、おまえたち、ちょうどいいところに、、」
「りおちゃんきいちゃん!よかった!わ、私がミスしちゃってそのせいでつばさちゃんがまともに攻撃を受けちゃったの。。。
ずーっと動きを封じてるんだけど足止めが精一杯で、、、。このプレット攻撃力も防御力も桁外れで、、このプレットの憎悪、すごすぎるよ、、、。」
つばさ「ぁ、、、ああ、、、こいつはとんだ化け物だ、、、。」
ソルシエの紋章があったのは、すでにちあきとつばさが臨戦していたからだったようだ。
プレットの強さはその憎悪の大きさで決まる。
プレットに取り憑かれた人間はその憎悪が大きければ大きいほど
卑劣な行動や犯罪を起こしてしまう。最悪の場合、人の命を奪ってしまうことも珍しくはない。
プレットの発生を未然に防ぐことができればそれに越したことは無いのだが、
ソルシエたちは、起きてから如何に迅速に片を付けられるかが勝負だ。
危機的状況を前にりおは体を震わせている。
それもそのはず。つばさはソルシエの中でもトップクラスの攻撃センスと耐久性を兼ね備える逸材だ。
そのつばさがいまにも倒れそうな状況にまで追い込まれている。
しかし、りおの震えはどうやらただの震えではないようだった。
ー バタッッッ!!ー
つばさはとうとう力尽きて膝からくずれ落ちてしまった。
「つ、、、つばしゃしゃんッッ!」
すぐに駆け寄って回復魔法をかけるきい。
「ぉ、、、ぉぉ、、、きいか、すまんな、、。」
きいの素早い対応でつばさはなんとか危機を間逃れた。
ー コツ、、コツ、、、ー
足音だ。誰かがちあき元へ歩み寄ってくる。
「ちあき、疲れたでしょ?もう休んでて?」
りおだ。その場にいる誰もがりおの言葉の意味をうまく受け取れずにいた。
この状況下で攻撃を止めるのは誰が見ても自殺行為だ。
相手のダメージを見てもほぼ0に近い状態だ。
静止魔法を少しでも弱めようものなら直ちに攻撃をしかけてくるということは目に見えている。
立つこともままならないつばさは体を無理矢理に起こし、すぐに食ってかかった。
「なんだと?おまえ正気か!いったいなにを言っている!しかも震えているじゃないか!
おかしくなったか!」
「あ!て、、つばしゃしゃんま、、まだ動いちゃダメでしゅッッ!傷が!」
いつにも増して厳しい表情のつばさが声を上げる。
つばさときいの能力は小学生の時から互角で特性も似ている。
が、つばさは2年を経て14歳にして国内8人しかいないシングルSへと上り詰めた。
そんな自分でも歯が立たない敵だ。いくらかつて互角であったりおであろうと
ダメージすら与えることができないと、つばさは確信していたのだ。
「あー、、これ?、、、『武者震い』ってやつかな。ちあき!いいから止めて!」
「、、え、、え、、、でも、、、そんなことしたら、、、」
「いいから!離れて!」
「、、、う、、うん!わかった、、、!」
ちあきが制止魔法を止めて1秒も立たずにプレットは攻撃を仕掛けてきた!
プレットの触手は一瞬のうちにちあきの目の前まで迫る。
「りお!馬鹿ものが!ちあき!よけろ!!!!!」
ー スパーンッ!! ー
凄まじい閃光に全員が目を覆った。
ゴォォッッーーー!!!という凄まじい風の音が光の中で鳴り響く。
「な、なんなんだあの光は、、?、、、、あ、、、!あれは!」
風切り音と共に光はゆっくりと小さくなっていく。
さっきまで離れていたはずのりおはプレットの目の前に立っている。
そしてその手にはちあきに突っ込んでいったはずの触手が握られていた。
風は未だ収まる気配はない。
「まったくなんなの、せっかく久々に帰ってきたと思ったら秋葉原は見る影も無いしつばさはうるさいし
プレットデカいし。」
光からの湧き上がる強風で3人、いやプレットすら吹き飛ばされそうになっている。
そんな3人に目をくれることもなく、りおは触手を地面に叩きつけ右手を天にかざした。
「せっかく徐々に出してこうと思ったのに。初日にお披露目か。『ダブルS』のソルシエに討伐されることに誇りに思いなさい!一瞬で消してあげる。」
つばさはりおの口から出た言葉をはっきりと聞き取ったはずだが、
頭の中の処理が追いつかずにいた。
「な、なんだと、、、あいつ今何て、、、?」
かざしていた右手を振り落とすりお。
その時再び大きな閃光が辺りを包む。
その一瞬だけあたりは音もモノも無くなったように感じた。
それはまるで、神々の聖域に入りこんだような心地のいい感覚だった。
景色はゆっくりと秋葉原に戻っていく。
「ふーっ、一件落着っと」
りおはパンパンと手を叩き、余裕すら伺える表情だった。
「りおちゃーんッッ!!!」
ちあきがりおの元へ笑顔で駆け寄ってきた。
「なんか、、、すごかったね!すっごいカッコよかったよ!」
「ははは、私は昔からかっこいいんだぞーッ!」
満面の笑みで答えるりお。
直後、りおはなにかを思い出したようにハッとしてつばさを探す。
つばさはすぐ後ろで俯き立ち尽くしていた。
「つ、、、つばさ、、しゃん、、?」
「あ、、ありえん、、。あの化け物を一撃で、、。
なんてやつだ、、たった2年で、、ダブルSだと、、、?そんなはずは、、、、。」
平静を装うつばさだが内心驚愕していた。
シングルとダブルは近いようだがその違いはかなり大きい。
14歳のダブルSは国内にたった1人しかいない。りおが本当にダブルSだとすれば二人目の逸材だ。
たった2年でライバルにここまで差をつけられてしまったのだから落胆するのも無理はない。
つばさの頭の中は疑問や妄想がぐるぐると渦巻いていた。
そんな彼女の心境など気にすることもせずにりおはつばさに駆け寄る。
「つーばーさッ!」
「、、、、ぉ、おう、、、、なんだ?」
「帰ろ!明日、学校だしさ!」
ニコッと笑うりおの言葉につばさも思わず笑みをこぼす。
その光景を見たちあき、きいも笑っている。
「やっぱり4人が一番だね!りおちゃん!つばさちゃん!きいちゃん!」
「まぁ、、そうだな。うるさいのが戻ってきわけだが。まぁ静かすぎるのもな!」
今日、4人は再集結した。このような危険は日常茶飯事であり、
ソルシエに課せられた使命でもある。
これもまた彼女たちの選んだ日常であり人生だ。
続く




