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sideA  作者: lui
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1話

「お客さん、どうされました?」

そう言われてふと気がつく。ああ、行かなければ。

歩を進める。なんとなしに室内に入る。あれ?どこに行くんだっけ。周りを見渡して見る。座席が向かい合って並んでいる。座席の後ろには窓が見える。

地面が、横に揺れた。どうやらここは電車の中のようである。その出入り口付近に僕は立っている。電車は今しがた出発したようだ。立っているのも居心地が悪いのでとりあえず手近な席に座った。僕以外にはこの車両に乗客はいない。さて

「何故僕はこんなところにいるんだろう?」

そんな疑問が頭をよぎった。

というか、僕は誰なんだ?

記憶が欠如している。そのことに気づいたのは席について少ししてからのことだった。

電車は、静かに揺れる。



電車は海の上を静かに走った。地平線まで、周りは全く見えない。空と海の境がなくなったのではないか、とさえ思う美しい景色だ。

もう、1時間以上この景色だ。

幸い腕時計をしていたので、時間はわかる。(この腕時計の時間があっている保障はないのだが、まあ時間を計ることには問題ない。)腕時計が合っていたとしたら今は昼過ぎだ。

この一時間、自分が何者なのか色々考えて見た。

第一に、記憶が欠落しており、自分の名前すら覚えていないことに気づいた。一方でこの自分が乗っているものが電車である事や腕時計といった物の名前、そういう一般常識(この際どこまでが常識の範囲かは一旦置いておこう)は覚えているようであった。

次に、記憶の起点を思い出そうとしてみた。最も新しい記憶は電車の運転手らしき人物に電車に乗ることを促されたときのものである。それより以前は全く思い出せない。

これらから考えるに、電車の運転手は僕が記憶を失う直前を知っていると思われる。なので、第一目標は電車の運転手と話してみることである。

よし、目的ができた。



さて次に自分についてだ。この一時間で自分についての何か情報が持ち物の中でないかと思いあれこれ探った。結果見つかったのは、趣味の悪い腕時計のみである。服装はジーパンに白いシャツ。ポケットは空。

ではこの唯一のヒントの腕時計について調べてみよう。最初に目に付いたのは腕時計の文字盤の中に「時計」と言う文字が記され、時計の絵が書いてあることだ。なんとも自己主張の激しい腕時計である。結構使い古されたようで、金属製だが所々さびている箇所もある。

この腕時計で最も気になることが一つある。

それは、着け心地が非常に悪いと言うことだ。

正確には腕時計を着けること自体あまり気が進まない。

ここから察するに僕は普段腕時計をつける人間ではなかった、ということだろう。ということは、どうしても必要になったから仕方なく着けたか、誰かに無理やり着けさせられたか。そうでなかったら何かの気の迷いであろう。

まあ、理由はどうであれ現状それ以上の理由を詮索する方法はない。また、外しても置く場所がないので仕方なく着ける。

非常に気持ち悪い。が、時間がわかるのであれば、まあいいだろう。

では長い口上を垂れたが現状の一番の目的である電車の運転手に会いに行くこととする。先ほど顔は見えない上、全く話しはしていないが、他に乗務員がいないことから運転手であると仮定しておく。(他に選択肢がないのだ。)

運転手がいるのは運転席だろう。ということで前方の車両へ行こう。



前の車両へ進んでいく。他の車両にも乗客は全く見えない。本当に僕しか乗っていないのだろうか?

一番前の車両についた。運転席らしき場所に続くドアがあるのでひいてみた。しかし鍵がかかっていてあけることができない。とりあえずノックをし、声をかけてみたがその反応もない。

運転中ということもあり手が離せないのであろうか。しかし返事くらい返してくれてもいいものである。その後しばらく待ってみても運転席からの反応は得られなかった。

当初の目的である運転手には会うことができなかった。ついでに一番後ろの車両まで行ってみたが、特に変わったところは見受けられなかった。

さてどうしたものか?

車窓から眺める風景は変わらず海と空を映している。とても、綺麗だ。

どうしようもないので適当な席に座り、ボーっとこの電車の行く末を待つことにした。

電車が止まったときくらい運転手と話すことができるだろう。そう考え、ボーっと待ち、しばらくしたら眠っていた。



ふと目が覚める。電車の揺れが止まっている。どこかの駅に停車したのだ。外の風景は薄暗くてよくわからないが、町のようである。腕時計をみるともう時間は夜であった。このことから腕時計はあまり時間が狂っていないことがわかった。

そうだ、運転手だ。

電車が止まったのだから応答くらいしてくれるだろう。運転席に向かいドアを叩く。

「すいません、運転手さん」

沈黙

「すいませーん」

沈黙

返事はなかった。

しかししばらくすると何か衣擦れのような音と共に、低く唸る様な声とも音ともつかないものが聞こえた。

「…明日…10時……出る…」

明日、10時、出る。それを伝えると音はやんだ。その後何度か声をかけるが全く反応はない。

僕はあきらめた。その理由の一つは記憶の起点である僕を電車に促す声と今聞こえてきた声らしきものは似ても似つかなかったからだ。つまり、僕の記憶の頼りになるとはちょっと思えない。ならあれは誰だったのか?そしてこの扉をはさんだ向こうにいる運転手らしき人物は何者なのか?二つの疑問が頭をよぎったがこれらもまた答えは見つかりそうにない。

とにかく、先ほどの声が伝えたかったのは明日の10時には出発するということだろう。時間もあるしせっかくなので着いた町で時間をつぶそう。ついでに情報を収集できそうなら、そうしよう。

そんなことを思い僕は電車を降りた。


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