呪われし兄妹編
「お兄、ちょっと待ってよ!」
「早くしろー、どんだけ待たせるんだよ」
玄関外で待つ彼の名は神崎龍騎。
七月になってずいぶんと暑くなった日差しが龍騎を照らす。
水曜日、午前9時。
垂れてくる汗をぬぐいつつ太陽を睨んでいると、少女が家の中から出て来た。
「女の子は支度に時間がかかるんだって何回言えば分かるの」
遅れて出てきた彼女の名は神崎奈々華。
何度言っても学習しない兄に苛立ちを見せる。
「俺は早く行きたいの」
「早く行ったっていつもと変わんないよ」
急ぐ龍騎に呆れた視線を向ける。
「いいじゃん、さっさと終わらせたいし」
「なんでよ?」
「そりゃ、奈々華とゆっくりしたいじゃん」
予想外な答えにどきりとする。
「もう、ばか・・・」
照れた表情を見られたくないので、顔を伏せた。
兄の龍騎は今年で17歳、妹の奈々華は13歳になる。
しかし二人は学生ではない。
本来なら平日のこの時間であれば、子どもは学校に行っているはずだ。
「今日はどこへ行くの?」
目的地を知らない奈々華は、隣を歩く龍騎に問う。
「研究所だよ」
うんざりした表情で答える。
龍騎はラボへ行きたがっていないことを察した奈々華もまた、同じような表情をした。
「また呼び出しなわけ?」
「そゆこと。新しい事件だと」
「はぁー、疲れるわね」
大きなため息をつく二人。
彼らが学校に行くことは許されていない。
その理由は、二人は「普通の人間」ではないからだ。
「こんな力がなけりゃ、今頃高校生活をエンジョイしてて、彼女もできて青春を謳歌する日常を送ってたはずだってのによ」
「大丈夫よ、お兄なんかモテるはずないから」
奈々華はにやりと笑う。
「ちょっと可愛いからって調子のんなよなー」
「かっ、可愛いって・・・」
どきりとする奈々華の様子に龍騎はまるで気づいていない。
そもそも二人は本当の兄妹ではない。
出会ったのは4年前、場所は今向かっているラボの中。
そのラボが研究しているのは・・・。
「俺たちには普通の日常はないもんな」
「しかたないよ、だって私たちは普通じゃない。『魔法』が使えちゃうんだから」
そう、二人が目指しているのは『魔法』研究所、「幽玄」なのだ。
家を出て15分ほどで「幽玄」に到着した。
「来たぞー」
ドアを開けて中で待っているであろう呼び出し主に声をかける。
「おお、来たか」
それに反応して迎えに出てくる男の名は幽玄意霧。
このラボの局長にして、龍騎たちと同じ魔法を使える人間である。
「まぁ詳しい話は中でする」
龍騎に続き、奈々華も後に続く。
意霧以外にもたくさんの研究者たちが働いているが、龍騎たちに声をかけてくる者はいない。
皆一様に、二人の持つ魔法の力に恐怖している。
「で、今回の依頼は何?」
ふくれっ面の奈々華が意霧に問う。
奈々華はこの研究所自体かなり嫌っている。
かつて自身を研究対象として実験されたことを根に持っているのだ。
「そう怒るなよ、奈々華。お前らの生活費を負担してるのは俺だぞ?」
「はいはい、だからこうして来てあげてるんじゃない」
奈々華はラボに入ってからずっと龍騎の腕を抱きしめている。
そんな奈々華をなだめるために頭を撫でる。
「じゃあ、今回の依頼を説明するぞ」
龍騎と奈々華に親はいないし、二人は本当の兄妹ではない。
奈々華は魔法を開花させてから両親に気味悪がられ、捨てられたのちにこの研究所に引き取られた。
研究対象として扱われていた奈々華は、研究者だった父親に連れられて、遊びに来ていた龍騎と知り合った。
龍騎の母親は早くに他界しており、父親も数年前このラボで起こったある事件に巻き込まれ他界している。
そして残された二人は、奈々華が13歳になったのを契機に意霧から家をもらって二人暮らしをしている。
実際は二人がラボで研究者たちと一緒に住むことに、研究者たちの方が限界だったからだ。
奈々華は喜んでラボを出たので、龍騎も一緒に出た。
さらに生活費も意霧が負担しているわけだが、その代わりに龍騎たちはある「仕事」をしている。
「先週、隣の地区で火災事件が起きたのは知ってるか?」
「少しは。魔法が関係しているのか?」
「対象は16歳女子、名前は月島遊子」
「他の情報は?」
「特にない」
意霧はいつも事件の簡単な詳細しか教えてくれない。
「変な先入観を持たせたくない」
苛立つ龍騎を前に、意霧はけろっと答える。
「はいはい、了解。様子見てくるよ」
立ち上がった龍騎に奈々華も付き従う。
「頼んだぞ、『魔法探偵』」
二人の仕事は魔法が原因の事件を調べる『魔法探偵』である。
最初に魔法を持った人間が発見されたのは約30年前。
当時18歳だった男の子が無意識のうちに魔法を使ってしまい、家族もろとも家を破壊した事件がきっかけだった。
それ以後、日本国内では魔法を持った人間の存在、また発生が多数見つけられたので、急遽政府は魔法研究支部を設立した。
研究所は各地に設置され、そのうちの一つが意霧が監督をする幽玄なのだ。
現在に至るまでの研究の中で、魔法に対していくつか分かったことがある。
まずこれは日本国内のみにしか起きていない。
魔法を開花させた人間は全員が高校生であること。
また魔法を持つ原因は何か一つの感情が強く沸き起こり、自身で抑えようもないぐらいの増幅をした場合、その感情に何かしら関する魔法を得る。
研究所の目的は二つあり、一つはもちろんまだまだ分からないことの多い魔法に対する法則を見出すこと。
そしてもう一つは魔法発生の原因となった感情を割り出し、その感情を鎮めてあげることで魔法を喪失させ、普通の生活へと戻させることである。
ただ、すでに高校生でなくなった魔法使いは魔法を失うことができなくなることも分かっている。
その例が意霧である。
彼は現在26歳であり、高校生時代に適当な治療を受けられなかったため、喪失することなく高校生を卒業してしまった。
そんな大人は日常に戻ることはできず、どこの職場にも嫌煙されてしまう。
それを魔法研究支部が引き上げ、自身の魔法を研究の補助に使うように指名する形で雇っている。
「ま、そんなのは建て前で、魔法使いが魔法で悪さをしないように国家が監視したいってだけなんでしょうけど」
事件が起きたという目的地を目指してる途中、今なお奈々華はふてくされていた。
「仕方ないだろ、普通の人が魔法使いに良い印象を持ってないんだから」
魔法がきっかけで事件が起こることは珍しくない。
そのため一般人から魔法使いは嫌われている。
「それに、俺たちはもう普通には戻れない」
「分かってる、私たちが生きていくには『魔法探偵』をするしかないってことはね」
龍騎や奈々華も自身に魔法が宿っていることを自覚したのは事件を起こして確保された時なのだ。
ただ二人は普通の魔法使いではない。
それこそ二人が『呪われし兄妹』と並び称される理由である。
二人はこの魔法に関する法則を無視した子どもである。
兄の龍騎は魔法を二種類持っている。
つまり龍騎は二つの感情によって魔法が開花した。
この例は他にはない。
そして妹の奈々華は魔法の開花した時、年齢がまだ9歳だった。
高校生の期間のみしか開花しないとされていた法則を見事に無視した。
そしてこの例もまた他にはない。
こういった理由から、ラボは二人を元に戻すすべを見いだせず、結果高校生卒業の年齢には達していないものの、ラボの職員として正式に雇っている。
そして魔法が開花することを、龍騎たちは『オーバースト』と称している。
「今回の事件、何の感情が原因なんだろうな」
「さぁ。推測は現場検証してからでしょ」
龍騎は比較的仕事に対してプラス的に動いているが、奈々華は龍騎以外の他人に興味なく、あくまで自分たちの生活を守るためにと考えている。
「ここだ」
現場に到着した。
無残な焼跡がそこにはあった。
魔法が原因と判明した場合、警察の介入はない。
そのため自由に捜査可能だった。
「これはひどいな」
「魔法系統はやっぱり『炎』かな。となると、感情は情熱とかかな」
「そうかもな」
魔法には系統がある。
それは原因となる感情には似たものがあり、似たような感情が原因となってオーバーストした場合、得る魔法の内容も似るのだ。
例えば、怒りや苛立ちといった感情が原因なら、実際の魔法には差があるが、魔法系統は基本的に『炎』のことが多い。
意霧は『疑い』の気持ちがオーバーストし、今は『探究探知』の魔法を宿している。
事件に魔法が関与しているか、意霧が探究探知で調べている。
それを使えばもっと詳しいことは分かっているだろうが、いつも意霧は龍騎たちに必要最小限の情報しか与えない。
「火が強すぎたのか、ほとんど跡形もなく焼けてしまってるな」
「そうね。あんまり今回の魔法使いに関する情報もなさそう」
それでも根気よく焼跡をあさっていると、龍騎が何かを見つけた。
「これは・・・」
ケースに包まれた一枚の写真。
やや外が熱で溶けているが、中の写真は無事のようだ。
「家族かな?」
隣から奈々華が覗き込む。
四人が並び、笑顔で写っている。
「この子が今回の対象者だろうな」
奈々華が指をさす。
髪の長い、整った顔立ちの女の子がいた。
「四人家族だったのね。彼女の隣の子は弟かな」
「多分な」
そこで、意霧からメールが届いた。
《焼けた家の中から父親と母親と思われる焼死体が発見された。ただ、対象者、それから弟の焼死体は見つからなかったそうだ》
「あいつ、やぱり四人家族ってのを知ってたのか」
意霧に文句を言っても仕方がない。
「魔法で使用者は死なないもんね」
魔法で自分自身が死んだ例はない。
「おそらく月島遊子、だっけ。彼女は生きている」
「でもなんで弟の遺体はないの?」
「彼女が持ち出したか?」
「何のために・・・」
まだ分からないことが多い。
龍騎たちはもう少し現場を調べることにした。
しばらくして、龍騎はとんでもないものを発見した。
「なっ・・・!」
地面から何かが出ている。
まぎれもなくそれは手だ。
「お兄、これってまさか・・・」
「おそらくな」
奈々華が言おうとしていることはすぐに察しがついた。
二人は地面を掘り返した。
出てきたのは変わり果てた男の子の遺体だった。
「弟だろうな」
「間違いないね」
後で意霧に調べてもらう方が確実だろうが、二人の中ではほぼ確信だった。
遺体には様々な傷があり、心臓が何かの刃物で射抜かれている。
「この傷は魔法のものじゃないね」
「おそらくな。彼は月島遊子の魔法ではなく、誰かに刺殺されてる」
「体に焼けたあとがないから、魔法の影響は一切受けてないのかな?」
「ってことは、魔法が使われたその瞬間にはもう死んでいて、地中に埋められていたってことか・・・?」
「なぜ・・・」
現場から理解できるのはここまでが限界だった。
龍騎たちはひとまず意霧を呼んで、弟の遺体を搬送してもらった。
「これからどうするんだ?」
駆け付けた意霧が部下の研究員に遺体を搬送させている間、二人の元に来た。
相変わらず奈々華は意霧に嫌悪全開の視線を向けて黙ったままだ。
「現場の情報は限界だ。月島遊子の知り合いに話を聞いて回るつもりだけど」
龍騎がその後に続けようとする言葉を察し、意霧が口を開く。
「はい、これが彼女の知り合いのリスト。載ってるのは名前、住所、彼女との関係性だからね」
「ムカつくくらい準備がいいな」
意霧が差し出した紙を奪うように龍騎は受け取った。
龍騎のそんな様子に無関心といったように、意霧は表情を変えず、笑顔のまま続けた。
「気を付けてな」
「分かってるよ」
その場を去る二人の後姿を、意霧は真剣な眼差しで見つめていた。
とあるマンションの一室、龍騎たちは一人の女の子の元を訪れていた。
意霧から受け取った紙の一番上に載っていた彼女、明石夢乃は今回の中心人物、月島遊子の親友である。
「こんにちは。明石夢乃さんで間違いないですか?」
意霧の情報が間違っていたことはないが、念のため確認しておく。
「そうですけど、誰ですか?」
彼女は訝しげに龍騎を見る。
めんどくさがった奈々華はマンションの一階ロビーで待っているため、今は龍騎一人だ。
見知らぬ人が自分を訪ねてきたら不審がるのも無理はない。
「はじめまして、俺はこういうものです」
魔法探偵として調査するとき、意霧から持たされている警察手帳を見せている。
これを見せることで公的に調査しやすくなるからだ。
もちろん偽装品だが。
「け、警察!?」
驚きを見せる夢乃。
おかまいなしに龍騎は続ける。
「貴女の友人である月島遊子さん宅が火災に見舞われたのをご存知ですか?」
「ええ、まぁ。それで警察が何でうちに・・・」
「遊子さんの行方が分からなくなっています。何か心当たりは?」
「・・・わかりません。私には何の連絡もありませんから」
夢乃はきっぱりと言い放った。
「昨日学校には?」
「来ていません」
「一昨日は?」
「来ていません・・・」
その時、龍騎は夢乃の背後、部屋の中で何かが動いたのを見逃さなかった。
ゆっくりと下を見ると、明らかに彼女のものではない靴がある。
「中に入らせてもらってもよろしいですか?」
刹那、夢乃の表情が変わる。
「だ、だめっ!」
強い拒絶を示した。
この時点で、龍騎は中に月島遊子がいることを確信した。
ただここで深追いしてしまうと、室内で対面した時に遊子の魔法が発動され、夢乃の部屋が燃えてしまうのが懸念された。
最悪マンション全体の火災ともなりかねない。
いったん龍騎は退くことにした。
「そうですか、失礼しました。女性であれば、他人には見せたくないものもあるでしょうね」
追及がなかったことに安堵した夢乃はほっとする。
「そ、そうなんですよ」
にこりと笑顔を作った彼女に対し、龍騎もまた笑顔を作る。
「例えば、かくまっている親友とか」
「・・・!」
核心を突かれ、たやすく表情に出る。
完全に確信に至った龍騎は、一礼してその場を去った。
「どうだった?」
ロビーで待っていた奈々華と合流する。
「ああ、ビンゴだな」
「一人目で当たりなら、今回はすぐ片付くかもしれないね!」
仕事が早く終わりそうで笑顔になる。
「だといいけどな」
龍騎は少し複雑な顔をした。
「とにかく、居場所は掴んだからいつでも幽玄に連れていけるだろう。ただ万が一、逃げられる可能性を考えて奈々華はここで待機な」
「えー、お兄と一緒にいたい」
別行動に抗議する奈々華の頭を撫でてやる。
「頼むよ、お前にしかできないことだ」
「っ・・・」
たまに見せる真摯な表情にどきりとする。
龍騎は無意識だろうが、奈々華はこういったギャップに弱い。
「わかったよ・・・」
顔をふいと背ける。
そんな様子を見て、龍騎はいつものように笑顔を見せた。
「ありがと。何か動きがあったら連絡してくれ!」
そう言い残し、龍騎はマンションを去った。
「ふぅ」
残された奈々華はソファーに座りなおす。
ふと、龍騎との出会いを思い出していた。
「誰も信じられずにいた私を、お兄は救ってくれた」
研究対象としてしか扱われていなかった当時の奈々華は人間が嫌いだった。
周りにいる大人たちは敵にしか見えていなかったそんな時、龍騎が現れた。
まだ龍騎は魔法をオーバーストしていなかったのだが、幽玄の研究者で意霧の親友だった龍騎の父親に連れられて、偶然ラボを訪れていた。
片親だったことで学校のクラスメイトと馴染めていなかった龍騎は、単純に友達がほしかった。
そして奈々華に声をかけたわけだが、奈々華にとって、無垢に話しかけてくる龍騎の存在は珍しいと感じるものだった。
二人はそれから何度となく会い、交流する中で奈々華は龍騎に惹かれていった。
「お兄・・・」
いつしかお兄と呼んでいた。
そして二人が本当に兄妹のようにお互いを想うようになり、それゆえに龍騎はある事件を起こしてオーバーストしてしまった。
「ごめんね・・・」
そのことを奈々華は責任に感じている。
龍騎が普通の生活を望めば望むほど。
ただ今は、奈々華の中で兄想いや贖罪の気持ちだけではなくなっている。
「気づいてよ、ばか」
鈍い龍騎にため息が出るのだった。
「居場所は大丈夫として、あとは原因となった感情を調べないとな」
一方の龍騎は、調べるべきもう一つの謎を考えていた。
魔法探偵の仕事はオーバーストした子どもの確保と、原因となった感情を割り出すことだ。
「よし、二人目以降を当たっていくか」
意霧に渡されたメモの、夢乃の下に載っている人物に話を聞いていくことにした。
「分かりません」
「そうですか」
何人か話を聞いてみようと訪問するが、有益な情報はなかった。
地中に埋められた弟の遺体のことも気になる。
「いまいち進みが悪いな」
奈々華は早く終わりそうだと言ったが、やはりそううまくは行かないようだ。
そろそろメモに載っている人物リストも終わりに近づいていく中、やっと話を聞ける人物に出会えた。
「警察ですか?」
野宮明、遊子の部活の仲間と載っている。
いつものように偽装警察手帳を見せるが、どうにも警戒させてしまう。
そうしないと話を聞く理由がなくなるので仕方ないのだが。
「何か家庭内で問題があったなど聞いていませんか?」
「火災に関係あるんですか?」
もっともな反応である。
「発火が事故でなく放火なら、家庭内の誰かが犯人の可能性もあるので、念のため家庭内に問題が起きていなかったか調べているんです」
「なるほど・・・。特に聞いては」
そう言いかけて、ふと思い出したように話し出した。
「関係あるか分かりませんが、彼女、遊子ちゃんとはクラブが一緒なんですけど、普段彼女は着替えてからグラウンドに来るんですよ。ただ、一度だけ彼女が部室の更衣室で着替えたことがあって、その時ちらっと見えたんです。体中にアザがあったのを」
予想外の単語が出てきて、思わず聞き返す。
「アザ、ですか?」
ここだけの話と言わんばかりに、明は龍騎に少し近づいて一層小声で話す。
「彼女は隠しながら着替えていたんで、見えたのは一瞬だったんですけどね。まさか虐待とか・・・、受けていたりとかするのかなって思ったんですよ」
「それを誰かに言いましたか?」
「いえ、彼女とはそこまで仲が良いわけじゃないので、深入りするのも悪いかなって思って」
龍騎はできるだけメモを取る。
まったく想定していなかった話が出てきたが、龍騎はオーバーストの原因にかなり近い内容だと感じていた。
最後にもう一つ質問した。
「ちなみに、それを見たのはいつごろですか?」
「んと、一週間前くらいですかね」
(意外と最近だな・・・)
龍騎は一礼して、明の家を去った。
一通りメモに載っていた人物に話を聞いて回った後、龍騎は待たせていた奈々華の合流した。
「どうだ、出て来たか?」
「私が見てた限り、まだだと思う。お兄の方はどうだった?」
「とりあえず、おおよその推理はできた」
奈々華は基本的に推理に関わらない。
そこは龍騎の仕事であり、奈々華は指示された手伝いしかしない。
龍騎もそれほど推理力があるわけでもないので、本物の探偵ほど完璧に推理はしないしできない。
「さて、月島遊子に会いに行こうか」
歩き出した龍騎の後を奈々華がついて行く。
二人は夢乃の部屋を訪れた。
「えと、何の用ですか・・・?」
なぜまた来たのかと言わんばかりの嫌悪感で夢乃は出てきた。
「単刀直入に言いますが、遊子さんに会わせてください」
「い、いません!」
龍騎たちを信用していない以上、入れてくれるはずもない。
なので、龍騎は諭すように柔らかく話していく。
「落ち着いてください。まず俺たちは警察じゃないです。さっき見せた警察手帳は偽物です」
「・・・」
黙って夢乃は聞いている。
「まず俺たちは魔法を使えます。同じように魔法を宿してしまった人を救うために、『魔法探偵』として調べているんです」
「信じられません」
「そうですか、実際に見せた方が早いですよね」
龍騎は右手を開き、差し出す。
「『血染めの炎』」
魔法名を呼ぶと、右手が炎に包まれる。
「きゃっ!」
驚いた夢乃は後ずさる。
「分かってもらえましたか?」
「・・・、お待ちください」
夢乃少し考えた後、一度龍騎たちを外へ出し、中へ戻った。
「会えそうかな?」
数歩下がったところに立っている奈々華が心配する。
「おそらくな」
しばらくして、もう一度ドアが開いた。
「お入りください」
「ありがとうございます」
「お邪魔します」
二人は中に入った。
するとそこにはもう一人の女の子がいた。
「月島遊子さんですね」
「はい」
燃えた家跡で見つけた写真と同じ人物なのを確認する。
「なぜ隠れているんですか?」
「だって、魔法を使えるなんてもう生きていけない・・・」
魔法の存在は嫌われる。
使えると知られれば、疎外されることは目に見えている。
学校で習うわけではないが、一般知識として世間の中を語られている。
だからこそ、間違って魔法を理解していることが多い。
「魔法は失えますよ」
「ほ、本当ですか!」
「魔法が感情の大きな増幅によって起こるのは知っていますか?」
「はい、一応は」
「つまり、その魔法の原因となった感情を鎮めることができれば、魔法はなくなります。ただし、それは高校生である期間のみであり、どこでもその鎮める補助をしてくれるわけじゃないです」
「じゃあ、私はどうすれば・・・?」
「『幽玄』という、俺の知り合いが魔法を研究しているラボがあります。そこなら遊子さんを救ってくれます」
「何であなた方二人は魔法を失ってないんですか?」
「・・・」
龍騎にとってはいたいところを突かれてしまった。
隣で静かにしていた奈々華が口を開いた。
「私たちは普通じゃないの」
「え?」
「一般に起こる魔法の現象とは違うの。だから私たちはもう直らないの。『呪われし兄妹』って、聞いたことぐらいはあるんじゃない?」
龍騎たち二人を指すその名前。
世界の異常現象である魔法、その中でさえも異常として弾かれた、世の異端者。
それが龍騎たちのことだと知る者は少ないが、名前だけは独り歩きして有名になってしまっている。
「お二人のことなんですか・・・」
「あまり言いたくありませんが、そうです」
改めて龍騎が話し始める。
遊子と夢乃は驚きを隠せないでいる。
「俺たちの子とは別にいいんですよ。それより、遊子さんはもしかして親から虐待を受けていましたよね」
「っ!」
遊子はより一層驚き、夢乃はうつむいた。
「その反応からして事実ですね、そして夢乃さんも知っていたと」
二人は静かにうなずいた。
「そしてそれは弟さんもそうだった。ただし、遊子さんは一週間前からであり、弟さんは一週間前まで、ですが」
「それってどういうこと・・・?」
夢乃はそこまでは知らなかったようだ。
「それは一週間前から弟さんは失踪していたから。なぜ失踪したのか分からない遊子さんは学校を休んで探すほどに心配した。そして見つけてしまった」
「まさか、土の中から?」
奈々華の声に、龍騎は頷く。
うつむいた遊子はぎゅっとこぶしを握った。
「遊子さんはきっと遺体の傷を見て、すべてを悟ったんでしょうね。一週間前に弟さんは殺され、そして代わりに自分が虐待を受け始めた。怒り、そして親に詰め寄った」
そこまで言うと、先は遊子が語り始めた。
「その通りです。保険金をかけて殺し、遊ぶ金にかえたそうです。本当に許せなくて、私・・・」
「『怒り』の感情、てことね」
奈々華の最初の読みは間違っていなかった。
遊子が言うに、そのまま激昂して親につかみかかったとき、オーバーストして気づけばそこは火の中だった。
混乱してどうしていいか分からず、親友の夢乃を頼ったようだ。
「じゃあ、『幽玄』へ案内します」
龍騎は立ち上がり、外へ出た。
奈々華もそれに付き従う。
遊子は夢乃に向いた。
「ありがとね、夢乃。助けてくれて」
「遊子・・・」
そして遊子はゆっくりと歩き出す。
魔法を持ってしまった人間は、普通の日常から弾かれる。
社会も、学校でさえ、それを受け入れない。
普通である夢乃とは、もう住む世界が違う。
「遊子!」
「ん?」
いつ魔法を失って元の日常へ戻ってくるか分からない。
ゆえに、期間の見えない間、二人はしばらくの別れになる。
「頑張ってね」
悲しさを見せまいと、精いっぱいの笑顔で夢乃は見送った。
「ふふ、ありがとね」
その想いが伝わり、遊子は同じ笑顔で返した。
幽玄に着き、遊子を預けた龍騎と奈々華は家に帰ってきていた。
「今回は悲しい終わりじゃなくてよかったね」
「二人の友情が深かったってことだな」
魔法の喪失にすべての人が積極的に向き合うわけではない。
日常を失う絶望、これから待つ非日常への恐怖、そういった思いで崩れ落ちる人も少なくはない。
「私には友情なんて分からないけどね」
奈々華には普通の日常さえ味わう時間がなかった。
それゆえ歪み、魔法を持ち続けている。
「奈々華は俺が守るよ」
「ありがと・・・」
隣に座る、奈々華の頭を撫でる。
唯一の支えである龍騎が奈々華を普通へと戻さなければならないと、より一層強く思ったのだった。
〈*〉
「『呪われし兄妹』、見つけました」
「そうか、ついにか」
とある場所、二人の会話。
「彼らは賛同してくれるでしょうか?」
「何としても協力してもらう」
男は壁を強く殴りつけた。
「この魔法を糾弾する腐った世界を壊すために。俺は絶対にこの世界を許さない・・・」
「了解しました」