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短い……
夕暮れに染まる廊下、その中を一組の男女が歩いている。男の方は女の方を熱心に見つめており、女の方も顔を逸らしながら時たま男の方を見ては顔を赤く染めている。
……な~んてプロローグで始まれば、恋の予感とか胸ドッキュン!な展開にわくわくするのに。
ちなみに今言った状況は間違いではない。下校時刻のチャイムが鳴って、帰ろうとした私に和泉くんが倣った形になる。そして熱心な目線。これは明らかにさっきの質問に答えようとしない私への抗議だと思う。
『視えるのは俺だけじゃないんだろ?他に何が視えるか、教えろよ。』
後ろのキリンさんをものともしないそのわっるーい笑顔に、私は目を逸らすことしか出来ません!別に教えたくないとかじゃなくて、そんな期待されるほどの物を視てはいないから。一番の強烈はキリンさんとパンジーな和泉くんだからね。
「あの、そんなに見ないでくれる?」
一対の視線なら我慢も出来るけど、キリンさんまでガン見してくるとか、弱冠怖いんだからね!
「小鳥遊が勿体ぶるからだろ?」
「勿体ぶってない!」
なんという言いがかり!
「そんなに面白いものなんか視てないからね?和泉くんも漫画とか読むと思うけど、背景は背景であって、そこに面白さとか感じないでしょ?だからそんな期待の目差しで見られると困るの!」
「でもたまによくわからない場面で笑ってるよな?」
意外と良く見てるんですね!
「小鳥遊が俺を見て笑うから、俺も見てた。」
「それはごめん。堪えきれなかった。」
「許す。だから何が視えるか教えて。」
しかもしつこい!
「ん~……本当に大したことないけど、古文のおっさんが寒いギャグ言う瞬間は分かる。思い付くと頭の上に電球が光って、言おうとするときは後ろにシャボン玉みたいなぽわぽわが出るから。」
いい歳したおっさんの乙女チックなところはそれだけで笑える。ギャグなんかよりもよっぽど。
「だから小鳥遊気に入られてんのか。あれで笑うのお前ぐらいだもんな。」
「正確に言えばその前に笑っちゃうんだけどね。」
あのタイムラグに気付く人はいないと思うけど。
「あとは?」
あとは、って言える訳がない。視える大体のものは、誰々ちゃんが誰々くんをハートを飛ばしながら視てるとか。それはプライバシーに関わることだし。ってか、
「和泉くんだって、よくハート飛ばされてるんだけど……」
「は?」
「何でもない」
本人気付いてないし。
和泉くんは前述した通り、学園の一、二を争うイケメンさん。ぼっちだけど、そこがいい!って想いを寄せる女子は数知れずなんだよね。そしてそんな和泉くんにハートを飛ばしては跳ね返る姿をよく視てる私としては、そっちの方がよほどネタになるんだけど。いや、それよりも
「和泉くん、言いがかりなのは百も承知なんだけど、キリンさんにこっち見ないように言ってくれない?」
キリンさん!あんた熱い視線を送りすぎだと思うのっ!焼かれそうだよ私は!ギラギラすんな!キリンらしくないぞ!
「無理に決まってるだろ。俺には視えないんだし。ってかキリンって、動物のキリン?神獣の麒麟じゃなくて?」
あぁ。あの某ビールに使われてる。あんなんだったら、
「余計大爆笑だね。バチが当たりそうだから絶っっ対堪えるけどさ。残念和泉くん。動物のキリンだよ。草をモシャモシャする方。」
あ、落ち込んだ。まぁ同じ『キリン』でも神獣だったらかっこいいよね。現実って残酷。ぷぷっ。
「……なんでキリンなんだ?心当たりがないんだが……パンジーならまだしも。」
「??パンジーならいいの?」
それもまた不思議だね。パンジーって可愛いけど、確実に和泉くん寄りじゃないよね。
「いいって訳じゃないけど、…………母さんがすげー好きなんだよ。パンジーを。俺の名前を"菫"にしようとしたぐらいには。」
「???」
「パンジーって菫の仲間らしい。俺も詳しくは知らないけど、パンジーの和名がないからって仲間の菫にしたいって言ってたのを、父さんが止めたみたいなんだよな。男に菫は流石に可哀想だって。」
格好のイジメのネタだよねぇ。まぁそれがパンジーがわっさわっさ生えてる理由なのかは定かじゃないけど、一理あるかも。
「まぁ視えないものを気にしてもしょーがないのはわかんだけど、やっぱ気になるよな。なんでキリンなのかって。」
「それは私も気になるけど、地縛霊とか背後霊の類いじゃないからさすがにわからないなぁ。」
調べようがないものだしね。
「……でも漫画絵が視えるって、人の感情が視えるみたいで便利だよな。今目の前にいるやつが何考えてるかわかって。」
切りの悪いようで良いところなのです。