浮かんでいた
窓の外にクラゲが浮かんでいた。追いかけて外に出ると、クラゲはふわふわしていた。つかみどころのないやつだ。
あたりを見渡すと、あらゆるものが浮いていた。人も、電柱も、コンビニも、小洒落たカフェチェーン店も、電車も、駅も、地面も、遠くの山も。
「どうしてこんなに浮いてるんですか?」
仕方ないので近くにいた警官に聞いてみた。警官は、職業的な無表情でこちらを一瞥して去っていった。いや、浮かびながら飛んでいった。
家に帰るのも面倒なので、とにかく上の方に浮かんでいった。砂利や、洗剤のボトルや、靴や、不動産屋ののぼり旗や、居酒屋の看板や、野良猫のあいだをすり抜けながら。
浮かんでいった先には、相変わらず空があった。空気は元々浮かんでいるのだから、変わりようがなかった。なので、適度にものが浮いているちょうどよい高さまで降りていった。
ちょうちょが飛んでいる。浮いているのに飛んでいるのはどうにもおかしいが、羽をパタパタさせているのだからやっぱりどう見ても飛んでいる。
猫が張り切っている。猫にとって、浮かぶことはそれほど不快ではないようだ。
浮かび上がったワンボックスカーの中で缶詰を食べている親子が見える。会話もなく、一心不乱に食べているようだ。仲が悪いのだろうか。
この浮かんだ世界はいつまで続くのだろう。願わくば永遠に続いて欲しい。浮かんでいればなにもかも自由であるように見えるからだ。




