8話~ある男の昔話 その3~
キメラが二人の少年によって倒された四日後の朝、一人の少年が目を覚ました。
「腹減った……食い物」
少年はぼさぼさの茶髪の頭を掻きながら、近くに食べれそうな物がないか探した。
すると、なぜかそこに置いてあった果物を手に取り口に入れた。
ジュワッと果汁が染み出て、渇いたのどを潤す。
「のども渇いたし、腹も減ったな。母さんに作ってもらうか」
自室から出ると下に降りてそこにいた母親に食事を作るように頼んだ。
その際、母親が自分が起きたことに対して大げさな反応を示したが、腹が減ってるという事を主張して大人しく作らせた。
(何かあったのか? そう言えば、俺……!)
ここに来てようやく全て思い出したベルナール。
確認したい事が多く、とりあえず調べようと腰を浮かしかけた時、母親が良い匂いのする料理を持ってきていた。
猪の肉に塩と胡椒で味付け焼いただけの素材の味を活かした料理だ。この料理は素材がものを言う。この猪は誰にも文句を言わせない位の質と量を兼ね備えていた。
「うめえ!」
皿の上の料理をすべて片付けると、対面する母親に事の顛末を尋ねた。
「なあ、ニコラの親父さんは?」
その言葉に黙って首を横に振る母親。
「そっか」
「他にも傭兵が3人、村人が8人亡くなったわ。外で慰霊祭をやってるから、着替えて参加してきなさい」
「うん、分かった」
この村には様々な風習が存在する。
15歳を迎え成人する時にはナフィを倒すか、武具を作る。
男女が結婚する際には男は【黒獅子】を倒し、毛皮を採ってくる。
そして、誰かが死んだ時には死者の家族、もしくは親しかった者が黒い剣を死者に捧げる。
捧げ方は周りで友人、知人がクラーゲンと呼ばれる鉄で作られた角笛を模した笛を吹いている中で剣を持ち、舞い、最後に地面に突き刺すのが習わしである。
これはほんの一例にすぎないが、通常はこれらを行うのである。
慰霊祭に参加するための喪服をタンスの奥から引っ張り出す。
この国での喪服は黒地に斜めに一直線に赤く染められたものが使用されている。
ベルナールもそれに着替えると、外に出た。
辺りは物悲しそうな低い重低音の聞いた音色が流れている。
この村は火葬を行っている。
その火は自然にあるものではなく、他人の手によって作られたもの。つまり、魔力を元とした火属性魔法によって燃やし尽くすが習わしだ。骨までも燃やすのは多大な労力がかかる。だが、それと同時に魔法の威力向上のための練習にもつながるのである。
元々、傭兵たちが住み着いた厳しい環境であるからこそ、こうして安全に自己の力を高められるならば死者ですらも使う。発展していくにつれそんな掟が作り上げられた。
彼が火葬場へと足を運んだ時には死者の骸はすでに無く、燃やされた後だった。
彼はニコラを探した。
ニコラは泣きながら地面に刺さった剣の前に立っていた。という事は剣舞も終わった後だ。
声をかけるか否か迷っていると、彼の父親がこちらへやってきた。
「やっと起きたか。心配したぞ。大丈夫か?」
「ああ、問題無いよ。それよりもニコラは……」
「ああ、彼なら大丈夫だ。彼は強い。だが、今は泣かせてあげるんだ。男は泣いた数だけ強くなれる」
父親の力強い言葉に彼は黙って頷く事しかできなかった。
後日、ニコラが彼の家を訪ねてきた。
「やあ、ベル」
思ったよりも元気そうな笑みを浮かべるニコラに彼は驚いた。
「大丈夫なのか?」
「うん。それより、ベルの方こそ大丈夫だったかい? 毒にやられてうなされてたって聞いたけど」
「え!? それ、本当か?」
「ハハハ、ベルらしいな。自分の事なのに知らなかったなんて、その様子なら大丈夫そうだね」
「おう! ばっちしだ! それよりもすげえ腹減っててよ。もう食べ物が無いって親に怒られちまったよ」
ひとしきり笑うと互いに無事を確かめ合った。
「ニコラ君、来たか」
その声に振り向くと、彼の父親がいた。
だが、この言葉を聞くとニコラは父親に会いに来たという事になる。
「え!? どういう事だよ?」
「少し黙ってろ。家族とは話がついたのか?」
その言葉に強い決意をした真剣な表情で頷いた。
「そうか。なら、俺が言う事は無い。俺の指導は厳しいぞ」
「はい! よろしくお願いします!」
「は!? え!? どういう事だ?」
一人状況を飲み込む事が出来ないベルナールは二人の間で視線を右往左往させている。
「稽古は明日の朝からだ。準備をしておくように」
それだけ言うと踵を返して、去っていった。
残されたベルナールはニコラに事情を聞いた。
「なあ、どういう事だ? 俺にはさっぱり何だが?」
依然として、硬い表情のままニコラは答えた。
「僕は強くなる。だから、先生に鍛えてもらおうかと思って」
「先生って、親父の事か? 家の事はどうするんだよ?」
一瞬、口元を歪ませたが決してベルナールから目を逸らさなかった。
「家の事なら大丈夫だ。母さんと妹たちがいる。それに家族を守るには力が必要だろ? 力が欲しい。そのために先生、ベルのお父さんに頼みこんだんだ」
決して目をそらさずに言い切ったニコラ。揺らぐことのない決意を感じたベルナールは目を閉じて、ため息をついた。
「分かったよ。お前が決めた事だ。俺は何も言わない。昔から頑固な所あったしな。ま、なにはともあれよろしく頼むぜ」
ベルナールは笑みを浮かべて、手を差し出した。
「ああ。こちらこそ!」
そこでやっといつものように微笑んでベルナールの手を握った。
その日から二人が成人するまでの三年間。地獄の様な修行に明け暮れた。
モンスターが襲来した時は真っ先に前線へと駆り出され、平時には二人して砂漠の真っただ中に放り出され、一週間生き残れと言われ、死にかけた。
だが、その甲斐あって心身ともに強くなる事が出来た。
二人はその間に熟練度が上がったり、所有クラスが増えたりしたが、一番大きな変化は正反対の誓いを立てた事だ。
ベルナールは必殺の誓いを立てた。
剣を抜いた時は目の前にいる敵を決して迷わず、そして必ず殺す。そうする事が仲間を救う事につながると信じたからだ。
ニコラは不殺の誓いを立てた。
ニコラはその手で、その身で全てを守ると言った。自分の前では誰も死なせないと。
一見相対し、決して交わらない二つの誓い。
だが、二人の絆は不可能を可能にした。
ニコラはベルナールを、ベルナールはニコラを信じていたし、理解していた。
お互い、なぜそのような誓いを立てたのかも分かっていた。
どちらが正しい、間違っているわけでもない。互いに認め合い支えあった。
村を出た後、二人はすぐに軍に入った。
二人はめきめきと頭角を現し、その名を国中にそして、国外へと知らしめる。
大剣士のベルナールは『剛剣』。
大盾士のニコラは『鉄壁』。
その二つ名にふさわしい働きをした。
ベルナールの剣は何人足りとも防ぐ事が出来ないとされ、ニコラの盾は決して貫く事が出来ないと言われた。
そんな二人の活躍が認められ、『星の砂』というシャ・ヴュスルト出身の者たちが多く所属する騎士団が創設された。
団長にはベルナールが、副長にニコラが任命された。
物語は『星の砂』が設立され、4年が経った頃から再開する。
――シャ・ユトピ王国暦498年2月9日
後に、雷の落つる丘の戦いと呼ばれる戦の幕が切り下ろされようとしていた。
切り開かれた森の中にこじんまりとした陣営が張られている。
その中央にはテントが張られている。その周りには兵士が立ち、身回りが絶えず動き回っている。
彼らはシャ・ユトピ軍の『星の砂』の中の選りすぐりの精鋭たちだ。
そこに一人の青年が駆け寄ってきた。
「報告! 敵は雷の落つる丘を中心に陣形を左右に広げ、我が軍を包囲線としている模様です!」
「御苦労。下がっていいぞ」
まだ幼さの残る青年は目の前の男に恭しく頭を下げ、元の配置についた。
「さて、どうする?」
ベルナールが問いかける人物は軍に入ってから8年間一度も変わっていない。
力強い目でニコラを見た。その信頼は今まで揺らぐ事は無かった。
「僕たちは作戦通りこのまま森を進んで、後ろから攻めるのが良いと思うよ。ただ、今回の戦いにはアシュレイ将軍が出向いているらしい。油断は禁物だよ」
そう忠告するニコラもまた屈強な男へと変わっていた。
子供の時は差があった背丈も今では変わらなくなった。それでも優しげな笑みは失われていなかった。
テントを叩くような激しい雨音は昂揚する気分を落ち着かせた。
「分かってるよ。じゃあ、すぐに出発するぞ!」
「そうだね」
傍らに置いてあった身の丈と同じくらいの大剣を背負い、テントから出た。
「お前ら行くぞ!」
『オオォー!』
皆が拳を突き上げる姿を笑みを浮かべたニコラが後ろで黙って眺めていた。
漆黒の大狼と呼ばれる個体の中でも、軍用に飼育され、長距離移動や、索敵するのに向いている軍狼が1000頭以上が一斉に素早く、それでいてひっそりと蠢く様は闇が光を侵すかの如く。
その中でもひと際大きな軍狼に騎乗するのは紅い毛並みをした雌豹だ。
黒い鎧に二本の剣を腰に差し、周りを獅子、猫、ジャッカルといった具合に見た目は異なるが屈強そうな者たちが囲んでいる。
雌豹はその金色の瞳を動かし、部下を呼び寄せた。
「敵の動きはどうだ? 気付かれていないだろうな?」
「はっ。この雨に加え、本体が注意を引き付けております。問題無いかと」
「ならば良い。下がれ」
この戦はシャ・フォルエール側にとって是非とも勝っておきたい一戦である。
敵であるシャ・ユトピ軍が構える背後には剣の川というアンファーデア大陸、屈指の急河川が流れている。
この戦で勝てば川を得られるだけでなく、敵を攻める上での一つの防衛線を築けるからだ。
(負けるわけにはいかないのだ! 我らは故郷で待つ者たちのためにも豊かな土地を勝ち取らねばならない)
その時だった。
「何だ? 後ろが騒がしいな」
「私が見て参りましょう」
そう言って踵を返した副官の一人が突如現れた岩の槍に貫かれ、血を吐きながら倒れた。
「な……何者だ!」
その声に反応して森から現れたのは色取り取りの魔法陣を構えた『星の砂』の団員たちだった。
「て……敵襲、敵襲だー!」
傍にいた誰かが騒ぐとその声は瞬く間に広がった。
だが、それを待ってくれる敵ではない。その声はすぐに悲鳴、絶叫へと変わった。
雨ゆえに火属性の魔法は使われる事は無かったが、風が吹き荒れ、岩が宙を飛び、木の根が動きを封じた。
「クッ! 許さない、許さないッ!」
牙をむき出しにして、雌豹は剣を抜いた。
警戒に警戒を重ねていたシャ・フォルエール軍を奇襲出来たのには理由があった。
一つはベルナールたちが敵の半数以下の約500という少数であった事。
もう一つは索敵、遠距離攻撃などの質の部分で上回っていたからだ。
それもそのはず。今回参加していたのは精鋭のみだったからだ。
『星の砂』の団員は一平卒に至るまで十人力以上の働きを示す。
更には団員の主がベルナールとニコラの故郷であるシャ・ヴュスルト出身である事も理由に加えられる。
砂嵐という厄介な存在に小さいころから慣れ親しんでいた彼らにとってはこの程度の雨、何の障害にもならなかった。
索敵がし辛くなるかもしれないという懸念があったが、砂嵐に遭えば自分の足元ですら満足に見る事が出来ないのだ。それと比べればこの程度なんて事は無かった。
様々な要因が重なり、奇襲は成功した。先制攻撃も成功した。ならば、後はその隙をついて叩くだけである。
「撃てー! 盾は前に出て、敵を近づけるな! 弓、魔法使いは絶えず攻撃を仕掛けろ! 後は俺に続け!」
『星の砂』の騎獣は鹿である。
武装した大きな牡鹿に乗るベルナールは敵に向かって剣を抜いた。
「殺す!」
辺りで金属がぶつかり合う音や、魔法が空中で相殺し爆音を響かせている。
今のところ『星の砂』が優勢だ。
その中でもひと際目立つのはやはりベルナール、ニコラ、そして、あの紅い雌豹である。
ベルナールは敵をバッタバッタと切り裂き、ニコラはその盾で敵を無力化していった。
ニコラの盾は特別だ。
しゃがめば身を全て隠せるだけの大きなカイトシールドは逆三角形の頂点は鋭く尖り、縁も金属で加工され剣と変わらない切れ味を再現している。
言ってしまえば、これで他人を殺す事は出来るのだ。
だが、それをせずに無力化にとどめられるのはニコラの技量あってこそ。
しかし、今は戦争中。不殺の誓いゆえに殺しはしないが、無力化した後の事は考えていない。敵より仲間だ。死のうが生きようが知った事ではないのである。
ベルナールの隣にはニコラがいる。だからこそ、守りを気にかける事は無い。その信頼が『剛剣』と呼ばれるほどの破壊力を生み出したのかもしれない。
そして、この戦場で一番異彩を放っているのは誰かと言われれば、誰もがこう答えるだろう。
紅の雌豹、アシュレイ。
将軍職を務め、部下からの信頼も厚く、指揮能力、戦闘能力ともにトップクラスである。
彼女の周りには大きな血だまりができ、団員たちは武器を構えわするものの尻込みし、腰が引けていた。
「ふふふ、許さない。皆殺してあげる」
アシュレイは舌で剣についた、血を舐めとった。
普段はしないが、戦闘ではこうした方が敵が怖がるという事を知っていたため、意識して行っていた。
そうして、付いた異名が血染めの毛皮を持つ者。
シャ・ユトピからの侮蔑と恐れが入り混じった名だったが、事ここに至っては侮蔑をする余裕など、団員たちには無かった。
「お前らは下がれ。他を頼む。ヤバくなったら引けよ」
ベルナールはそう言って団員の肩を叩いた。
ビクッと肩を震わせたのはくしくも報告に来た若い青年だった。
青年は恐怖を押し殺し、命令に従った。
「ふうん。その大きな剣に盾。『剛剣』に『鉄壁』か。二人纏めてお相手出来るなんて光栄ね」
「ハッ! 俺たちを相手に生きて帰れると思うなよ」
「ベル、油断は禁物だよ」
二本の剣をゆらゆらとさせるアシュレイに対し、ベルナールとニコラは己の武器を構えなおした。
「ハアァァッ!」
口火を切ったのはベルナール。
【突進】と【鬼動術】は彼の十八番だ。
2m近い巨体が彼女の前に現れた。
「へえ、なかなかの威圧感ね」
「言ってろ!」
振り下ろされた剣は彼女の剣ごと、切り裂くはずだった。
その剣の威力は彼女の足元を陥没させ、表情に苦痛を浮かべさせた。
ベルナールはこの時点で勝利を確信していた。
なぜなら、彼の剣は彼女の物を徐々に押し込んでいるからだ。
だが、彼女は一瞬だけ苦痛に顔を歪ませただけで、今は何ともなさそうである。
その不気味さに違和感を感じ、その勘に習って一時引いた。
「へえ、良い勘してる」
「ああ? チッ! その剣、魔剣か」
見れば彼の剣は刃の触れ合った部分が溶けて一部窪んでいた。
押し込んでいると感じたのは自分から斬られにいっているのだと感じた。
久々に背筋が凍った。
「あいつ、ヤバいぞ。気を付けろよ」
「もちろんだよ」
今度はアシュレイが突っ込んできた。
その加速にはベルナールには無い柔軟さがあった。
ベルナールやニコラは【鬼動術】による、いわば力づくで加速しているにすぎないが、アシュレイが使っているのは【軽身術】。これにより柔軟な動きを可能にする。このスキルにはあまり力を乗せる事が出来ないという欠点があるが、それをアシュレイは部分使用によってカバーしていた。
その恐ろしさを二人は身をもって味わった。
「クッ!」
「これはなかなか……」
ベルナールと剣を合わせたかと思えば、ニコラに斬りかかる。両手から繰り出される二本の剣はまさに変幻自在。
剣に、盾にアシュレイの剣が襲いかかる度に傷が増えていく。
「チッ! ニコラ!」
「分かった!」
ニコラはアイコンタクトと僅かな言葉でベルナールが望む事が何なのかを読み取った。
「【光よ、鏡となりて彼の者へ反せ《ホーリーシールド》】」
ニコラは攻撃を弾く、光属性の魔法を放った。
彼の持つ盾が輝き、アシュレイの剣が触れた瞬間、より一層輝き弾き返した。
「これでも喰らえ! 【重剣】」
中級職の大剣士が覚える事が出来る【重剣】。
ベルナールの不可視の力が剣を覆い、細かいものから大きなものまで全ての傷を埋めていく。
傷を埋めるだけでなく、その力は質量へと変わる。重さはそのまま威力へとつながる。
風より、音よりも早くベルナールの剣は振り下ろされる。
それでも彼女は取り乱す事は無かった。
「へえ、流石は『剛剣』と『鉄壁』ってところか。少し下に見過ぎた」
「あ?」
その抜けた声はベルナールの口から出た。
「ベ……ベル!」
敵の血を浴びて真っ赤な視界の中で、自分の剣が大地を砕いているのを他人事のように感じていた。
そこで柄に添えられている手が左手しかない事に気づく。
(アシュレイの右腕が無く、そこから血が噴き出し、自分の顔にかかっている事は分かる。何だこの違和感。何でこんなにゆっくり動いているんだ?)
「あ……アアァァァッ!」
見てしまった。そこから世界は加速していく。
宙を舞う右腕に奔る激痛。
「【狂化】」
「【狂化】」
後ろと前で声が重なる。
近くで暴風が吹き、血が舞う。
全身に血管が浮かび上がるといった異常な姿のまま剣と盾をぶつけ合う二人。
後にニコラは語った。
「この時ばかりは誓いとかどうでもよくなって、ただ目の前の敵を殺したかった」
滅多に見る事が出来ない暗い笑みを浮かべ、俯いて言った。
ベルナールは誰かに呼びかけられながら、引きずられていくのを感じ、そのすぐ後に意識を失った。
◆◆◆
「ま、こんな感じだな」
そう言って話しを締めるベルナールに俺も一息ついた。
なかなかの臨場感、緊迫感。
「迫力があって面白い。だが、肝心の答えを聞いていない」
首を捻って考え込む男の姿に話しの中の人物と落差があるように感じた。
盛っているんじゃなかろうか?
嘘をついているんじゃなかろうか?
まあ、どうでもいいか。
重要なのは目の前で髭をさする男が武勇に優れ、経験、知識が豊富で、俺の望む答えを持っている可能性を有しているという事だ。
「まあ、これといった理由は無いんだけどよ。あいつ、ニコラにお前が似てたんだよ。
けど、猫被ってたみたいだけどな!
こっちを見ると、やっぱりこっちが素なんだろ? 何でそんな真似をしてたのか分からんが、今の方がお前に合ってて俺は好きだぜ。
それにこうやって本性をみせるってことは多少は信用してくれたんだろ。
俺が見る限りお前はこれからもっともっとすげえ奴になる。だから、その姿を俺に見させてくれよ。期待してるぜ」
話を聞く限りだとニコラという男は温和で笑顔を絶やさない者の様だ。
確かにその場を取り繕うために演じていた俺の姿を重なる。
そっくりだと言っても良い。
なぜ、俺に関わるのか?
この問いに対して、俺の本性の一部を見て好ましい、だとか。勘だとか。
なんとも抽象的で、不確かなのだろう。
だが、俺の問いも抽象的であったのも確か。
ならば、屈託なく笑うこいつを少しは信用してもいいのではないだろうか?
「分かった。アンタをここで斬るのは止める。だが、油断するな。何かあれば斬り捨てるからな」
「へいへい。もっと素直になっても良いんだぜ?」
俺の目にはこの男の笑みがとても魅力的に映った。
「ふん、やはり無駄なことを喋るその口は潰しておくか」
「いや、発想が怖すぎるだろ!」
こうして少しだけ賑やかになった夜が訪れる。