7話~ある男の昔話 その2~
「父さん! 父さん! 起きてくれ!」
ニコラは倒れている者の傍に膝を着き、必死に呼びかけている。それだけでなく、彼が思いつくだけの手段を講じていく。体力回復薬、包帯、一度きりしか使う事が出来ないが、呪文を唱える事で石に封じられた魔法を使用できる魔法石、全て無駄だった。
ベルナールが近づいて確認する。
(酷い出血だ。確かにこの顔はニコラの親父さんだ。残念だが……)
ニコラは気が動転していて、ベルナールはちゃんと確認していなかったが、ニコラの父親はすでにこと切れていた。モンスターに胸を一突きされ即死だった。幸いなのは痛みを感じる事無く逝ったという事だろうか。
だが、ニコラはそれを理解できるわけもなく。
「どうして……どうして父さんがっ!」
「クソッ!」
ベルナールもまた日ごろから家族ぐるみの付き合いがあったため、唇を噛みしめ、忌々しそうに地面を蹴った。
しかし、今は戦闘中、二人が嘆き悲しむ暇などなかった。
『グルルルゥ!』
近くで聞こえた低い獣の呻り声。
ニコラは泣きはらした目を見開き、音のした方向を向いた。
そして、目撃する親の仇を。
そのモンスターは一般的に複合魔獣と呼ばれ、戦争に巻き込まれたり、食物連鎖によって捕食されたりして、大きな怪我を負った時、生存本能の強い個体が他の生物を取り込み、自らの血肉へと変え、取り込んだ個体の特徴を得て自己を強化する【侵蝕】という現象が起きた結果、生まれた生き物である。
こうして生まれたキメラは皆食欲旺盛、性格は凶暴、更に【侵蝕】を何度も行い自己を強化するという厄介な特性を持つ。
そして、取り組む事が出来る生物の中にはもちろん、人間も入る。
目の前にいるキメラは【侵蝕】を行っている最中であった。
身体の一部をドロッとした液体へと変え、その液体は人間をゆっくりと飲み込んでいく。
ベルナールとニコラは今まさに取り込まれようとしている人の顔を見てしまった。
この村はそこまで大きな村ではない。二人は小さいころからこの村で育ち、倒れている者が昔から住んでいれば顔見知りなのは当然の事である。
「ああああああぁぁぁっ!」
「てめえぇっ!」
一人は悲鳴を上げて、手を地面に着き、這いながらも逃げようとした。
一人は剣を取り、斬りかかった。
ベルナールは怒りに身を任せたが、その選択は正しい。
生き物である以上、食事や睡眠時には大きな隙が出来る。キメラの場合【侵蝕】をしている時が一番の隙になるのだ。
二人を歯牙にかける必要もない弱者だと判断しての行動だったが、その弱者の一人から思わぬ邪魔を入れられてしまった。
このキメラは砂漠に生息する【黒獅子】と【紫毒サソリ】が合わさった姿をしている。
ベースとなる黒い獅子に右前脚の代わりに生える紫色のサソリの足、胴からは両脇に大きな鋏、尻尾には鋭く尖った毒針がある凶悪な出で立ちだ。
【侵蝕】の最中であったため、一部耐久力の落ちていた部分をベルナールは斬り落とした。
キメラは右前脚と右の鋏が斬り落とされ、バランスを崩しその場に倒れた。
追撃を加えるベルナール。
だが、他は健在だ。ベルナールのスキルなしのただの斬撃など守りに入った尻尾で弾かれた。
「チッ!」
一旦離れ、父親から耳にタコが出来るほど言われていた『戦場では冷静さを失った奴から死ぬ』という言葉を思い出し、意識して深呼吸をした。
すると、状況をかろうじて理解する事が出来た。
周りには逃げ惑う人々。敵は一体。前脚を斬り落とされ、大幅に機動力が落ちている。
(これなら、遠距離からの攻撃で倒せるな。後はこの騒ぎだ。時間を稼げば親父たちが来てくれる)
そう考えたベルナールは距離を取り自分からは近づかず相手の出方を見る戦法に切り替えた。
だが、戦場では予期せぬ事が起きる。
それがどんなに小さい戦場でも。
「ラアアアァァッ!」
剣を手にして、一直線に彼の横を通り抜ける者がいた。
「チッ! 待て、ニコラ!」
いつの間にか剣を手に戻ってきたニコラだった。その後ろ姿がニコラだと分かると少し安心感を抱いたが、今のニコラと肩を並べて戦うのは危険である。
単純で力任せな攻撃。いつものニコラの戦い方ではなかった。
ベルナールの父親はニコラをかっていた。
それはベルナールよりも戦い方が巧いからだ。
適度な力配分により、持久戦への対応。敵の弱点を探し出し、的確に突ける能力。柔軟な発想。虚実入り混じった掴みどころのない攻撃。
決して、今の様な力任せな攻撃を主としているわけではないのだ。それが出来るほどニコラの筋力や体は出来あがっていない。だからこそ、ニコラに適した戦い方だというのにそれを怒りで忘れ去っていた。
それでも、怒涛の攻撃はキメラに反撃を許さなかった。
全力で振るわれる剣はいるもよりも早く、ニコラに手数の多さを与えた。
だが、それも長くは続かない。
次第に剣から力は抜け、遅くなり、肩で息をし始めた。
「ニコラ! 下がれ!」
ようやく落ち着きを見始めたニコラの肩を掴み力任せに後ろに追いやる。
「離せッ!」
それを明確な拒絶の意志を持って手を弾いた。
「父さんの仇ッ!」
その剣速は悠々と見切られ、逆にキメラのカウンター攻撃を招いた。
剣を弾き、がら空きになった胴に向かって毒針が迫った。
突き刺さる前にベルナールがニコラに覆いかぶさるようにして後ろに倒れた。
「ガアァッ!」
背中から感じる焼けるような痛みに、声が漏れる。
「ベル……ぼ、僕は……」
ここなら敵の攻撃範囲外少しの間なら安全であることを確認して安心させるように笑いかけた。
「ハハハッ! 俺なら大丈夫だっての。それよりも立てるか?」
「……ああ」
「なら、手伝えあいつ相手じゃあ、俺一人だときつい。ニコラも手伝ってくれ。仇、取りたいんだろ?」
「ああ!」
元気のいい返事にフッと笑う。
(ニコラは大丈夫だ。後は俺が決めるだけだ!)
覚悟を決め、ニコラに耳打ちをする。
「出来るか?」
「もちろんだよ」
「よし、行くぞ!」
ここで重要となるのは使用スキルだ。この時点でベルナールが【早治術】を使っているだけで、まだまだ体力は残っている。
スキルに次いで重要なのがクラスだ。
ニコラの所有クラスは【商人】と【戦士】だ。
必要となるスキルがあるのは【戦士】。適正値はB。彼は持ち前の才能と器用さで身体強化術の【硬化術】【鬼動術】【即神術】を使用出来た。
彼は【鬼動術】で筋力を強化し、瞬発力を底上げし一気に距離を詰めた。
一直線に向かってくるニコラを見て、キメラはまたかと、思い同じようカウンターを決めるために、動きに合わせて毒針を突き出した。
「【突撃】喰らえぇぇッ!」
「グルアァァァッ!」
雄たけびを上げぶつからんとする二つの生物。それは互いを殺さんとする必殺の一撃。
そこに横から現れ、大上段から剣を振り下ろそうとする一つの影。
キメラはそれに気づくが、反撃すべきものがない。その影はキメラの右側から現れたため、鋏が無いのだ。
ベルナールの急接近に毒針の速度が少しだけ落ちたのを感じ、敵の狼狽にほくそ笑むニコラ。
(僕の命はベル、君に預けたよ)
先程の事だ。
ベルナールはニコラに向かって囮になれといった。
ベルナールから、囮になれなどという言葉が出てくるとは思わなかったニコラは驚いた。
確かに彼らしくない言動だ。親友であるニコラをわざわざ危険にさらすような作戦を言うとは。
だが、同時に信頼もしていた。親友だからこそ頼める。
自身に満ちあふれた力強い彼の目を見て、ニコラも覚悟を決め、頷いた。
戦いながらニコラは悟る。
先程と同じように力一杯突っ込めという指示はこのためだったのだと。
敵に同じカウンター攻撃を誘い出すための囮だと。
そして、親友の心遣いに口元が緩む。
彼はあくまで裏方に徹しようとしているのだ。
カウンター攻撃を妨害し、この突きでそのまま殺せという指示なのだろう。
(粋な事をしてくれる。流石、ベルだよ)
うって変わってベルナールはというと、焦っていた。
彼の所有クラスは初級のクラスの【戦士】よりも一つ上、中級の【重戦士】なのだ。
ステータスへの恩恵や【鬼動術】による筋力強化、そして【溜め斬り(スラッシュ)】を使った攻撃力には自信があった。
それがどうだ。
剣は側面でしかも伸び切った毒針に思い切り振り下ろしているというのに火花が散るだけでなかなか叩き斬る事が出来ないのだ。
ここでスキル習得について少し説明しておこう。
基本的にスキルというのはクラスの熟練度上昇により習得できる可能性を得る事が出来るようになるというだけなのだ。
ましてや、神谷空の様に熟練度も十分に上げず、書物から読み取って習得し、習得の可能性を得たそばからすぐに使えるようなるなど規格外も良い所なのだ。
ベルナールも例にもれず、【重戦士】Bだというのにクラスアップしても何一つスキルを得ていなかった。だから、今使っているのは初級職で覚えられるスキルというわけだ。
彼も本でこのクラスはどのスキルが使えるかは知っている。
だから、願った。
親友を助け、仇を取らせるために。
ここで使えるようにならなければ、親友は死に仇を討つ事は出来ないだろう。
「【剛穿】【剛穿】【剛穿】斬れろぉぉッ!」
三度目に叫んだ時、剣がずしりと重くなるのを感じた。
次に来るのは腕が突如として膨れ上がる様な気持の悪い感覚。いや、実際に張りきれんばかりに膨れ上がっている。
今まで硬くて通らなかった剣が沈み始めた。
「死ねぇぇッ!」
そのまま断ちきり敵の脇腹を切り裂いた。
次の瞬間、ニコラの剣が敵の口に差しこまれ、ビクッと痙攣すると血を吐いて倒れた。
「ふぅ……倒したか」
その瞬間世界がひっくり返り、ニコラの叫び声を聞きながら目を閉じた。
◆◆◆
「ふぅ」
子供だった時よりも背が伸び、力をつけたベルナールがここで一息ついた。
「これがあいつとの出会いだな。どうだ、なかなか面白いだろう?」
「ああ、まあまあ楽しめる」
確かに彼の話しは男ならば心躍らせる様な血が騒ぐ昔話だ。
だが、こいつの口から肝心な事を聞いていない。
なぜ、俺に関わろうとするのか、だ。
「そうかそうか! じゃあ、続きも話さないとな!」
俺としては答えを聞ければそれでいいのだが、まだまだ話し足りないようだ。
素直に感想を言ったのは失敗だったか。
まあいい。時間はある。ゆっくり聞いていけばいい。
それにこいつの話しは面白い。
そうして、夜は更けていく。