6話~ある男の昔話 その1~
パチパチと火花が散り、ほのかな明かりに火を囲む二人の男の顔が映し出される。
一人はハッと息をのむような美貌の持ち主。もう一人はまだ若いはずなのだが、今までの経験と苦労が滲み出ていて、歳以上の老練さを窺う事が出来る。
老練そうな男は枝を火の中に投げいれながら、語り始めた。
これは『剛剣』と『鉄壁』と謳われた男たちの物語。
物語はシャ・ヴュスルトというシャ・ユトピの東端に位置する村で二人の少年が出会った事から始まる。
シャ・ヴュスルトはゴルト・ヴュステという砂漠に隣接して作られている事から、老人や子供たちが生活するには厳しい村である。
だが、それにも関わらず、村は活気に満ちあふれている。
それはなぜか?
理由はこの砂漠にある。
この砂漠は別名『金の砂漠』と呼ばれ、砂金が多く取れるのだ。それにより、商人たちが集まる。
さらに砂漠にすむモンスターは皆凶暴で屈強、それゆえにそのモンスターたちの素材の価値は高い。それを狙って傭兵たちが集まる。
この二つの要素により、開拓村兼宿場町としてこの村は栄えてきた。
それに加え、『恵みの術師』と呼ばれる旅の魔法使いが木属性魔法で防砂林を生やしたおかげで暮らしやすくなり、今まで住む事が出来なかった者たちもこの村に移住する事が出来るようになった。
ある日の明朝、産声が村に響いた。
後に『星の砂』と呼ばれる騎士団の団長が生まれた瞬間であった。
その日から八年が経った。
二人の少年は夏のある昼下がりに出会った。
一人はこの村に流れ着いた壮年傭兵の子供。活発そうな眼に、短く刈り上げられた茶色の髪。どこにでも居る元気な子供だ。
今日も父親の家の近くの薬屋までお使いに来ていた。
「いつも偉いねぇ。いつものお薬で良いかい?」
「おう!」
手伝いでやってくる少年を撫でながら褒めるのは、この店の店主のおばさんだ。この少年が生まれた時からの付き合いだ。
この村には怪我をする傭兵たちも多いため、このように怪我や風邪に効く薬を売る店の需要が多い。
この少年が買いに来るのは体力回復薬に、魔力回復薬、それに消毒薬である。どれもここでの戦闘には必要不可欠なものばかりだ。少年の父親は引退してもいい年なのだが、生涯現役を目標としているらしい。
「お父さんによろしくね。それと早いとこ傭兵稼業から足を洗いなって言っといてくれるかい?」
「いやだ! 父さんは最強だから、辞める必要なんてないもんね!」
少年はベーっと舌を出して、机の上にお金を置き、薬を取ると走り去ろうとした。
「あ、ちょっと。そんなに急いだら危な――」
店主が注意し終わる前に店を出たところで、誰かにぶつかってしまった。
「そら言わんこっちゃない。ベルちゃん、大丈夫かい? それにアンタも」
少年、ベルナールを抱き起し、倒れているもう一人の少年に声をかけた。
「はい、大丈夫です。すみません、私が前をよく見てなかったばっかりに」
少年の口から出た歳不相応の謝罪に店主は目を丸くした。
よく見れば、その少年は黒と白の入り混じった髪にたれ気味の優しそうな目、それに全体的に整った容姿であった事から、将来女泣かせにならないか心配した。
驚くべきはその口調と柔らかな物腰だ。ベルナールと同じ位に見えるが二人を比べるとその成熟度は言わずもがなである。
「はぁ~、よく仕込まれてるねぇ。どこかの商人の子供かい?」
「はい、最近シャ・ヴュステに引っ越してきました。今日はその御挨拶に参りました。トマの息子、ニコラと申します。以後お見知りおきを」
挨拶をそこそこに二人はお互いにどのような商品を扱っているかを紹介し合い、ニコラが手に持っていた商品を店主に手渡した。
その様子を面白くなさそうに見ていたのが、ベルナールだ。
彼にとってはぶつかってきておいて、謝りもしない気に食わない奴というのがニコラに対する第一印象だった。
「おい、お前! ぶつかってきて、謝りもしねえのかよ!」
商談中の二人に割って入った。
背丈ではベルナールの方がニコラよりも少し勝っているため、少し見下ろす形で睨みつけた。
睨まれても爽やかな笑みを浮かべたまま、自分の非を認め、頭を下げるニコラに対し、言葉に出来ない怒りが込み上げてきた。
(何なんだよ、こいつ! へらへらしやがって気に食わねえ!)
我慢の限界に達した時、拳を振り上げて殴りかかろうとした。
だが、それは厚い手の平に阻まれ、自分の頭の上に痛みが奔った。
「コラッ! ベルちゃん、何しようとしてんだい! ぶつかったのはアンタだろ! アンタこそ謝りなさい! ごめんなさいって」
拳骨を落とした後に、無理やり頭を下げさせようとする店主にニコラは驚いた。
「いいですよ。そこまでしなくても」
「アンタが気にしなくてもここで謝らせとかないと……あ、ちょっと待ちな!」
店主の説教に耐えかねて、手を振り払い逃げだした。
「悪い子じゃないんだ。きっとアンタと同い年だろうから仲良くしてあげてよ」
「分かっていますよ」
そう言って笑うニコラに店主は思わず頭を撫でまわして、褒めた。
「何だよあいつ……調子に乗りやがって」
家に帰ってくるや否や、布団に包まっていた。
そこへかけられる母親の声。
「ベルー? お友達が遊びに来ているわよー」
友達、何人かの顔が浮かんだが、その誰にも会いたくない気分だった。
無視を決め込んでいると、布団ごと宙に舞った。
「痛ッ! 何すんだよ!」
「さっさと行きなさい!」
包丁を片手に持つ、母親に逆らう気にはなれなかった。
「誰だよ?」
ドアを開けると、そこには今一番会いたくない奴がそこにいた。
瞬間、バタンとドアを閉めようとするが即座に足を入れられて、阻まれる。
可愛い顔して、なかなか図太い事をやってのけるのがニコラという少年であった。
「帰れ!」
「帰らないよ」
「帰れ!」
「嫌だ」
この問答を何度か繰り返すうちに母親がやってきて、二人して外に放り出された。
「お前のせいだぞ」
「ごめん」
だが、先ほどとはうって変わり、しゅんとした表情と砕けた口調に徐々に彼の苛立ちも収まってきた。
「まあいいや。俺も悪かったよ」
そっぽを向きながらではあるが、ベルナールはニコラに謝った。
ニコラはその言葉にパァッと表情を輝かせた。
「で、何でうちに来たんだ?」
「これ、忘れ物」
手渡された袋の中には、先程薬屋で買った薬が入っていた。
「あ、忘れてた。そう言えば、さっきは悪かったな」
「うん、大丈夫。全然気にしてないよ」
店で会った時とは違い歳相応の言葉使いにベルナールの中にあった、一種の嫉妬心が収まった。
「そっか、お前、良い奴だな。これから、暇か? 暇なら、遊ぼうぜ!」
「うん!」
そう言って、手を握り合い、挨拶を交わした。
この日、後に戦場にその名を轟かす二人の少年が出会った。
その日を境に二人の少年は一緒に遊ぶことが多くなった。
一度仲良くなってしまえば、第一印象など消し飛んでしまうし、何より両者とも昔の事をいつまでも気にするような性格ではなかった。
チャンバラに、木上り、かけっこ、かくれんぼなど様々な遊びをして過ごした。
また、ベルナールは父親が傭兵をやっている事から剣の扱いが上手く、ニコラに教えたり、反対にニコラは商人という家柄上、丁寧な言葉遣いや、礼節をベルナールに教えたりした。
どこへ行くのも二人で。時には喧嘩をする事もあったが、ベルナールは力が、ニコラには巧さがあっため、決着がつかない事も多々あり、大事に至る事は無かった。
砂嵐が吹き荒れる夜。二人の転機が訪れた。
ゴーン、ゴーン。
鈍い鐘の音が真夜中に響く。
そして叫ぶ声、
「モンスターの襲来だー! 起きろー!」
その声に応じて、家々に明かりが灯り始めた。
ベルナールの家も例に漏れず、皆が目を覚ましていた。
ベルナールとその父親は防具を付けて、剣を手にしていた。
「親父、今回は休んでても良いぜ。俺が全部倒してくるからよ!」
「へっ、口だけは一人前だな、このひよっこが!」
変声期を終えたベルナールは立ち上がる。まだ、13を数えたばかりだが、その背丈は170㎝を超えていた。
逞しくなった息子の背中に父親は寂しくもあり、頼もしくもあった。
ベルナールには剣の才能があった。自分の持つ技術と知識は全て教えた。将来は自分の後を継ぐも良し、都へ出て騎士になるのも良し。息子ならば、どちらを選ぶにしろ上手くやっていくだろうという自信があった。
「さて、久々だからと言って油断すんなよ?」
背もあまり変わらなくなった息子の隣に立ち、肩を叩きながら言う。
「当たり前だ!」
元気よく答えるその姿は今回の襲来も大丈夫だろうと思った。
そうこの村はたびたびモンスターに襲われる。豊富な食料に、住みやすい場所を求めて、時折モンスターはやってくる。
ベルナールが12歳を迎え、父親から一本を取れるようになってからはこうして肩を並べ前線に出向いて戦っている。
「よ、ニコラ!」
「やあ、ベル」
ニコラは外で良い匂いをさせながら、食事を作っていた。
襲来は長い時で二日に渡る。その時に必要となるのは回復薬や武器は勿論の事、食料も必要である。
商人のニコラは腹を空かせた傭兵たちを満足させるために、無償で炊き出しを行っているのだ。幸い、資源は商品として在庫がたっぷりある。それに打算もある。
ニコラの家は食材、武器、防具、戦いで必要になる薬、その他日用品など様々な物を取り扱っている。
ここで炊き出しを行えば、恩を感じた者たちが自分の店の客となる。先行投資的な意味合いもあるのだ。
「いつも悪いな」
「別にかまわないよ。僕が好きでやってる事だからね」
この言葉もまた本心だ。
ニコラは優しい。だからこそ、闘う事が好きになれなかった。ベルナールの父親に惜しまれるほどの武術の才を持っていたが、自分には向いていませんと剣を置いた。
「ちゃんと生きて帰ってきてくれよ。食べる人がいなくなるは悲しいし、客が一人減ってしまう」
「お前、そっちが本音だろ!」
『ハハハ!』
冗談を言いながら、笑いあう。こうやってベルナールの肩をほぐしていく。
才能があるとはいえ、まだまだ子供。緊張もするし、力むだろう。だからこそ、父親は寄り道を許していた。
「さて、と。じゃあ、行くわ」
「頑張れ」
ハイタッチをするとベルナールは表情を引き締めた。
「狩りの時間だ!」
「いつも通り、若いのは俺たちが撃ち漏らしたモンスターを防砂林で倒せ! いいな?」
『はい!』
村中の傭兵たちの前で指揮を執るのはベルナールの父親だ。
経験、技量、度胸。全てにおいてこの村の傭兵を上回っているのだから、当然の事だ。
「報告! 敵の数は100を超える模様! 漆黒の大狼、黄金猪、金角犀、巨大尾の豹を確認しました!」
「ほう、なかなか粒ぞろいだな。よし、ナフィはお前らに任せる! 俺たちは他をやるぞ!」
この中では比較的弱い、ナフィを若者に任せ、年長組は若者では手に負えないであろうモンスターを狙う指示を出した。
「行くぞっ! 村を守れぇっ!」
『オー!』
傭兵たちは一斉に武器を天に向けた。
「弓兵、構えろ! 撃てっ!」
「槍兵、構えろ! 突撃!」
「剣兵、退路を開け! 槍兵は今の内に体勢を整えろ!」
的確な指示により、負傷者の運び出しや、休憩のローテーションが上手く回っていた。
「この分なら、大丈夫そうだな」
数も数のため、一日はかかるかもしれないが、その程度ならば短い部類に入る。
そう思い、もう一度檄を飛ばした。
ベテラン組が防砂林の先で戦っている頃、ルーキーや経験の少ない若者たちはこちらで撃ち漏らしたモンスターの処理を行っていた。
向かってくるモンスターの大半がナフィだったので、指示通りにベテランたちが逃してくれているようだ。
その数も簡単に出来るわけではないが、殲滅する事は可能だ。そんな絶妙な数。
幾度となく襲来を耐えて、糧にしてきたこの村の傭兵たちの強さが窺える。
その中でも際立って活躍しているのがベルナールだ。
「おーい、こっちに来てくれ」
「こっちも頼む」
「助けてっ!」
こっちを助けたら、次はあっちと大剣を手に縦横無尽に走り回る。
戦闘経験が少ないため、駆け引きという面でこそ彼の父親に劣るが単純な力量で言えば、彼に軍配が上がる。
言ってしまえば彼はこちら側で無く、ベテラン組の中に混じることが可能なのだ。
だが、それをさせないのは親の愛情、心配だ。ここで経験を積んだ後、一緒に戦ってほしいと考えていた。
彼は父親の期待を裏切る事無く、指示を出しながら敵を薙ぎ倒す。
「あらかた終わったな。ちょっと休憩してくる。頼んだ!」
『おう!』
もちろん、彼も人である以上休息が必要だ。経験を積めば適度な力配分が出来るようになるのだろうが、そこは場数を踏んでいない以上、スタミナの配分の大切さを本当の意味で理解はしていなかった。だからこそ、彼はいつでも全力で戦い、決して手を抜かない。そのため、彼に対する信頼は厚い。
「やあ、ベル。休憩かい?」
「おう、大盛りで頼む!」
休憩にやってきたベルナールは真っ先にニコラの元へと向かった。そして、配給されているシチューを更に溢れんばかりによそってもらった。
それをぺろりと平らげるとグッと伸びをして立ちあがった。
「もう行くのかい?」
「ああ、あいつらだけじゃ不安だしな」
「分かった。気をつけてね」
ニコッと笑うと剣を手に立ちあがった。
その時だった突風が吹き、篝火が消えたのは。
明かりが消えて暗闇に包まれた程度で、パニックになる事は無いが誰もが身構えた。
「何だ?」
「分からない。気を付けろよ? ニコラ、お前武器は?」
「一応ここにあるよ」
「すぐに抜けるようにしとけ」
二人は背中合わせに警戒する。二人とも得意な身体強化術を使って不測の事態に備えた。
段々と暗闇に目が慣れていく、そして、辺りを確認する事が出来るようになった。
それがいけなかった。見てはいけない物を見た人々は恐慌状態に陥った。
「し……死んでるのか?」
周りの大人や子供が騒いでいたおかげで、自分たちがしっかりせねばという責任感から二人は平静を取り戻し、状況の確認を行った。
地面に倒れている人、人、人。
倒れている人の周りには黒い何かが広がっていた。
「父さんっ!」
ベルナールがその正体に気が付き、口を押えた時、隣で親友の取り乱した声が聞こえた。