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願いの扉~another sky~  作者: こう茶
最初の村~シャ・フルール~
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4話~初めての戦闘~

 彼は颯爽と草原をかけた。

 その物音に紛れ、静かにそれでいて身を裂くような冷たい殺気に緑牡鹿ヴェーオセルフ緑女鹿ヴェーファセルフを守るように逃げ出した。

 逃げるその群れの中で他の鹿よりも一回り大きい鹿がこの群れのボスだ。

 その後ろに十数頭の鹿たちが続いた。

 

 だが、円形の群れは次第に縦長になっていく。

 そして、最後尾に着くものから、黒い狩人にその命を刈り取らていった。


 そして、この場合の狩人である神谷空はこの世界に来たばかりである。


 だが、驚くべき速さでこの世界の法則や満ち溢れる力に順応した。

 最初は草花によって覆われて足元が見えないという慣れない地形に足を取られ転びそうになった。

 しかし、鹿を追う内にその動きからは無駄が削ぎ落とされ、最適化されていく。

 本来ならば、人間で、取得したばかりのクラスではいくら適性が高くとも逃げる鹿に追いつけるはずはない。それほど、人間とモンスターでは地力の差が存在するのだ。

 それでも、追跡し、追いつく事が出来たのは偏に先ほど覚えたばかりの身体強化術を使いこなした事が大きい。

 メリット、デメリットを正確に把握し、理解する。誰に教わったわけでもなく、書物から読み解き自分で正答を導き出しただけでも驚くべきことであるが、理解した彼だからこそ、そのデメリットを克服しようとした。

 その結果が身体強化術の部分的使用である。

 この技術を身に付けるには、長年戦いに身を投じ、日々の研鑽と努力に努力を重ねやっとの思いで体得する技術の一つである。

 この世界には『身体強化術は武の基本にして奥義なり』という言葉もあるくらいで、一つの強化術を極めるのに十年以上かかると言われている。彼の場合はまだ制御できるようになったというレベルなので極めたとは言い難い。しかし、今のレベルでも必要な鍛錬の八割を修めて、後は重箱の隅をつつくような小さな無駄を削ぎ落とすのみという高みに登った者しかこの技を使うことは出来ないのだ。

 それを数分の内に、それもぶっつけ本番でこなしてしまう彼の才能は見る者が見れば、驚嘆し、最悪今のうちに殺しておこうと思わせ危険視させるほどだ。

 

 さて、話を戻すが、最初は彼も色々と試していたために、最小限の体力消費で最大限の効果を発揮しながらも、着かず離れずの距離を演出していた。

 暫くすると追いかけられる緊張と体力の低下により、脱落する鹿が現れ始めた。

 そうなると、彼の餌食である。

 遅れ始めた鹿から一刀の元に腕が霞むほどの速さで、斬り捨てていく。

 一、二、三と彼が剣を振る度に動けなくなる鹿が増えていった。

 むろん、彼の持つ剣は上等な物ではないので、もう斬る事は出来ず、今はただ叩き付けているだけだ。

 何度も何度も鈍く湿った音が辺りに響かせた後、狩人はその足を止めた。




 ◆◆◆




「まあ、こんなものか」

 

 依頼はどちらも一頭から採れる分で事足りるが、多く持って行けば持って行く分だけ報酬が上乗せされるため、余分に狩った。

 罪悪感が無いわけでもない。

 何の躊躇いもなく命を刈り取った自分に対して忌避感を抱かないわけではない。

 だが、

「生きる以上は生き物の命を奪うのは自然の摂理、仕方ないんだ……」


 そう言って自分の胸中を誤魔化した。

 一息ついて、目の前の現実を見る。辺りに転がる鹿たち。そして、依頼を成功させるには必要不可欠な存在だ。 


「こんな事ならナイフも買っておくんだった」


 とは言え、そんな金はないわけだが。


 素材である硬い牡鹿の角を剥ぎ取るには強化した腕力に任せて、引っこ抜き、女鹿の角は柔らかく刃が通りやすいため、辛うじて斬る事が出来る剣先を器用に扱い剥ぎ取っていく。

 縛るものも、袋も持ち合わせていないので、その辺の草を刈り、結んだ。途中、手を切ってしまったが、【早治術そうちじゅつ】を使ういい機会になった。

 驚く事に見る見るうちに傷が塞がった。

 流石異世界といったところか。

 

 素材を採り終えたならばしなければ、ならない事がある。

 無駄になった、もしくは持ちきれなかった素材はちゃんとした処理を行わなければならない。それがこの世界での傭兵のマナーだ。

 そうしなければ、濃厚な血の臭いは近隣の村々にモンスターを帯び寄せる事になってしまうからだ。

 幸い、この辺の地理は頭の中に入っている。

 少し北西に進んだところに川が流れているようなので、そこを目的地に鹿たちを結び、運んだ。


 そうして、進む事二十分。綺麗な川が見えてきた。

 次々と鹿を川の中へと投げ入れた。こうすれば臭いも落ちるし、大地の養分になるだろう。だが、後で入用になるので一頭だけ残しておく。

 掘ったり、燃やし尽くす事が出来るのならば、当然そちらの方が好まれるのだろうが、あいにくそれをするには道具も熟練度も足りていない。

 そう言えば、先ほどの戦闘で経験値を得たのか新しいスキルを二つ得ることが出来た。

 また、この経験値だが、修行やただ生活しているだけでも少しずつ取得するらしい。

 新しく取得したスキルは【見切り】と【風属性魔法・初級】だ。

 【見切り】は視神経から得られる情報の処理速度と一点集中で視覚を高めることが出来るスキルで、【風属性魔法・初級】は読んで字の如く、風属性魔法が使えるようになったというわけだ。

 魔法は初級では実戦で使えるほど高い威力は望めない為、補助程度にしか使えない。だが、それでも十分その役に立った。


「やっと来たか」


 俺は敵の接近を嗅覚によって捉えた。

 出来るだけ音が生らない様に、さらに風下からの接近。良く考えられ、慎重で堅実な作戦だが、俺には通用しない。

 奇襲しようとしたところを逆に襲ってやろうじゃないか。


 まずはこちらの臭いを消す。というの敵の大体の位置は把握しているので、少しの間風向きを変えてやっただけだ。

 その間に場所を移り、茂みに隠れる。隠れると、魔法を解く。すると、自然に放置されている鹿の血の臭いをかぎつけるはずだ。おそらく、濃い血の臭いにまぎれるため俺の臭いをかぎつける事は出来ないだろう。念のため、風の膜を張っておく。


 待っていると敵がその正体を現した。

 それは黒い体毛が全身を覆い、口からはだらだらと涎が垂れ、鋭い歯をのぞかせている。

 本に載っていた。あれは漆黒の狼ナフィードウルフ、通称ナフィ。数は3頭。皆、血走った眼でキョロキョロと辺りを確認している。

 あれがアンナたちの父親の仇か。それに対して何かを思うわけではないが、今回の依頼はあのナフィを5頭を倒す事。ターゲットである以上見逃す理由は無い。

 ナフィたちは俺が放置した鹿の死体に喰らいついた。それを確認して、俺は剣を抜いた。


 元の世界では考えられないほどの速度で、駆ける。風が興奮状態にある俺に吹き付け、気持ち良い。

 視界にはナフィ3頭を捉えている。

 まだ、気付かれていない。

 後、10m。

 まだ、がつがつと食べている。よく見ると、その3頭の体はとても痩せ細っていた。よほど腹をすかせていたのだろう。

 俺がその空腹を止めてやろう。

 永遠にな。


「ハハッ」


 乾いた笑いが漏れ、ナフィの1頭がこちらに気づいた。

 だが、

「もう手遅れだ」


 その時には俺は跳躍し、こちらに気付いた1頭を全体重をかけて貫く。ナフィは大量の血を噴き出しながら、悲鳴を上げる暇もなく倒れた。。

 ここまですれば、流石に他の2頭も気付き、即座に距離を取った。

 

『グルルルゥッ!』


 低い唸り声を上げて威嚇している。

 しかし、その程度で驚くほど、俺の肝は軟じゃない。

 1頭が勢いを付けて跳躍し、飛びかかってきた。

 

「遅い」


 剣は寸分違わずその眼に吸い込まれていった。

 いくら斬る事が出来ない、錆びたオンボロの剣であろうと、急所を突けば無事では済まない。

 痛みに悶え苦しんでいる所にトドメを刺した。


「あと、1頭」


 乾いた唇を潤すために、舌なめずりをした。


 やはり、面白い。


 人間からの妬みや憎しみというのは全て暗く悲しいものであったが、今身にひしひしと受ける殺気はそれとは全てが異なる。


 生への渇望。


 勝利への飽くなき執念。


 そして、決して諦める事のない眼に宿す光は俺自身、とても、眩しく輝きに満ちているように感じられた。


「その光、羨ましい限りだ。俺に寄こせよ」


 吠えて、こちらに向かってくるナフィにより一層笑みを深くしながら、すれ違い様に側面から頭部に剣を思いっきり叩き付けた。

 勢いを失いその場に倒れるナフィに何度も何度も剣を振り下ろした。


「さて、後は待つだけだ」


 血糊を振り払い、剣の状態を確認しながら、呟いた。


 そう、先程向かってくる前に吠えていたが、あれは仲間を呼ぶためのものだ。

 ナフィというモンスターは集団で行動する。性格は獰猛にして、狡猾。相手が生きていようと死んでいようと関係なく食べる事から、世界の掃除屋とも呼ばれている。世界と呼ばれているように、ナフィはこの世界中に生息している。もちろん、、場所によって独自進化をしているものの大筋は変わらない。成体となると3mを超えるという。

 先程のナフィたちはどれも1m弱だった。まだ、子供だったのかもしれない。

 だが、俺に沸いたのはそれに対する罪悪感などではなく、大人になればどれほどの強さを持つのだろうかという高揚感だった。


 暫くすると、がさごそとした音とともに現れる複数の影。

 敵は隠れる気は無く正面から堂々と近づいてくる。

 数は10頭を超え、俺は川を背にしているため、川を渡るしか逃げ道は無い。

 だが、こちらとしても逃げるつもりもないし、探す手間が省けてラッキーだ。


 それに勝機が無いわけではない。

 こういう時は敵の頭を叩けばいいのだ。


 では、どうやって頭かどうかを見抜くか?


 簡単だ。群れの中で一番強そうな奴がそうなのだろう。

 9m先、真正面に構えているのがこの群れの中で一番大きい。

 それでも、せいぜい2mといったところか。それを確認した時の俺の落胆はとても大きかったとだけ記しておく。


 戦いは俺が魔法を放ったことから始まった。

 牽制代わりの攻撃だ。当りはしたが、大きなダメージを受けた様子は無い。むしろ、怒らせてしまったようだ。

 だが、都合がいい。頭に血が上ったボスは単身こちらに突っ込んできた。もちろん、群れの配下もそれに続いているが、流石はボス。その追随を許さない速度で以って近づいてくる。

 真正面から受けるには少々分が悪い。

 剣の消耗が激しい今正面から立ち向かったならば、ぽきりと折れてしまうだろう。

 仕方なく、ボスと群れを引き離すため、逃げ場の少ない川際ぎりぎりまで走った。


 ボスの攻撃も先程と同じく、飛びかかって喰らい付こうとしてくる。

 単調でいて単純。だが、それゆえに躊躇いも無駄もなく、威力もでかい。

 普通の人間ならば、巨体が迫ってくる威圧感に恐怖し、足が竦みそのままお陀仏だ。

 あいにく、俺はこの程度で足が竦み上がったり、恐怖を感じたりはしない。

 だが、こんなものはお化け屋敷と同じだ。

 パニックにならず、冷静に対処すればなんてことは無い。

 そして、身体強化術が使え、スキル【見切り】がある俺には止まって見えた。

 身体を捻り、いとも容易く躱す。

 敵には獲物が消え、すり抜けたように見えただろう。

 驚嘆し、頭から川に突っ込んだ。

 そして、勢いがなくなった今こそ、チャンスである。

 振り向いたボスに向かって、その口の中に剣を突き刺し、蹂躙した。


 群れのボスが倒れた事で、配下の足が止まった。


 俺が依頼達成するためには、あと1頭倒さなければならない。

 なら、やる事は一つだ。


「【火よ、フー】【風よ、ヴァン】燃えろ」


 初級魔法ゆえに詠唱が簡単なのを利用し、ほぼ同時に魔法を放つ。狙いは一番近くにいて、なお且つ弱そうな1頭だ。

 小さな火の玉は風に乗せられた酸素を使い、大きな火の玉へと変わり、その1頭を焼き尽くした。

 

 ごうごうと燃える炎に恐れを為したのか、残りは逃げてくれた。

 面倒な事にならずに助かった。

 幸い水も近くにあり、草花も湿っていたのですぐに消化する事が出来た。

 倒れているナフィから討伐証明部位である牙を引っこ抜く。

 力ずくでやろうとすると無駄な労力がかかるので、火で周囲を炙り、ボロボロにしてから取り出した。

 最初に焼け焦げたナフィから採取していなかったらこの考えには至らなかっただろう。

 本当にツイている。

 

 水場近くで魔法で焼き、爪も採取し後の肉は川に捨てた。


これで連投は一旦終了となりますが、ちびちびと続けて行きますので、どうぞよろしくお願いします。

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