14話~悪夢の狩猟祭~
次話は本日の12:00投稿予定です。
よろしければそちらもどうぞ。
シャ・フルールとは花畑に囲まれ、士気に合わせた花が咲き乱れる有数の観光地である。
また、その花の中には薬の原材料となるのはもちろんのこと、武器や防具にさえも使われる。王国が保有する資源豊富な土地でもある。
そして、本来『狩猟祭』をは恵みの雨と並んだ、豊穣を祝う祭りであり、駆け出しの傭兵たちが力試しに参加する祭りである。
出現するモンスターたちの亡骸や血液は大地に還り、ここが肥沃な土地であり続ける最大要因となる。
牙や河などは回収され、関係する産業の市場を潤すのだ。
だが、今年の『狩猟祭』は違った。
間違っても駆け出しの傭兵たちが相手をするようなレベルのモンスターではなく、中堅以上の傭兵でやっと対等となりうるモンスターが多数出現したのだ。
このような不測の事態に備えて常駐していた退役軍人や一流の傭兵たちが立ち向かうが、如何せん敵の数が多く、そして、平和な村ということもありその実力を十分に発揮することが出来なかった。
村にいる実力者は両手で数えられるほどしかいない。一人倒れるだけも戦力はがた落ちとなり、村を捨てるという選択肢が脳裏を過ったのは他でもない。
そのため、まだ余力のあるうちに子供と老人だけでも非難させるべく若い傭兵や家庭を持った傭兵たちが護衛として駆り出された。
そのため、現在村の中にいる実力者は5人。うち一人は壊された門の代わりに絶えず土の壁を作り続けているため、実質4人だ。
その中でも最強と名高いベルナールはギルドの中で連日作戦会議を開いていた。
ベルナールは決して頭の回転が速い方ではない。だが、会議で決まったことを皆に知らしめ、纏め上げられるだけのカリスマを持ち合わせていた。加えて一昨日の撤退時に殿を引き受け、成功させたおかげで今や村の戦力的・精神的な支柱となっている。
そんな屈強な男は悩んでいた。もちろん、顔には出さない。指揮官が不安がっていては部下に悪影響を及ぼすことを身に染みて分かっているから。
(このままだと、もってあと二日。
一昨日出発した伝令が隣町に到着するまで一日。そして、救援が来るまで、となると二日以上はかかるか。それに半端な数をよこされても奴らの餌食になる。
正直手詰まりだ。ここまでか……)
「何を辛気臭い顔をしている? らしくないのう、ベルナール。そんなんではまた鍛え直さねばならんぞ」
鎧を着込んだ老人がベルナールに声をかける。その人物の顔を見て苦笑した。
「勘弁してくれよ、爺さん。まあ、そうだな。この戦いが終わったらまた鍛え直さねえといけねえな」
ベルナールに対してこのような態度が取れ、敬意を払われている老人の名はダルマ=アンセルム。ただの平民という立場からその腕のみで元王国軍テランス騎士団軍団長という肩書を得るまで成り上がった御年77歳の生粋の軍人である。
「ほほう、その際は儂が稽古を付けてやるとしようかの」
「ハッハッハ! ……遠慮しとくぜ」
他愛のない会話を終えると、誰に言われるのでもなく、真剣な顔つきへと変わった。
「一時間後の会戦どう見る?」
「ああ、正直やらないよりはましという感じだな」
アンセルムの問いにそう答えながら、考えを巡らせる。
現在、ベルナールを含め、村の戦士たちの大半が疲弊している。そのため、一日一度だけしか打って出る事しかできない。
今まで幾度となく策を巡らせ、戦いを仕掛けた殲滅には至らなかった。単純に敵の数が多いのと、ある特殊な理由からだ。
後者の理由と戦士たちの疲労のため、一日一度が限度となっていた。
また、それ以外の時間昼夜関係なく、敵は防御を突破して中の人間を喰らおうとしているのだ。肉体的にも、精神的にもきちんとした休憩は取れていなかった。更に、現戦力の最大火力を持つ魔導師も、門の穴を塞ぐので手詰まり。また、下級魔術師たちも、魔導師の休憩の隙を埋めるためフル回転で働き続けていた。
豊穣を祝うだけあって、食糧――主にモンスターの肉――だけは余裕があるが、それでもこの状況では陥落も時間の問題だ。
(残り少ないチャンスでどうするかだが、落とし穴に、魔法と弓矢での遠距離攻撃、玉砕覚悟の突撃。出来るだけの手は打った。
それでもこの現況。ニコラがいれば、いや、離れすぎてるしな。せめて、あいつ空さえいれば、どうにかなったかもしれない)
遠く離れた親友を思い、そして、最近知り合った不思議な和人神谷空を思い返す。
(思えば、色々とぶっ飛んだことをしでかす奴だった。
あいつなら、この状況でも何とかできたかもしれねえな)
「おい、またその神谷空とかいう和人の事を思い出していたのか?
止めとけ、指揮官が不確かな戦力を当てにするな。今あるもので最高の結果を出すのだ。
気持ちは分からんでもないがな」
普段ならば、小言とともに拳骨が付いてくるようなアンセルムでさえも疲労の色を隠せない。
タイムリミットがすぐそこまで迫っているのは明らかだ。
そんなアンセルムを見て、ベルナールは決死の覚悟を決めた。
(ここが死に場所になっても悔いはない!)
「爺さん、悪いが次の会戦が最後だ。ちょっと地獄まで付き合ってくれるか?」
「ふん、若造が何を言っておるか! しかし、付き合えと言うのならば、共に逝こうぞ」
「「我らが王国に繁栄あれ! 国王陛下万歳!」」
大剣と大槍が重ねられた。
そんな二人の静粛な誓いを額を汗を浮かべた戦士が荒々しく乱入した。
「なんだ! 五月蠅えぞ!」
「黙らんか小童!」
二人の気を当てられ、意識が飛びかけた戦士だったが、今起きていている一大事を報告せんと踏ん張った。
「くぅ、ほ、報告します。現在、何者かが接近中! 北部の敵の半数を蹴散らし、そのまま村へと向かっている模様です!」
「なにぃっ! それを早く言わんか!」
理不尽に殴られる戦士をしり目にベルナールは駆け出した。その脳裏には類稀なる美貌を持った黒衣の戦士の姿が浮かび上がっていた。
◆ ◆ ◆
シャ・ヴァレーとシャ・フルールを繋いでいた橋を越えもう戦地も間近という場所に空と少年は位置していた。
空にとっては初めての殺人を経験した細道も抜けた。やはり、あの時の記憶が鮮明な蘇るが、頭を振って追い払う。
そして、この道中でさえも狩猟祭の影響が色濃く現れていた。
多くのモンスターを前哨戦代わりに一掃すると、足を止めることなく村に向かった。
ついに目的地に到着する。
しかし、案の定村は大量のモンスターに囲まれ、近寄れそうもない。
その光景を目の当たりにした少年は激怒した。自分の故郷をめちゃくちゃにした敵めがけて駆けた。
「オオオォォォッ!」
一心不乱に剣を振るう。
その剣の餌食になるモンスターはやはり、例年とは少々異なっている。
どのモンスターも大きく強い。
少年の実力では一振りで倒せるような相手ではないのだ。
突出した分だけ、背後にはモンスターが群がり退路を塞いだ。前方には変わらず多くのモンスターが控えている。
圧倒的に不利な様相に一瞬だけ、足を止めてしまった。そこを狙ったかのように一斉に飛びかかっくるモンスター。
右から四本の腕を持つ【四刃蟷螂】の鎌が迫り、左からは【漆黒の群狼】よりも二周りも大きい【漆黒の大狼】が鋭い牙を覗かせ、真上からは上からは【王冠豹】が宙を舞い、地中からは全身を岩の鎧で守りを固めた岩蛇が足元まで掘り進める。
万事休すか……そう目を閉じた時、少年の体は何もいない空間へと放り出されていた。
やられたか、と身体を確認するも痛みもなく、出血も見られない。
では、一体何が……?
その正体を彼がついさっきまでいた場所に目を向けることで気付く。
黒く艶のある髪を吹き荒れる風に靡かせ、涼しい顔をした空を見た。
空は片手で大きな斧を持っていた。
その斧はまるで生きているかのように赤く脈打ち、刃からは黒い炎が漏れ出していた。
そのまま目にも留まらぬ速度で振り下ろす。
少年の代わりとなった空に襲いかかっていたモンスターたちが天高く吹き飛ばされた。
その後、地面にはいくつかの物言わぬ塊となった残骸がゴトゴトと音を立てて落下した。
空中で空に受け止められた少年は確かに見た。
震え上がり、こちらまで焼かれてしまいそうな程の怒りの炎が空の目に宿っていることに。
直接その矛先を向けられたわけではないのに息が詰まり、声が出ない。
そんな少年を静かにその場に降ろすと、背を向けて言った。
「俺に任せて、下がれ」
その背は広く大きく力強い。
空は気付かない。
自分自身が怒りを抱いていることを。
空は気付かない。
何年も感情を発露させることなく、内側に溜め込んでいたために。
空は気付かない。
その原因がシャ・フルールを自らのテリトリーと認識し、穢された故のことだと。
空の瞳には変わり果てた風景が映っている。
綺麗だった花畑はモンスターたちによって荒らされ、原型をとどめていない血肉で赤く汚されている。
人だったと思われる亡骸には以前村の中で見かけた傭兵や村の男たちの姿に似ている物ある。
幸い親しい者たちの亡骸はないようだが、このままだとこれに加わるのも時間の問題だろう。
瞳の中で燻る火は静かに燃え上がる。
そして、その火は炎となり敵を焼き尽くす。
空は刀を振り払う。
スキル【飛斬】は【飛閃】へと昇華され、放たれる刃より鋭く、より大きく、疾い。
その刃は一直線に血の道を切り開いた。
そして、感情の爆発は彼に新たな扉をこじ開けさせる。
適性のない光以外の全属性の飛躍的な向上である。
それは闇属性と組み合わせて作った魔闘技の更なる進化を促した。
「【瞬陣】」
彼がポツリと呟いたそのすぐ後に至る所で血が噴き出した。
歴戦の傭兵たちが苦労するモンスターを一刀の下に斬り伏せると、新たな技を生み出した。
噴き出す血は彼の力に侵食され黒く染まる。
その黒血を媒介に刃の先から雷が放たれ、荒れ狂う邪竜のように奔った。
「【紫電】」
輝く光は黒と混じり合い、全てを平らげる紫へと変わる。
刃が向けられた先は悉く邪竜によって食い尽くされる。
それでいて、無意識のうちに綺麗なこの場所をこれ以上荒らさないように地面からは一定距離を保ったまま飲み込んだ。
しかし、大量の血肉と引き換えに発動した大技はすぐにその形を保てなくなる。高すぎる電圧により触媒にした物が一瞬で消失してしまうのだ。広域に渡り、殲滅できるだけの威力を誇るだけにその代償は最大持続時間3秒というあまりにも短い時間。
まるでそれは竜が自らの力に耐えられずに内から喰われている様だ。
しかし、それでも邪竜は大きな爪痕を残した。
これで完全に村までの道は開かれた。
空の姿が消える。
この瞬間だけはすべてのモンスターの目に彼の姿は映らない。彼らが捉えられる速さを易々と超えているから。
次に彼が姿を現したのは村の外壁のすぐそば。
壁を見上げている。モンスターでさえも登ることはできないように返しと傭兵たちが待ち受けている。
【絶衣】は彼の足元に黒い足場を作り出す。それにより宙を駆け、容易く越える。
呆気にとられる傭兵たちを無視して、振り返ると追いついてきていた赤い雌豹の獣人アヴェリーに声を張った。
「そこのガキを連れて登って来い!」
彼女は吼えることで是とし、地面に座り込んでいた少年の服を加えると自らの背に乗せて走る。
彼女のスタミナは空すらも凌駕する。それゆえ、一度も足を止めることなくここまでやって来たのだ。
今更、少年を乗せて走ったところでなんら問題ない。
空が切り開いた道を辿って彼の横に舞い降りた。
「よくやった。後で休むといい」
「ウン、ウレシイ」
彼の賞賛と撫でられることに目を細めて喜んだ。
二人して、村の中に飛び降りるとすぐにその周りに人だかりができる。
その中で真っ先に空に声をかけたのがベルナールだった。
「遅いじゃねえか」
「ふん……」
鼻を鳴らして笑う。
出会い頭に空にそんな言葉をかけられるのも信頼ゆえだ。それを裏付けるように満面の笑顔を浮かべ、そして、感極まったベルナールが抱きつこうとするが、空に蹴りを入れられたところで再び口を開いた。
「怪我人の所へ案内しろ。すぐに治療する」
空はもう誰も死なせるつもりはなかった。
「ったく、相変わらずだな。いいぜ、付いて来な」
宿屋と忌々しい思い出が残る村長宅は臨時の療養所と化し、多くの怪我人が横たわっていた。
「あ、お兄ちゃん! 来てくれたんだね!」
「空さん、お久しぶりです!」
額に汗を浮かべたアンナとミアが出迎えるが、それを一瞥するとすぐさま怪我人に手を向ける。
「【墨伝】」
さらに強化された治療術がその辣腕を振るう。
手に負えないものは一切の躊躇なく切り捨て、止血すると、別の部分を治療する。一人当たり数秒という短時間で治療というよりも再生させていく。 そんな彼でも手に負えない部分はあったが、以前と比べるとその部分は少なくなっている。
そのため周りで見ている人も、治療を受けた本人でさえも信じられないといった顔をしていた。
それを何度も繰り返し、彼の魔力と体力が尽きる直前でようやく重篤な者たちの治療を終えることができた。
「さすがだぜ、相変わらずの天才ぶりだな」
ベルナールはこの現実を目にあたりをして、嬉しさと驚愕がごちゃ混ぜになり、乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
そんな周囲の様子を省みることなく、空は回復のため静かに目を閉じた。
神谷空 20歳 男
クラス:剣豪A 魔導師B 拳士A 戦士B 黒魔導師S
スキル:【身体強化術/神/治/力/速/硬】【見切り】【瞬陣】【三連斬】【十字斬り】【一閃】【飛閃】【剣逝】【中級魔法/火/風/水/土/金/雷】【上級魔法/闇】【無詠唱発動可/闇】【耐性/火/風】【魔力増加】【魔力探知】【衝波】【震脚】【手刀】【重撃】【鉄拳】【挑発】【威圧】【絶衣】【墨伝】【紫雷】【水の呼吸】【成長促進】
依頼履歴:成功『B,1』『C,8』『D,12』『E,16』『F,18』『G,15』失敗
【飛閃】体力を消費して、斬撃を飛ばす。【飛斬】よりも射程距離、威力共に格段の上昇がみられる。しかし、体力の消費量が多くなった。
【中級魔法/~】魔力を消費して、中級魔法を発動する。初級魔法に比べると威力、射程距離は上昇しているが、魔力の消費量や詠唱時間が増加している。
【上級魔法/~】魔力を消費して、上級魔法を発動する。中級魔法に比べると威力、射程距離は上昇しているが、魔力の消費量や詠唱時間が増加している。
【紫電】魔力を消費して発動。闇属性で侵食した物を触媒に雷属性魔法を放つ。触媒により持続時間の差異が生じる。