13話~異変~
本日二話目の投稿となります。
仮眠を取り、寝汗を拭いていると外で何か騒動が起きていることに気づいた。
耳を澄ませていると『シャ・フルール』『狩猟祭』『変異種』という三つの単語が繰り返されているようだ。
「シャ・フルールの狩猟祭で何かアクシデントが起きたと考えるべきだな。ならば、どうするか。問題を避けるべきか、対処してみるか」
とりあえず、情報を集めてから決めるとするか。すやすやと寝息を立てて寝ているアヴェリーには申し訳ないが、起きてもらうことにしよう。
彼女の顔面に水球を落とすと、すぐに支度をさせた。
「ン? ムゥ、モウアサゴハン?」
「いや、違うぞ。まだまだ朝食には早いが行動しなければならないようだ。急げ」
まだ寝たりないというような動作で立ち上がるが、一度行動し始めるとすぐに準備を終わらせた。さて、この件、突くと何が出てくるんだろうな、これまでの事を思い返すと少し期待してしまう。
俺たちが外に出るとまだ日も昇っていないというのに、騒ぎを聞き付けた町人や傭兵たちやらが集まってきていた。
「すみません、何が起きたのですか?」
手っ取り早く一番近くにいた大柄な男に話しかけた。
「おう、それが俺もさっぱり分からん! とはいえ、何かがフルールで起きたようだぜ。それよりも何でお前はそんな面を付けているんだ?」
「なるほど、ありがとうございます」
ハズレだ。一礼して別の者に目を付けた。
「すみません、シャ・フルールで何が起きたかご存知ですか?」
物知り顔で眼鏡をかけた理知的な青年に話しかけた。
「いえ、私も詳しくは……ですが、フルールから来たと思われる方が血まみれでギルドの中に運び込まれているのを見ましたよ。中に入ることが出来れば、何か分かるかもしれませんね」
「そうですか、ありがとうございます。ちょっと聞いてきますね」
青年の言うとおり、ギルドの入り口には人だかりができており、容易には入れそうもない。仕方ない、こんな事で力を使いたくはないが押し通るか。
【硬化術】と【鬼動術】を併用して、人と人の間に分け入って押しのいては進み、押しのいては進みを繰り返した。
そうやって、中に入るとギルドの職員と思しき者が床に横たわっている青白い顔の男に必死に治療を施していた。
「なるほど、これはひどい」
横たわる男は片腕を何かに喰い千切られ、、もう一方の腕も骨が見えるほど何かに噛みつかれた跡が残っている。この傷ではその程度の治療ではいくら施そうと焼け石に水だ。
少々面倒だが、目の前で死なれても後味が悪い。
「退け」
「おい! 今、治療の真っ最中だぞ。関係ないのは引っ込んでろ!」
案の定、周りにいた男たちに囲まれるが、相手にする時間すらも惜しい。
【威圧】で怯ませた隙に【瞬陣】で即座に入り込むと、治療をしている職員を弾き飛ばした。
「ちょ、何すんだっ!」
周りが五月蠅い、闇と風の壁【絶衣】で以って騒音を締め出し、死に体の男に問う。
「生きたいか?」
もはや、満足に喋る事すらできないようだが、その眼は強く男の意思を物語る。
「そうか。なら、その腕を失おうとも構わないな?」
再度問いかけても、その瞳は揺るがない。
「始めるぞ。心配するな、おそらく痛みはない一瞬だ」
そう言って、男の腕に手を当てた。
傷が酷すぎるせいか、まだ塞がれておらず血が流れ出している。これではまず助からない。だから、この傷ごと腕を無かったことにする。
指先に魔力を込める。魔力は黒い霧へと変換され、男の両腕を覆った。
そして、霧が消えるとそこには左腕は肩から先は最初から何も無かったかのように綺麗な断面へと変わり、右腕が同じく肘に綺麗な断面が出来上がっていた。
仕上げに体中に付けられた細かい傷を闇と水を組み合わせた【墨伝】を使い、闇で浸食した後に水属性魔法で内側から傷を塞いだ。
闇属性と同じように他の属性も使いこなせればこんな風にわざわざ組み合わせずとも、治療できるのだろうが生憎闇以外の属性は初級レベル。単独で使うには効果が低過ぎる。この【墨伝】は回復以外にも使えないことはないが、主に治療をするための術だ。
光に次ぐ回復力を持つ水属性の特性を生かすために闇で対象者の内部深くまで侵入し、治療を施す。完ぺきに人体の構造を把握しているわけではないので、どんな治療が行われているのか不明だが、そこは闇で補助している。
そんなわけで男の顔色は心なしか良くなったように見える。治療の終了を感じると【絶衣】を解いた。
途端、多くの者の声が耳に入り、果てには武器を振り上げている者さえいた。
「まったく」
再び【瞬陣】を使うと、事情を知っていそうな者を一人選び、攫うとその場を後にした。
「なるほど、大体分かった」
そう言って、理解を示すが目の前にいる彼女は不満げな様子だ。
「何が不満なんだ?」
「一体全体、ぜーんぶですっ! いいですか――」
さて、目の前で騒ぐ彼女はいつも対応をしてもらっていた受付の彼女である。
彼女が言うには怪我をしていた男はシャ・フルールから狩猟祭の異変の伝令としてやってきたようで、その異変とは変異種の出現によるものらしい。圧倒的な強さを持つ変異種の出現により前線は崩壊、さらに虫系だけでなく獣系、主に漆黒の群狼や冠ハイエナによる連携攻撃にも手を焼いているようだ。そのため、隻腕で大剣を振るう男を殿として町の中に撤退、籠城を決めたようだ。それに伴い、有数の実力者たちを他の町や村に伝令に行かせ、救援を求めているとのこと。
事態を重く受け止めたこの町でも急遽『狩猟祭』の依頼を強制的なものへと変え、傭兵たちを送り込むことを決定したようだ。
「全く、面倒なことを」
危険で厄介な事案ならば、ただ避ければ良いと思っていたが、あの町で隻腕で大剣を扱い、なおかつ殿を務められるような男を俺は一人しか知らない。
「ベルナールか。あの馬鹿め」
だが、これで手を貸さないという選択肢はなくなった。焼ける肉の良い匂いでアヴェリーを呼び寄せると、その肉を朝食代わりに共に食すと未だにワーワーと騒ぐ彼女に告げる。
「さて、俺たちは先にしゃ・フルールに向かわせてもらう。情報感謝する」
「ちょ、ちょっと! 貴方は今まで何を聞いていたんですか! それに行かせると思いますか?」
仮面の下でニヤリと笑うと言い返す。
「止められると思うのか?」
止められる自信はないのか汗をだらだらと額から流しながら、顔を引きつらせる。
「そういえば、強制任務として変更されるようだが、その場合報酬は上がるのか?」
「えと、この任務の危険度を見るにそうなるかと」
もはや、不満はあるまい。ここに立ち寄ることは当分ないだろう。ならば、この鬱陶しい仮面を外してもいいか。
「俺は先行してシャ・フルールへと向かう。その他諸々のことは任せる。出来るだけ、早く救援を寄越した方が良い。でなければ、俺がすべて終わらせてしまうからな」
俺の正体を知って、呆然と口を開いている彼女を放って、アヴェリーと共に駆け出した。目指すはシャ・フルールだ。
目的地であるシャ・フルールまで行くにはシャ・ヴァレーを経由して、およそ3日。
だが、今回はこれを一日で行く。
「アヴェリー、後からついて来い。俺は先にシャ・フルールに向かう」
アヴェリーはわずかに顔をゆがませるが、何も言わずに頷いた。
それを確認し、そして、音を超えた世界へと踏み入れる。
「【瞬陣】」
足が地面を蹴る度に景色が変わる。モンスターやすれ違う人々は無視だ。
汗が滝のように流れ落ちる。次第に足が痙攣していき、限界を訴える。
そうなると休憩だ。【瞬陣】の現在の最大持続時間は10分。これで20キロ近く進んだことになるが、これでも全行程の四分の一。【水の呼吸】を使いながら、効率よく休憩を挟みながら一気に進む。おかげで、日が暮れる前にシャ・ヴァレーに着くことが出来た。
今日はここで休み、万全の態勢で向かうとしよう。一日くらいなら、ベルナールなら持つだろう。
一夜明け、シャ・ヴァレーを出発する。
案の定シャ・フルールから来たと思われる多くの人達とすれ違った。その多くが程度の差はあれど、誰もが怪我を負っていた。
さらに速度を上げる。【瞬陣】のインターバルの時間を使い、情報を集めた。
商人の女性は泣きながら当たる。
「夫が、それに商品が奴らに奪われたのよ! ねえっ、どうすればいいの? 一体どうすればいいのよっ!」
道端で首を垂れる傭兵の男は経験した恐怖を語った。
「話しが違う。こんなの聞いてない。俺は聞いてない。どうして、俺たちがこんな目に……悪魔だ、地獄の番犬が出やがった」
そして、村から逃げて来たのだろうと思われる子供と老人を引き連れた集団と出会う。
「父ちゃんが助けてよ、皆死んじゃうよ」
「ママーッ! パパーッ! お兄ちゃんっ!」
「痛いよう、怖いよう、疲れたよう」
子供の泣き声は、
「皆、助かるからね。もう大丈夫よ。だから、泣き止んで、ね?」
大人のあやす言葉も、
「ガキどもっ! ピーピー泣いてんじゃねえっ!」
護衛の傭兵の怒鳴る声でさえも効果はなく、声をかけなければ良かったかと後悔し始めていた時、気づく。この世界で初めて会った住人であり、あの村で世話になった少女アンナの姿が見当たらないことに。
「アンナはどうした。まさか……」
一人の老人が俺の問いに答えた。
「あんた、アンナちゃんの知り合いかい? あの子なら無事だよ。けど、まだ村の中さ。アンナちゃんも、ミアちゃんも、アリアナちゃんを手伝ってる。立派な子達だよ」
町の中か。なら、ベルナールがいる限り無事だろう。こんな時でも自分よりも他人を優先するとはこの世界の子供は逞しい。
集団に礼を言い、村に向かおうとすると、子供達からは期待を込めた、大人たちからは心配そうな目を向けられる。
その中で一人だけ、違う目を向ける者がいた。
「兄ちゃん、多分、神谷空って言うんだろう? ミアが言ってた」
見れば、ミアと同年代の少年が声を震わせながら、前に進み出た。
「そうだ、何か用があるのか? あるなら、さっさと済ませろ。急いでいるんだ」
腰にぶら下げた剣の柄を握り、意を決して力強く言い放った
「俺を、俺を連れてってください。お願いします! 自分の手でミアを護りたいんだ!」
そんな小さな決意を傭兵は無理だと哂い、老人たちは無謀だと叱りつける。
だが、俺は……、
「付いて来い。遅れるなよ」
「ありがとうっ! 俺、頑張るからっ! だから、――ッ!」
周囲の抗議の声を無視して、背負った。
もはや、1秒たりとも無駄に出来ない。
この判断は決して合理的ではない、寧ろ、少年だけでなく、俺自身にも危険が及ぶだろう。
しかし、それでも少年を置いていけない。俺は大人だ。ならば、子供を導かねばならない。護りたいという意思を、希望を打ち砕いてはいけないのだ。俺のような大人にさせないためにも。
「なあ、兄ちゃん。何で俺を連れて行ってくれるんだ?」
必死に背中にしがみつく少年がポツリと胸中を打ち明けた。
「気分だ。それより、死ぬなよ。アンタに気を遣っている余裕はないんだ」
嘘だ。極力死なせるつもりはない。だが、万が一の事はありうる。覚悟だけはしおいてもらいたい。
「もちろんだ、剣には自信があるんだ。それに俺はミアを護らなくちゃいけないからな!」
少年を背負った状態では【瞬陣】は使えないが、それでも十分すぎる速度を維持しながら、シャ・フルールへと走った。
そして、戦いの足音がすぐそこという場所に到着すると、少年を降ろして、袋から水筒を取りだし休憩を入れる。少年にも水を飲ませると、最終確認を行った。
「ここから先を行くならば、死ぬことを覚悟しろ。しかし、それでも行くというならば俺は止めない。
そして、俺が言えることは一つだけだ。
護れ。どんな手を使おうとも護りきれ。
いいな?」
「はい!」
結局少年の意志は最後の最後まで揺らぐことはなかった。ならば、俺も大人としての務めを、ついでにベルナールを助けてやるとしよう。
「じゃあ、行ってこい。俺は少し準備してから向かう」
「はい! ありがとうございました! 行ってきます!」
少年は剣を抜く。天高く掲げ、吼える。
「ラアアァァァッ!」
俺は魔力を練り上げ、多少なりとも消費してしまった体力の回復に努めながら、少年の戦いぶりを観察した。
まっさきに少年の接近に気付いた大きな【漆黒の群狼】と相対するとノーモーションで剣を鼻先に突き刺し、その隙に首筋に剣を振り下ろした。トドメに頭を踏みつけ、再度首に剣を突き刺した。なるほど、なかなか堅実な戦い方だ。これならば、多少は目を離しても良いのか?
だが、次はどうだ?
ナフィを倒したことで敵と認識された少年を狙って、ナフィを頭に二頭の【!冠ハイエナ(クリニエナ)】の合計3頭が襲い掛かる。
しかし、剣を握り直し、深呼吸を行うと冷静に対処する。
突進を右に、左に走り躱すと、敵が反転する前に【鬼動術】を使い、加速。足を執拗に狙い、すれ違いざまに機動力を奪うと、着実に倒していった。
剣に自信がある、か。それよりも生来の性格が色濃く出ているのだろう。もう一人前の戦士と呼んでも遜色ない戦いぶりだ。
そっと笑みを漏らすと跳ぶ。そして、一閃。血糊を払い落とすと、刀を鞘に納めた。
遅れて背後で次々と倒れる音がする。
「えっ?」
新たな敵の接近に身構えていた少年が呆然と声を漏らした。
如何なる理由が有ろうと戦場で呆けるとは赤点確実だな。
「何を呆けている! 死にたいのか!」
鋭く叱責すると再び厳しい顔つきをした。心成しか今までよりも背筋がピンと伸びている。
「そうだ。それでいい。
付いて来い。二度目はないぞ?」
「は、はいっ!」
血で描かれた円を抜け、駆け寄ってくる。
シャ・フルールまであと少しだ。
神谷空 20歳 男
クラス:剣豪A 魔導師B 拳士A 戦士B 黒魔導師S
スキル:【身体強化術/神/治/力/速/硬】【見切り】【瞬陣】【三連斬】【十字斬り】【一閃】【飛斬】【剣逝】【初級魔法/火/風/水/土/金/雷】【中級魔法/闇】【無詠唱発動可/闇】【耐性/火/風】【魔力増加】【魔力探知】【衝波】【震脚】【手刀】【重撃】【鉄拳】【挑発】【威圧】【絶衣】【墨伝】【水の呼吸】【成長促進】
依頼履歴:成功『B,1』『C,8』『D,12』『E,16』『F,18』『G,15』失敗
【墨伝】魔力を消費して発動。闇属性の侵食で内部にまで浸透し、水属性で内部から作用する。