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7話~大掃除~

残酷表現がございます。

苦手な方はご注意ください。

 シャ・ブランから南に10キロ程離れた場所に【北の斧】の本拠地が存在する。

 元は小さな集落があったであろう所をそのまま拠点として使っているのだろう。

 一拠点と言うよりも村と呼んだ方が正しい規模だ。ここに住む者は皆盗賊と盗賊によって捕らえられた者たちだけだ。

 集落は尖った先端を持つ木の杭に囲まれ、出入り口には番犬ならぬ、番モンスターが飼いならされているようだ。そして、尖った屋根を持つレンガ造りの家ばかり。敷き詰められた石畳も、石の大きさが揃えられたものではないのでかなり凸凹だ。

 常に何人かが集落の周りを出歩いて見張っているようだ。もう夜だというのに村は爛々と輝き、騒がしい。笑い声に混じり、時折悲鳴も聞こえた。


 元々容赦をする気はなかったが、これで心置きなくやれる。


 丈の高い草むらに隠れて、隠れて様子を窺いながら、一人また一人と、音も無く見張りの者を殺していく。一人殺してしまったからには時間との勝負になる。

 幸いにも夜という事も味方して、気づかれる前もしくは声を上げられる前に始末することが出来た。

 息を整えながら考える。

 囲む杭は意外と高く越えるには手間がかかりそうだ。そうなれば見つかる危険性もある。だが、馬鹿正直に真正面から入れば確実に見つかるだろう。

 どちらにしろ、見つかる危険性は高い。なら、どちらを選ぶか。もちろん、手間のかからない方だろう。


「番犬を駆除するか」


 剣を抜いて近づく。


 ――グルルゥゥッ。


 低く唸るような声。近づいてくるのは毎度お馴染みの漆黒の狼ナフィードウルフ冠ハイエナクリニエナに……こいつは?


 図鑑でも見た事のないモンスターだ。いや、本当にモンスターなのか?

 確かに全身を真っ赤な毛が覆い、ヒョウのような斑模様と顔立ちをしているが体つきが違った。おそらく、メス、女性だ。乳房が胴体部にあり、手足も、爪はあるがちゃんと五本の指に分かれている。そして、全長も1.8m位とこの世界のモンスターにしては小さい。

 時折、唸り声を上げながら近づいてくるが、狼やハイエナの様子を見るにこの女性が指示を出していることが分かる。

 人に似た身体に知性。ならば、なぜこの女性は首に鎖が付けられこんな番犬紛いの事をやらされているのだろうか?


「言葉が話せるなら、話してみろ」


 対話を試みる。話し合いで解決できるなら、そうした方が良いのは確かだ。


 ――グルルゥゥッ。


 変わらない返答。


「ダメか。やはり、モンスターなのか。なら、こっちにも理由があるんだ。そのまま静かに死んでくれ」


 駆ける。最早言葉は通じないと分かった。ならば、やる事は一つだ。


 斬る。


 リーダー格の女性以外の殲滅は簡単だった。

 それもそのはず、どのモンスターもみなやせ細り見る見るうちに動きが悪くなっていったのだから。

 この女性が立っていられるのももって後数分だろう。

 足はふらつき、口からは涎が絶え間なく流れている。

 モンスターには思えない知性を感じたから、手をこまねいてしまったがそろそろ楽にしてやるべきだろう。


「これで最後だ」


 剣を振り上げる。

 だが、剣が彼女の命を奪う事はなかった。


「マッテ。ワレ、タスケロ。イキタイ」


 つっかえながらではあるが、はっきりと言葉を話したのだ。


「喋れたのか。ならば、なぜ最初からそうしなかった」

「モンスターデナイ。ワレ、クワレル。イキタイ」


 なるほど。鎖を繋がれ逃げる事もままならない状況でただの獣を演じなければ、命の危険があったというわけか。

 さて、話が出来たわけだが、どうするべきだろうか? 鎖を断ち切るべきか、否か?


「生きたいか?」


「イキタイ……イキタイ!」


 涎を飛び散らせながらも、彼女は貪欲なまでの生への渇望を示してみせた。

 残念ながら、俺には無いものだ。


「分かった。助けてやろう」


 拘束から解き放たれ、襲いかかられても返り討ちにする自信があるから、助ける。


 生きたいと願うから、気まぐれで助ける。


 ただそれだけ。それ以上でも以下でもない。


 かくして、剣は助けるために、命の灯を繋ぐために振り下ろされた。


 かつての同胞を自分の血肉と変えている彼女を背に俺は盗賊たちの住処に足を踏み入れた。

 そうだ、戻ってきたら彼女に名前を聞いてみるか。


「さて、このツケは高くつくぞ」


 この集落を血の海に沈めてやる。




 ◆◆◆◆◆


 街灯が輝きを放つ闇夜。

 そこに光を避けるように走る青年がいた。

 彼はこれから起きる事を予期するも、表情一つ変える事はなかった。悦び、恐怖、憤り、表情からは何も窺う事は出来なかった。だが、敢えて言うのであれば、夜空を思わせるような綺麗な瞳には深い悲しみが浮かんでいた。

 心優しき青年はそれに気づかない。気付こうとしない。

 気付いてしまったら、壊れてしまうから。

 彼は無心で刃を振るう。


 人もモンスターも関係なく平等に死は訪れる。

 哀しい、悲しい。

 彼の奥底に眠る想いを表すように、代わりに空が涙を流すように星が流れる。キラキラと儚い輝きを放ちながら。 

 家の中を一軒一軒見て回る。

 優先順位として、人気のない所から、しらみつぶしに調べ上げる。


 盗賊たちは気づかない。一歩また一歩と死神が近づいて来ていることに。


「ここか……群れるしか能がないのか?」


 一部の者たちを除いて、ほとんどの者がこの集落で一番大きな家に集まっているようだ。縦25横50mの細長い長方形の家。中では盗賊たちが宴会を開いていることが分かる。


 覚悟を決めなければならない。

 捕らえられている者全員の救出は不可能かもしれないという覚悟を。


 扉を慎重に音を立てないように開けて、中を覗く。

 ナイフや斧、剣を傍らに置き、杯を片手に酒を呑み、肉を喰らう男たちが37人。さらに、男たちの周りには綺麗な顔立ちをし、露出度の高い服を着た若い女性たちが付き従っている。みな笑顔を浮かべているように見えるがどこかぎこちない。目元を赤く腫らし、腕や足に痣が出来ている者が多い。

 舌打ちをしそうになるがどこから気付かれるか分からない。口をきつく閉じる事で抑え込む。

 すると、想いとは逆に頭の中は徐々に冷めていった。

 彼の眼は輝きを失い、冷たさと殺気を帯び始める。


 ――奴らは人ではなく、モンスターだ。5人の女性を侍らせている猿がここのボス猿だな。


 最も勝率の高い方法を考える。

 そのための情報を探る。

 まず、この時点で猿たちは派手に酒を呑んでいて正常な判断が出来る状態ではない。

 彼は一旦扉を閉めて、この家の周りを調べた。

 四方に小さな窓がいくつかある。ここから逃げるにも壊して逃げるにしろ、時間がかかるだろう。あとは裏口に出入り口が一つ。


「挟み撃ちにするか。あいつがどれほど使えるか分からないが、時間を稼ぐくらいは出来るだろう」


 細心の注意を払いながら、門の方に戻った。


 目当ての者は口周りを真っ赤にして、一心不乱に肉を喰らっていた。


「おい」


 声に反応して、近づいてくる紅い毛をした豹顔の女性。

 彼は魔法で水を創ると無造作に彼女の顔にぶつけた。


「顔を洗ったら、付いて来い。他にも肉を用意してやる」


 正面の扉の前に彼女を待機させると、裏口の扉を開けた。


「【水よ、オー】【土よ、テール】行け!」


 彼が放った水と土の弾は寸分たがわず、吸い込まれるように照明に当たり、辺りを闇が支配した。

 右目を開ける。片目だけ瞼を閉じていたおかげで、すでに夜目が利くようになっていた。

 混乱し、悲鳴が満ちる中を駆け抜けた。


「て、敵襲だぁッ!」


 最初に声を上げた者から彼の剣の餌食になった。

 暗闇の中でビチャッという湿った音が響く。

 その後はドサッと何かが倒れる音。

 だが、彼が楽に盗賊に殺せたのもそこまでだった。

 彼は二つの重要な要素を知らなかったのだ。

 一つは種族の特徴。

 この【北の斧】に属する盗賊たちは皆猫人だ。

 猫人と言うのは夜目がよく利く。明かりに慣れていたせいで最初は取り乱したが、すでに視界は回復しつつあった。

 二つ目は、


「てめえら、びびってんじゃねえッ!」


 ここの賊の頭領が想像以上の統率力を持っていた事だ。

 ただ一度の一喝で奇襲を仕掛けたという優位性は失われてしまった。


 彼は足を止め自分の見込みが甘かった事を悟る。

 

「そこの色男。武器を捨てて、そこに座りな。大人しくしてりゃあ苦しまずに殺してやるよ」


 下卑た笑みを浮かべて、大きな斧を肩に担ぐ頭領。

 その勧告に素直に従う空ではない。

 だが、従う素振りを全く見せない彼に対して、頭領は舌打ちをすると荒々しく近場の女性の引き寄せ、首元に斧をかざした。


「従え。でなきゃ、この女が死ぬぜ」


 彼は俯いたまま動かない。


「おい、野郎ども」


 手下に目配せをして、同じように女性を盾に武器を捨てるように迫った。

 無理やり引っ張られたせいで、悲鳴が上がり、そして、自分の末路を予期した者たちは涙を浮かべた。


 そして、ついに彼は顔を上げて、剣を盾を捨てた。


「最初から素直にそうしてりゃあ良かったんだよ。おい」


 顎で彼の近くまで手下を行かせるとその場に座り、再び酒を呑み始めた。これから、あの端正な顔が苦痛で歪まされていくかが楽しみだった。


 しかし、男の願った未来は訪れる事はなかった。

 彼はまだ諦めていなかった。

 彼は覚悟を決めたのだ。

 多くの者を助けるには少数の命を犠牲にするのもいとわない覚悟を、全てを背負う覚悟を。


 ――恨むなら、俺を恨め。だが、どれだけ恨まれようと俺のすべきことは変わらない。


 手下のごつごつとした手が彼の方に触れようとした瞬間。彼らに寒気が奔った。

 そして、何も見えなくなった。

 猫人である彼らがだ。


「死ね」


 暗闇の中で一人の死神が呟いた。


 ――ドス、ドス、ドス、ドス。


 一瞬だった。

 彼の白く冷たい手が彼らを貫いたのは。


「ん?」


 その異変に真っ先に気づいたのは頭領だった。

 そして、気付く。気付いてしまった。逃げたしたくなるほどの殺気がこの場を支配していたのを。

 なぜだ、なぜだ、と狼狽える。今まで、上手くいっていたはずで、これからも弱者を虐げ愉しく刺激的な生活を送れるはずだったのに。

 彼に関わったばかりに未来は捻じ曲がる。

 すでに地獄への扉は開かれていた。


 その先に待つは暗く冷たい孤独の世界。


 その世界への案内人が一歩また一歩と近づいてくる。


 怖い、怖くてたまらない。逃げ出したい。

 だが、動けない。足が竦んで動けないのかと思ったが違う。

 黒く冷たい何かに足を掴まれて動けないのだ。

 逃げれないならば、とせめてもの悪あがきに隣にいた女性に向けて斧を振り上げた。


「アアアアァァァツ!! 死ねぇぇッ!」


 何が何だかわからない。ただ、この理不尽から逃げるにはこうするほかなかった。

 それほどまでに男と彼との間に大きな差が生じてしまった。

 その腕を振り下ろした。これで幾許か恐怖心が薄れたかと胸を撫で下ろしたが、目の前の女性は頭を抱え蹲っているだけで確かに生きていた。

 

「なぜ、生きて……」


「ぁぁ……あああぁぁぁ」


 もはや、涙を流して許しを請うしかなかった。

 腕が無いのだ。これまで他人の血で自らの手を汚してきた腕は自分の血で汚れていた。


「許して……許してくれ」


「何を今更」


 一言、吐き捨てるように言うと彼は男の物だった斧を振り下ろした。


「ベラァァァ――」




 一度目を閉じると残りの盗賊たちに見下ろした。

 誰も彼も腰を抜かして床に伏している。

 現在、彼は何の魔法も使っていない。戦意を失った者たちに対してそこまで力を入れる必要ないと判断したためだ。

 だが、動けない。

 あまりの恐怖に考える事、行動を起こす事を放棄してしまったためだ。

 そして、箒でゴミを掃くように、道端の石ころを蹴るように駆除した。

 




 彼もまた考える事を放棄していた。

 自分の身を、心を、守る為だ。

 弱くて、卑怯で、そして、臆病な彼にはこうするしかなかったのだ。


 

 

 殺戮劇は唐突に終幕となる。

 彼が犯したこの世界で最初で最後の凡ミス。

 精神的な疲労に、魔力の枯渇、そして、無駄の多いスキルの使用。つまり、体力と魔力が底をついた。

 あまりにも呆気ない幕引き。

 だが、ここから彼の、人ならざる者へと至る道は始まったのだ。



 ◆◆◆◆◆



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