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6話~シャ・ブラン/記憶の断片その1~

 シャ・ブランはどこかピリピリとした雰囲気を放っていた。

 嵐の前の海のような静寂。

 すれ違う人々の身なりもどこかみすぼらしく、薄汚れている。

 ここには店があったのだろう。だが、その扉は固く閉ざされている。一昔前にあったシャッター商店街のようだ。

 静かなのは好きだ。だが、これは違う。不気味で、暗くて、気持ち悪い。


「胸糞悪いな」


 この町に着いて、率直な感想がこれだ。ここに住む人はどんな思いを抱えているのだろうか?

 まあ、知ったところで俺のやる事は変わらない。

 まずは休める場所を探さねばならないだろう。そして、出来るなら武器の調達を。


 この町を一通り見回り、宿を取ることは出来たが、武器屋はどこも閉まっている。

 傭兵ギルドに行っても閑散としている。


「思ってた以上にひどいな」


 とりあえず、ここのギルド長に話しを聞かないと、すでに戦いは始まっている。


 この町のギルドも変わらず、いくつかのギルドと兼用の建物になっているようだ。

 だが、その利用者は恐ろしく少ない。利用しているものも昼間から酒を呑んでいたのだろう顔を真っ赤にしている。果てはそこらで吐いているものさえいる。


「何だこれは。どいつもこいつもだらしないな」


 他のギルドでも呑んでいる奴はいたが、ここの奴らはみな雰囲気が違う。

 息抜きや楽しいから呑むのではなく、現実から目を背けたい、嫌な事を忘れたい、そんな思いを抱えて呑んでいるように見えた


「やけ酒か……いい大人が揃いも揃って情けない」


 床を拭いているギルドの従業員もやつれた表情をしている。


「こんにちは」

「こんにちは。ようこそ、シャ・ブランへ」


 こいつもか……

 受付の彼女はようこそと歓迎しているようには思えないほど、憔悴した顔をしていた。目元には隈があり、髪はぼさぼさで手入れがゆき届いていない。悪いがこれなら俺の髪の方が艶があるだろう。

 愛想笑いをするのが申し訳なるくらいに酷い表情をしている。


「依頼達成したので確認と報酬を頂けますか?」

「分かりました。あの……」


 彼女は申し訳なさそうに目を伏せていった。


「お恥ずかしながら、当シャ・ブラン支部の財政状況はかなり厳しく、報酬をお支払いすることが出来ません。依頼達成の確認のみであれば出来ますが、それでもよろしいでしょうか?」

「分かりました。構いませんよ」


 なぜ、困窮しているのか?

 そんな事は聞けなかった。とても悲しそうで辛そうな表情をしていたからだ。




 神谷空 20歳 男

 クラス:剣豪A 魔導師B 拳士A 戦士B

 スキル:【身体強化術/神/治/力/速/硬】【見切り】【三連斬】【十字斬り】【一閃】【初級魔法/火/風/水/土/雷】【耐性/火】【魔力増加】【魔力探知】【衝波】【震脚】【手刀】【重撃】【鉄拳】【挑発】【水の呼吸】【成長促進】

 依頼履歴:成功『C,4』『D,7』『E,12』『F,15』『G,13』失敗




 


 返却されたギルドカードがちゃんと更新されていることを確認し、依頼達成証明書を受け取る。これを他の町のギルドで見せれば報酬を貰えるそうだ。

 さて、これからが本番だ。


「私はこういった依頼をシャ・ヴァレーのギルド長から指名依頼を受けているのですが、これについて知っていることを教えてくれませんか?」


 俺が受けている依頼書の内容を見せると彼女は目を見開いて驚いた。


「こ、これを貴方が?」

「ええ、そうですよ。信じられませんか?」


 確かに他の傭兵と比べて体格や実績では劣るから、不安になるのは仕方ないのかもしれない。それでも信じてもらうしかないのだ。


「教えていただけませんか?」

「わかりました。では、どうぞこちらへ」


 そう言って以前と同じように奥の部屋へと通された。やはり、盗賊団が絡んでくると場所が移されるのは普通のようだ。

 椅子とテーブルだけの質素な部屋だ。本棚も歴代のギルド長の肖像画もないため、殺風景に感じる。


「どうぞお座りください」


 言葉に応じて座るが、彼女も座りじっとしていて動く気配がない。

 一言も発することなく、時計の針が動く音だけが響く。


「あの、もしかして貴方がギルド長ですか?」

「違います。ギルド長はその所用で出かけていて……」


 ずり落ちたメガネをもとの位置に戻しながら答えた。

 本当にそうなのか? 受付に居る時も、この部屋に入ってからも顔を伏せたり、目を逸らしたりとそんなあからさまな態度を取られていれば嫌でも気づくのだが。まあ、無理に聞きだすのも酷な話だろう。方法を変える事にしよう。


「では、あなたが【北の斧】について知っていることを何でもいいので教えていただけませんか?」

「……申し訳ありません。私は何も知りません。何も知らないんです。だから、お引き取り下さい」


 嘘だ。そう言いたかった。だが、彼女は今にも泣きそうな顔でこちらを見て、半ば自棄気味で答えたのだ。否定できるわけがない。今にも壊れてしまいそうだったから。


「分かりました。無理を言ってしまい申し訳ありませんでした。私はこれで失礼させていただきます」


 それからの彼女は黙ったままだった。彼女は気づいているのだろうか? その唇から血が流れている事に。




「――チッ」


 舌打ちして、苛立ちを紛らわせる。

 結局、何の情報も得ることは出来なかった。いや、違うか。一つだけわかったことがある。

 嘘だ。この町は嘘をついている。他人に、そして、自分自身に。


「あんな泣きそうな目で、見られたらな……素直に助けてほしいと言えばいいのに」


 吐き捨てるように言った。

 これが苛立っている理由だ。肝心なところで力が足りない。俺はまだまだ駆け出しの傭兵だ。リスクを負ってまで協力するには不安なのだろう。


「やってやるさ」


 手を強く握って決意した。

 その後、すぐに神殿に行き、規定値に達した【拳士】を【拳豪】にクラスアップさせると宿に行き、ベットに倒れ込むと瞼を閉じた。




 ◆◆◆◆◆


 その日、久しぶりに夢を見た。

 久々だが、あまり経験したくはないな。

 俺は夢を見ながら、これは夢だと自覚していた。俺が夢を見るときは決まってこのような現象が起きる。世間ではこれを明晰夢と呼ぶらしいが、それならそれらしく俺の思うようにコントロールさせてほしいものだ。

 そう俺の中での明晰夢は拷問に近い。過去の出来事をすぐそばで、もしくは天高くから見させられ続けるだけ。見たくなくとも、見なければならない。

 だからこその、またか……というマイナスの感想。正直ウンザリしている。だが、慣れとは恐ろしいもので、最初は嫌で嫌で仕方なかったが、「ようまた来たのかよ」、と悪い友人に会う気分でさえある。もっとも、そんな友人は俺にはいないが。

 さて、今回はどんな昔話を見せてくれるんだ?

 

 気づいたら、綺麗なタイルが敷き詰められ、たくさんの机やいすが置いてある場所に立っていた。


 ここは小学校の教室だな。教卓の上には大きなプロジェクターが、生徒たちの机の上には備え付けのタッチペンとキーボードが置いてある。授業の際には教師がプロジェクターで壁に授業に関する事を映し出し、生徒は各自の机の側面にあるスイッチを押して、キーボードやタッチペンを使ってメモを取るのだ。

 これが俺たちの時代の一般的な授業風景。

 

 しかし、その教室は閑散としていた。

 日は暮れはじめ、カラスが鳴いている。

 その教室に小さな男の子と教室が向かい合っていた。

 少年は俯いていて、表情を窺うことが出来ないが手を強く握っているのが分かった。


 ああ、思い出した。これは喧嘩を売ってきたガキ共を返り討ちにした後、教師に叱られている場面だ。

 ここで叱られている少年はもちろん俺だ。

 この頃から、黒っぽい服を着ている。あまり服のセンスは変わっていないようだ。

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 俺の前に立つ教師は篠崎恭子しのさききょうこ。黒髪を肩口で切り揃えている笑顔の似合う新任教師だ。

 とは言えある問題児のせいで最近はその顔が険しくなることの方が多かった。

 

 ――どうして、あんなことをしたの? 本当は誰も傷つけたくない優しい子だってこと先生は知ってるよ?

 

 今日の先生は優しかった。それもそうだ。彼女に怒られる前に俺は学年主任にこっぴどく怒られていたのだから。追い打ちをかけるように叱るのは彼女の本意ではないのだろう。

 

 不思議なものだ。この時の俺には長い間主任に怒られてた事よりも彼女のいたわるようで、心配するのような一言の方が堪えたのだ。


 ――知るかよ。あっちが喧嘩を売ってきたから返り討ちにしてやった。群れるしか能がないんだよ、あいつらは。


 絞り出すような一言に彼女は困ったような笑みを浮かべていた。

 そして、おもむろに俺の頭の上に手を乗せた。

 瞬間、俺は彼女の手を弾いて後ろに跳んだ。

 その時の俺は目を見開き威嚇し、誰も近くに来れないように睨んでいた。

 彼女は乾いた笑い声を出すと、手を摩りながら俺に目線を合わせながら近づいてきた。


 ――大丈夫。怖くないよ。私は何もしない。


 今考えると、教師が何もしないと言うのは少し問題があるんじゃないのか? だが、この一言は俺に安心感を与え、緊張を解すには十分だった。


 ――そうだよ。先生は分かってる。見てたから、神谷君が喧嘩をしている時、とても悲しそうで辛そうな表情をしているのを。


 彼女は俺を抱きしめると悔しそうに涙交じりの声を漏らした。


 ――ごめんね、何もしてあげられなくて。ごめんね、何も変えてあげられなくて……


 突然、抱きしめられたことに驚いて、その腕の中でもがいていた俺の動きが止まった。

 俺もまた悔しそうに唇を噛み締めていた。


 二人しかいない教室の中で泣き声だけが響く中、その場に相応しくない者がいきなり現れた。

 

 黒く禍禍しい何か。

 それは剣を片手に二人に振りかざした。


 何だこれは!? いつもの夢じゃない。

 どういう事だ?


 混乱が収まらないまま、剣が二人の身体を貫いた。

 目の前の風景が急速に色を失い、消えていく。そして、襲い来る体が燃えるような感覚。


 熱い。

 







 ◆◆◆◆◆



 ハッと目が覚めた。


「あついな」


 この汗が暑さから来るものではないことは分かっていた。だが、暑さのせいにしたかった。

 昼間の出来事がさっきの夢につながるのだろうが、最後のは明らかにおかしかった。あんなもの記憶の中にはない。だが、考えても答えは出ない。

 不意に誰かの泣き声が聞こえてきた。まだ夢から覚めていないのかと疑った。

 汗を拭い、身なりを整えると月と魔法で創られた光で照らされた町を眺め、鳴き声がどこから聞こえるのかと耳を澄ました。


「ちょうどいい。今行ってしまおう」


 本当ならば明日の夜に【北の斧】を襲撃しようと思っていたが、せっかく目が覚めたのだ。準備は出来ているので行かない手はない。


「まずは眠気覚ましにこの泣き声がどこから聞こえるのかを調べるか」


 その出所は案外早く見つかった。

 至る所の民家からすすり泣く声が聞こえるのだ。まるで町が泣いているようだ。


「泣き寝入りか。……だから嫌なんだよ。力が無いのはッ!」


 昔の自分を見ているようで嫌だった。見ていられない。


「変えてやる。……俺が変えてやるさ」


 結局は自分の手で何とかするしかないのだ。





 

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