4話~連続戦闘その1~
だだっ広い草原を歩いていた。
俺の後ろには血の道が続いている。
重傷を負っているわけではない。全て倒したモンスターから流れ出たものだ。
俺は次の町、シャ・ブランへと向かいながら、熟練度上げをしている。
おおよその行程は徒歩で三日。走る、もしくはこの世界の主要な移動手段の一つである狼や馬などの騎獣を使って、休憩を含め一日位だろうか。シャ・フルールからシャ・ヴァレーまでが走って7時間位だったから、シャ・ブランへの距離は倍以上あるという事になる。それだけの時間を無為に過ごすのは勿体ない。その時間を熟練度を上げる事に充てれば、もっと強くなれる。この世界で必要なのは力だ。もっと強くならなくては。
話がそれたが、どう考えても野宿する必要があるわけだ。しかし、この世界に来てからというものの俺の身体は元の世界に居た時と比べ物にならないくらい屈強なものになっているため、一日くらい寝ずに移動しても問題はない。加えて、小まめに休憩を入れれば、より確実だ。
さて、今の俺の姿は血に塗れ少々物騒な姿をしている。そのため、町と町を繋ぐ街道からは離れて歩かなければならない。そのまま次の町を目指すというのならば、魔法で固められ、舗装されている街道を通った方が安全で早いのだが、そういうわけにもいかない。シャ・ブランに着くまで、いや、【北の斧】の一団と一戦交えるまでに覚えておきたいスキルがあるからだ。
それは魔法職の系統で覚えることが出来る【魔力探知】というスキルだ。今でもぼんやりとだが、魔力を感じることが出来るのだが、感じ取るには集中しなければならない。加えて、探知できる範囲も狭い。
だが、このスキルがあるだけで即座に片手間でも行うことが出来るようになり、索敵範囲もグッと広がる。
対人戦では初級魔法でも命を脅かせるほどなので、安全確保のためには必須のスキルだ。
これを覚えるまでモンスターを狩り続けて熟練度を上げるほかない。
まあ、このスキル以外にも探知系のスキルや魔法は存在するのだが、上級職にならなければならないとか、上に行けばいくほど呪文が記載されている魔法書の値段が高くなる。俺の場合は魔法書を一度見れば覚えられるのでちらっと見るだけでも大丈夫なのだが、それをするには王都や四大都市にしか図書館が無い。そのため、一番簡単に覚えることが出来るスキルを取得しようというわけである。
とこれまでの情報は全てシャ・ヴァレーのギルド長カイラの受け売りだ。
今回、俺は【北の斧】の討伐依頼を受ける上で先にいくつか役立つ情報を得ている。その内の一つがこれだった。
初の指名依頼で、Bランクの依頼だ。万全の準備をしてから向かいたい。
町を繋ぐ街道は時折騎士団が治安を維持するために、駆除したり、傭兵たちにもそのような依頼が常に出されているために安全だ。さらに商隊が多く通る為、商人に雇われた護衛たちもモンスターを駆除し、出来るだけ危険は取り除かれている。
また、賢いモンスターたちは街道に近づこうとしない。そのため、均衡が保たれ上手く人とモンスターの共存が出来ているのである。
だが、一度街道から外れ、広い草原に足を踏み入れるとモンスターたちと出くわす確率も段違いに増加する。出現するモンスターの種類も豊富だ。昆虫、鳥、獣を模した凶暴で大きなモンスターが出てくる。
上下左右あらゆる方向に警戒が必要である。
今も襲いかかってきた黒い狼ナフィを倒したところだ。
武器の消耗を抑え拳闘術の訓練の為に、素手で戦っていた。そのおかけでレベルが上がり拳士の熟練度を重点的に上げる事が出来た。覚えたばかりの【手刀】というスキルが使いやすい。己の身体を一本の刀のように見立てて使えるのだから、尚更だ。
ただ、このスキルの欠点は素手で斬る為、汚れるという事だ。最初は一回の戦闘が終わる度に水属性魔法で洗い流していたのだが、どう考えても魔力が足りない。ただでさえ傭兵のルールにはモンスターの後処理がマナーになっているので、魔法はもっぱら後処理でしか使っていない。
そろそろ戦闘に集中すべきだろう。相手は今までのナフィよりも二回りは大きい。親玉といったところだろう。拳士の熟練度の上昇の成果を確認するいい機会だ。
それにしても大きい。四足歩行をしているにも関わらず、俺と目線の高さがほぼ同じというだけでも全長を推し測るべきだ。足の一本一本が太く逞しく、赤い瞳や長く鋭い牙や爪は迫力十分だ。
それでも俺は恐怖感を感じなかった。むしろ、高揚感に包まれその感覚が楽しかった。
「さあ、始めようか」
ニヤリと笑い、スキル【震脚】を発動させ、強く地面を蹴った。本来は敵の行動を阻害するためのスキルなのだが、それを高速で移動するために用いる。
地面を強く蹴れば、蹴るだけ大きく速い一歩を踏み出せる。このスキルはノーモーションで発動させるとただ強く地面を蹴るだけのスキルとなり果てるため敵を拘束するには至らない。
だが、そのおかげで距離を詰めると未だ警戒態勢にあるだけで反応が遅れているナフィに向かって、勢いそのままに踏み込み、右腕を引き、腰をひねり、左腕を突き出した。
その拳は【硬化術】で硬く、【重撃】により重い一撃と変化し、ナフィの身体に吸い込まれていった。
だが、群れのリーダーであったナフィの力量も高く。直撃する直前に体毛を硬化させ、後ろに跳ぶことでダメージを軽減した。
それでもファーストコンタクトは俺に軍配が上がった。
敵はダメージが足にきているようで、ふらついている。
勝者である俺の方はと言うと全くの無傷というわけではなかった。硬化された体毛を思いきり殴りつけた事で手からは血が流れだし、真っ赤に腫れている。【早治術】を使えば、回復できるがそんな事をすれば今のチャンスが失われてしまうだろう。
だが、この痛みは全力の動きを阻害する。
痛覚をどうにか出来ないだろうかと考えた。瞬時に展開される俺の持っている手札。そこから最良の選択肢を選び出す。
思いついたのは【即神術】による痛覚のコントロールだ。今までこのスキルは全ての感覚を強化していたが、強化するものを選び、そして遮断することが出来れば完ぺきなパフォーマンスを俺に齎すのではないだろうか。
思考時間は体感2分、実際には30秒ほどだろう。
それは俺に痛覚の遮断という新たな切り札を与え、敵には完全に回復する時間となった。
一見、振出しに戻ったようだが、中身は全く異なっている。
「そろそろ白黒決めるか」
グッと拳を握りしめ、敵に向かう。今度は敵も動いた。スピードはそこまで早くないが、巨体が牙を覗かせながら迫ってくる姿は迫力満点だ。
萎える事のない高揚感。
「いくぞッ!」
――グルラァァツ!!
速度で勝る俺が一瞬早く敵の額に拳を喰らわせた。
だが、敵は既に足を振り上げ、俺の身体を切り裂こうとしている。
やられるかと思った瞬間、敵の身体が僅かに後ろへと下がった。そのため、敵の爪が目の前を通過した。
スキル【衝波】が発動したのだ。これは拳や打撃武器を敵の身体に充当てる事で発動させるスキルである。
その効果は衝撃波の発生。次々にスキルを発動させ、反撃を許さない。
止めは掬い上げる様にアッパーを喰らわせた。骨を砕くような湿った音が鳴り、じんわりと口から流れ出る赤い液体。
念のため、ナイフを突き立てた。
「あっけないな」
とは言え、今回の戦闘は反省点が多い。
まず一つ目はスキルの使い過ぎ。これは素手による決定力不足が原因だ。やはり、生身の身体ではモンスター相手にダメージを与えるのは一苦労だ。
二つ目は、全力の戦闘に俺自身が耐えきれていないという事だ。今回の戦闘で敵からの攻撃を受ける事はなかったが、殴った時のダメージが大きかった。おかげで手の甲が赤く腫れあがってしまっている。次の町に着いたら、メリケンサックや、手首から肘の部分しか覆うことが出来ない今の籠手の様なものではなく、手の甲も覆う物を買った方がいいだろう。
「まだまだだな」
一戦終えたからと言っても、気を抜くことは出来ない。なぜなら、血の臭いに釣られて新たなモンスターが現れるからだ。
――ピィーー!!
声のした方向を見る。
どうやら敵は空にいるようだ。ただ見るだけでは黒い点にしか見えないほど距離が離れているが、【即神術】で強化をしたのちに見ると、その正体を知ることが出来た。
草原の掃除屋と呼ばれる怪鳥『緑黄の鷹』だ。その名の通りの体色をしている。嘴や爪が黄色、それ以外が緑色。また、やはりと言っては何だが身体が大きい。翼を広げたら4m位はあるのではなかろうか? それが十羽以上の群れを成して、空を飛んでいるのだ。そこだけ青いはずの空も緑色に見えた。
悠長に見ている暇はなかった。急いでこの場から離れなければならない。今の疲労度と魔力の残量から考えて、正面から戦うのは分が悪い。身を隠さねば。
体勢を低く保ち、草むらに身を隠しながら走った。徐々に近くなってくる甲高い音。
最後に滑り込んだのと同時に空から急降下してきた鷹たちがナフィの亡骸を啄み始めた。
ナフィに夢中でこちらには気づいていない、もしくは眼中にないようだ。
額から吹き出す汗を拭いながら、観察をした。
群れとしての十分に機能させるほど知能は高いと思った。
何羽かが亡骸の周りで見張り、空中にも下りず旋回し続けているものもいる。交代で食事を終えると一際大きな身体を持つ一羽が小さなナフィを掴むと空に南東の方向に飛んで行った。
それに続いて他の鷹も飛び立った。最初は一列に皆が飛び立つと群れは扇形になって離れていった。
危機が去ったことで草むらから身を起こそうとしたが、まだ危険が去っていないことに気づく。
群れが離れていった方向とは別の方から、こちらに向かって飛んでくる鷹たちを見つけたからだ。
数は3羽。それらは迷う事なく舞い降りると、ほとんど骨だけのそれに一心不乱に喰らい付き始めた。
3羽全部先ほどの群れの鷹と比べれると小さく痩せているように見えた。だからだろう、大して肉も残っていないだろうに喰らっているのは。その姿は生きるという事はこういう事なんだと教えてくれているように感じた。
その教えに甘んじる事にしよう。俺は力が欲しい。出来るだけ早くにだ。
「だから、俺の血肉となってくれ」
収納袋の中に手を入れて、更に大きな口の収納袋を取り出す。もちろん、全部取り出すのではなく、口の部分だけだ。袋の中に袋を。なぜ、こんな面倒な事をしているかと言うと嵩張らずに済むからだ。
この収納袋は武器や大きなモンスターを入れるための物であるため、非常に大きい。背負えるようになっているとはいえ背中にはすでに剣と盾を背負っている。これ以上、背負ってしまうと戦闘時に邪魔になって仕方ない。そのために手間と若干の魔力消費を伴うが、かさばらない別の小さな袋の中に入れた方が良いだろうという結論に至った。
その大きな収納袋からは槍を取り出した。
穂先は相変わらず電気を帯びていてパチパチと輝いていて綺麗だ。
それを片手にしゃがみながらゆっくりと近づく。
10m、まだ気づかない。7m、まだ。5m、射程圏内だ。
その瞬間、立ち上がり気づいていない鷹に向けて、槍を放った。
それはパンッと空気の壁を切り裂き、バチバチと音を立てながら恐るべき速度で迫った。槍の直線状には2羽貫けるように投げたはずだったが、貪っていた哀れな鷹を貫き、その速度を落としたおかげで飛び立とうとしていたもう1羽の足を奪い取るのが精いっぱいだった。
俺はと言うと黙って見ているはずもなく、射線上に被っていなかった鷹を狙って跳んでいた。
残り少ない魔力を使って、風を発生させ体を押し出す。その太い足に捕まるとバスターソードを抜き、突き刺した。急所だろうと思われる頭の付け根首を狙った一撃は敵の命を刈り取った。
力を失い、墜ちる時にはすでに地面から10m以上離れている。このまま落ちればただでは済まないだろう。だが、そこには運良く足場があった。
それは飛び立とうとよろよろとした動きで上を目指す足のない鷹。
ニヤリと笑い、剣を下に向けると魔法で落下位置を調整しつつ、その鷹とすれ違った。その鷹もまたすぐに力を失って落ち始めるが一瞬落下が止まったおかげで俺は助かる。
そのまま難なく着地をすると剣を納めた。
初の空中戦はなかなかスリルがあり、楽しむ事が出来た。
とは言え、この体力・魔力不足は深刻だ。これを増やす方法はスキルや熟練度を上げる他なく、回復には睡眠や食事をすることで出来ると知られている。
俺はこれに新たな方法を加えたい。
重要となるのは気力。
確か気力を使う事で体力や魔力の代用とする事ができたはず。
気力ならば瞑想やヨガなどでリラックスすることが出来れば、回復するのではないのだろうか? そうすれば半永久的に体力や魔力の回復を行う事が出来るのではないだろうか。
これを実践するために、爪と牙だけ剥ぎ取ると、水で血を落とし、その場から離れた。
走る事1キロ。熟練度が上がったことによる身体能力に任せて、走ってきたが1分位しか、かかってないのではないのだろうか。ずいぶんと速く走れるようになったものだと。他人事のように感じてしまうが、今はおいておく。
リラックスするには安全な場所と思い、木陰に身を隠すと、座禅をした。
思いついた中で一番効果のありそうな方法だ。
息をゆっくり吸って吐いてを繰り返しながら、数を数えた。頭の中を空っぽにしてひたすら没頭した。
どれくらいやったかは分からないが、この呼吸で大分体力と魔力が補填された気がする。
それに昂ぶった気持ちを落ち着かせ、頭の中をクリアにすることが出来たのも僥倖だ。
さて、また移動する事にしよう。




