10話~女性の勘はよく当たる~
走りに走って何とかシャ・フルールに戻ってくることが出来た。
「ハァハァ……何とか間に合ったな」
「そうだな」
男二人が息を荒くするのは絵面が悪いので、やせ我慢をして平静を装う。
シャ・フルーツという村はモンスターからの防衛上、周囲を堀で囲んでいる。
その為、モンスターたちが活発化する夜間は堀に架かる橋を外すのだ。
吊り上げる時間は太陽が東に位置し、橋の両端にある突起から伸びる影が真横になり木版と木板の継ぎ目に重なった時だ。着いた時にはほぼ重なりかけていたので、ぎりぎりだったと言える。
村の橋は可動橋の一種である跳ね橋だ。人力で橋を吊り上げる。門番が皆屈強なのは吊り上げる役目もあるからだろう。
渡り終えると、10人の屈強な男たちが門に垂れ下がっている鎖を引き始めた。
徐々に上がっていく橋。完全に吊り上ると金属が噛み合う音がした。
どうやら先ほどの突起が留め金の役目も果たしているようだ。
「どうした? ギルドに行かないのか?」
「ああ、今行く」
元の世界ではあまり見れない光景だったからな。
ギルドに戻るとカウンターには最初にギルドにあった時に応対をしてもらった無愛想な女性が机に肘をついてつまらなそうに座っていた。
「今日はあいつか。ハズレだな」
「なぜだ? 見た目だけなら整っていると思うが」
態度は悪くとも切れ長の目に腰まで伸びた綺麗な茶髪に艶のある毛に覆われた耳。これだけ見れば十分美人と言っても間違いではない。
愛想が無いのは否定しない。
「見て分かるだろ? あいつは見た目以上にアクが強いんだ。それに重要な事でも簡単な事でも最低限の事しか説明しない。あれじゃあ、いざって時に困るのはこっちなんだよ」
なるほど。一理ある。最初の説明の時に本を読むように勧められたが、あれは自分で説明するのが面倒だったのかもしれない。
まあ、あの時は変なぼろが出ないように、本という手段を進めてくれたのは素直に有難かった。
だが、それがいつもとなるとどうだろう? 確かに問題があるかもしれない。しかし、それはこちらが気を付けていれば済む話なのだ。俺にとっては余計な話をべらべらと話されるよりかは余程良い。
「だが、今回は依頼の報酬の受け取りだけだ。別に問題ないだろう」
「それもそうか」
そう言うとすたすたと彼女の方へ歩いて行く。
「依頼の報酬を受け取りたいのですがお願いできますか?」
愛想笑いを浮かべ、話しかけた。
「分かりました。討伐依頼なら討伐証明部位を、納品依頼ならその対象物を、雑用依頼なら依頼主の証明書の提出をお願いします」
「分かりました」
頷いて、『収納袋』から対象の素材を取り出していく。
この『収納袋』は使い勝手が良く、取り出す時に対象物を念じながら魔力を込めるだけでいい。『収納袋』の中には魔力を使わずに取り出すことが出来る物もあるらしいが、借りているこの袋は安物なのでそこまでの機能は付いていない。ちなみに、生粋の戦士で魔力が無いベルナールは魔力無しでも使える『収納袋』を持っている。
「依頼達成お疲れ様です。カードの提出をお願いします」
最初から最後まで変わらないトーンで労われても嬉しくはないが、別に彼女にそれを求めてはいないので流しておく。
数分経って戻ってきたカードには以前と同じく依頼の結果が書き込まれていた。
神谷空 20歳 男
クラス:剣士A 魔法使いB
スキル:【身体強化術/神/治/力/速/硬】【見切り】【二連斬】【十字斬り】【火属性魔法・初級】【風属性魔法・初級】【水属性魔法・初級】【土属性魔法・初級】【成長促進】
依頼履歴:成功『D,3』『E,3』『F,8』『G,9』失敗
DランクのフラマルブルとEランクのナフィ、緑牡鹿と緑女鹿の群れの討伐に納品依頼を多数受け、達成したおかげで記載される数は一気に増えた。
少数ではFランクの緑牡鹿と緑女鹿だが、複数それも群れ単位となるとランクが上がるようだ。
それにしてもフラマルブルの討伐依頼とフラマルブルから採れる木材の納品依頼があったのは幸運だった。この様に討伐と納品依頼を重複して受けたおかげで報酬は全部で銀貨21枚に銅貨92枚、21アルと92キュイ。
とは言えこれを一緒に依頼を受けたベルナールと分けなければならない。
「さて、どう分ける?」
ベルナールが受けたのはフラマルブルの討伐依頼のみ。この依頼の報酬は5アル。2アル50キュイで折半するのが普通だが、どうせなら全て受け取りたいのが本音である。
「そうだな。1アルだけ貰っておく。後はお前が受け取っておけ。それにしてもあんな風に愛想良くも出来るんだな。いや、俺の時も最初はあんな感じだったか」
受付の女性との対応の事を指しているらしい。
「相手によって態度、対応を使い分けるのは普通だろ?」
「使い分けるね……えらく聞こえがいいな。ん? 待て。俺相手なら愛想良くする必要はないってことか? そうなんだな?」
「さて、余った素材を売りに行くぞ」
後ろで騒いでいるベルナールを無視して、真向いの商人ギルドに向かう。
「いらっしゃいませ! 本日はどのような御用でしょうか?」
傭兵ギルドの女性と比べると圧巻の態度、愛想の良さだ。
それでいて見栄えも良いのだから、交渉を常とする商人魂がうかがえる。
「こちらの素材を買い取って頂きたのですが出来ますか?」
それならばと最高の笑みを作り、迎い討つ。
受付の女性が口に手を当て、頬が紅くなったところを見ると成功したと言って良いだろう。
そう言えば傭兵ギルドの女性は何事にも動じなかったところを見ると、異なる視点から見れば、称賛されるべき人物なのかもしれない。
交渉は終始優勢に進めることが出来た。
後ろに強面のベルナールが控えていた事も成功の要因だろう。
フラマルブルの木片にナフィの爪と牙と毛皮、それに鹿の角を少々と魔力回復薬と毒消し薬の元となる薬草でしめて3アル29キュイとなった。これもすべて俺が受け取り、手持ちは24アル21キュイとなった。
商人ギルドから離れると中央付近の席に着き、食事を取った。
料理人ギルドの従業員は皆男女関係なく動きやすそうな服に白い純白のエプロンを着用している。そして、異世界ならではなのか知らないが、腰や服と服の隙間に武器を忍ばせている。だが、その武器も白いエプロンに合わせた装飾が施されている事から、この店のこだわりが感じられる。
「この後、どうするんだ?」
ベルナールは手と口周りを拭きながら、尋ねてきた。
「まず、寝る場所の確保。次に武器の補充だな」
「お前、まだ寝床の確保してなかったのかよ? 仕方ねえ、俺が紹介してやるよ」
俺はその提案を鼻で笑って断った。
「アンタが紹介する所はむさ苦しくて、騒がしそうだから嫌だ」
多分、この世界での一般的な宿屋は多人数部屋だろう。金が無ければそれでも我慢するが、多少懐が温まっている今ならば、金が掛かっても一人部屋で清潔な場所を選びたい。
だが、目の前にいる男はどうだ? そんな事を気にしなさそうに見える。ならば、こいつの紹介に期待するのは止めた方が良い。
「お前ずけずけと酷い事を言う……」
「そう言われたくなければ、自分の身なりを整えてから言うんだな」
そう言って従業員に金を払い組合を後にした。
この村にある宿屋は全部で5つ。北門から南門から一直線に繋ぐ大きな通りに立ち並ぶ二軒の宿屋。どちらも木造建築で暖かみのある宿屋だ。観光客や傭兵、商人など出入りする人間は様々で賑わいを見せている。
自然な人の暖かさに惹かれるものがあったが、騒がしいなと思い、この二つは却下。
先程の二つが門の近くにあるのに対し、次の宿屋は村中央にある公衆浴場付近にあるこじんまりとした民宿だ。ただここは老婆が経営していて、従業員も少ないため完全予約制であった、不可。だが、機会があれば利用してみたいところだ。
ここでなぜこのような詳しい情報を知っているかを知っているかを説明しよう。
それは説明しながら案内してくれている者がいるからだ。
ベルナール?
違う。あのようなむさ苦しい奴とずっと一緒にいたらこっちまでむさ苦しくなってしまう。
「あの、次案内しますね」
「ありがとう。助かるよ、ミアさん」
そう俺がこの世界に来て初めて出会ったアンナの家族であり、姉であるミアだ。
ベルナールを置いて出た後、門の近くにあった宿屋らしき大きな建物に入り、宿泊を止め、他の宿屋を探しに大通りを歩いていた所、手に籠を持った彼女と偶然出くわした。
それから、挨拶を交わし、彼女が浴場に行って来た後だという事を知り、俺は宿屋を探していると話したところで彼女の意見を窺った。すると、親切にも案内をしてくれるそうなので、その好意に甘えているというわけだ。
「えっと次なんですけど……」
風呂上がりで湿った白く長い髪が風に吹かれて靡いている。髪に隠された表情が露わになるが、言い辛そうにしていて、陰りが見えた。
「どうかしたんですか? 俺は大抵の事ならば、驚いたり、悪く思ったりしませんよ。話してみたらどうですか?」
「そう……ですね。あんまり悪く言うのは好きじゃないんですけど。次の宿屋さんがちょっと特殊で」
「と言うと?」
「あのそ、空さんは村の南部に練兵場があるのを知ってますか?」
そう言われて頭の中から一つの風景が浮かび上がる。たしか、ここの第一印象は、
「ああ、あのさわ……賑やかな所ですね?」
騒がしいと言いかけて止める。言葉は選ばなければならないだろう。
だが、俺が何と言おうとしていたのか分かったのだろう。口元に手を当ててクスクスと笑っている。
「いえ、言い直さなくて大丈夫ですよ。私もそう思ってましたから」
彼女はそう言って笑いを止めた。
「その練兵場の奥に傭兵専用と言っては語弊がありますけど、実質そうなっている宿屋があるんです。安くて良いとは思うんですけど……私はあの雰囲気が好きになれなくて」
そこまで言われると少し気になる。
「そこに案内してもらう事は可能ですか?」
「ええと……分かりました。良いですよ」
気乗りはしなさそうだったが、最後には頷いてくれた。後で礼をしなければならないだろう。
その後は路地の裏に入り、どんどん奥に進んでいく。
練兵場を通り過ぎた所で彼女があのように言っていたわけが分かった。
空気が重い。ピリピリしているのだ。
殺気だな。
常日ごろから戦場を意識しているのか、他に訳があるのか分からないが、ここに女性一人で近づきたくはないだろう。
建物が所狭しと建っているせいで、薄暗くなっているのも一因だ。日が沈んだ今ならばそれも尚更だ。
簡易的に作られたイスの上には屈強な男たちが腰かけている。
辺りには酒瓶が散乱しており、タバコ、いや、葉巻を吸っている者もいる。
時折、彼女をちらっと見ては下卑た笑みを浮かべているため、後ろを歩く俺は常に睨みを利かせる事を怠るわけにはいかない。
手を出してきそうな奴にはこちらから相手の目に捉えられる事が出来ない位の速さで近くの地面を斬りつけ、それ以上近づけば斬ると言外に脅しておく。
チッ、と舌打ちをして去っていく者もいれば、力量差が分からず道を塞ぐように立ってくる奴もいる。
それが俺が目の前にいる奴だ。
とりあえず、彼女の手を引いて黙って下がらせると、背中のバスターソードを抜く。
それを見て、目の前にいる男は笑みを深くした。
「てめえのそれは玩具か何かか? ボロボロじゃねえか!」
「アンタを斬る位ならこれで十分だ」
今日一日で多くのモンスターを狩ってきた剣はすでにガタガタだった。
だが、腐っても鋼鉄の武器。当りどころが悪ければ死ぬし、力尽くで振れば多少は斬れる。それが理解できないのだろうか?
「まあいい。ここなら、てめえを殺しても咎める奴はいねえ。大人しく死ねや!」
そう言うと男は腰から大きなナイフを取り出して、振り下ろしてきた。
後ろではミアが俺の服を掴んで震えているのが分かる。
この程度の相手だからこそ、大丈夫だがもっと強い相手だったら邪魔にしかならないのだがな……仕方ない。早めに片付けるとしよう。
大きく踏み込んで上から振り下ろされるナイフにはかなりの威力がある事が分かる。
だが、
「遅い」
身体強化術と【見切り】を併用させれば、この程度の攻撃なんてことは無い。
【硬化術】で手の表面を硬化させ、【鬼動術】で腕力、そして、踏ん張るための脚力を強化した。
スキルの併用にもたらされた完璧な見切りは敵のナイフを指の腹で掴む事を可能にする。
手の平に付くか付かないかの所でその勢いを完全に殺すと同時に剣の腹でナイフを持つ手を強打した。
俺の手中にあるナイフを弄びながら言い放つ。
「今すぐ消えろ」
「は、はい!」
男は背筋をぴんと伸ばすと一目散に逃げていった。
ナイフをその場に投げ捨て、後ろにいるミアと向き合う。
「終わったよ。大丈夫だったかい?」
「あ、はい」
と言っても彼女はまだ怖がっていて辺りをきょろきょろと見ていて、落ち着きがない。
全く見っとも無いったらありゃしない。だが、それも仕方ないか。
「ミアさん、一旦戻りましょう。まだ宿屋は見てないですけど、こんな場所にある宿屋なら見なくても良いです」
「そう……ですか。では、行きましょう」
未だ小刻みに肩がふるえる彼女を連れて大通りに戻った。
「じゃあ、最後ですね。この宿屋さんはちょっと値段が張りますけど良い所ですよ!」
ようやく元気が戻ってきたようだ。
彼女の趣味や好きな物事、家族の話など明るい話題を選んで話しかけたのは成功だった。
逆に励ましすぎたかもしれない。
最初の方にあった恐る恐るという感じが無くなって、今は俺の手を引いてぐいぐい連れて行こうとしてくる。やはり、姉妹は似るのかもしれない。
「何か失礼な事考えてませんでしたか?」
「いえ、何も」
笑って誤魔化した。女性の勘と言うやつはいつも恐ろしい。