9話~スキル検証、時々引かれる~
俺とベルナールは日が昇ると、川で汗を流し、夜間襲ってきたナフィを焼いて朝食とした。
見張りは交代で行う事が出来たため、信頼できる仲間がいれば一人当たりの負担が減るのはありがたい。とはいえ、昨夜は一睡もしていない。まだ完全にベルナールの事を信用しているわけではないからだ。それにこの世界に来てからというものの少しは自分の体力に自信を持てるようになった。この程度の事はどうにでもなるだろう。
食事をし終わったところでベルナールが口を開いた。
「今回の依頼の確認と作戦を立てるぞ。目標はフラマルブル、一体。
今回、気をつけなければならない事がある。
それは敵の攻撃手段だ。
奴は燃える葉と枝を伸ばして攻撃をしてくる。だが、もう一つ気をつけなければならないのが、地面の下からの攻撃だ。根を伸ばし、こちらを捕まえようとしてくる。掴まったら抜け出すのは容易ではないし、串刺しにして養分を吸い取ろうとしてくるから注意が必要だ。
つまり、目に見える攻撃だけではなく、足元にも気を配らなければならないという事だ。
これを踏まえて、作戦を立てるぞ」
流石の知識量だ。
僅かな振動にも反応し、それでいて葉や枝にも気をつけるという事か。
この依頼はソロでやるには難易度が高いものなのかもしれないな。
だが、事前に攻撃手段が分かっていれば特に問題なさそうだ。
「ちなみに相手はどうやってこちらを察知するんだ?」
「ああ、その説明を忘れていたな」
頼りにはなるが、だからと言って全て任せると痛い目を見そうだ。どこか抜けている。
「幹にある凶悪そうな顔は敵を威嚇するための模様だ。だから、目や耳があって、それで敵を捉えるわけではない。
何で敵の存在を知るか?
一つは攻撃を受ける事。
もう一つは振動だ。奴は獲物が根の上を通るとその振動を察知して攻撃してくる。索敵範囲は半径20レクトだ」
レクト?
こちらの世界での単位か。
「具体的に言ってどこからどこまでだ?」
「そうだな。あの木から、あの岩ぐらいだな」
そう言って木と川の中にある岩の距離を目分量で測る。
大体10mといったところだった。
つまり、1レクト約50cm、か。
特に疑われている様子は無い。これでこの世界の単位の一つを知ることが出来たな。
「作戦だが、こういうのはどうだろうか?」
新たな知識を元に一つの策を提案した。
「よし、見えてきたぞ。あれがフラマルブルだ」
ベルナールの指し示す先にはパチパチと燃える葉をつけた木が立っていた。
だが、等間隔でフラマルブルが立っているところを見ると半径20レクトが一本当たりの縄張りといったところか。
あまり派手に動くと、他の木も同時に相手にしなければならなくなるので得策ではない。
「やるぞ。準備しろ」
「おう、何時でも来い」
俺が考えた作戦は非常にシンプルなものだ。
敵の索敵手段が振動ならば、空を飛べばそれに引っかかる事は無い。
もちろん、飛ぶ事は出来ないが、今はあの男がいる。
ならばこそ、取れる手段は増えるというものだ。
20レクトギリギリに立つベルナールに向かって全力で駆け寄る。
ベルナールの大きな左手目がけて跳躍。
ベルナールは俺を受け止め、宙に放り投げた。俺もそれに合わせて【鬼動術】を発動させ、跳んだ。
こういう瞬発力を要求される時は【鬼動術】を使って強化の方が上手くいく。それにしてもベルナールは馬鹿力の持ち主だ。俺は痩せ気味だとは言え、ぐんぐん高度が上がっていった。
俺は飛びながら風属性魔法を使い、飛行時間を延ばし、落下地点の調整をする。徐々に落下し始めた所で足に【硬化術】をかけ、着地に備える。
落下しながら水属性魔法を使い、全身に水をかける。こうする事で攻撃時、燃える葉との接触によるダメージを抑える狙いがある。
ターゲットまで後2m。念のため、【見切り】と【即神術】でタイミングを計る。
後1m。全てのものがゆっくりと動く中、俺だけが普通に動いているという不思議な世界で、俺は剣を大上段に構え、道中新たに覚えたスキルの一つ【二連斬】を発動させた。
だが、使用した瞬間の自分の動きに驚きを隠せなかった。
身体強化術を重複使用しているにも関わらず、一瞬しか剣の動きを捉える事が出来なかった。
これは制御が難しい。俺が斬ろうとしていた枝を半自動的に斬り落としているので、問題は無いが自分の身体なのに自由に出来ないというのは何か気持ち悪い。
多少コントロールするための練習をしなければならないな。
だが、【二連斬】のおかげで葉に当たる事無く、枝を斬りおとし、太い幹が顔をのぞかせた。
その幹に向かって【十字斬り】を発動させようとしたが、腕が重く、骨がきしんでいるような感覚。とてもじゃないがスキルを連続で使用するのは厳しい。
結局スキルではなく、ただ斬りつけるだけしか出来なかった。
ベルナールと比べれば人並みの筋力しか持ち合わせていない俺の腕では、表面に傷をつけただけだった。
だが、その直後に踏み込んできたベルナールの一振りが幹に突き刺さり、力任せに引き抜かれた。
ダメ押しに【十字斬り】を発動させ、メキメキと音をたてて崩れ落ちた。
スキル使用度後の硬直時間は一秒だったな。これは【早治術】での回復にかかった時間である。
たかが一秒されど一秒である。あのゆったりとした時間の中での一秒のロスは大き過ぎる。
この一秒は新たな課題だな。
「終わったな。一応これで依頼終了だが、どうする?」
周りにはフラマルブルはたくさんいる。他を倒す余裕があるならば、追加報酬も狙えるか。
……そうだな。
「ベルナール。アンタ、まだ余裕はあるか?」
「おう、あるぜ! やるんだな?」
ベルナールは胸を張って答えた。
嘘はついていないな。
「なら、アンタと俺で一体ずつやるぞ」
「ほう。じゃあ、サポートは要らないって事で良いのか?」
「ああ」
「分かった。だが、無理せずにきつくなったら呼ぶんだ。良いな?」
どうやら、こいつは余程俺の事が心配らしい。
俺の方はこいつがどうなろうと助けに入る気は無いのだがな。
「アンタこそ気を付けろよッ!」
言いながら後ろからそろりと忍び寄ってきていた根を叩き斬った。
「どうやら、先程の戦闘で周りの奴らは気付いているようだ」
「そのようだなッ!」
互いに斬り合いながら言葉を交わした。
後ろの敵はベルナールに任せ、前にいる三本の木に向かった。
そのうちの一本が派手に暴れているせいで、周りの二本が反応している。
だが、獲物は人やモンスターだけではないようで自分の縄張りに入った仲間もそうなるようだ。
その証拠に互いに根を絡ませ、養分を吸い取ろうとしている。
上手い具合にこちらに向かってくる力が分散されていてやり易い。
高速で走りながら、邪魔な根や枝を斬り落とす。
囲まれた時にはスキルを使って、斬り落とす。
やはり、硬直時間がどうにもならないな。
それに強力なスキルになればなるほどその時間が長いようだ。
【二連斬】は一秒なのに対し、【十字斬り】は二秒かかっている。
何度か発動させたり、躱したりして、近づく事に成功する。
「【十字斬り】」
縦に一振り、すぐに剣が振り上げられ真横に一閃。
これを一瞬の間に行うのだから、スキルというのは切り札だ。奥の手といっても良い。だからこそ、使いどころを間違ってはいけない。
幹に深い十字の傷がつけられ、動きが鈍くなった気にトドメを刺すように、思いっきり蹴った。
薄皮で繋がっていた木は自分の重さに耐えきれず横に倒れた。
「あと二本」
真横から伸びてきた根を掴み、引っこ抜こうとするがやはりビクともしない。
逆にその木の方に引っ張られてしまう。
だが、狙い通りだ。
労せずに近づく事が出来た。
「【二連斬】」
包囲を振り解き、スキルなしで斬りつけていく。
元々スピードではこちらが勝っているのだ。ゴリ押しをしても十分勝てる。
捕まらないように走り抜けながら、切り裂き細切れにしてから倒した。
「あと一本」
額の汗をぬぐう。
いくら風と水で冷やしてはいるが、熱を持つ物体の近くを全力で走るのは疲れる。
火傷になっていると思われる部分は【早治術】を使って回復した。
「さて、こっからは色々と試してみるか」
戦いながら、硬直時間の改善について考えていた事がある。
改善策、一。スキル使用し、熟達、そして時間短縮を図る方法。
これはベルナールの戦い方を見て思った事だ。隙のない戦い方が出来ている。経験則で上手い使い方を編み出しているのかもしれない。
だが、これは今すぐ出来るものではない。その経験の差を埋めるにはどうしたらいいか?
改善策、二。気合。
すぐに試してみよう。
「【二連斬】【十字斬り】ラァァッ!」
発動しなかった。出来たのは俺の意志に従って繰り出された只の斬撃だけである。
改善策、三。スキルの組み合わせ順番の問題。
これはすでに試してある。結果は失敗。とは言え今覚えている攻撃スキルは二つしかない以上、言い切る事は出来ない。要検討だろう。
改善策、四。【即神術】による、神経操作。イメージは神経の糸で人形の様に操り、無理やり身体を動かすというものだ。
これは割と自信のある手段である。
上手くいくのではないかと予想している。
「【十字斬り】」
腕に神経を集中させる。
頭の天辺から爪の先まで糸を通し、自分の身体とは思わずに冷静に敵を倒す事だけを考えた動きをさせる。
「……」
まずは指一本。次に五本すべて。次第に右腕、左腕、右足、左足、身体全てに糸を張り巡らせる。
痺れるような感じがあるが、俺の意志の通りに動かせるようだ。
二秒以上は経っているため再び【十字斬り】を使い、そのまま頭の中でイメージする【二連斬】を発動させる。
「……成功だ」
上手くいった。が、問題点は大きい。
【即神術】を解いた瞬間に身体の節々に激痛が奔った。
どうやら、思考に身体が付いていけてないようだ。
よく見ると、内出血がひどく、所々皮膚が裂け、血が滲み出ている。もちろん、【早治術】を使う。
「とりあえず、最後のは本当に奥の手ってところか。これは使わずに済んだ方が良いな。さて……」
俺は自分がやっていた事に唖然とした。
目の前に惨憺たる光景が出来ていたからだ。
考え事に集中したせいで、スキルはちゃんと命中しておらず地面が抉れている。そして、色々と試していたせいで俺が相手をした三本の木がまとめて細切れになっていた。オーバーキルというやつだ。
「やりすぎたな」
反省もそこそこにベルナールの方を見ると、あちらはすでに素材を拾い集めているところだった。
俺も細切れになってしまい易くなった素材を片っぱしから『収納袋』に入れていった。
「帰るか」
「ああ」
互いに拾い終え、さっぱりとした森、もとい草原に背を向けた。
「それにしてもお前の戦いぶりは凄いな。とても初心者には見えないぜ」
「そうか」
手を抜かなければこのくらいは簡単だ。だが、予想以上に目立つようだな。手加減するのを考えなければいけないかもな。
「そうかって反応薄いな。一つ聞きたいんだが、戦闘狂か何かか?」
「誰が?」
「お前に決まってるだろ?」
なぜ、そんな不名誉で物騒な奴に見えるのだろう。詳しく理由を聞きたいところだ。
「違う。なぜ、そう思う」
「そりゃあ、お前あれだけ斬ってれば誰だってそう思うだろ」
この言葉にああ、あれかと納得した。どうやら細切れにしたのを見られていたようだ。
「楽しくてやってるわけじゃない。少し実験をしていただけだ。そうでなければ、あそこまでする必要は無い」
「そうだよな。その言葉信じていいんだよな?」
ベルナールの表情は心なしか曇っている。
「別に。アンタが信用しようが、しなかろうが好きにすれば良い」
ベルナールから顔を背け、口を閉じた。
その日の内に戻れるように時折身体強化術を行使しながらシャ・フルールに帰った。