天下一舞踏会【後編】
開演を目前に控えた恭介は、この異様な空気に嫌な寒気を感じていた。
麗華は既に会場入りし、三津葉は逃げる様に去って行った後だ
「あぁ~、逃げたい……ここから」
心の声は、言葉となって恭介は呟く。
そんな事を考える恭介。
だが、無情にも時間だけは過ぎていく。
辺りを見渡せば恐らく何かのコスプレ?をしているであろう方々が至る所に、いらっしゃるじゃありませんか。
(マジ何だよ、こいつ等は)
頭を抱えたくなる、というか既に頭を抱えてしまっている。
正に、そんな状況なのだ。
落胆する恭介の下へ、トテトテという擬音が良く似合う歩き方で向かってくるメイドさん
「御主人様、そろそろ始まるですよ?」
「やっぱり、俺も行かなきゃダメなのか?」
恭介は心底、嫌な顔をすると二津葉に言い返す
「もちろんなのです。というか、御主人様が主役ですから」
「俺が主役?どういう意味?」
「それはですね――」
そこまで言うが『あっ、そろそろ始まるのです』と、話半分に二津葉は急ぎ足でその場を去って行く。
またしても寸止めを喰らった恭介は
「だから何っ!それは何だよ!」
二津葉の後姿に突っ込みを入れる恭介
(ここまで来ると、何故か身の危険すら感じてしまう……)
恭介は、嫌な予感だけは的中する。それは凄いことなのか、凄くないのか、良く解らないが彼の予知能力には常に驚かされてばかり。
(いや、嬉しくないし……)
今回も、恭介の予感は見事に的中してくれるのだろうか?期待を裏切らないで欲しいものだ。
(いらん期待するな!)
◇◇ ◇◇
結局、渋々と会場に足を運ばざる終えなくなった恭介はパーティー用の広いフロアに来ていた。というか、何故か会場入りする際にパンフレットの様な物を買わされてしまった。
表紙には何かのキャラクターであろう絵が可愛らしく描かれている。
(う~ん、これは……何?)
恭介には理解不能である。一冊五百円。
高いのか、安いのか、微妙な金額であるが問題はそこでなく、何故フロアに入るだけなのに金を払う必要があるのだろうかという疑問。
(自分の屋敷なのに部屋入るだけで有料って?おかしくね?)
恭介は謎のパンフレットを手に、腑に落ちない表情でまじまじと見つめていた。
入り口付近でポツンと立っていると、そこへ麗華が現れ
「随分と遅かったわね。なに?そんな腑抜けた顔して」
「これ、何?」
恭介は先程、買わせられたパンフレットを麗華の眼前に差し出し、疑問を投げかける。
「あぁ、それ?解りやすく言えば通行証みたいな物よ」
「なにそれ?」
「フロアに出入りする時は、必ず見せないと入れないのよ?」
「おかしくね?ここ俺の屋敷なんだけど……」
麗華は『やれやれ』と一つ溜息を漏らし言葉を返すと
「バカね、ここは会場よ。屋敷もへったくれも無いわ」
「……滅多クソだな」
「さてと、そろそろかな?精々、死なないように頑張る事ね」
「だから、何すんの!?」
そういうと麗華はフロアの辺りを見渡しながら期待に満ちた表情で呟く。
麗華の楽しそうな表情と言葉に、恭介はとてつもない不安を感じていた。
(一体、何が始まるんだよ……)
☆
会場は異様なまでの熱気に溢れている。
何処に目を向けても人だらけ、訳のわからん格好をした連中ばかりだが。これは『舞踏会』世間一般には、社交パーティーの様な物なのだろうが、恭介には微塵もそうは思えない。
「これは、どうしたものか……」
まるで未知の世界に足を踏み入れた様な気持ちさえ感じる。そして、未だ一体これから何が始まるのかすら検討もつかない。
そんな事を考えつつ、呆然と立ち尽くしていると『御主人様』と呼ぶ声がする。その声の先に居たのは
(うわぁ~、また変な奴が来たよ……)
自称、魔女っ娘を名乗る可愛らしいフリフリ衣装に身を纏った二津葉の姿。
その姿を見た恭介は何故か一瞬、目を逸らしてしまう。
二津葉はトテトテと恭介の下へ歩み寄ると
「さぁ、御主人様始まるですよ」
「そう言われても、趣旨がわからんのだが」
「ずばり、コスプレ大会という名のバトルロワイヤルなのですぅ!」
「可愛い顔して、とんでもねぇこと言ってるな……」
恭介の眼前に一指し指をビッと立て言い放つ二津葉に
「バトルロワイヤル?何か、無性に嫌な予感がするのだが。ってか、何でコスプレする必要あるわけ?」
「コスプレする事に意義があるのです!」
「いや、意味がわからんし!」
活き活きとした目で言う二津葉とは対照的の恭介は、終始無言のままに辺りを見渡しながら思った。
そこ居るのはバリエーションに飛んだ格好をしている恭介から見れば、おかしな方々ばかり
(こいつらが何のキャラか知らんが、なりきるって……何?)
その時、恭介はまだ知らない。自分の身に迫り来る危険を――
突然にフロアの照明が落ち、室内は暗闇に包まれた。何事かと思う恭介だが、これは停電などではない。
始まりの合図なのだ。
数分後、照明が再び点きフロアに灯りが戻ると恭介は目の前の光景に、驚く。
視界に入る光景は、コスプレと言う名で完全武装をした方々。
しかも、何故か皆様が恭介を睨みつけている様に見えなくもない。
(もの凄い殺気を感じる……)
すると、照明に照らされフロア中央に現れたのはアロハシャツ姿の爺にしてこの企画の発案者、鳴海泰四郎である。泰四郎の登場にフロア一帯が静まり返るとマイクを持ち喋りだし、
ついに明らかにされる全容。
その内容とは――
「あぁ~、テステス。皆、ご苦労じゃ。これより天下一舞踏会を開催するぞい」
恭介はここぞとばかりに泰四郎へ疑問を投げかける
「ていうか、大体これは何?」
「ん?なんじゃい、恭介はまだ知らなかったか。主役はお主じゃと言うのに」
「主役主役って、一体……?」
「なに、簡単な事じゃよ。ヤリ方は各々に任せるが、いち早く恭介を“悩殺”した者には褒美を使わすといった遊び心の祭りじゃよ」
「何で、俺なわけ?」
「まぁ最近、暇じゃったんでな」
「てめぇの暇つぶしに俺を使うな!」
突っ込みを入れる恭介に対し、『ふぉっふぉっふぉっ』と泰四郎は髭を弄りながら話を軽く聞き流していた。
(ってか、悩殺って?嫌な予感しかしないのだが、もしかして死亡フラグ確定じゃね?)
泰四郎の開始前スピーチで何となく現状を把握した恭介ではあるが、それは同時に身の危険をも感じてしまう。ようするに、このフロアに居る皆様はある目的の為に居るわけで……
その目的と言うのが『恭介』である。
だけど何故コスプレする必要があるのだろうか。と疑問にも思うが敢えて触れないでおこう。
『メイドファイト!レディーゴー!』
(何かそれ、どっかで聴いた事のある響きな気が……)
不安を残しつつも、色々とおかしな掛け声と共に戦いは始まった――
【1】
総参加者数百人近くは居るだろうが、長くなるので無駄なところは割愛しておこう。
開始早々に恭介はフロアを飛び出す、いや逃げ出していた。振り返れば殺意に満ちた表情で迫り来る方々。
一体、自分が何をしたんだとも言いたくなるが、そんな事を考えている余裕は今の恭介には無い。むしろ、今の現状から舞踏会等と言う言葉すら出て来ない様な気もする。
その時、恭介は悟った
(舞踏会でもバトルロワイヤルでも無いだろ?これは……)
「むしろ、争奪戦に近い……」
走りながらに呟く
舞踏会=コスプレ大会
バトルロワイヤル=いまいち解らん
争奪戦=目標、俺?
結論、恭介は身の危険を感じる。
いや、いくら暇つぶしとは言え流石にこれは無いんではないか?と思う恭介。
何故、いつもいつも自分ばかりが苦労しなけりゃあかんのだと腑に落ちない気持ちになりながら、必死に追っ手を振り払う様に廊下を無我夢中に走っていると、着いた足元でカチっと何かを押した様な音がした。
恭介はその場で歩みを止め、足元に目を配ると
「ん?カチッ?何か、嫌な音が……」
そう思ったのもつかの間、直後頭上から凄い勢いで何が落ち廊下にグサリと突き刺さる。
(な、なにごと!?)
これは以前にも部屋の前に仕掛けられていた物と同様のトラップ。
そこには、目の前で見事に赤絨毯を貫いているグングニルの槍が――
(いや、それもおかしいし!ってか、この屋敷に一体何でそんな物あるわけ!?)
ロンギヌスの槍にしかり、今度はグングニルの槍……
どちらも神話上の物だと思うのだが、一体どこから……
「ちっ、何で避けるのよ」
「避けるわ!普通――」
恭介の背後から聞こえる寒気のする様な声、振り向くとそこには釘バッド標準装備のツインテールメイド様
「って……やっぱり、お前の仕業かぁ!」
「おかしいわねぇ、グングニルって狙った獲物は必ず仕留める代物なのに」
「いやいやいや!そういう問題じゃないだろ!?」
「折角、裏ルートを使ってやっと入手したと言うのに」
顎に手を当て首を傾げる三津葉の言葉に、恭介は
「アレはお前が取り寄せたのかぁぁぁ!!」
思わず鋭い突っ込みを入れる
何処から取り寄せた?等とは恐ろしくて聞くことは出来なかったが、それ以前に神話上の代物を『お取り寄せ』等出来るものなのかという疑問すら感じる。そこは敢えて伏せておこう。
(ジャ○ネットもビックリだぜ……)
どうやら、この話の流れから察するに今まで数々と恭介の命を襲って来た凶器達は全て三津葉の私物らしい。
部屋を見事に破壊して下さったロケットランチャーも、遠距離から恭介を狙い撃ちしようとした弓矢も、ベッドに穴を開けた鉄球も、トラップに使用する為に用意したロンギヌスの槍やグングニルも全てが――
(この武器マニアが……)
しかし、釘バッドだけはお気に入りらしく常にメイド服の中に忍ばせ標準装備している。
しかしながら、これが屋敷に仕えるメイドとは到底思えん。
と言うか、どこかの組織から送り込まれた刺客の様にすら見える。
「さてと、命乞いは終わった?」
「ってか、殺す気満々!?」
「だって、そういうイベントでしょ?」
「いや、趣旨違うんじゃね?」
釘バッドを担ぎ直し戦闘モードへ移行し三津葉は言う
「だって、脳殺した人には褒美が出るんでしょ?正にこれとないイベントじゃない♪」
嬉しそうに釘バットをぶんぶんと振り回しながら三津葉は恭介に言う
「ちょ!危なっ!悩殺って意味わかってんのか!?」
「そんなのくらい解るわよ。ようするに『脳殺』って頭をかち割ればいいんでしょ?」
「字からして違うわ!ってか、勝手に恐ろしい熟語作ってんじゃねぇよ!」
「そう?でもどっちにしても『殺』ってあるくらいだし同じ様なもんでしょ?」
「いやいや、全然違う!って……あの、三津葉さん?バットを構えて何を――」
恭介の話など途中から聞き流し三津葉は既に戦闘モードに入っていた。
何やら楽しげな表情で釘バットを恭介の眼前で上段構えすると
「そろそろ、お掃除の時間よ♪」
「うぉぉい!」
躊躇無く振り下ろされたバットを間一髪で避ける恭介
(やべぇ、こいつ眼がマジだ……)
「避けるなんて情けないわね。男なら潔く逝きなさいよ?」
「生憎、そんな潔さは持ち合わせていない!」
「だって、褒美も出るのよ?」
と、言う三津葉の眼には『¥』マークでも浮かんできそうなくらいに、金しか映っていなかった
「仮に専属のメイドなら褒美よりも主人を取れよ……」
「むしろ、最優先するなら褒美ね」
「結論はやぁっ!少しは悩め!」
「だって、欲しいじゃない『褒美』何かしら?お金だったら良いわね」
(金の亡者か?)
「どこまでも腹黒な奴……」
☆
三津葉が『褒美』という妄想に膨らませている内に恭介は、すかさずその場を逃げる様に去っていった。
だが、まだ狙われている事には変わりない。いっそ、屋敷の外へ逃げてしまおうかとも恭介は考えたが、既にエントランスは大勢の猛者で塞がれてしまっている。
色々考えながら歩いていたが結局、部屋の前まできてしまった。
何だかんだ言って足は自然とここに来てしまう、辺りは未だにバタバタと騒がしい。
もう色々と疲れてしまった恭介は自室に入るとベッドに腰を落とし一つ深い溜息を吐く。
「っていうか、このパンフレットは意味あんの?」
(無駄に五百円使った様なもんじゃね?)
恭介はそう思いながら先程、半強制的に買わされたパンフレットを凝視していた。
一ヶ月分の疲れをものの数時間で一気に味わった様な疲労感。
変な格好した奴等には絡まれるわ、思いっきり命を狙われるわ……
(っていうか、三津葉は意味を履き違えてやってるのか、マジでやってるのかどうか、解らんから余計にコワイ)
「大体このイベントは、いつ終わるわけ?」
頭を抱え溜息を漏らしながら独り事を言う恭介、その姿は何とも惨めなものだった。
すると、部屋に近づく足音と共に甘いコロンの香りが漂う
「恭介様、お疲れでいらっしゃいますね?紅茶でもいかがですか?」
と、言いながら部屋に入って来たのは四津葉
恭介は四津葉の優しい声に気付き顔を上げるが、一瞬思考が停止してしまう。
四津葉はティーカップを乗せた銀のトレイを片手に恭介の下に近づくと
「恭介様、どうなされました?」
「ちょ、ちょっと待て!」
動揺する恭介。視線の先に居たのは、いつもと違うメイド衣装を身に纏った四津葉。
メイド服のスタイルは残しつつ、極限までに露出度の高い衣装。フリルのミニスカートで、ボディラインは強調され、メイド服の中にはガーターベルトまで装着しており、何とも目のやり場に困る姿
(四津葉って、以外に胸大き……いやっ、何を考えているんだ俺は!)
「恭介様?」
「い、いや!別に変な事考えていたわけじゃ!……あっ」
「きゃっ!」
突然の四津葉のフリにあたふたとする恭介は、思わずトレイに手をぶつけてしまう。
結果、トレイに乗っていたティーカップは恭介の下に落ち、熱々の紅茶が彼の息子に浴びせられる。
「ぐぉぉぉ!熱ぃ!」
惨めにも股間を押さえ悶え苦しむ恭介に『恭介様!?』と四津葉が申し訳なさそうな表情で床に跪くと、上目遣いで恭介を見上げ
「た、ただいまお拭きします!」
「ちょ、拭くって……そこはマズイだろ!」
「ダメです!」
恭介は目のやり場に困る。見下ろせばそこには、何ともけしからん谷間が……
だが、恭介は致命傷を喰らい身動きが取れない。
(グッジョブ!……じゃなくて、これはこれで拷問か)
「これではダメですね。恭介様、衣服を脱いで下さい」
「えぇ!?」
「早急に洗濯いたしますので、さぁ早く!」
「待て待て待て!」
恭介の意見はそっちの気で有無を言わさずに四津葉はズボンに手をかけ
「さぁ、観念して下さいまし」
「や、やめろ!俺の話を聞けぇぇぇ!」
その後、哀れも無い姿にされた事は言うまでもない。ある意味で、これは恭介からすれば
三津葉に命を狙われるよりも苦痛な事なのかもしれない。
本当の意味で、彼は『悩殺』されてしまったのだろう。
まぁ、四津葉のあんな刺激的な姿を見せられたら恭介も男だ、そりゃぁ色々考えてしまうだろう。
結局、このイベント自体は泰四郎の“暇つぶし”でしか無く『天下一舞踏会』などは、
カッコイイからと言う単純な理由で適当につけたネーミングだったと後に知らされた。
だが、恭介を悩殺したのは言うまでもない四津葉だろう。
その『褒美』が何なのか未だ解らないが……
これまた嫌な予感を感じる恭介であった。
天下一舞踏会編 -完-
ご愛読ありがとうございました。
連載は、ここで完結です。