三津葉の場合
部屋は何ともこじんまりとしていて、何より寒い……
そりゃ、当たり前だろう。
だって『どうぞご自由にお入り下さい』と言わんばかりに、部屋の入り口は風通しが良くなってしまっている。
あいつに扉を破壊されたおかげでな……
まるで住み始めの賃貸住宅の様に殺風景となってしまった部屋の片隅で恭介は、安らかに永眠……もとい、毛布に包まりぶるぶると寒さと戦いながらベッドで横になっていた。
どこをどう見たとしても金持ちの息子だとは想像も出来やしない程に惨めな姿で……
むしろ貧乏学生が飢えに苦しんでいるかの様にさえも見える。
(あぁ、最悪だ……)
恭介は今日ほど、金持ちの家系に生れ落ちた事を悔やんだ事は無い。
(普通に暮らしたい……)
切なる想いを抱きながら高い天井をぼんやりと見つめる恭介だが、彼の思いは冷え切った一言でいとも簡単に断ち切られ現実に引き戻されてしまうのだった。
「あんたねぇ……前置きが長すぎなのよ」
ベッドのすぐ側には仁王立ちし、寝そべる恭介を見下しながら言い下すツインテールのメイドさんの姿
「あぁ、三津葉か?…………三津葉!?」
恭介は寝ぼけた声で返事をしたかと思うと三津葉と眼が会った瞬間、何故か本能的にバッと勢い良く飛び起きる
「なに?そのオーバーリアクションは?」
「今日は何用だ?」
「起こしに来てやったに決まっているじゃ無い?『一応』メイドの仕事だし」
「くっ、上から目線で言われるのは腹が立つが、正論を言われるのもさらに腹が立つ」
「まぁ、わかればいいのよ」
(ダメだ……寝起きのせいか、突っ込みに頭が働かない。突っ込み?いやいや、俺は決して好きで突っ込みを入れているわけじゃ)
はぁ……疲れる。
『そんじゃ、食事の用意できてるみたいだから』それだけ言うと三津葉は部屋を出て行った。
(なんだ、今日の三津葉は大人しいな?)
意外に可愛いところもあるんじゃないか。と恭介は少し見直し軽く着替えを済ましてから、これなら今日は思っていたよりも心配ないな?そう思ったのは、ものの数分で恭介が部屋を出ようと出入り口の前まで歩くと、何か思い出した様に一度足を止めて『あっ、携帯忘れてた』と振り向いた瞬間だった。
背後でグサッという恐ろしく鈍い音が聴こえ、恭介は恐る恐る振り向くと言葉を失う。
(え~と、これは何ですかねぇ……?)
そこには、廊下の赤絨毯を見事に貫くロンギヌスの槍が――
「……いやいや!おかしいだろ!?」
あのまま忘れ物を取りにいかず進んでいたらと思うと……
「前言撤回……大人しいなんて思った俺がバカだった」
(――やばい、オレ殺される……主人なのに)
◇◇ ◇◇
一刻も早く屋敷を飛び出したい、マジで……
『可愛いメイドさんとか居たらいいよなぁ』なんて事を抜かす世間の奴等は、きっと山ほど居るだろうが、そんな奴が居たら喜んでくれてやるよ。このバカメイド達を……
朝食の用意が出来ましたと屋敷に仕える“まともな方”のメイドさんが丁寧に知らせてくれた。
(メイドはメイドでも、何故こうも違うのか?)
いや、むしろこの対応が『普通』なんだろうな……
一体、どういう教育を受けたらあんな風になるんだよ。
恭介は大広間に向かうと、そこには相変わらず朝っぱらから豪勢な料理が並べられていた。
「しっかし、二津葉の料理は凄いな……」
「何、言ってんの?今日はあたしが当番よ?」
「はぁっ?まさか、三津葉がこんな作れるわけ……ふがっ!」
言葉を言いえる前に三津葉は恭介の口に熱々のたこ焼きを詰め込む
「ふががっ!……あ、熱いわ!ボケっ!」
「何よ、せっかく食べさせてあげたのに」
「だから、上から言うな!そして、何故たこ焼き!?」
「えっ?だって関西人なら、たこ焼きが好きでしょ?」
「誰が関西人じゃ!ってか、関西の人に謝れ!」
舌の熱さに耐えながらも怒涛の突っ込みを入れる恭介
「ほら、突っ込みばっかするし」
「お前がさせてんだよっ!」
『はぁ……はぁ……』と息を切らし朝から疲れきってしまう。
(だから、何で朝食取るだけでこんな疲れるんだよ……)
「何してんの?早く食べなさいよ?ほらほら」
「余計に食えんわ!そして、たこ焼きはもういらんっ」
何で数ある豪勢な料理の中から、この品をピンポイントでチョイスするのか?
(このやろう……)
というか、フレンチやイタリアンな料理の中に、庶民的な、しかもB級グルメの様な物があること事態が不思議だ……
「はぁ、まったく好き嫌いするんじゃないわよ?そうね、じゃ、これとか」
「あ、熱ぃぃっ!」
三津葉はポーンと何かこちらに投げたと思うと不意に恭介の顔に熱々のはんぺんが張り付き恭介は顔を抑え悶え苦しみ飛び跳ねてしまう。
「なに?おでんも嫌い?」
「だから、何でさっきから熱い物ばっかなんだよ!?」
「朝から、おでんはダメか……」
「そこじゃねぇよ!?ってか、他にあるだろうがっ」
パスタにピザ、パンやサラダとまともな食事があるというのに、こいつは……
(凄まじく悪意を感じる)
いつか、毒とか盛られるんじゃないかと冗談とも思えない思考が浮かぶ。
結局、まともな食事は受けられず身体的ダメージだけを受けるだけ受けボロくそになった身体で学校へ向かう。
☆
いつもの如くセバスチャンがリムジンへとエスコートしてくれる、毎度の事だが、恭介は何故か疑問に思う。
それは、セバスチャンの声を一度たりとも聞いた事が無い、彼は常に無口
(う~ん、謎だ…………で、何ゆえメイド様が二人?)
後部座席、恭介の隣には三津葉と、何故か二津葉までいらっしゃるじゃありませんか。
はて?これは一体どういう事なのかな?
「――四津葉ちゃんも来れれば良かったのに、残念なのです」
二津葉は寂しそうに言うと、三津葉がそれに答える
「しょうがないんじゃない?屋敷の仕事も残ってるし」
「……おぃ、コラ」
「なによ?」
恭介は不満そうに三津葉に突っかかると
「聞くまでも無いと思うが……」
「じゃぁ、聞かないでよ」
「いや、聞けよっ!?」
「どっちよ?」
またしても反射的に突っ込みを入れてしまう恭介
(不覚……)
「学校に行くのか?って?行くわよ」
「先に言うな!それ、俺のセリフだしぃっ」
二津葉はひょっこりと三津葉の隣から顔を出すと笑顔で
「本当は四津葉ちゃんも来るはずなのです」
「というか、二津葉も居るのか」
「私だって、好きでこんな事してないわよ」
「俺だって、好きでこんなメイド雇って貰ってねぇよ……」
そんなこんなで車内でも永遠と繰り返されるボケと突っ込み、自然とそんな環境に順応してきているのかと思う恭介は、自分が情けなくなってくると感じていた。
(だからさぁ、好きで突っ込んでるんじゃねぇんだよ!)
☆
学校に着く頃には車内での怒涛の突っ込みに恭介は疲れきっていた。
いつもの様、校門前にリムジンを停めるとセバスチャンが後部ドアを開け外へ恭介達はエスコートされる。
二津葉は制服姿だが、三津葉はメイド姿のままだった。何故か彼女の制服はまだ新調されていないらしい。
二津葉の時は迅速過ぎる程の対応だったというのに
(ふっ、いい気味だ)
何故か恭介は自分の腹黒い部分が出てしまう。いや、本音か?
「まったく何であたしだけ、こんな格好なわけ?」
「そうか?似合ってると思うけどな」
「ば、バカじゃないの!?こんなところで何を言い出すわけ?」
ただ素直に感想を述べただけだと言うのに、三津葉は顔を紅くし動揺を見せる
(ふ~ん、可愛いところもある……)
「な……がはぁっ!」
プロボクサー並に素早く重いボディブローが三津葉の拳から恭介の腹めがけ放たれドスっと鈍い音がする。
(なんと、恐ろしいメイド……)
校内に居た生徒達は、それはそれは物珍しくこちらに視線を向ける。彼等の眼にはこう映るだろう。
可愛いメイドさんに鮮やかなボディブローを入れられた御主人様が、悶絶し腹を抱えているという何とも惨め姿。
『大丈夫ですか?』との一つくらいかけてくれてもいいものを、何と薄情な奴等だ……
「あら?大丈夫?」
(あぁ、なんだ居るじゃないか。どちら様でしょうか?親切なお方は)
「恭介、こんなところで何やっているの?」
「れ、麗華!?」
「なによ、そんなお化けでも見た様な顔して、失礼ね……あら?」
(神様は何てイジワルなんだ、よりにもよって麗華に見られるとは)
麗華は三津葉の存在に気付くと、目の色が変わり急に活き活きとし発狂し恭介に呼びかける
「メイドよ!メイド!やっぱ、可愛いわぁ~、これぞ萌えよね!」
「はぁ?お前のところにだってメイドくらい居るだろ?」
「これが居ないのよねぇ~執事は居るけど。普通、あんな大きい屋敷なんだからメイドの一人位置いてもいいのに、でも母様がねぇ……」
『やれやれ』と呆れ顔で麗華は呟き、恭介は疑問を返す
「麗華の母さんって社長だっけ?で、それがどうしたって?」
「私はメイド萌えなんだけど、母様はBLだから執事だけで十分というのよねぇ」
すると、二津葉が話しに割り込み
「なるほど、すると麗華様の母様は受け派ですか?責め派ですか?」
「う~ん、多分。責めじゃないかな?ドSだし」
「意味が解らん……つうか、BLってなんだ?」
「ボーイズラブの略称なのです♪」
「ボーイズラブ?」
「その名の通り『ヤラナイカ?』と、男同士が愛し合うことなのです」
「キモっ!」
何故か、二津葉と麗華は意気投合してしまっている。
何やら訳の解らん話で……
そこばかりは、三津葉とオレは目を合わせ互いに『?』マークを浮かべていた。
そして、目をギラギラとさせた麗華は半ば強引に三津葉を拉致って行く……
(頑張れ、それもメイドの仕事だ!)
麗華に拉致られてゆく三津葉と視線が合うと、恭介はビシっと親指を突きたてていた。
◇◇ ◇◇
校門での騒ぎから数時間、あれから三津葉は昼休みになっても還ってくることはなく恭介は何事も無かったかの様に平穏な学園ライフを満喫していた。
(いやぁ~実に清清しい、なんだろうねぇこの開放感は……)
三津葉のことなど微塵も心配する事は無く、むしろ恭介の中にはこれとない安心感が満ち溢れていた。 すると、食べ終わった弁当を片付ける二津葉は恭介に視線を向け『あの、御主人様?』と声をかける。
というか制服姿の女子に『御主人様』等と言われ平然と受け答えしてしまっている自分が嫌だ。
(これを認めてしまったら、オレの何かが崩れる様な気がする)
「ん?なんだ?」
くさい表情で箸を咥えつつ気の抜けた声で返事をする恭介に二津葉は
「何か忘れてないですかぁ?」
「何を?」
「部活なのです」
その一言で恭介の夢は一瞬で音をたて崩れていく。
彼の穏やかで平穏な日常は弁当を食べ終えると同時に幕を閉じる。
(いや、ちょっと待てよ?そもそも、俺の意思で入部した訳じゃないし、わざわざ行く義理は無いのではないか?) 必死で逃げ道を探す恭介に追い討ちをかける様、二津葉は言う
「麗華様からの伝言があるのです」
「……伝言?」
「来ないと死刑だからね! だそうなのです」
「拒否権なし!?ってか、それ版権ひっかかるから!?」
(ふざけすぎだろ……)
恭介の突っ込みに二津葉は『わぁ、御主人様も同士なのです♪』と顔を明るくさせ、はしゃぐ
「いやいや!意味わかんないし」
「それと、団長命令だそうなのです」
「それ以上はヤバイから!ってか、あいつ部長だしぃっ」
(叫びすぎて酸欠になりそうだ……)
このまま喋っていても埒があかん。
というか麗華の事だ、マジでやりそうだから余計に恐い……
ここは、潔く部室に向かうか、それとも一刻も早くこの学園から逃げるか――
(どうする!?オレ!)
「潔く行った方がいいと思うです」
「心を読むな!むしろ、空気を読めっ!」
結局、潔く向かうという選択をせざる負えなくなってしまった俺は渋々と重い足取りのまま部室棟に向かうのだった……
(どうなることやら……)
☆
あぁ、来てしまった……
もう後戻りは出来ない。
見た感じはシャレた建物なのに、開けてビックリ玉手箱といったところだろうか?
むしろ、こんな大きな建物丸ごとを部室にするとは、何というスケールだ……
建物をまじまじと見ながら思いふけっていると、ゾクっとする程に聞き覚えのある声がする
「あら?恭介、随分とごゆっくりだこと」
「や、やぁ……これはこれは麗華様、ご機嫌麗しく?」
「えぇ、とっても……」
笑顔の中にとてつもない悪意を感じる……
互いに笑顔を向け合う二人だが恭介には、麗華の笑顔がまるで般若の様に見え彼の顔は引きつっていた。
(絶対、怒ってるよ……どうする?)
と考えをまとめる暇などは無かった。
渋々と部室に入ろうと扉を少しばかり開けた時、ヒュっと勢い良く開いた扉の隙間から何かが飛んできて後の大木に見事に刺さる。
(……矢っ!?)
隣に居た麗華は『ちっ』と軽く舌打ちをし刺さった矢を見つめている。
一方の恭介は扉に手を掛けたまま凍りついていた。
(や、やべぇ……マジ殺されるとこだったわ……)
すると扉の向こう、部室の中からは弓矢を持ったツインテールのメイドさんが登場
(また、こいつか!!)
「何で、避けるのよ~?グサっと逝きなさいよ、グサッと」
「さらりと死の宣告してるぅ!?お前、それでもメイドかぁ!」
「ほんと、つまんない男ねぇ」
麗華も三津葉の言葉に共感し話に乗ってくる、そして恭介の後ろに居た二津葉は哀しそうな表情をすると
「可哀相なのです……木が」
「木なのっ!?俺は『木』以下なのっ!?」
「今頃、気付いたの?ほんと鈍い主人ね」
「絶対、思ってねぇな……」
「えへっ♪」
「笑えねぇよっ!」
(このやろう……)
出来る事なら今すぐにでもこいつ等を解雇してやりたい、むしろ麗華にくれてやる。
だが、あのクソ爺がおかしな条約を交わしたおかげでそれも出来ない……
専属メイドが付き始め、まだ三日目。だというのに、既に身の危険を感じる俺。
何故、メイドに対して“危機感”を感じなければならないのだ。他のメイド達はあんなに真面目なのに……
調教が足りん!!
(ん?というか、逆にオレの方が調教されてね?)
あぁ、どんどんヤバイ方向に頭が侵されていく気がする……
しかも、この部活内容も訳わかんないし
(麗華よ、お前の趣味は理解できん!そして、二津葉も同類かよ……)
「文句があるなら、頭で言わないで口で言いなさいよ?」
「だから、心読むなってんだろうがぁ!?バカかっ」
「バカって言う方がバカなのよ?」
「小学生か!おのれはっ!」
☆
エンドレスなコントで疲れた恭介は疲れきった体で部室に入る。
だが、部活は部活と呼べるものでは無かった。
セレブ感を漂わせる洋館の広いエントランスに場違いなアニメキャラが描かれたポップスタンド、シャンデリアが高い天井を煌びやかに飾る一方で壁には美少女キャラのポスターが貼られていたりと、なんというか、どうみても異色の組み合わせだった。
(なんだ、これ……?)
こういった物には一切興味のない恭介にとって見れば奇妙な光景にしか見えない。
しかし、隣に居る二津葉はというと目をキラキラさせながら『これ知ってるです!あっこれもこれも!』と酷く興奮しながらキョロキョロと辺りを見渡していた。
(あぁ、これはアレか?ヲタクとかってやつか?)
恭介は心底興味なさ気に辺りを見ていると、後に居た三津葉が溜息混じりに声をかけてくる
「はぁ……あんたもよくこんな部活に入ったわね?」
「俺の意思じゃねぇよ!?」
「まぁ、主人の趣味になんて微塵も興味ないわ」
「いや、趣味じゃないし……ていうか、少しは興味持てよっ!?」
またしても終りのないやり取り、突っ込みだすとキリがなく会話の収集がつかなくなる、区切りがないのだ。
そんなこんなしていると麗華は奥から何やら衣装らしき物を持ってくると恭介の下に歩み寄り
「さぁ!これを着るのよ!」
渡されたのは、RPGゲームのキャラクターに出てくるような戦士っぽい衣装。
しかも模擬刀まで渡された。
(えぇ~と、これを着ろと?)
「ムリムリ!」
「何を言っているの?こんな物はまだまだイージーよ?」
「その基準がわからんが、それでもムリだっ!」
「まったく、貴方歳いくつよ?イージーモードが許されるのは小学生までだって言うのに」
「意味わかんないからっ!」
「しょうがない……二津葉ちゃん!」
「はいなのです♪」
麗華はアイコンタクトを送ると二津葉は麗華の意図を察し『了解なのです』と言い恭介の背後に回りこみ羽交い絞めにする。
四肢の自由を奪われた恭介、視線の先には衣装を持って着実に忍び寄る麗華
(助けてくれぇい!!)
この時ほど三津葉に助けを求めたいと感じた事はない……
そして、麗華は身動きが取れない恭介の衣服に手を掛けると
「さぁ、観念しなさい」
「あっ、ちょっ……やめ……らめぇぇぇぇぇぇぇっ!」
その後、恭介は哀れも無い姿を晒される事となり、この出来事は彼の人生恥かしいランキングベスト3に見事ランクインされるのであった。
(あぁ、いっそ消えたい……)
「――無様ね」
「うっさいわ!この殺し屋メイドがっ!」
部活初日を終え、散々な思いをした恭介は精魂尽き果てた身体で屋敷へと帰って行くのだった……