二津葉の場合
疲れる、凄く疲れる。
それもこれも全部あいつ等のおかげだ。というか、あの三人組を見ていると、メイドの存在意義がわからなくなってきてしまいそうだよ。
三津葉に至っては言葉の一つ一つが上から目線だし、四津葉は、それっぽい感じはするんだが何かがズレている。
二津葉は真面目にする気があるのかどうかすらも判らん。
まったく、メイドの『メ』の字すら出てきやしない……
(はぁ……頭が痛くなってくる)
そんな事に呆れつつ、一つ溜息を吐きベッドを降りると朝の仕度に取り掛かる。
着替えを済まし部屋を出ると、二津葉が恭介が出てくるのを待つ様に立っていた。恭介は二津葉と目が合うと
「御主人様、おはようございますです」
「二津葉か、おはよう」
「お食事の用意が出来てますですよ」
「その語尾はクセなのか?」
「はいDEATH♪」
「さらりと恐ろしいこと言ったろ……?」
二津葉は笑顔で言う。
何故だろうか無邪気な表情に恐怖を感じるぞ
「そういえば、他の二人は?」
「え~と、今日は僕が当番なのです」
「……当番?」
「いっそ、日替わりにした方がやり易いんじゃないかっていう事なのです」
(なんだ、その日替わりランチみたいな……)
まぁ、この間の様に騒がしくならないだけマシだろう……
(しかし、改めて見るとメイド服って何かイイよな)
「そうじゃろ?ようやくわかってきたか」
「こ、心読んだ!?」
「ふぉっふぉっ、なんの事かさっぱりじゃ」
泰四郎は何処からとも無く突然と現れ恭介に声をかけると『ふぉっふぉっふぉ』とイヤミくさい笑いをあげながら、ゆっくりと廊下を歩いて行く。
腑に落ちない気持ちを抱えたまま泰四郎の背中を見送ると、恭介は大広間に向かう。
そこには長いテーブルにズラリと並べられた豪華な朝食。
まさにフルコース。
その光景にあっけにとられていた恭介へ二津葉が嬉しそうに声をかけた。
「全部、僕が作ったのですよ」
「マジで?凄いな、いや凄いけどさ……」
(朝からこれは重いし)
「さぁ、たぁ~んと召し上がれです」
「いやいや!全部は無理だから」
「御主人様は意外と小食なのです」
「普通に食えんわ!」
☆
散々だ、朝食を終えるのに一時間もかかった。
朝からあの量を限界まで俺の胃袋に詰められた……
(また今日も遅刻か……)
これから学校に行っても、とっくに一時限目は終わっているだろう。また立たされると思うと、何だが憂鬱になってくる。
屋敷を出るとそこには黒塗りのリムジンが停まっている、車を降り運転手はドアを開けると恭介は車内へエスコートされた。
リムジンの運転を任されている男性、六十歳くらいで白髪頭が目立つ、何気に肉体的で服を脱ぐと凄いらしい、色々と……
本名は不明だが自らをセバスチャンと名乗る。
車は学校に向かい走り出した。
「――で?何故に、ここに居るんだ?」
恭介の隣には二津葉が何事も無い様に座っている。
そんな彼女に恭介は突っ込む。
「お前は何でここに居るのかと聞いているんだよ?」
「見ての通りなのです」
二津葉は恭介の通う学校の制服を着ていた。
まぁ聞くまでもないんだろうが
「つまり、お前も学校に行くと?」
「そうなのです」
「はぁ……マジかよ」
校門前にリムジンを停めると恭介と二津葉は車を降りる。
俺が学校の外を歩く時には両脇に黒服で身を包んだ強面の大人が二人、いわゆるSPというやつだ。
普通なら、誰一人として俺に寄り付こうとしないだろう。
その中で唯一、親友と呼べる奴が一人いる……
鳴海グループのライバルにして、多面的なジャンルで名前が知れている大企業、御剣グループの御令嬢でもあり、恭介の幼馴染でもある御剣麗華だ。
顔立ちは良く、綺麗な黒い瞳に栗色の長髪、ポニーテールが特徴的。才色兼備、文武両道、頭脳明晰、一人で何でもこなす完璧主義な奴。
まさにつけいる隙がないとはこの事だ。
恭介は校内に入ると、教室へと向かう。
二津葉も隣をついて歩く
「やっぱ、もう一時限目終わってるな」
「ですねぇ」
「誰のせいだよ……」
恭介は授業が終わったのを見計らい静かに教室へと入るが、そこで麗華とばったり会った恭介は一度止まる。
「あら?今日も遅刻?」
「開口一番がそれかよ」
「おはようと言えばよかった?」
「いや、もういい」
麗華は御剣グループの令嬢で、俺は鳴海グループの次期当主。
どうしてこうなってしまったのやら……
そのせいか、麗華は何かと俺にいつも突っかかってくる。
まったく困ったもんだ。
恭介が通う学校は、いわゆるセレブが集う学校だ。まだ高校に入ったばかり、この学校にも慣れてはいない。
いや、未だに馴染めないんだ……
◇◇ ◇◇
午前授業が終り恭介は教室を出ると、掲示されてある部活動の勧誘チラシを見ながら廊下をゆっくり歩いていた。
(部活か……)
別にこれといって興味を引くようなものは無い。
そこへ、二津葉が『御主人様?』と声かける。
「学校で御主人様はヤメロ、恥かしい。せめて普通に呼べよ」
「ダメです、御主人様は御主人様です」
「……変なところだけ堅いな。で、なんだ?」
「部活は入るのですか?」
「いや、わかんね」
恭介と並びリズムを合わせるように歩くと二津葉は問いかける
「この部活なんか、おもしろそうですよ?」
「ん?……人体実験部?どんな部活だよ!恐ろしい」
「医学技術の結晶です」
「なんか違うと思うが……」
よくよく見てみれば、訳のわからん部活が山ほどあり、それが部活として成立しているのかも疑問なのだが、そんなこんなで二津葉はどうでもいい様な部活ばかりをチョイスして俺はそれに突っ込む。
(わざとなのか?)
壁から剥がれ落ちた一枚のチラシ、それは恭介の目にとまり床から拾い上げる。『社交部で交流を深めませんか?』
何とも、シンプルなチラシだった。これといって派手な飾りもなく、ただ大きめの文字でタイトルと概要が書かれている。
見る限りでは地味な印象を受けるが、これを作成した奴は余程宣伝が苦手なのだろうか?
まぁ、飾り気が無いと言うのも味があっていいのかもしれない。
(社交部か……)
「その部に興味が?」
「まぁ、少しな」
「では、さっそく行ってみましょう!」
「おい、まだ決まった訳じゃ……」
地味なチラシとは打って変わり、社交部の部室棟は校舎と離れになっている洋風な建物。チャペルの様な外観、テラスまである。
この場所だけ、異彩を放っている感じだ。
恭介は、『とりあえず見学だけだからな』と、言いこの場所へ訪れていた。
すると、後から聞き覚えのある声が聴こえる。
「あら?恭介、こんな所で何やってんの?」
振り向いた先に居たのは麗華だった。
彼女は恭介がここに居ることに、疑問の声を投げかける。
「まぁ、ちょいと寄っただけ」
「ま、まさか……この部に入るとか言うんじゃ?」
「露骨に嫌な顔すんな。そういう麗華は、何なんだよ?」
「私は、この社交部の部長よ」
両腕を腰に添え麗華は『ふふ~ん』とドヤ顔をする。
そしてそれを軽く流す恭介。
(あぁ、そゆこと?)
「で?恭介もこの部へ入る訳?」
「いや、まだ決まったわけじゃ……」
すると、隣に居た二津葉は恭介に言う。
「あっ、入部届けなら出してありますよ?」
「い、いつの間に!?」
「さきほど」
「いや待て!決定なのか!?」
「そうなりますですね」
「無駄に手際が良いな……」
そのやり取りを見ていた麗華は『なに?入部って事なのね』と話に乗ってくる。
(何でそこは素直に納得すんだよ)
恭介は、余りの展開の速さに自分の思考を整理しきれていない。
はて、何故こうなったのだろう?
俺は、ちょいと見学にきただけだというのに……
「じゃぁ、入部するにあたってこれだけは守ってもらいたい事があるわ」
「はぁ……何だよ?」
「無断撮影は禁止よ。撮影する時は、ちゃんと被写体となるレイヤーさんに一声かけてからね」
「撮影会もするのか?ってか、レイヤーって何?」
「知らないで入った訳?コスプレイヤーの略に決まってるじゃない」
(はっ?コスプレ?)
社交部って、そんな事するんだっけか?
不思議がる恭介を見る麗華は深く溜息を吐くと『やれやれ』と呆れた様子で言う。
「はぁ、これだから、トウシロのカメ子には困るのよねぇ……」
「トウシロ?カメ?何を言っているのか、さっぱりわからん」
「素人のカメラ小僧は、正直言ってウザイから対応に困るだそうです」
二津葉は恭介の疑問に即答する、しかも丁寧に説明付きで
「説明ありがとうと言いたいところだが、最後のウザイは絶対にお前の言葉だろ?しかもカメラ小僧って何?」
「いやらしい目をして『はぁはぁ』と息を荒くさせ、カメラを構える野郎のことです。常識ですよ?」
「そんな常識知るかっ!」
麗華は話に横槍を入れる
「あぁ~、基本はオールジャンルだから」
「何のジャンルだよ!?」
後々聞かされた話だが、結局ここで言う社交部というのは恭介が思い描いていた『舞踏会』と言ったシャレたものでは無く、『仮装場』いわゆる、コスプレ会場というやつらしい。
月に2回程大きなイベントがあり、その時になると会場を埋め尽くす程の人が集まるという。
麗華曰く『固定ジャンル物もありかもね』と言うが、恭介には彼女が何を言っているのかまったくもって解らない。
まして、麗華の趣味自体が理解出来やしないのだ。
(俺は、とんでもない部に入ってしまったのか?)
だが入ったのは、俺の意思じゃないし、気が付けば勝手に登録されていましたと?
(新手の悪徳商法かよ……)
そんなこんなで、学校でも散々な目にあった恭介は迎えのリムジンに乗り屋敷へと帰って行く。
「はぁ……疲れた……」
恭介は自分の部屋に戻ると、ベッドに腰を落とし深い溜息を吐く。頭を抱えたくなる。
屋敷に戻れば騒がしく、少しは期待していた新たな高校生活も訳のわからん部活に半強制的で入部させられ、もう何がなんだか……
(少し落ち着こう)
そう思ったのもつかの間、轟音と共に部屋の扉が開かれる。
いや、破壊された……
そして、視線の先に居たのは携帯式ロケットランチャーRGP-7を担ぎ爽快感に満ちた表情で仁王立ちする三津葉の姿
「……がふっ!」
「ちっ、火力を抑えすぎたか」
「ごほっ……ごほっ……『ちっ』って何だよ!部屋壊すな!」
「あぁ、もう。うるさいわねぇ……わざわざ、このあたしが呼びに来てやったというのに。なんか爺さんが呼んでたわよ」
「だから、なんで上から目線?ってか、呼ぶなら普通に呼べ!もろに殺意が滲み出てるわ!」
「じゃ、用件は伝えたからね」
「スルーすんな!ってか、片付けてけコラぁぁ!」
三津葉は携えていた使い捨てのロケランをガラクタの様に、ポイっと投げ『そんじゃ』とあっさり恭介の言葉を聞き流しその場を去って行った。
恭介はというと、ほこりにまみれた部屋で見事に破壊された扉をポカンと見つつ、自分の身の危険を感じる恭介であった。
(メイドって恐ろしい……)
恭介の中での『メイド』に対する認識は変わりつつある。
☆
とまぁ、三津葉に殺されかけ呼ばれ向かった先には大きめのクラシックチェアに腰掛けた泰四郎の姿、相変わらずアロハシャツと洋館にはアンマッチの姿で丸テーブルの上にはワイングラスに注がれたトロピカルジュース?的な飲み物。
泰四郎はグラスを手に取り『こっちじゃ』と言いながらストローを咥え喉を潤していた。
「――なんすか?」
既に疲れきっている恭介は、覇気の無い言葉を泰四郎に向け渋々と椅子に腰掛ける。『ほれ』と、泰四郎は恭介にグラスを差し出し自分が飲んでいる物と同じものをグラスへ注いでやる。
疲れていた恭介は注がれた飲み物を口に含むと、泰四郎はニヤニヤしながら恭介に問いかけ
「で?どうじゃ、もうヤッたか?」
「ぶぅー!!……げほっ、げほっ……な、何が!?」
恭介は口に含んだ飲み物を一気に噴出す。
泰四郎は渋い顔をし『汚いのう』と恭介を見て呆れる様に呟く。そして
「何がって、ヤると言ったら一つしか無いじゃろうが?」
「大体の察しはつくが、断じて無い!」
「ふぉっふぉっ、ワシが彼女等をタダで雇ったとでも思うたか?」
「まぁ、確かに。あんなメイドの『メ』の字も無い様な奴等は普通雇わんだろうな……」
泰四郎はグラスを口に運ぶと一息つけ、相変わらずニヤニヤとしやがら恭介に言う。
「お主は鈍すぎる。ワシは心配なのじゃ」
「はぁ?」
「じゃから、彼女等には恭介のハートを無事射止めれば借金はチャラにするという条件をつけたのじゃ。誰を選ぶかはお主次第じゃが」
「俺は懸賞品代わりかい!?ってか、拒否権なし!?」
恭介は持っていたグラスを置き、勢い良く泰四郎に突っ込みを入れる。
「まぁ、これからが大変じゃぞぉ」
「あぁ、ついさっき心臓を射ぬかれそうになったがな。違う意味で……」
「おぉ!そうかそうか。恭介も意外と手が早いのう、若い頃のワシみたいじゃ」
「こっちは、おかげで殺されかけたんだよ!」
(そうか、そうゆう事だったのか……)
要するに、爺は彼女等に俺を口説けと仄めかしたのか? メイドの役割ってそんなだっけ?なんか違うような
(若干1名、大きく意味を履き違えている奴も居るが……)
口に出さずともわかるだろう、殺意が満ち満ちている。
ハートを射抜くねぇ……
あれは、普通に俺の『命』を射抜こうとしてたしなぁ
(俺に安息の地というものは無いのか?)
マジ、メイドなんていらねぇ。
メイドさんに憧れた自分がバカみたいだ。
いや、あいつ等がバカなのか?なんか、わからなくなってきた。
平穏だった俺の日常が遠くなって行く気がする。
(もういい、部屋の片付けでもするか……)
何度も溜息を漏らしながら、長い廊下をゆっくり歩き部屋の近くまでくると、突然ガダンッと何かが崩れ落ちる大きな音がし、嫌な予感がした恭介は急いで現場に向かうと、さらなる悲惨を目撃する。
そこには、恐らく部屋の片付けをしようとしてくれていた二津葉が、あれやこれやと片付けるどころが逆に散らかしていた。
本棚は倒れ、コレクションケースに飾ってあるお気に入りのプラモデルは破壊され、室内は見るも無残な姿に……
「はわわわわっ!」
何故か掃除機に振り回される二津葉。
鳴海技術で造られた掃除機は何ともパワフルな動きをする。
制御が効かなくなった掃除機は、まるでロデオの様に暴れまわり部屋に散らかる恭介のコレクション達は、あれよあれよと飲み込まれていく。
あっという間に室内に散らかっていた半数が一掃されてしまった。恭介は慌てて、掃除機のコンセントを抜くと二津葉は、ほっと安心した様に肩を撫で下ろした。
「御主人様、ありがとうございますです」
「俺は感謝の一つも出て来ないがな……」
恭介の視線に入るのは、パワフル掃除機に大半を吸い込まれ、ベッドと机、空っぽのコレクションケース。
何とも、こじんまりとしてしまった部屋の姿だ。
「ほら、見てください。綺麗になりましたですよ?」
「綺麗以前に、何もねぇよ!」
「シンプル・イズ・ベストです♪」
「シンプルていうよりは殺風景だよ!ってか、コレクション返せっ」
「それは難しいです。この掃除機は吸い込んだゴミは、すぐ機械の中で粉々に粉砕してくれるので、ゴミは少なくなりとてもエコなのですよ?」
「なんて余計な機能だ……」
結局、恭介のコレクション達は還らぬ物となってしまい、コレクションケースは空っぽのままだった。
(最悪だ……)
何とか無事に?いや、散々な目に合ったが一日を生き延びることが出来た恭介。
まぁ、そんな考えを持ってしまう時点で彼の日常に『平穏』という言葉は、到底やってこないだろう。
(今日が二津葉だから、明日の当番は三津葉か……)
多分、今日より恐ろしい事が待っているに違いない。
考えるだけでも寒気がする。
こじんまりとしてしまった部屋で恭介は身の危険を感じながらも眠りについたのだった。
(あぁ、メイドって本当に恐ろしい……)