表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

3・飛行ユニット

 ぼくは車を運転しながら、考えていた。先ほど現れた謎のメタルスーツを着た男、システマーのことも気にならないわけではないが、バックミラーの中で目を閉じているキリコを見ているうちに、別のことが気になり始めたのだ。

 『モスキート』は、息子を社会に殺されたと言っていた。ぼくは彼が復讐のために自らの身体を改造したのだと考える。そして何か、目的があって血を集めていたのだ。血である。ヒトの血液だ。そんなものを一体何に使うのか。ぼくにはわからない。

 しかし、『モスキート』が社会を恨み、ぼくたちの住むこの町を完全に滅ぼそうとしていたことは確かだ。ぼくとキリコのしたことは間違っていない。彼は息子を奪われたと言っていた。想像するに、おそらく学校でいじめをうけて自殺したとか、そういう具合だと考えられる。結果、彼は納得できずに自分の憤りをぶつけられる場所を探し、社会全体への批判をすることになったのだ。恨みと怒りが彼を突き動かしたに違いない。動機だけをいうのならば、ぼくたちも同じことが言える。ぼくの大切な人、夏子さんは『蝶』によって殺された。唐突に、何の準備もできずに彼女は死を与えられてしまった。ぼくは憤り、怒った。激怒した、と言っていい。結果、ぼくは起動実験すらもまだだったメタルスーツを使って『蝶』を殺してしまったのである。キリコの協力はあるにせよ、激怒し、その原因を粉砕したという点で、ぼくは果たして『モスキート』を批判する資格があるのだろうか。

 ホテルに帰り着くと、半分寝ていたキリコを起こし、メタルスーツを脱いでもらう。ぼくも手伝った。それから重いスーツを台車に載せて地下の研究室まで運び込む。かなり疲労しているらしいキリコは、ふらふらと研究室までついてきた。部屋に戻ってシャワーを浴びるなりなんなり、すればいいのにと思ったが、口にはしなかった。

 研究室の扉を開き、ぼくは台車を部屋の奥まで押し込む。研究室の中には端のほうにパソコンが一台あり、その隣に設計図を描くための作業机がある。さらにその隣にベッドがあるが、その手前には工具が山になっている。サンダーやグラインダーなど大型の工具もあるため、見た目は混沌としている。その隣に今、メタルスーツを入れたところだ。

 ぼくは机に向かって、座った。ふう、と一息つく。時計を見るとすでに3時半過ぎだ。キリコは何も言わないで、ぼくのベッドに寝転がった。そこに寝られるとぼくの寝床がない。ゆえにぼくはその行為を咎めたが、彼女は寝ない寝ない横になるだけだから、などと言いつつ目を閉じてしまう。どう考えてもここで寝てしまうつもりだ。ぼくは乱暴にゆすって起こそうと考える。しかしいくらグレイダーとなって『蝶』や『モスキート』を倒したとはいえ、キリコは女性だった。あまり身体に触れるのは失礼にあたるのではないか、などと思ってしまう。

 ぼくは、女性と接することに慣れているとは言い難い。とくに同年代の子とは。

 そのように余計なことを考えているうちに、キリコは寝息をたててしまった。疲れた寝顔だった。ぼくは顔をしかめて何度か舌打ちをし、それから毛布をとってきて、彼女の身体にかけてやった。また椅子に座りなおすと、自然にため息が出てきた。我慢しようなどとは思わなかった。

 頬杖をつきながらキリコの顔を見る。当然だが女の子の顔だ。メタルスーツの下に着込んでいた制服はシワになっているが、彼女は気にしないのだろうか。

 ぼくも疲れているので、できれば横になりたい。しかし、ベッドはキリコに使われている。ぼくは彼女の隣に寝るという勇気を持たない。ぶん殴られてしまいそうで怖いのである。だが眠気はいつまでも耐えていられるものではない。まぶたが重くなってくるのをぼくは感じている。


 ふと感じたとき、ぼくは泣いていた。両手で、両方の目をごしごしとこすり、ぬぐってもぬぐっても湧いて出てくる涙を払いながら泣いていた。夏子さんから聞いてしまったからだ。

 だいじょうぶ、わたしたちずっと友達だから。その子がそう言って優しくぼくを慰めるように、頭を撫でてくれた。その手のぬくもりが嬉しかったけれども、さみしくて。ぼくの涙を止めるには役に立たないその右手で、その子はぼくを撫でていた。ぼくは泣いていた。

 いままでずっと当たり前にさようならを言って別れ、次の日におはようと言って出会っていた。しかし、次の日にもう会うことはないと知ってしまった今、さようならは言えなかった。ぼくはその子の手を放そうとしないで、別れを惜しんだ。惜しむというよりも、その子を帰したくなかった。夏子さんがやってきてぼくを引き剥がすまで、ぼくはその子の手を握っていたのである。

 ついに、その子はさようならを言って、ぼくに手を振った。ぼくは涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、大声でその子の名前を呼ぼうとして。


 窓のない部屋の中で、顔を上げる。

 いつの間にか、まどろんでしまったらしい。研究室の机に突っ伏して、ぼくは眠っていたのだ。机の上の設計図に、何か水滴がついていた。思わず自分の頬に触れると、濡れていた。ぼくは眠りながら、泣いていたのだ。

 しばらくぼくは動けなかった。夢を見たのだ。夢の中でぼくは大切な人と別れるところだった。あの子は一体誰だったのか。ぼくは思い出せない。全く思い出すことが出来なかった。

 天才であるぼくも、夢で見たことを思い出すことはできないらしい。以前にも同じことがあった気がするが、やはり無理なことだった。

 頭を振りながらぼくは立ち上がった。バスルームに歩き、顔を洗う。タオルで顔を拭い、戻ってきても、まだキリコは寝ている。時計を見たが、すでに朝の8時だ。日曜日だから問題はないが、そろそろ起きてもらわないといけない。ぼくは目覚まし時計をとって、それを鳴らしてみた。丸い形の本体の上に、半円状のベルが二つついている非常にシンプルな目覚まし時計だが、なかなかけたたましい音がする。それを鳴らしたまま、キリコに近づけてみた。

 さすがにキリコは目を開けた。次いで、上体をがばりと起こす。

 キョロキョロと周囲を見回して、ぼくの存在に気付く。ぼくは目覚まし時計のベルを止めた。

「お目覚めですか」

 ぼくは訊いてみた。キリコは頷いて答える。だが、寝たりないとでも言いたげに、再び毛布をかぶってしまう。仕方がないのでぼくはもう一度ベルを鳴らした。それがうるさいのか、キリコはいやいやながらも起き上がる。わかった、わかったからと言いながらベッドから這い出し、バスルームに向かった。トイレに行ったのか、顔を洗うのかはわからない。

 昨日はここに戻ったのが三時半だから、さすがにキリコも疲れがとれてはいないのだろう。今日くらいは休ませてあげなければいけないな、と思う。ぼくはモーニングコーヒーの準備をしながら頭を掻いた。なお、ミルクココアとビスケットは以前からキリコが欲しがることを見越して買い込んである。が、買い足しにいかなければならないだろう。毎日でもおいで、と言ってしまったからには。ぼくは約束を守る男でありたいのだ。

 キリコがバスルームから出てきた。顔を洗っただけのようである。制服のしわを簡単に伸ばし、自分も背筋を伸ばしている。ぼくはといえば、コーヒー豆が切れていることに気付いて眉間にしわを寄せていた。ホテルの朝食をもらいに行かねばならない。一緒に行くというキリコを連れて、ぼくは地下の研究室を出た。

「六郎はさ、いつもホテルの食事もらってないの? ここのフレンチトースト、割りとおいしかったよ」

 ロビーに出るためのエレベーターに乗ると、キリコがそんなことを言ってきた。確かにぼくはほとんどを研究室の中で過ごしているから、ホテルから出される食事はもらっていない。大体は買ってきたもので適当にすましてしまう。夏子さんがいたころは食事の時間になると彼女が色々と持ってきてくれたものだが、今はもうそのあたりは適当だ。インスタントであろうが、冷凍食品であろうが、ジャンクフードであろうが、お構いなしだ。そのことをキリコに言うと、今度は彼女が眉間にしわを寄せた。

「身体に悪いよそれ。食事くらい、ちゃんとしたもの食べようよ。ホテルの食事で栄養のバランスがとれるかどうかは知らないけど、インスタントよりはずっといいと思うよ」

 エレベーターのドアが開いた。キリコが『開』のボタンを押してくれているので、先にぼくが降りた。続いてキリコも降りてくる。

「それじゃ、キリコはどうだったんだい」

 ホテルの食堂へとぼくたちは歩いていく。食堂とはいえ、優雅なものである。朝食はバイキング形式になっているようだ。

「私はねぇ……」

 答えながらキリコは皿をとり、トングでクロワッサンをとっている。

「姉さんと二人暮しだったから、食事も自分達で作ってたよ。結構面白かったよ、食べたいもの自分達で作るのって」

「料理は得意なほうだった?」

「得意……かどうかはわからないけど、嫌いじゃないね。うん」

 寝起きの少しけだるい感じの残る笑みを見せながら、キリコはそう言った。たぶん、姉さんと暮らしていたときのことを少し思い出しているのだと思う。ぼくは彼女の皿に盛られた料理の量を見て、若干の驚きを覚えながらコーンスープを深皿にとるのだった。

 時間が遅いせいか、あまり人のいない食堂の中でテーブルについたとき、ぼくの皿にはトーストとコーンスープとトマトサラダがあった。もちろんコーヒーもある。その対面に座っているキリコの皿には色々と料理が満載されている。ぼくの皿の三倍は量があるだろう。朝からこんなに食べられるとは、さすがというべきか。いや、真に感嘆すべきであるのはこの量を平らげてもスリムな体型を維持する彼女の運動量のほうであるのかもしれない。

 コップに牛乳をとって、戻ってきた彼女はいただきますを言う前に、このたくさんの料理を前にしてこう言った。

「今日はあまり食欲がわかないね」

 ぼくは椅子から転げ落ちそうになるのを、すんでのところでこらえた。

「健啖家だね」

 なんとか持ち直し、ぼくは皮肉のつもりでそう言ったが、キリコは言葉の意味がわかっていないのか、「うん」と元気に答えるだけだった。

 これ以上キリコに何を言ってもしょうがないと思い、ぼくはいただきますと言ってからトマトサラダを口に運ぶ。それから五分ほどで食事は終った。残しておいたコーヒーを飲む。目の前を見ると、キリコはおいしそうに食事を続けている。なんでもおいしそうに食べられるというのは才能だと思ったりもする。食べ物のCMなどに彼女を起用すれば、なかなか面白いことになるのではないかとも一瞬考えてしまった。

 コーヒーカップが空になったので、ぼくは二杯目をもらいに立ち上がった。ついでにロビーにある新聞も持ってきた。どこの新聞も大差ないだろうと思い、適当にとってきたが、いざ座って一面を見ると「UFO墜落事故発生!」である。何ごとかと思ったが、スポーツ新聞だった。とる新聞を間違えてきてしまったようだ。

 今さら戻しに行くのもなんだか面倒だったので、ぼくはそのスポーツ新聞を開いた。眉唾もののニュース記事と、記者の趣味と思想を丸出しにした現政権批判記事が紙面にあふれている。スポーツ欄くらいしかまともなところがないのでスポーツ新聞というのだろうか。やれやれと思いながらぼくはページをめくっていく。

「六郎、今日って何か予定あるの」

「いや、ないね。例の飛行ユニットの開発を続けるだけだけど」

 食べ終わったらしいキリコが声をかけてくるが、新聞に目を落としたまま答える。実際に今のぼくの仕事はそれくらいだ。

「それよりキリコ、前から気になっていたが、君は勉強しなくて大丈夫なのかい? 進学するのか就職するのかは知らないけど」

「ああ、私の進路ね。縁故就職で内定もらってるから大丈夫だよ」

 あまり力のない笑みをみせながらそう答える。すでに進路も決まっていて、しかも身内の職場なのでとくに不安もないということらしい。

「六郎こそ平気なの」

 キリコに心配されたが、ぼくは天才である。それに家は金持ちだ。一先ず進学する予定ではある。推薦入試でぼくも進路は決定済みだ。それに『モスキート』のようなわけのわからない生物が跋扈しているというのに、のんきに勉強などできない。

「もう決まっているよ。推薦入試で」

 そう答えると、キリコは苦笑いを浮かべた。

「六郎はやっぱり進学するんだね。就職はどうするつもり」

「先のことはわからないよ」

 ぼくは新聞を置いて、肩をすくめてみせる。それを見てキリコはむうと唸り、腕を組んだ。

「頭いいんだからさ、どっかの企業で商品開発でもすればいいのに。それとも、学者さんになるの?」

「……学者さんね。その予定は今のところないな」

「じゃあ、やっぱり商品開発がいいよ。六郎ならきっとすごい商品が思い浮かぶと思うけど……あ、就職しなくても個人で研究して、特許とっちゃえばお金持ちだね。美人の奥さんももらってさ」

「今でも十分お金持ちだよ。そのせいかもしれないけど、あまりそっちの方向には想像がはたらかないな」

「先のことは考えたほうがいいよ」

 キリコは話にのらないぼくにあきれたのか、食べ終わった皿を片付けに立ち上がった。ぼくも新聞を片付け、飛行ユニットの開発のため、研究室に戻ることにしたのだった。それに、昨夜の戦闘の際、メタルスーツは強い衝撃を受けていたから、損傷がないかチェックする必要もあった。それをしなければ危険である。


 飛行ユニットが完成したのは次の日の夕方であった。ぼくは作業服代わりにしていた白衣を脱ぎ、汚れた顔をタオルで拭った。飛行ユニットはメタルスーツを着たキリコが背負うことになる。なお根本的にはガス噴射で空に飛ばす原理を用いている。かなり姿勢制御が難しいが、そこはキリコに頑張ってもらうしかない。一応安定のためにあちこちに翼のような突起がついているが、中にいる人間の制御が最も重要であることは間違いないのだから。

 ひとつ間違えれば、この飛行ユニットはキリコを殺すことになる。墜落死の危険は非常に高い。何しろ個人がジェットエンジンで空に吹っ飛ぶのだ。燃料は二十分ほどしかもたない上、加速も半端ではない。まずはキリコに訓練をしてもらってから、と考えていたそのとき、部屋についている電話が鳴った。

 その電話をとるとフロントからで、「山内霧子様からお電話が入っております」ということだった。何事だろうと思った。キリコは用事があるとか言って出かけたはずである。どこに行ったのかは知らないが、何があったというのか。ぼくはこちらからかけなおすから電話を切ってくれと告げ、研究室を出た。

 エレベーターでロビーに出て、携帯電話を取り出す。呼び出すとキリコは待ち構えていたらしく、すぐにでてくれた。

『六郎、出たよ、敵が!』

「敵?」

 なんのことかぼくはわかりかねたが、少し考えて『モスキート』のような改造人間が出現したのかと思った。

「どんな敵だい」

『羽の生えた……そう、この前テレビで見た、カゲロウみたいな奴かな。アーケードの上にいるんだけど……』

「商店街のアーケードの上にカゲロウみたいな奴がいるのかい」

『そう、そうだよ。どうしよう?』

 どうしよう、と相談されても困る。

「そいつを倒す必要があるのなら、メタルスーツを持っていかなくちゃダメだね。ぼくが車で持っていこう」

『ありがとう。そいつはもう、何かやって……何か振りまいてる。毒……かな』

「毒だって。ちょっとそこから離れるんだ」

『わかってるよ』

 キリコの足音が聞こえてきた。アーケードの上に立って、毒を振りまいている。本当にそれが毒なのだとしたら、大変な敵だ。毒ガス兵器を使うのは凶悪な部類に入るテロ行為だとぼくは思っている。被害を広めたくないのならば、その『カゲロウ』を早く駆逐するべきである。

『駅ビルのところまで来てもらえないかな』

 キリコの言葉に了解の返答をし、ぼくは一度電話を切った。それからエレベーターで研究室に戻る。メタルスーツを持ち出すためだ。しかしメタルスーツを見て、ぼくはあっと声をあげた。飛行ユニットとの接続テストをしたままだったのだ。今からこの接続を解除していたのでは、かなりの時間をロスすることになる。このまま持っていくしかないようであった。だが飛行ユニットの操作は、繊細で難しい。ある程度は搭載したコンピュータがやってくれるはずだが、信用はできない。テストもまだなのだから。

「一応これは持っていくか……」

 ぼくは部屋の端に積んでいるガラクタの中から、中身の詰まったリュックサックのようなものを取り出した。簡易的なものだが、パラシュートになりうるはずである。

 操作系を飛行ユニットにとられてしまったのでアームバルカンが使えないが、他の機能は問題ない。ぼくはメタルスーツを車に積み、運転席に乗り込んだ。すぐさまエンジンをふかし、駐車場から飛び出す。約束した場所まではすぐだが、毒をまいたというのが気になる。しかしトランクにガスマスクが入っているが、さすがにガスマスクをかけて運転していると怪しまれる。

仕方がないと思い、風邪のときの布マスクだけをかけて、現地へと向かった。

 キリコは約束の場所で待っていた。すぐに彼女を見つけ、一度車に乗せて人気のない裏通りへと引き返す。メタルスーツを着ているところを見つかったりしたら終わりだからだ。グレイダーの正体は絶対秘密なのである。正義のヒーローの掟ではなく、ぼくが銃刀法違反などで警察に呼ばれるからという理由なのが情けないが、仕方がない。

 メタルスーツを着たキリコは、すぐに違和感に気付いた。

「背中にあるの、何。新しい武器じゃないよね」

「ああ、飛行ユニットだ」

 隠しても仕方ないのでぼくは正直に言った。

「じゃ、もう……」

「あ、まだ飛ぶのは待ってくれ。さっき取り付けたばかりで怖い。起動テストはしたが、まだ飛び方も知らないだろう、キリコ」

 抑制にかかったぼくであったが、無駄だった。

「今教えてくれれば、すぐに覚えるよ。私、空を飛べるなら絶対そのほうがいいと思うからね」

 考えるまでもないが、飛行ユニットが必要だと言い出したのはキリコだ。あれば使いたくなるだろう。持ってきたパラシュートが役に立たざるを得ないようだ。

「大体、アーケードの上に立って、下に毒を撒いているんだから、空から近づかないと危なくてしょうがないよ。これ着けてるとガスマスクも着けられないしさ」

 さらにそう論を重ねられて、ぼくは仕方なく飛び方をキリコに教えることになった。まずは燃料積載の問題で飛行時間は二十分くらいしかないということを伝える。燃料の残量はバイザーに表示されることも教えた。

「身軽に飛び回る、というようなことは期待しないでくれ。それと飛行ユニットがついている間はアームバルカンが使えなくなる」

「バルカンが使えないって」

 不満そうなキリコだが、仕方がない。同時に装備することはできなかったのだ。ぼくはそれから飛行ユニットの操作を教えた。

「免許なしでヘリコプターを操縦するくらい、危険なことをしてるっていう自覚はもってくれ。正直なところ、気が気じゃない」

「私強いから大丈夫だよ……、それじゃちょっと飛んでみるね」

 ぼくは慌ててキリコから離れた。背中のユニットが作動し、地面に向けて青い炎を吹く。キリコ自身が離陸のタイミングを測っているのか、なかなか地面から飛び立たない。彼女は何度か軽く地面を蹴って、感覚を掴もうとしている。足の裏からもガスの噴射は行われ、こちらは主に姿勢の制御に使われる。

 あちこちにつけた翼がなかなかサマになっている。まるで人間と小型戦闘機が合体を果たしたようなシルエットだ。巻き起こる風に、キリコの口元の覆うマフラーがはためく。

 感覚を掴んだらしいキリコがこちらを振り返り、手を振った。ぼくがそれに応じると彼女は地面を強く蹴り、一気に飛び立っていった。ぐんぐん加速し、吹っ飛ぶような勢いで商店街のほうへ向かってしまう。

 ぼくは裏通りから出て、オペラグラスでキリコの姿を追った。


 空を飛んだキリコを見て、ぼくは少し安堵した。とりあえずいきなり墜落するという最悪の事態は免れたらしい。だが、本当に怖いのはここからだ。今から彼女は敵と向かい合う。いつ、撃墜されてもおかしくないのだ。メタルスーツを着ているとはいえ、あのように高い位置から落ちたら無傷ではすまないだろう。足の裏にとりつけた噴射口をうまく使って、キリコは姿勢をやや前傾に保ちながら商店街に向かっていく。オペラグラスでは彼女を見続けるのが厳しくなってくる。

 インカムを装着すると、キリコの声が聞こえてきた。向こう側ではごうごうと風が鳴っている。

『鳥になったみたい……、だけど寒いよ』

「気分のいいフライトとはいかないよ。撃墜されることのないように気をつけて。正直ぼくは怖い」

 正直な気持ちを伝えたが、考えてみると今さらこのようなことを言ってもキリコを不安にさせるだけだ。彼女は気にしていないようだが、言うべきではなかった。

『大丈夫だよ。信用してるから、六郎』

 信用してもらえるのは嬉しいが、不安は拭えない。こうなってしまっては、ぼくもキリコを信じるだけだ。

「がんばれ」

『わかってるよ。とりあえずアーケードの上まで行くから』

 浮かんだままで彼女は『カゲロウ』に接近する。空中から攻撃を仕掛けることはしないで、敵と同じようにアーケードの上に降り立った。

 ぼくはアーケードの下を見た。折り重なるようにして、人が倒れている。

 どくっ、と心臓が跳ね上がった。毒を撒いた、というキリコの言葉を聞いていなければ、何が起こったのかわからなかっただろう。何人も倒れている。先ほどまでそこを歩いていたはずの普通の人たちが、商店街の中で横になっている。助けに向かっている人もいるようだが、その人たちもまた毒にやられて倒れていく。

 いずれはここにも毒が及ぶのかもしれない。ぼくは近くにあった雑居ビルに入った。階段を上っていく。多分、撒かれた毒は空気よりも重い。アーケードの上に敵が立っているということからそれはわかる。ぼくは上へと避難する道を選んだ。

 三階まで登ったところで、窓から顔を出し、キリコたちの様子をうかがう。何か話している様子だった。切っていたインカムのスイッチを入れる。

『どうしてこんなことを……』

 キリコの声が聞こえてきた。

『どうしてって。ただ、私がこうしたいからやってるだけ。誰かに命令されたとかじゃないよ』

 相対する声は、女性のものだった。ぼくはオペラグラスごしに目を凝らす。『カゲロウ』がキリコと向かい合っているのは見える。だが、『カゲロウ』が女性であるかどうかという点はどうがんばってもぼくの視力では確認できない。離れすぎだ。

「キリコ、『カゲロウ』と知り合いなのか」

 ぼくは通信を送った。すぐに答えは戻ってきた。

『この人、クラスメートだよ。つい三ヶ月前に不登校になったきり、顔を見なかったけど』

 ここ最近学校に行かなかったが、学校にこなくなってしまったクラスメートのことは知っている。名前ははっきりしないが、なかなかかわいい女生徒だったことは覚えている。その女生徒が『カゲロウ』だというのか。ぼくは『カゲロウ』の声をもっとはっきり拾うためにインカムのボリュームをあげた。

『誰かとお話しているの、山内さん』

『まぁね。それよりどうして毒を撒いたりしたの。下にいる人たち、もう助からないかもしれないよ』

 キリコはアーケードの支えになっている鉄柱の上に立っている。さすがにメタルスーツの重みに、あの薄っぺらい屋根が耐えられるとは思えないからだろう。だが、『カゲロウ』はアーケードのガラスの上に乗っている。かなり身軽のようだ。

『質問は一つずつにしてほしいな。山内さん、まずはこちらに質問に答えて欲しいけど、その会話の相手は誰かな』

『そうだね。ろくろ……、じゃない。辻井くんだよ。覚えてるかな』

 キリコはぼくのことを教えてしまう。別に構わないのだが、少しは躊躇してもらいたかった。

『ああ、あの科学部の。なるほど、そのゴテゴテした鎧を作ったのも、きっと彼でしょう……あなたたち仲良しさんだったわけ』

『確かにこれを作ったのも彼だけど。まあ、仲はいいと思うよ』

 メタルスーツの胸元のあたりに手を触れ、キリコはそう応じた。『カゲロウ』は仲良しさんという言葉に含みを持たせたようだが、キリコはそのあたりを流している。理解していないだけかもしれないが。

『それより、次は私が質問をする番だよ。えっと、まずは、どうしてそんな身体になっちゃったの』

『ああ、“誘いに乗った”からよ』

『誘いって……何の』

 要領を得ない回答に、キリコは重ねて質問する。ぼくも『カゲロウ』の言いたいことがよくわからない。

『世の中を、混乱させるという誘いよ。二ヶ月も前だったかな。その誘いをかけられて、私は乗った。この強い身体を手に入れて、世界を、社会を、秩序を乱すために』

『じゃあその、誘いをかけた人は誰』

『“亡霊”だよ』

 『カゲロウ』はハッキリとそう答えた。

『本名とか、そういうものは何も知らない。ただ、私には見えた。そして彼の言葉がわかった。それだけでよかった』

『そう』

 意味不明な答えだったが、キリコは頷いた。恐らく、その話を流したかったからだろう。早々に次の質問をぶつけた。

『それで……どうしてあなたはその誘いに乗ったの』

 それはぼくにとっても一番気になる質問であった。だが、意味のない質問ともいえる。『カゲロウ』と知り合いであったキリコにとっては気になることであろうが、今後彼ら改造を受けた者たちと戦っていく上では、何の役にも立たない質問だ。

 だが、ぼくは何も言わなかった。『モスキート』も息子を殺された社会への復讐という目的をもって改造を受けたと言っていた。『カゲロウ』にも確かに事情があるのだろう。それが今後のキリコの戦闘意欲に影響するのならば、確かめておいて損はない。

『……どうしてだと思う、山内さん』

 逆に問うてくる『カゲロウ』。しかし、その表情はぼくには見えない。

『あなたが学校に来なくなったことと、関係がありそうだけど。わからないね』

 キリコは素直にわからないと告げた。別に正解を期待していなかったのだろう、『カゲロウ』はうんうんと頷いた。

『憎いから。ただただ、憎かったからだよ』

『どういうこと、何が憎いの。この下に、私たちのクラスメートだっていたかもしれない。友達も、先生も、家族も、全部憎いなんてわけじゃ』

 憎しみを理由にあげる『カゲロウ』に、キリコはさらに詰め寄る。

『何が憎いって、全部。全部憎い。山内さんも、辻井くんも、先生も、お父さんも、お母さんも、全部全部全部……』

『なっ、何が』

 何があったのか、と訊こうとしたキリコの声は、途切れた。『カゲロウ』が飛び掛ってきたからだ。キリコは驚きながらも鉄柱から飛び上がった。同時に飛行ユニットを全開、ユニットは轟音と高熱ガスを噴射し、キリコを浮かせた。それを追って、『カゲロウ』も背中の羽をふるわせる。

『何があったか、知りたいの』

 急上昇するキリコに切迫し、両腕を振る。その手には何か小さいものが握られているようだ。ここからでは見えない。キリコはそれをかわしたが、ブレードも抜かずに後ろに下がっていくだけである。反撃しようとしていない。

『言えないほど、つらいことが……』

『別に、言ってもいいけどね。下手な同情をもらうのがうざったいだけよ』

 攻撃の手を止めて、『カゲロウ』は空中に浮いた。ホバリングしつつ、キリコをにらむ。キリコも急上昇を止め、『カゲロウ』からある程度の距離を置いた位置に浮き、攻撃をしかけようとはしていない。

『同情されるようなことがあったんだ。半端なあわれみなんか、拒絶するくらいの』

『うるさい!』

 あわれむような声をかけたキリコを、『カゲロウ』が拒絶する。

 ぼくが思うに、何かつらいことがあって憎しみをもつようなったのだろうが、自尊心が邪魔をしていてそれを話す気にはならないのだろう。よほどの目にあったのだろうと容易に予測できた。

 同時に、ぼくはキリコがうまく空中で姿勢を制御している点について感心していた。あれだけ空中で動き回ると、どちらが上でどちらが下かわからなくなり、自爆してしまいそうなものだ。彼女は抜群にバランス感覚がすぐれているようだ。

『多分……お父さんかお母さんか……、信頼していた人に裏切られた……?』

 キリコが相手の傷をえぐるような言葉を吐いた。ぼくは一瞬耳を疑った。彼女はこういうことをする性格ではないと思っていたからだ。確かに、ここまで世間全てを憎めるとなると、最も信頼していたものに裏切りをくらった可能性が高い。ぼくもキリコと同じ予想をしていた。だが、それをいちいち相手に告げる必要性はない。

『山内さんには……わからないよ』

 静かな怒気を孕んだ声で、『カゲロウ』が言う。

『もう私は、何も信じられないから』

『八つ当たりだよ……、どんなにつらいことがあっても、他の人に怒りをぶつけちゃだめ。ねえ、私だってそんなこと、できない。何があったのかわからないけど、一度落ち着いて、少し考えてみない?』

 キリコの声は、悲しみの色に染まっている。全てに絶望し憎しみだけを持って帰ってきたクラスメートを、悲しんでいる。受け入れてはいないが、そうなってしまった彼女に強く同情を寄せている。だが、一歩間違えばキリコも毒によって倒れていた。今このアーケードの下で苦しみ倒れている人たちのこともある。ぼくとしては『カゲロウ』を許すわけにはいかない。

 しかし、それをぼくがキリコに言うまでもなかった。

『いい子ぶらないで、憎たらしい。山内さん、あなたもそう。スポーツ万能、後輩の憧れ、私からはそう見えた。けど、実際はどうなの、あなただってこうしてこんなところにそんな鎧を着こんでやってきて、クラスメートだった私を殺しに来たんじゃないの。世間的に、確かに私は悪で、あなたは今正義の立場かもしれないけど、ただ単に、その鎧の性能を試したいだけじゃないの。私をいたぶって、ストレスの解消をしようとか思っているんじゃないの』

 『カゲロウ』はキリコを拒絶した。どういう経験をしたらここまでひねくれられるのだろうか、とぼくは思った。本当に何もかもが憎く思えているのだろう。

『大嫌い、大嫌い。何もかも、この世界も、友達も、家族も。何もかもが、いい夢を私に見させるだけ見させておいて、後で裏切るんだから。だったらこっちから、こんな世界をぶっ壊してあげる』

『落ち着いて……』

 キリコがそう言い、おそるおそるブレードに手をかけた。相手に対してキリコは同情を寄せてはいたが、やはり自衛のためには武器を手に取らなければならない。今のキリコに戦意があるのかどうかは問題だ。

「君こそ落ち着くんだ。キリコ、相手はもう敵だ、割り切らないと自分が痛い目にあうぞ」

 ぼくはそんな言葉をかけた。確かにクラスメートである。躊躇するのが普通だといえる。だが、ここは非常に徹して倒してしまわなければ、彼女の八つ当たりの犠牲になってしまう。

『六郎……、どうして彼女がこうなったのか、わからない。私だって死ぬのは嫌だから戦うよ、けど』

 今日の彼女はいつになく、感情的だ。これほど悲しみをたたえた彼女を見たのは、夏子さんをうしなったあの日以来かもしれない。

 しかし戦わなければならないことはわかっているのだろう、キリコはやっとブレードを引き抜いた。それを見た『カゲロウ』は激昂していく。

『あなたもそう、私とクラスメートだったくせに、同じ班だったこともあったのに、仲良くお話してくれたこともあったのに。最後はそうやって裏切って、私をそんな剣で殺すんだ!』

『私、永遠の友情とか、信じない性質だから』

 ブレードを握ったまま、キリコは相手の目を見ずにそう言った。情に篤い彼女が、友情を信じないはずがない。

 ぼくも正直なところ、少し怖かった。これまで面識のない『モスキート』や『蝶』を倒してきたが、つい三ヶ月前まで毎日のように顔を見ていたクラスメートを、自分の手で殺すというのだ。心がふるえて当たり前だ。だがそれをしなければならない。ぼくを口で言うだけだからいいが、キリコはその手をふるって、敵の体を斬る感覚を味わう。それがどれほどの恐怖になるだろうか。ぼくはそれを想像するだけでも指先がふるえる。

 そのとき、遠くからこちらへと近づいてくるサイレンが聞こえた。警察だ。それと、救急だろう。ぼくは焦って、下を見た。かなりの人数が倒れていて、誰も近寄れない状態だ。どれほどの毒を撒いたのか。何の毒なのか。さすがに天才であるこのぼくも、人が倒れているというだけでは何の毒なのかわからない。

 それにしてもまずい、このままだとキリコが警察に目撃される。だが、ここまできて逃げ出すということもまたおかしな話だ。

『警察だよ。どうするつもり』

 キリコはヘルメットのバイザーを下ろしながらそう言った。そろそろ燃料の残りが気になるのだろう。二十分しか飛んでいられないのだから、無理もない。キリコが飛び始めてから六分経っている。残り十四分だ。

『警察なんて、気にならないね。いずれはどうせ、戦うんだ。あいつらだってここから毒を撒けば何もできないんだから』

 ガスマスクくらい用意しているだろう、とぼくは思ったが、口には出さなかった。

 キリコはバイザーを上げ、ブレードを構える。

『私に倒されるか、警察に捕まるかのどちらかだよ』

『あなたも警察も私が滅ぼすよ』

 『カゲロウ』も構えをとった。退くつもりはないようだ。

『警察なんて何の役にも立たないんだから、税金の無駄遣いばかりして、何の役にも立たないんだから。私が泣いているときに助けてもくれないくせに正義の味方のふりなんかしているんじゃないよ! 山内さん、あなただって、どうしてそんなにまでして、ここにきて下にいるどうでもいいような人たちを傷つけた私を悪人呼ばわりして正義面しているのに、なんであのときに私を助けてくれなかったの』

『あのとき?』

 あてつけに等しい『カゲロウ』の言葉だったが、キリコは応じた。

『あのとき! 私が父さんの下でもがいていたとき! 母さんが助けてくれなかったとき!』

 『カゲロウ』の声は聞き取りにくくなっていた。あまりにも感情が先にたちすぎて、言葉になっていない。

『正義というなら、どうして私を救ってくれなかったの』

『それは自分で考えて。私の管轄じゃない』

 キリコは、冷たく応じた。感情を押し殺そうと必死なのだろう。ぼくはキリコの声がふるえていることに気付いたが、何も言わずにおいた。

 そうしている間に、警察もアーケードの上に浮いている二人に気付いたようだ。

「キリコ、バイザーを下げておいたほうがいい。顔を見られると面倒だぞ」

 ぼくがそう言うと、キリコは警察のほうをちらりと見てからバイザーを下ろした。キリコの正体がばれると、色々と追求されそうで面倒である。

『で、山内さん……。打ちかかってこないの?』

 少し落ち着いたらしい『カゲロウ』が余裕を見せている。キリコはいつでもブレードを振り下ろせる。だが、まだ彼女は間合いをはかっているようだ。『カゲロウ』の持っている毒が気になるのか、それともここからではよく見えない、小さな武器を警戒しているのかはわからない。手に持ってかくれてしまうくらいの大きさだから、恐らくは護身棒、あるいはスタンガンと考えられる。しかし先ほどのキリコの警戒具合から考えて、メタルスーツに通用しない護身棒ではないだろう。消去法ではあるが、スタンガンの可能性が高い。

 メタルスーツ自体は電撃を食らっても機能に影響はない。実験をしたわけではないが、そう簡単に焼きついてしまうような部品は使用していないので、何発食らってもキリコの動きをサポートすることが可能だ。しかし、中にいる人間は別である。キリコ自身はただの人間で、その電撃に耐えられるかどうかは考えるまでもない。

『できたら……あなたとは戦いたくない』

 キリコはそう言ってブレードを納める。途端、『カゲロウ』が突っ込んだ。

『バカめ!』

 完全に虚を突いた一撃だと思ったことだろう。剣を納めたということは敵意がないということである。キリコが話し合いでなんとかしようという意思を示したわけであるが、それを狙って突っ込んだ。卑劣だが、効果のある奇襲だ。

 だが、キリコはこの突進を回避した。咽喉もとのあたりを狙っていた『カゲロウ』の右手をスウェーバックでかわし、そのまま右足の裏を相手の腹部に押し当てるようにする。

『ごめんね……』

 キリコの言葉と同時に、足の裏の噴射口が高熱のガスを噴いた。『カゲロウ』が腹部を焼かれて呻く。キリコはやや下に自由落下しながら一回転して姿勢を戻す。同時に右手が背中の『カノン』を抜いている。ぼくもこれには驚いた。初めての空中戦とは思えない機転だったからだ。

『六郎、彼女の名前、覚えてたかな』

 『カノン』の狙いをつけながら、キリコがそんなことを言った。生憎、ぼくは顔くらいしか覚えていない。不登校になってから幾度か話題に出たことはあるが、名前が思い出せない。ぼくはその通りに答えた。

「いや、残念だが覚えてないな」

『私もだよ。……たった今、忘れたと思う』

 キリコがそう言うと同時に引き金を引いた。貫通力最重視の武器『カノン』が火を噴き、弾丸が容赦なく『カゲロウ』の左肩を貫通、紙一枚ほどの抵抗にも感じさせず空へと消えていった。撃った反動で、キリコも何メートルか後ろに押し込まれる。

『やま……』

 『カゲロウ』は血を吐いた。

 ほんの一瞬で、肩のあたりから左腕がまるごと引きちぎられている。弾丸は肺もかすめたらしく、息苦しそうだ。完全に、負けのはずである。

『山内さん』

 かなり小さな声で、弱々しく彼女は呻いた。もう飛び続けるのもつらいはずだが、それでもなんとか羽を動かし、彼女は飛んでいる。

『何?』

 キリコは『カノン』を背中に戻し、右肩に左手を当てながら応じた。

『つ、辻井くんと、仲良くね……』

『ありがとう』

 意外な言葉にキリコは声を上ずらせたが、なんとか応じる。しかし、その次の瞬間に『カゲロウ』は爆発した。

 自爆か、とぼくは思った。キリコは反射的に両腕で爆風から顔を守ったようだが、彼女はまだミサイルを発射していなかった。『カゲロウ』が自ら死を選んだのか、それとも誰かが何かをしたのか。

「どうなったんだ」

 ぼくは声に出し、問うた。誰に訊いたわけでもない、自問に近いものだった。

『誰かが彼女を……撃ったんだと思う』

 唯一、そのぼくの声を聞いていたキリコがそう応じる。キリコが撃ったのではなく、『カゲロウ』が自爆したのでもないらしい。爆発を起こした『カゲロウ』の身体は、一部を黒コゲにしながらも原型をとどめ、落下している。アーケードを突き破り、下へ落ちた。ぐしゃっ、と音が聞こえる。

 先ほどまで立っていた鉄柱の上に戻り、キリコは下を見ていた。自分で撒いた毒の中へ、『カゲロウ』は落ちてしまった。キリコは言葉を発せず、ただ見下ろしている。

「キリコ、燃料は後どのくらい残っている」

 ぼくは全く関係のないことを訊ねた。黙っているのが少し怖かったからだ。

『あと七分くらいなら大丈夫みたいだよ。それより、彼女を撃った人はどこに』

「ここだよ」

 うっ、とぼくは呻いた。その声がインカムからではなく、直接ぼくの耳に聞こえてきたからだ。多分、キリコにも聞こえたはずだ。

 ぼくは上を見た。ハッとした。ぼくのいる雑居ビルの真向かいに建っているビルの屋上、そこに声の主がいた。彼は以前にも見たことがある。システマーだった。

「メタルシステマー、だったかな」

 息を飲み、ぼくはなるべくゆっくりと話しかけた。

「覚えていてくれたとはありがたいね、辻井六郎くん」

 システマーは腕を組んだ。その足元には『カノン』によく似たサイズの筒のようなものが転がっている。おそらくバズーカに近い武器なのだろう。これで『カゲロウ』を撃ったに違いなかった。発射音はまるで聞こえなかったが。


 システマーはぼくの目の前にいる。ほんの10メートルも離れていないだろう。もしそこから撃たれたら、ぼくにはどうすることもできない。だが、今のシステマーは理性的だ。早くキリコがこちらに来てくれることを祈る。

「彼女、飛べるようになったんだね、辻井六郎くん」

 フルネームで呼ばれる。ぼくは少し間を置いてから生返事をした。キリコがまだ来ない。すでにインカムからの声で気付いているのだが、距離がある。飛行ユニットを全開にしてこちらに向かってきてくれているが、あと何秒かはかかるだろう。

 しかし、ぼくの心配をよそにしてシステマーはやってくるキリコの姿を眺めている。ガス噴射で姿勢制御をキリコに依存し、燃料をバカ食いしながら飛ぶキリコに対し、システマーは何の説明もなく、そこに浮いている。まるで見えないイスに座っているかのように、空中に腰掛けているのだ。

 あまりにも非常識であるが、それはつまりぼくたちの常識を超越したところにまで発達した科学をもっているということだ。このシステマーという男が。

 キリコはこちらに戻ってきてくれているが、冷静に考えればまずい。キリコはすでに警察に発見されている。ぼくのところへ戻ってくるということは、ぼくとの関連を探られる可能性がある。

 しかし今はそのようなことを考えている場合ではない。命の危険があるのだ。

「キリコ!」

 ぼくは、メタルスーツを着たキリコが戻ってきてくれたことに礼を言いたくなった。今この場でぼくを守れるのは彼女しかいないのだ。キリコは飛行ユニットをたくみに操って戻ってくると、システマーの前に降りた。挑戦的である。

「何をしているの」

 すでにキリコはブレードに手をかけていた。

「ちょっとお話を。山内霧子」

 システマーはキリコのフルネームも知っているようだ。一体どこで調べたのか謎である。彼ももしかするとクラスメートなのかもしれない。だが、よくわかるものだ。バイザーをあげていたとはいえ、顔は目鼻立ちくらいしか見えないはずなのに。

「どうして彼女を撃ったの」

「ご挨拶、助けてやったのに」

 詰め寄らんばかりのキリコに対して、システマーも腰の剣に手をかけた。ふとその剣に注目してみたが、何か光るものが見える。だが何をしようとしているのかは、まだわからない。

「余計なお世話だったよ。答えなさい、どうして撃ったのか」

「冗談を」

 システマーは剣に手をかけたまま笑った。

「あんたたちだって彼女を撃っただろう。偽善者ぶるつもりかい」

「そんなんじゃないけど」

「じゃあ何かい、真剣勝負に横槍をいれるなって言いたかったのかい」

 ぐっ、とキリコは言葉に詰まった。ぼくはキリコの気持ちがわかるが、今システマーを刺激する必要はない。やはりぼくは何も言わなかった。

「私たちは殺し合いをしているんだ。何を言われる筋合いもないね……。義理を通すとか、体裁だとか、そんなことを言っている奴らから死ぬ」

 彼は手をひらひらと振りながらそんなことを言った。

「よもや、今さら卑怯とは言うまいね」

「どんなことをしても、勝負だから許されるっていうわけ?」

 キリコはブレードを抜きかける。

「例えば」

 しかし、システマーはキリコを無視して、彼女に背中を向けた。キリコは切りかからない。構えは解かないが、相手の背中に切りかかれないのがキリコなのである。

「こうやって背中を見せても、かかってこれない。これが山内霧子、君の甘さだ」

「違う、これは当然のことだよ。人間として、最低限のこと!」

「そこが甘い。そういうものにこだわっているから」

 システマーは肩をすくめた。そして次の瞬間、腰から剣を引き抜いて、一気にキリコに切りかかった。キリコはブレードを抜いてこれを受ける。しかし、システマーの剣とブレードがかち合った瞬間、嫌な音が鳴り響いた。

「ほら、こうなるんだ」

 余裕の笑みをみせながら、システマーは剣を戻す。キリコの持っていたブレードは中ほどから切断されていた。折れたのではなく、システマーの剣によって切断されたのだ。ブレードを作るには大変な苦労がかかったというのに。

 ともあれ、あれを切断するシステマーの剣はとてつもない威力があるということだ。ただ刃が鋭いというだけではない、何か秘密があるに違いない。

「山内霧子、あんたは甘すぎる。敵に同情を寄せるなんて、身の程知らずだ。思い悩んだまま、敵を倒せると思っているのかな」

「……そう? 私は相手のことを知るのは大事だと思うよ」

 ブレードを壊されたキリコは、一歩後ろに下がる。同時に、背負っている『カノン』に手をかけた。

「そっちも同じだ。どうしてこの剣でそのブレードが切られたのか、わかってもいないのに次の手を打とうとする。それはよくないと思う」

「あなたに指図されるいわれはないと思うけど」

「俺もお前たちに指図しようなんて思わない。ただ忠告しているだけ」

「お節介にどうも」

 知らず知らずのうちかもしれないが、キリコは相手の挑発にのっている。ダメだ。ぼくは小声でキリコに言った。

「少し落ち着くんだ、キリコ。相手の剣のことはぼくが調べる。すでに仮説もいくつかできている。まだレーザー砲もミサイルも残っているだろう。逃げの一手だってあるはずだ。今ここでシステマーの挑発に乗るのは得策じゃない」

「……今、挑発されていたんだ、私」

 キリコは『カノン』から手を離した。ようやく、何をされていたかわかったようである。

「今こいつに挑む必要はない。相手のペースにのせられちゃだめだ」

「わかったよ」

 深呼吸をして、キリコは構えを解いた。

「何のつもりかな?」

 システマーは再び剣に手をかけた。

 先ほど見た限り、あの剣はブレードを切断するほど鋭利なものではない。それが強烈な切れ味をみせたということは、おそらくあの剣は加熱されている。それくらいしか、筋道のいく説明ができない。おそらくあの鞘が加熱装置になっているはずだ。抜刀の瞬間に加熱しているのか、それともその前から準備して熱しているのか。

 キリコは左肩に手をかけた。そちらにはレーザー砲がついている。これに当たった敵は炎に包まれることになるが、この武器の一番の強みは弾速である。レーザーであるのだから、光と同じ速さで着弾する。発射の瞬間を見てからでは、絶対に回避不可能だ。この武器を使えば、狙いさえ外していなければほぼ間違いなく命中すると言っていい。

「……レーザー砲か。ちょっち厄介な武器をお持ちだね……」

 この武器も、システマーは知っているらしい。『モスキート』のときはほぼ密着状態から放ったはずだが、それでもしっかりお見通しというわけである。このシステマーという男は、本当に一体何者なのだろうか。できることならこの場でとらえて尋問してみたいところだ。しかし、今のキリコがこいつに勝つのは無理だろう。グレイダーはグレードアップしていく戦士なのだから、今は無理でもメタルスーツの改良を重ねていけば必ず勝てる。その機会を待てばいい。

 とはいうものの、システマーは逃げ足も相当に速い。ただ逃げても追いつかれる。彼を足止めする何かが必要だ。捕獲用ネットなどを装備していればそれを躊躇いなく使っていただろうが、生憎そんなものが必要とは思わなかったので積んでいない。

 何かないか、ぼくは小声でそれをキリコに伝えようとして、やめた。この通信が盗聴されている可能性を考えてしまったからである。システマーの技術力から言って大いにありうることだ。冗談ではない。

 となると、少し早いがこれを使わざるを得ない。ぼくは自分の脇腹のあたりに触れた。固い感触に、ぼくは安堵する。確かに今ここに持ってきている。ぼくが持ってきたのはレーザー砲である。キリコの左肩についているものと同じ構造だが、ぼくが持っているのはモデルガンを外装に使ったもので、拳銃と同じように撃てる。照射時間は十五秒と激烈に短いが、その分レーザーを細く切り詰め、威力を上げてある。結果、これで撃ったものは燃え上がる間もなく、銃口の動きに合わせて切断される。レーザー・スライサーとでもいうべき武器だ。ぼくがこれを持っているのは自衛のためだが、今この状況を打ち破るために使わざるを得ないだろう。

「でも、逃がさないよ山内霧子」

 システマーは何の説明もなくふわふわと空中に漂う。エネルギー保存の法則や慣性の法則を無視した動きだ。キリコは相手の軌道を予測できず、レーザーを発射できない。途端、彼はキリコに飛び掛った。

 狙いがずれた。キリコはレーザーを発射せず、両腕を防御に回した。正解である。システマーの飛び蹴りを両腕で受けるキリコ。

 ぼくは懐からレーザー・スライサーを抜いた。慎重に狙いをつける。何しろシステマーは動き回っているし、ぼくの射的の腕もそれほどではない。当たればおなぐさみだ。ぼくがこうして拳銃のようなものを構えている姿は警察に丸見えだろうが、そんなことを考えている場合ではない。キリコの命のほうが大事だ。

 キリコはシステマーともみあっている。距離を置くと剣を抜かれてしまうので、取っ組み合いに持ち込みたいらしい。空中で引っつかみあいになっている。

「システマー!」

 ぼくは叫んだ。その声に反応し、システマーが動きを止めてこちらを見る。素人の反応だな、とぼくは思う。と同時に引き金を引いた。

 瞬間的にシステマーの身体にレーザーが照射される。だが、彼の着込んでいるアーマーは銀色だった。レーザーが反射し、ほとんどダメージになっていないようである。しかし、それでもシステマーは呻いた。赤紫の布地の部分に命中したのだろう。そこはさすがにレーザーを反射できない。

 ぼくは引き金を引きっぱなしにして銃口を動かした。しかし、システマーはすぐにレーザーを避け、急上昇する。ぼくは引き金を戻した。そのままにしているとキリコまでレーザーで貫いてしまうからだ。

「くそ、余計な手出しをして」

「スキあり!」

 飛び上がったシステマーに向け、キリコは左肩のレーザー砲を向けた。一瞬のうちに、システマーの体が炎に包まれる。

 素晴らしい判断だ、とぼくは思った。さらにトドメをさすべく、キリコは背中から『カノン』を抜く。いかに相手が頑丈なスーツを着込んでいるとしても、この武器でダメージを与えられないはずがない。

 しかし、システマーは『カノン』が発射されるよりも早く体勢を立て直した。急降下し、剣を振り下ろしてくる。炎に包まれたままだ。キリコは『カノン』を構えたままなので、対処できない。まずい。

 ぼくはもう一度レーザー・スライサーをシステマーに向けたが、間に合わない。それよりも早く剣は振り下ろされる。キリコは咄嗟に『カノン』を振り上げてシステマーの剣とかち合わせた。金属音が鈍く響き、システマーの剣がはじかれる。どうやら今回は剣の加熱がされていないか、不十分だったらしい。ブレードを切ったときと同じ加熱がされていたなら、『カノン』ごとキリコも真っ二つになっていただろう。はじかれた剣をもう一度振り、システマーは再度キリコに打ちかかった。『カノン』で防ごうとするキリコだが、さすがに間に合わない。システマーの剣がキリコの脳天に叩き込まれた。

 メタルスーツのヘルメットが割れた。バイザーも一部が砕けている。だが、キリコはまだ生きている。『カノン』を両腕で持ち上げ、システマーの剣がそれ以上頭に食い込むのを防いでいた。砕けたヘルメットから血が流れ落ちる。

 キリコが持ち上げる『カノン』のほうが強く、やがて下からシステマーの剣を押しのけた。瞬間、キリコは後ろに飛びのき、飛行ユニットを使って空中に逃げる。

 システマーが悪態をつき、背中から何かを抜いた。大人の腕くらいの長さがある金属の筒だった。恐らくは『カゲロウ』を撃ったものと同じタイプの武器だ。バズーカ砲か何かに違いない。

 ぼくはそれを放置せず、レーザー・スライサーでその金属の筒を撃った。狙い通り、その金属の筒は真っ二つになる。システマーは横から撃たれたことに気付いてぼくを見た。

「余計なことをするなっ!」

 彼はそう叫んでいた。だが勝負に卑怯も余計なこともないものだ。さらに次の瞬間、システマーは爆発した。

 キリコが右肩のミサイルを使ったのだ。小型とはいえ、十分すぎる破壊力がある。システマーの立っていた場所は炎に包まれ、黒い煙を吐いている。隣の建物の屋根は一部崩落した。大したパワーであるが、システマーはどうなっただろう。

 ぼくは目をこらした。途端、煙の中から一部にまだ炎を残したままの姿でシステマーが飛び出した。真上に飛び上がった彼は、腕の先から何か弾丸を発射した。

 そしてその弾丸は、少し先の空間に浮いていたキリコに直撃する。どこにあたったのかはわからない。キリコは体勢を崩し、落下していく。

「キリコ!」

 ぼくは思わず呼びかけた。だが返答がない。

 自由落下していくキリコ。瞬間、燃料タンクに引火したのか、盛大な爆発が巻き起こった。木の葉のようにキリコは吹っ飛び、遠くへ落ちていく。

 これは悪夢か。あまりにもまずい。パラシュートは一応背負っているはずだが、当人の意識がなければ開くはずがない。あのまま落下してコンクリートに叩きつけられでもしたら、いくらメタルスーツを着込んでいるとはいえ、無事ではすまない。

 ヘルメットも半壊している。頭から落ちたら助からない。この通信が今、向こうに通じているのかもあやしい。だが、ぼくは叫ぶしかない。

「キリコ! パラシュートだ、早く!」

 落ちたら助からない。ぼくは心底焦っていた。どうにもならないという思いと、キリコへの責任感。どうしようもない絶望感。

「キリコ!」

 ただ叫ぶしかできない。

「無駄だよ」

 身体にまとわりついていた炎を消したシステマーが、横からそんなことを言う。そんなことは断じてない。そんなことにはさせない。ぼくはふるえた。

 爆風に飛ばされたキリコの体が、放物線を描いて落ちていこうとしている。そのキリコが、動いたように見えた。動いた。意識が戻ったのか。早くパラシュートを開いてくれ、とぼくは願った。

 しかし、それを口にするよりも早く、キリコは背中から焼けた『カノン』を抜き放った。

 ぼくがそれに対して何かを思うよりも素早く、彼女は叫んだのだ。

「システマー!」

 瞬間、強烈な破裂音が鳴り響いた。飛んでくる弾丸がシステマーに迫る。執念の一撃だ。

 システマーは動かなかった。動けなかったのかもしれない。まさか、あの状態からこちらに撃ち返してくるとは思ってもみなかっただろう。ぼくも予想しなかった。

 弾丸は、システマーのヘルメットをかすめた。衝撃に彼も吹っ飛ぶ。同時に、キリコもどこか遠くへ墜落し、ついにその姿が見えなくなった。市街地に転落したか、それとも山林に転落したか。近くには小さな山があり、ほとんど開発されていない。運がよければ山に、運がなければ市街地に落ちているだろう。ぼくは彼女を警察よりも早く回収しなければならない。

 その前にぼくは吹っ飛んだシステマーを見た。彼はすぐさま起き上がり、こちらを見てきた。残念ながら意識は失っていなかったようだ。

「くっ、最後にとんだ油断を……」

 ぼくは驚いた。システマーの声が変わっていたからだ。また、システマー自身も自分の声が変わっていることに驚いている。一体どういうことだろう。

 考えられるのは、今までの声が機械を使って変えられていた可能性だ。ずっとボイスチェンジャーで本当の声を隠していたが、今の衝撃でそれが壊れて、本来の声が出てしまっている。有力な可能性だ。しかも、驚いたことに今のシステマーの声は女の声だったのだ。

 ぼくはレーザー・スライサーをシステマーに向けた。これ一つで戦えるとは思えないし、照射時間も残り五秒ほどしかない。だが、ここで無抵抗のままシステマーに殺されるわけにはいかないのである。

「メタルシステマー……、どうするつもりだ」

 だが、ぼくの問いにシステマーは答えない。彼、いや彼女はそのまますぐに飛び去ってしまったからだ。それ以上声を聞かせたくないらしい。だが、逃がしてくれたのだ。ぼくは安堵した。正直言ってかかってこられたら勝ち目はない。

 しかし本当に安堵するのはキリコの無事を確認してからだ。ぼくは急いで下を見た。警察はまだこちらにやってきてはいない。どうやら下にいる被害者達の救助を最優先にして活動しているらしい。だが、いくらなんでも誰一人こちらに注意を払っていないということはないだろう。キリコが撃墜されたこともしっかり見られているはずだ。

 ぼくはふところからサングラスをとりだし、装着した。雑居ビルを駆け抜け、警察をやり過ごして自分の車まで急がねばならない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ